やまっつぁん日記

一応日記メインの高3のブログです。ちなみに小説も書いて載せてます。音楽紹介記事もぼちぼちやってます。

踵で愛を打ち鳴らせ - 足音

2012-04-26 22:47:42 | 動画



「あ、ごめん」
 ぼんやりしていて足下を全く気にしていなかった。机の脇にかけられたナップサックが揺れる。鬼塚君は荷物を蹴られても、私を迷惑そうに見ただけで何も言わなかった。
 怪訝そうな顔をしていないことにほっとして、私は急いで教室から出る。

 *

 その日は体育の授業のある日だった。体育はバレーやバドミントンなど好きなスポーツを選び、競技ごとにグループを作って活動する。今までは卓球など、あまり動かなくてもいいものを選択していたのだが、友人たちが今度はサッカーをしようと言い出して、不本意だったがそれを選んだ。一人孤立することだけは避けたかった。しかし、私にとってサッカーは最も選んではならない競技だったのだ。
 曇り空の下、体育館からグラウンドに出ると、仲のいい私たちグループのほかに、私の苦手とする女子の一団もいた。普段あまり動きたがらない、見た目に細心の注意を払う彼女たち。一体どういう風の吹き回しかと思ったが、そういえば、彼女らは地元のサッカーチームに熱を上げていた気がする。
 私は今時の女子高生といった風の女の子は苦手だった。少し怖いのだ、見た目に気をつかっていない私は、彼女らに何か悪く思われているのではないか、などと考えてしまう。
 ほかにも男子が数グループ、サッカーを選択していて、その中に鬼塚君の姿もあった。
 サッカーのチーム分けは、男女別ではあったが、先生が勝手に決めてしまったので、仲のいい人、よくない人がバラバラになってしまった。 
 私にはある事情があるため、授業によっては体調に関係なく休むことがある。それについては、暗黙の了解として、この学校で何か言われたことはない。しかし、今回私たちを担当するのは、若い新任の教師で、私の事情については知らなさそうだった。生徒一人一人を気遣うより、全体をどうにかまとめることで精一杯のように見える。
「それじゃぁ、二人組をつくってぇー」
 まずはボールを蹴り合ったりして準備運動をする。その後対戦形式で、チームごとにゲームをするのだ。
 私は友人と二人で、女子の一団から少し離れたところで練習した。友人は私の事情に気づいていないようで、特に反応しない。できるだけ誰にも気づかれまいと、弱くボールを蹴っていたから、今のところ問題ない。問題は、噂話や変わった話が大好きな連中に気づかれること、それだけ。

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 鬼塚君はクラスの中で、いや、学年の中でも、少し浮いた存在のように感じる。
 彼はどうしてそこまでする必要があるのか、というくらい髪を盛り上げているのだ。その髪型は似合う人がやればそれなりにかっこいいといえるものになるのだろうけど、彼にはあまり似合っていない。別に染めているわけでもなさそうな黒い髪が、いつも不気味に光っている。
 私の学校にも不良のような、髪を染めたり、盛ったりしている人たちがいるが、彼はそのどのグループにも属していないようだった。友人はいるようだけれど、ほとんど人と話さず、大体一人で過ごしている。部活などもやっていないようで、授業が終わるとすぐに姿を消してしまうのだ。
 彼に関する噂はいろいろとあるようで、偶然友人と、彼の話になったこともある。学校の外で、悪い人とつるんでいるとかいう話をそのとき聞いた。噂はいくつか種類があって、悪い人の詳細はその噂によって違うらしい。
 彼は、背は高くなく、細くて、少し頬にくぼみがある。悪い人とつるんでいるとは思いにくかったが、いつも無愛想で謎の多い人物ではあった。
 そして、私がなぜそんなに彼のことを気にかけているのかと言えば、単純に一体彼がどういう人物なのか興味があるからだ。 
 でも、それ以上に私は彼の目が好きだった。明るい茶色のその瞳は、吸い込まれるようで、私はその色がとても好きだった。
 人の目なんてなかなかじっくり見られるものではない。けれど、偶然、一度だけ見た彼の目は、ずっと頭の片隅で光っている。

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 先生が笛を吹いて、試合が始まった。各チーム5人しかおらず、私はルールもろくに把握していない。ルールといったって、ボールを手で触らずに、蹴ってゴールに入れればいいだけの話だ。といっても、それが難しいのだが。
 女子高生丸だしの女子たちは悲鳴のような声を上げてボールを蹴り合っている。私はやる気があまりなく、ボールがくるかこないかの微妙な距離でうろうろしていた。
 しかし、あまり何もやらないでいると、先生のお叱りがとぶし、見守っているほかの女子連中が不満の声を上げないとも限らない。少しボールに近づいてみたら、すぐさまパスがやってきた。
 私は妙なうめき声を上げてしまったが、何とかボールを受け取る。ゴール側にパスを出そうとしたけれど、そちらに味方の姿がない。
 仕方なく、ドリブルして進むことにした。私にとってそれは大変危険なこと、無我夢中で進む。とにかく急いだおかげで、誰にも追いつかれることなく、ゴール前に待機していた人にも捕まらず、運よく点を獲得できた。
 振り返れば、味方の女子たちがまた悲鳴のような声を上げながら飛び跳ねている。そんなに喜ばなくても、と思ったが、私もそんな彼女らをみて、笑顔にならずにいられなかった。こういう風にみんなと笑えたのは久しぶりだ。
 今の学校にきて早半年が経つ。これまでの経験をいかせたからか、これならもう卒業するまで転校しなくてもいいかもしれない。
 しかし、笑顔でいられたのは、ゴールを決めた後くらいだった。私はゴールを決められる人、というイメージがチームメイトたちについてしまったらしい。  
 そのため、チームのメンバーにボールがわたる度、パスされた。拒否する言い訳も見あたらず、嫌な予感と、これまでの経験からくる恐怖に耐えながらボールを蹴り続けた。
 ほかのチームと入れ替わりつつ、何試合か繰り返し、私たちのチームの結果は上々。しかし、試合を重ねるにつれ、同級生たちの雰囲気は変わってきていた。見学している面々を見ると、試合を見るのもそこそこに何か熱心に話しているようだった。嫌な予感は強くなった。

 :

 私は生まれつき奇妙なところがあった。どういうメカニズムなのか、原因は何か、何のためにそんなことになっているのか、私の身にあったそれについてわかっていることはほとんどない。それは私のコンプレックスであり、小学生の時から転校を繰り返す原因でもある。
 私の左足の踵には黒い穴があいていたのだ。それは小指の先くらいの大きさの穴で、痛みやかゆみのような感覚はない。というよりか、感覚がなさすぎるくらいだった。私の足の先は、何かに触れている、という感覚や、強い温度差を感じることはできるが、体のほかの部分と比べて、感覚がとても鈍かった。それは穴のない右足も同じで、足の先だけに異常があるようだった。
人並みに運動したり、走ることはできるし、靴を履いていれば穴が見えることもない。
その穴はずいぶん深く続いているようで、小さい頃指を押し込もうとしたことがある。すると、痛いともかゆいともつかない、妙な感覚がするのだ。身震いがして、しびれるような感覚。とても気持ちが悪くて、頭が痛くなる。とにかく何かを吐き出そうとするような感覚がし、吐き気に襲われるのだ。
 それでも、漠然と、この穴さえ塞げば、私は周りの人と同じく、普通の子になれるような気がしていた。
家族はいつも味方だったし、それでこそ、度重なる転校もできたのだ。家族は私の支えだった。でも、家族だけでは不満になる私も確かにいたのだ。
 友人も転校した先々で、さほど苦労することもなく作ることができた。しかし、私の秘密を話すほどに親しくなれた人は今までいない。そこまで親しくなる時間を、当時の考えなしの私はとれなかったのだ。
 今度こそはそんな友人を作りたい、一緒に好きなものの話をして、私の体の異常も全部ひっくるめた、本当の私の、友達がほしい。

 :

 体育の授業終わり。
友人たちより早く着替えて、更衣室の外に出ると、スカートの短い女子たちがたむろしていた。彼女らはちらりと私を見て、すぐに視線をそらしたけれど、その目の動きには覚えがあった。彼女らは私には聞こえないような声で話し、先ほどサッカーをしていなかった人たちも混ざって、おしゃべりをしている。
 周りなど気にしていないような顔をつくって、更衣室脇の壁にもたれかかり、まだ着替えているほかの友人たちを待った。何か私のことを話している声は聞こえないだろうかと、耳を澄ませていると、鬼塚、という名前が耳に飛び込んできた。体育終わりの男子たちがしゃべりながら目の前を通り過ぎていく。
 詳しいことはわからなかったけれど、私の知らないうちに、男子のサッカーチームでも何かが起こっていたらしい。唯一聞き取れたのは、「鬼塚がヘディングしたときボールが」という中途半端なところだけだった。ボールがどうなったのかわからないけれど、話している口調がふざけているようではあったが、どこかせっぱ詰まったもののようにも聞こえた。何か、普通でない気がする。
 男子の背中を見送っていると、友人たちが出てきて、その声に後ろを振り返る。すると、強く光るいくつもの目が私を見ていたことに気がついた。
 私は他人のことを心配している場合ではないようだ。

 :

 その日は午後から雨が降った。気分はどんどん沈んでいく。周りの視線が気になって仕方がなく、早く家に帰りたかった。
 家に帰ったら家族に今日のことを報告しよう。きっとサッカーを選んでしまったことを非難されるだろうが、友達ともっと仲良くなりたかったと言えば、みんな静かになるに違いない。
 ホームルームが終わると同時に、荷物をつかんで歩きだした。
何をそんなに急いでいるのか、数人の男子たちが教室を飛び出していく。
 私はというと、下手に急ぐと目立つので、早足で歩いた。そこで、私の足が何か柔らかいものを蹴ってしまう。
 反射的に謝っていた。下を見れば、体操服を入れているらしいナップサックが机の脇で揺れている。
 その席は鬼塚君の席だった。
 彼は珍しくぼんやりと席に座ったままでいたようで、迷惑そうな顔を向けただけだ。彼の目を直視した私は、顔が熱くなるのを感じながら、それを誰にも見られまいと、急ぎ足で教室を出た。
 混雑している靴箱の間をぬって靴をはきかえ、傘立てから自分の傘を探し出す。外に出て傘を開こうとしたのだけれど、人が思いきりぶつかってきた。アスファルトのくぼみにできた水たまりに思い切り踏み込んでしまう。水が飛び散り、遅れて水音がした。
 振り返ると、私にぶつかったと思われる人の姿はない。何食わぬ顔で人の群に混ざっているか、もう逃げてしまった後らしい。  
 塗れてじゅくじゅくする靴下を煩わしく思いながらも、あとは家に帰るだけなのだから、と傘を開いて歩きだした。
 グラウンドの横を通り抜け、校門から出ようとすると、後ろから私を呼ぶ高い声が。悪寒のようなものが背中に走り、振り返ると、今日サッカーで同じチームだった目の大きな女の子がそこにいた。彼女の取り巻きが少し離れたところでこちらを見ている。
「さっき~、教室であなたの友達が探してたよ~?」
 クスクス笑いながら言う彼女の言葉は、予想と大きく違っていた。私を攻撃するどころか、わざわざ友人のことを教えにきてくれた親切な言葉ではないか。
 ただ、おもしろそうに笑っている女子連中は、何がおかしいのかさっぱりわからない。
「わざわざ、どうも」
 とりあえず礼を言っておく。
 首を傾げながらも、横を通り抜けようとすると、「そういえばぁ」と彼女が声を上げた。びくりと肩をふるわせると、彼女はまた笑った。
「そんなびっくりしなくてもいいじゃん? さっきね、あなたの靴箱の近くに鬼塚がいたよ、って言おうと思っただけ~」
「鬼塚、君?」
 女子連中は笑うばかりで、特にそれ以上言おうとはしなかった。
 そこで、私はある空想をした。もしかして、今時古風だけど、ラブレターでも靴箱に入れられたのかな? なんていう空想。
 彼は自分の思いを伝える手紙を私の靴箱に入れたのではないか。それを目撃したから、彼女たちはこんな風に笑っているのかもしれない。
 はたと思いついた、彼女らの笑いの理由に、彼女たちの笑顔に、背中を押される気分だった。
 この女子連中は噂好きだ。だから、恋愛ごとについては私より何倍も詳しい。つまり、彼の気持ちを彼女らが知っていてもおかしくはないのだ。
 私はさっきとは違う胸の高鳴りを感じた。不安なんて吹き飛んでいった。
 早足で校舎に戻る。人は先ほどより随分少なくなっていて、私は靴を脱いだ後、ついでに靴下も脱いだ。人は少ないし、穴は遠目から見ると、少し大きいがほくろのようにしか見えないので、あわてて隠すこともない。
 外靴と、靴下を手に持って、私は高鳴る胸を沈めようとしながら、靴箱の前に立った。自然と緩んでいく顔を引き締めようとしながら、えいや、と靴箱を開けると、そこには何もなかった。
 声も出なかった。本当に何もなかったのだ。
 手紙どころか、私が先ほど脱いで入れたはずの上履きもない。
 一気に不安が押し寄せてきた。それと一緒に私は泣きそうになった。早かった動悸は一気に不快なものになり、靴下と外靴を空の靴箱に放り込んで、私は湿った裸足で教室に向かっていた。
 友人に相談しよう、そうすれば落ち着けるはずだ。
しかし、教室に近づくにつれ、私はさらに泣きそうになった。遠くに見える教室には電気がついていなかったのだ。ほかの教室も同じく電気が消え、中には誰もいない。明かりの消えた教室は、誰もいないのだ。
 それでも曇りガラスのついたドアを開け、教室の中を見ると、私は息を呑んだ。
「鬼塚、君」
 彼は自分の席の横、窓の近くに立っていた。その彼の机の上には何かが乗っている。薄暗くて、一体何が乗っているのかはわからない。
 いや、はっきりわからなくてもそれが何か予想がついた。ただ、理解したくないのだ。
 彼は睨むような目で私を見る。私はその場に立ちすくんだ。
「嫌がらせしてきたのは、おまえか」
 彼は立ち上がると、机の上にあったそれを私の方に投げつけた。思わず小さな悲鳴が上がる。私のすぐ横、音を立ててドアにぶつかったそれは私の上履きだった。
「忘れ物して取りに帰ってみたら、俺の机の中にそれが入ってたんだよ。忘れ物を知らせてくれた連中が、あんたが俺の席のそばでなんかしてたって言ってた」
 私はすべてを察した。はめられたのだ。おそらくあの女子連中が私の靴を彼の机の中に入れたのだ。もしかしたら校舎を出たときに私を押したのも彼女らの中の誰かだったのかもしれない。
気づかれたのだ、私の異常に。彼女たちの情報網なら、私の異常について探るのは簡単だったのかもしれない。
 私は泣き出したかった。さっきまで、ラブレターがどうのなんていう妄想を膨らませていた私が、バカみたいで、惨めで、かわいそうで嫌だった。
 鬼塚君はいすに座りなおして外を見ている。私は鼻をすすりながら上履きを拾った。
 教室から出ていこうとしたとき、「なぁ」と鬼塚君がこちらを向いた。表情は暗くてわからない。わかりたくもない。
「あんた、足、どうしたんだ」
 気づいている、私は思った。彼も気づいたのだ。
「あんたの噂は聞いてたんだよ、幽霊みたいなやつだって」
 彼は前髪をかき上げた。
「足音、しないよな、あんた」
 私は首を縦にも横にも振る気になれなかった。認めたくなかった。これから仲良くなれたかもしれない素敵な瞳の彼からは、普通の同級生として見ていてもらいたかった。
 彼は何も答えない私を見て、笑うように鼻で息をもらした。
「それぐらいのもんだったらいいよな。足音がたたないなんて、便利なくらいじゃん」
 彼は窓の外を見ながら、肩を振るわせていた。
私は憤りを覚える。あんなに素敵だと思っていたのに、本当はいい人だと思っていたのに。私の苦労を知らずに、彼は笑っているのだと思うと、腹が立って仕方がなかった。
 ずかずかと彼に近づく。
「それぐらいのもん、なんかじゃない! 私が、私が、この足のせいで、どれだけ!」
 それ以上は喉がつかえて出なくなってしまった。たくさんの衝撃が未だ癒えていない。
 私の足は、ひどく興味を持たれたり、気味悪がられたり、必要以上にいじられた。小さい頃の私はみんなが執拗に私の足の話を出すことに耐えられなかった。
 大きくなれば、いじめのようなものも起き、そのたび両親が学校にきて、転校を繰り返した。最近は先生に、私の足のことをあらかじめ言っておいてくれているので、それとなく足の音の目立つことは避けてもらっている。
 でも、今回ばかりはこうなったのは私の責任だ。私が足を使う競技なんて選ばなかったら、平和に過ごせていたのだ。
 今日の体育の授業、ボールをいくら蹴っても何の音もしなかった。私の足の先に触れている限り、ものは音を立てないのだ。水たまりに足をつっこんでも、跳ね上がった水の落ちる音しかしない。
 彼は、もしかしたら先ほど私がナップサックを蹴ってしまったことで、気がついたのかもしれなかった。そのときも、例外なく何の音もたたなかったのだ。
 私の両足からは音が生まれなかった。左足のかかとの穴が音をすべて吸い込んでしまうかのように。いくら足踏みをしても何も聞こえない。感覚も鈍いし、まるで足がないみたいだった。幽霊みたいだとはよく言ったものだ。
「俺の噂も知ってんじゃねぇのか?」
 鬼塚君は私が近づいても、ちらりともこちらを見なかった。ずっと雨の降りしきる外を見ている。
「噂? 悪い人とつるんでるとかいう?」
 震える声で私はようやく言葉を発した。まだ何も頬を伝ってはいない。私はまだこらえている。
「はぁ? なんだそれ」
 鬼塚君から返ってきたのは間の抜けた声だった。彼は少し顔を伏せ、肩を振るわせた。また笑っているのだろうか。
「ちげぇよ、そんなんじゃねぇ。あんた、知らないのか」
「知らないって、何のこと」
「あんた、サッカーとってたじゃねぇか」
「サッカー?」
 ふと思い出した。更衣室から出たときに聞いた男子たちの会話。彼がボールをどうかしたとかいう話だった。
「そうだよ、しらを切ってるみたいだが、あんただって知ってんだろ? 俺の苦労に比べりゃ、おまえの苦労なんてな!」
 鬼塚君はまた、睨むように私の方を見た。私はもうこらえきれなくなっていた。
「あんたの苦労なんて知らないよ!」
 さっきから人のことあんたとかおまえ呼ばわりして。そんな親しい仲でもないじゃない、会話だってしたことない。
 思い切り蹴飛ばしてやりたくなった。蹴るなら、彼がこだわっている髪だ、頭だ。
 目からこぼれるそれを我慢する気はなくなった。どうせ私は近々転校することになるのだ。だったら、もう思い切りやってやる。
 私は机の上に飛び乗った。
「おい、何すんだよ」
 彼は頭を手で覆った。
「おい、やめろよ!」
「やめない!」
 黒く光る頭を見下ろす。
 すると、彼の指の隙間から何かとがったものが見えた。彼の頭から細長いものがのぞいている。
 そのとき強い衝動に駆られた。
普段から、踵の穴を塞げたらどんなにいいだろうと思っている。時折衝動的に細長いものを穴に入れて塞ごうとしてしまう。そのときの衝動より遙かに強い、私の中の感情。
 私は左足を振り上げ、踵を、躊躇なく、彼の頭のてっぺんへとふりおろした。ぺしゃ、というような軽い水音とともに、私の全身に衝撃が走る。痛みもない、頭痛もない、吐き気もない。
 彼はうめき声を上げ、私は足を引っ込めようとした。しかし、何かが引っかかって動かない。無理矢理に動かしたら、何かが折れるような音がして、私の足先から赤い軌跡が見えた気がした。
「おまえ、血が?」
 鬼塚君は自分の心配をするよりも先に私の足を見た。しかし、先ほど見えたように感じた赤はどこにも落ちていない。
 それでも、確実に異変は起こっていた。
 机の上に戻した私の足が、ぺたりという音を立てたのだ。目を見開いた。たまっていたものがぼろぼろこぼれる。
 机から飛び降りた。ぺちゃりという音がする。何度も足踏みをした。何度だって音がする。
 彼の顔を見ると、彼は彼で自分の頭に手を置いて、髪をむちゃくちゃにかき乱していた。
「うわ、どうしたの?!」
 もしかして、私が踵落としをくらわせて、髪のセットを崩してしまったのが、そんなにもいけなかったのだろうか。事情は人それぞれあるだろう、私だって普通とはかなり違う変わった事情があったのだから。
 でも、彼のことより、先ほど踵落としをしたときのあの感覚のほうが気にかかった。
 突如として足は音を得た。一体何が起こったのだろう。
 思い出すと、足がじんじんと熱くなってきた。初めての感覚だ。足に、血が通っている、そんな気がする。私の足と、彼の頭、その二つに何かが起こったのだ。
「ない、ない! 角がない!」
 そして、鬼塚君が叫ぶように言った。
「ツノ?」
 彼は勢いよく顔を上げた。
「そうだ! ずっと隠してきたんだ。俺はこのせいで、転校が続いて、友達なんか作るもんかって」
 彼の瞳が私の瞳を見た。ぺしゃんこになった髪は彼にとても似合っていた。
「似たもの同士、だったのかも」
 私はつぶやいた。
彼はそんな私の言葉を聞き返す。
「あなたと違ってたのは、私は、友達がほしいって思ってたこと」
 私は足踏みした。当然のことのように足音がする。
 そうだ、これは当然なんだ。
 私は先日テレビ番組で聞いた音楽を思い出した。好きなアーティストが出ていて、新曲を演奏していた。その歌詞の意味はよくわからなかったけど、足を踏みならして、ステップを踏みながらたくさんの人が楽しそうに踊っていた。人々の足からは軽快なリズムがうまれて、私はその映像を録画して繰り返しみた。いつしかステップは覚えていた。
私はその音楽を口ずさみながら、ステップを踏む。私の足からもリズムが生まれて、楽しくて仕方がなかった。
 しばらく呆然としていた彼も、口ずさみだした。合間に「俺もこの曲好きなんだ」と笑顔を見せる。
 私は彼に手を差し出していた。手を取ってステップを踏む。
私の穴は塞がっていた。彼のとげは私の蓋になった。
 リズムを刻む。二人の、踵で、爪先で。
 あのとき見えた赤い軌跡は、運命の赤い糸。
なんて空想を抱いた私は、バカみたいかもしれないけど、惨めでも、かわいそうでもなく、素敵な普通の女の子だった。

 -以下あとがき風な文

 音楽×イラスト企画第二段的な。
 これ書いたの結構前なんで、だいぶタイムラグがあります。
 のべぷろのほうでは評判悪くなかったと思います。
 アジカンはやっぱはずれがないですね!
 思わず一作書きたくなる、そんな感じで書きました。
 忙しいので、しばらくはこの企画できないと思いますけど、今後小説を書くときは少し音楽の事を意識してみたいですねぇ。
 そのためには日ごろから、ネタを考えておかなければ、と思います。
 ちなみに音楽は関係ないですけど、次回作は過去に登場したキャラクター(ブログには投稿してませんけど)を登場させた、過去の短編(ってほど短くなかったかも)の続きみたいな話を書こうかと思ってます。
 先日見た世にも奇妙な物語の影響を受けた話になりそう。
 ここに投稿するかはわかりませんが書きあがった際はとりあえずのべぷろに投稿します。
 そういうわけで、ブログの更新はまたしばらくサボりそうですな。
 まぁ、いろんな形の創作活動をしていきたいとは思っているので、ぼちぼちやっていこうと思います。
 それでは、そんなところで、さよーならー。 

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1 コメント

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ねぇ (nene777ne@yahoo.co.jp)
2012-05-12 17:33:52
はじめまして!ヾ(〃 ̄ ̄ ̄ ̄▽ ̄ ̄ ̄ ̄〃)ノ ハロハロー♪ 初めてコメント残していきます、おもしろい内容だったのでコメント残していきますねー私もブログ書いてるのでよければ相互リンクしませんか?私のブログでもあなたのブログの紹介したいです、私のブログもよかったら見に来てくださいね!コメント残していってくれれば連絡もとれるので待ってますねーそいじゃ*:;;;;;:*☆*:;;;;;:*☆*:;;;;;:*アドレス残していくのでメールしてね!そいじゃ*:;;;;;:*☆*:;;;;;:*☆*:;;;;;:*
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