やまっつぁん日記

一応日記メインの高3のブログです。ちなみに小説も書いて載せてます。音楽紹介記事もぼちぼちやってます。

簡単な説明


 えー、ではとりあえずはじめて来た方のために軽い説明をします。
 このブログの内容は主に日記、そしてイラスト、たまに漫画、好きな動画(音楽)、更新するめどの立たない写真付き記事からできております。
 まぁ、好きなカテゴリーを選んで見てってください。
 ちなみにボーニンというのは主に4コマ漫画です。
 一日一名というのは毎日一人ずつ500色の色鉛筆一色一色から新しいキャラを作っていこうという企画になってます。
 それとコメントは大歓迎ですが、不適切だと思われるものは削除しますのでご了承ください。

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今日はもう無理であります

2012-10-26 23:13:57 | その他
今日はアジカンのライブでございました。
帰ったときには10時を半分回ったくらいの時間でありました。
もうお疲れであります。
体力がございません。
夕食もまだでございます。
というわけで諸々の更新は明日、一旦寝てから、ということで。
明日は日記をいつも通り書きますので、今日はこれにて。

トップ絵変更です

2011-03-12 17:40:15 | その他
 去年の一周年の記念にトップ絵を変えたきり、変わっていなかったイラストを変更しました。
 今回は前回の一周年イラストより手間かかってます。
 まぁ、カラーじゃないですけどね。
 最近は日記よりも一日一名のほうをガシガシ更新してるので、今回は企画のキャラばかりです。


 というよりか本当はこのイラストブログに載せようとも思ってなかったんですよ。
 学校の部活で使おうと思ってたんで。
 イラスト部の方の部誌に載せてもらおうと思って描いていたんですが、どうにも何かしらイラストを投稿したくなりましてね。
 立ち絵以外で何か投稿したかったのですよ。


 本当はトップ絵に使う気じゃなかったんですけど、まぁ、せっかくA4で描いたんですからね。 
 適当にうぇるかむ的な文を加工して入れましてね。


 ちなみに携帯からじゃトップのイラスト見えないんで、こうやってわざわざ記事を一つ作ったというわけでございますよ。
 記事を作るにあたり、トップ絵そのままじゃつまんないんで、文字加工なし版をここに載せているわけです。


 で、このイラストはですね、企画のほうで結構前からA4イラスト描いてるんだ発言をしており、そこでもいいましたが、このイラストは企画で誕生したうちの気に入ったキャラを大きく描いております。
 ちなみにNo.50までを対象としてます。
 No.50までのキャラならほんのちょっと、ごく一部だけでもイラストの中にいますんで、どこがどのキャラを表しているのか見てみるのもいいかもしれませんね~。
 といってもまだこのイラストを投稿した時点ではNo.42までしか投稿してませんが。
 一つ下のほうに見知らぬ横顔がありますがそれは明日投稿ですので、待っていてください。
 まぁ、必ずNo.50までのキャラなら何かしらの要素があるって描きましたが、一個の要素で3キャラ分とかいうのもあったりします。
 月とか結構企画内でかぶってるんですよ。


 それでも、なんにも使われていないキャラはいませんのでね。
 いいな、と思ったキャラの要素がどうみても見つからない際は声をかけてください。
 まぁ、声をかけてくれる人はいないでしょうけどね(卑屈)。


 今度はカラー画を描いてもいいなと思いつつ、しばらくトップはこのイラストでいきます。

アンケートを新しくしました!

2010-11-12 23:08:09 | その他
 概要文見たらほとんど内容分かりますよね。
 ここ書かなくてもいいんじゃないかっていう話ですよ。
 携帯のブログ画面じゃ概要文見れませんけど、それと同時にアンケートも見れませんし。 結局、ここ書かなくていいんじゃないか(2回目)。


 まぁ、しかし、今一度アンケートについて解説しておきましょう。
 

 このアンケートというのは私が書いているオリジナル小説についてのアンケートであり、一番続きが読みたいものに投票していただきたいのです。
(便利屋サイコ、非凡レール(小説ブログにも同じものを掲載しています)、魔王討伐隊の記録の一部、もとい4コマボーニンはこの日記ブログ、その他は小説ブログにて連載中。小説ブログへはブログトップのリンク、またはブックマークのリンクからどうぞ。やまっつぁん小説で検索してもでてきます)


 続きが読みたい小説の名前、またはブログに載せてほしいものの項目をクリックすれば一票投票、結果画面が別ウインドウで表示されます。
 また結果のみ見たい場合はアンケートの項目が並んでいる下、結果というところをクリックしてもらえば確認する事ができます。

 
 で、作者側といたしましては、一番表の多いものをできるだけ投稿していくように心がけます。
 といってもこちらにも事情とか、筆の乗りとか、気分とか、まぁいろんなものが絡んできますので必ずしもアンケートの結果どおりに動くわけじゃありません。
 ただ、あまりにもぶっちぎりで票を獲得している、なんていうぶっ飛んだ自体になればこちらとしても動かざるをえないので、ガシガシ投票してください。
 何表投票してもいいので、好きな小説をどしどし推してやってくださいまし。


 で、これだけの報告だとあまりにも寂しいのでついでにテンプレートも変更しておきました。
 こちらも携帯からでは何にも分かりませんけどね。
 とにかく、ブログのデザインも変更されたということですわ。
 秋仕様にしていたんですけど、私は全然効用見てませんし、秋らしいものを食べたわけでもないですし、寒いばかりなので、秋のデザインから変えました。
 12月になったら冬デザインに変更します。


 というわけで報告終わり!

非凡レール 3話 3

2010-08-22 00:13:35 | その他
「普段あの店長はどうやって店を切り盛りしているんだ?」
 俺は手に烏丸氏に届ける品の入った袋をぶら下げ、とろわに聞いた。
「あぁ、今日は朝の結構早い時間からあんがきたから、透明なままじっとしていたみたいだが、普段だったら普通の人の姿に化けて店をやっている。あの人はメイクなら何でもできるらしい」
 どうも赤っ鼻店長は服を着て、肌が見える部分には肌色の粉をつけて、生きた人間らしい肌を作り上げ、顔も自分で色を塗り、生きた人間のように細かい部分を描くらしい。
 特殊メイクなども得意で、たまにどこかへ出かけていき、メイクについて学校で教えたりもしているとか。
「でも、普通の人間でも知っている人は彼の正体を知っているんだ」
「ふーん」
 ちなみにあんはまだしばらくバイトをするそうだ。
 俺たちが店を出る時新しいお客がやってきていたし、彼女はもうしばらく働くのだろう。
「お使いもした事だし、宿に帰ったらお駄賃がもらえるかも」
「何がお駄賃だ。ちびっ子じゃあるまいし」

 :

 宿に帰ると、屋根の上には烏丸氏の姿はなかった。
 まぁ、俺達がここを出てから今の時間まで外にいては、いくら天狗とはいえ熱中症になるだろう。
 迎えてくれたのは蚊ばかりだった。
 涼しい顔で悠々と歩くとろわを後目に俺は足踏みをしながら腕をさする。
 まるで冬場みたいな動きだな、と俺は思いながら建物の中に駆け込んだ。
 屋内もやはりあまり涼しくない。
 とりあえず居間を覗きに行ってみる。
 そこには烏丸氏の姿はなく、案の定韓流ドラマに夢中の狐と着物姿の女の子の姿があった。
 俺は邪魔をしないよう、静かに部屋の前を通り過ぎる。
 とろわはその後ろをゆっくりとした足取りでついてきた。
 烏丸氏はきっと自分の部屋にいるのだろう、と考え俺は廊下の奥に進んだ。
 そしてある一室の前に止まり声を掛ける。
 「ほーい」という返事があった。
 中に入れば団扇片手に本を読む烏丸氏の姿が。
「頼まれたものを買ってきたぞ」
 袋を差し出すと、烏丸氏はゆったりと立ち上がりそれを受け取った。
 にっこりとうれしそうな顔をする。
 そして袋の中から、一つ茶色い紙袋を取り出した。
 香ばしい匂いのするそれは、中に何かパンのような食べものが入っているようで、それが烏丸氏の”いつもの”である。
「ワインは冷やしてもらっていてくれ」
 烏丸氏は残るワインの入った袋を差し出す。
 俺が受け取ろうとすると横から手が伸びてきて、それが袋を受け取った。
「僕が行ってくる」
 にこり、と笑うと奴はそそくさと部屋を出ていった。
 何を考えているかさっぱり分からん。
 また陰で何かこそこそやる気か?
「あまり疑い深くならなくていい、彼はいい奴だから」
 いきなり烏丸氏が口を開いた。
 視線を彼の方へ戻すと、いつの間にか畳へ座っている。
「君も座りたまえ」と言うものだから、俺もとりあえず畳の上に落ち着いた。
「頼みごとをしてきてくれたお礼をあげよう」
 素直に座った俺を満足そうに見た後、烏丸氏は立ち上がった。
 部屋に最初から置いてあった桐箪笥をあけるとなにやらごそごそとあさり始める。
 その様子はまるでずっと前からその箪笥を使っていたようであった。
「これがいいかな」としばらく引き出しの中をかき回していた手を止め、彼は言った。
 何をくれるのか、と彼の手を見ると、なにやら金に光るものが見える。
 何か高価なものか?と少し期待した。
 が、彼が俺の目の前ではっきりと見せてくれたそれはとても高価なものに見えなかった。
 それは招き猫である。
 金ぴかに塗られてはいるが、顔は何とも気が抜けており、ちびっ子の落書きのよう。
 腹に大きく”招”と書かれており、両手をあげている。
「招き猫は始まったばかりのこの民宿にはぴったりじゃないか」と彼は言うが、この招き猫をもっとちゃんと見てみたまえ。
 落書きのようなデザイン、覇気のない顔、御利益のありそうな感じ0ではないか。
 俺は思いきり不服であったが烏丸氏はにこにこと笑う。
「効果のほどは保証しておく。きっといろんな者がここには集まるだろう」

 :

 俺は手のひらサイズのみょうちくりんな招き猫を抱え途方に暮れた。
 せっかくもらったのだから、どこかその辺に投げておくわけにはいかない。
 しかし自分の部屋のインテリアにするにもどうかと思う。
 よくよくみればなかなか愛嬌のある顔をしているし、これは店の玄関にでも飾っておこうか。
 俺はそう考え、廊下を歩いた。
 すると前方からとろわが歩いてくる。
「おや、何かもらったんだ」と興味があるのかないのかよく分からない顔で言ってきた。
 そしてとろわは俺が手に握った招き猫を一別すると「なかなかおもしろそうじゃないか、よかったね」とちっともよくなさそうな声で言い、居間へと入っていった。
 俺は何ともいえないもの悲しい気分になる。
 何となく招き猫に悪い気がしてきた。  
 もしこの招き猫が本当に効果を持っていたらあまり悪いことを言うべきでない。
 とりあえずはこいつの力を見てみようではないか。
 玄関に行き、俺は靴箱の上に招き猫を置いた。
 お客さんの目に付く場所である。
 これが気になって入ってくる人はいないだろうが、招き猫は玄関先に置くのがよかろう。
 早速猫を安置し、角度を気にいる方向に調整する。
 すると、がら、と玄関の網戸が開いた。
 見れば、猫がいる。
 全体的に白い毛で覆われているが、足の先や顔の真ん中の毛は茶色い。
 そういえば足の先の毛の色が違うのは長靴とかって呼ばれてたな、なんて思いながら猫を見た。
 びっくりするほど明るい水色の瞳をしており、何とも神秘的である。
 網戸を引っかいたりもせず、悠々と落ち着いている猫に驚きつつも、ふかふかしているもの全般が好きな俺は、つっかけを引っかけ、猫に近づいた。
 猫は壁に体をすり付けつつ、玄関内に入ってくる。
 人に慣れているようで、少し触らせてもらおうと、俺はぺちぺちと手を叩いた。
 すると猫はするりと中に入ってくる。
 そしてしなやかに揺れながら現れたしっぽを見、俺は驚愕した。
 先が二つに分かれているではないか!
 驚きのあまり動けない俺を後目に、猫は開けた戸を器用に閉めた。
 改めて俺の方に向き直った猫は口を開く。
「泊まる所を探している」
 その声は猫にあるまじき低さである。
 のほほんとそんな俺達を見下ろす招き猫は、新たな客として 化け猫を招いたのであった。

非凡レール 3話 2

2010-08-22 00:11:13 | その他
 口喧嘩をしている間に俺達は目指していた赤っ鼻へと到着した。
 結局俺はとろわに言いくるめられ修行を続行するような方向に話は進行している。
 こうなれば宿に帰って本人に直談判する他なさそうだ。
 店に入ると、レジカウンターの上の置物が妙に目に付いた。
 透明なカラスの置物である。
 それはガラスでできているように見えた。 
 なぜカラス?
 俺は首を傾げつつも店内を見渡すと、二人組の女性客が席を立つところだった。
 彼女らの他に客はいない。
 客どころか人がいない。
 ゆったりとしたピアノ曲が流れているだけだ。
「お帰りですか?」
 しかし不意に声がした。
 女性客のものではない。
 辺りを見回すといつの間にか一人女の子のウエイターがレジに立っていた。
「いつの間に?」
 俺は思わず呟く。
 するとウエイターは俺達に向かってにこりと微笑んだ。
 そこで俺はとある小説を思い出す。
 その話はある喫茶店に勤める女性ウエーターが飲み物に、砒素だったかいう毒を少しずついれ、ゆっくりと人を殺す、というもの。
 常連客を狙ったもので、その殺人方法が印象に残っていたが、その動機などはちっとも頭に残っていない。
 そしてこの話を唐突に思い出したのは、この喫茶店と俺の前にいるウエイターの見た目が、その小説の中のイメージと酷似しているからだ。
 しかしその本の名前すらも今は忘れてしまった。
 あの話はいつどこで読んだのだっけ。 
 ぼんやりと過去を振り返っていると、不意にとろわが腕を引っ張った。
「何をぼんやりしているんだい、人が通れないだろう」
 気づけば、さっきの女性客の邪魔になっていた。
 俺は出入り口の前から避ける。
 女性客はにこやかな顔で俺達に軽く頭を下げると、外に出ていった。
 そんな彼女らを見送り、とろわがウエイターの女の子に近づく。
「あん、おまえここでバイトしてたのか?」
 俺はとろわの言葉に再び驚いた。
 所々フリルのついた可愛らしいエプロンを着ている彼女。
 水色を基調とした服装で、髪は短く涼しげだ。
「あんっていえば、おまえの妹か?」
 そうだ、この町にきたとき一度だけ会った事がある。
 確か彼女は人間として高校に通っているとか。
 一応彼女は民宿のアシスタントの一人なのだが、学校の都合などで、一日しか宿にやってきた事はない。
 その時見た彼女は髪が長かった気がするが、イメチェンでもしたのか。
「そうだ、こいつは僕の妹。……確か部活動があるんじゃなかったか?」
「今日は顧問の先生用事があって来られないんだ。だから休み」
 彼女は家にいても暑いし、暇だ、という事で涼を求め、この店にきたんだとか。
 そこでこの店の店主に仕事を手伝ってくれるよう頼まれ、小遣い稼ぎにウエイターをやっているそうだ。
 さっき不意に現れたように見えたのは狸の姿に戻っていたところを慌てて人間の姿に変えたかららしい。
「ところで、お兄ちゃんたちは何しに?」
 そうだ、今の今まで忘れていた。
 俺たちは烏丸氏に頼まれ、ワインを買いにきたのだ。
 その旨を彼女に伝えると、「だったら店長さんに話を聞いた方が早いね」とレジカウンターを指さした。
 烏丸氏はこの店の常連らしく、“いつもの”を貰ってきてくれ、とも言っていた。
 その“いつもの”は店長が知っていると。
 そしてあんが指さす方を向いたのだが、案の定そこには誰の姿もない。
 レジカウンターには相変わらず羽を広げたガラスのカラスが鎮座在しているだけである。
 そのカウンターの内側には店の奥へと通じる通路があった。
 きっとその通路の先には厨房などがあるのだろう。
 あんの指はレジの辺りを指しているようであるが、その通路を指しているように見えなくもない。
「店主は店の奥にいるのか?」とあんの方を振り返ると、彼女はきょとんとした表情を浮かべた。
 なぜそんな顔をするんだ?
 俺が戸惑いを思いきり露わにすると、とろわが吹き出した。
「な、何がおかしいんだ!」
 意味も分からず笑われると大変頭にくる。
 一体こいつは何がそんなにおもしろいのか。
 そんなとろわの様子を見て、あんがはっとした表情を浮かべた。
「最初来た時教えてあげなかったの?」
あんもあんで意味の分からない事を言う。
 最初来た時?
 烏丸氏を迎えに来たと時か。
 その時に教えてあげなかった、とは何を教えなかった事を指すのだろう。
 そういえば、この店に関する疑問は確かにある。
 この店に最初に来た時は店の従業員らしき人がいなかったのだ。
 なので、コーヒーを飲んでいた烏丸氏は、帰り際、レジカウンターに代金を置いて帰った。
 そして俺たちが店の外に出る時、一瞬レジカウンターの方を振り返ったのだが、その時既に小銭は消えていたのである。
 もちろん俺たちがいる間は終始レジカウンターには誰の姿もなかった。
 これから導き出せる答え、それはとても現実的とは思えないものである。
 断じてそのようなものは認めない。
「教えなかった、とは何の事だ」
 俺はとろわを正面から見据えた。
 奴は笑いながら話始める。
 それによると、到底信じ難く、認めるのは大変癪であり、非現実的で、どうにか整理し、理解すると、要するに、この店の店主は俗にいう透明人間であるらしい。
 何をのたまうこの大馬鹿者めが。 
 そんなものいるわけがなかろう!
 そもそも透明人間は日本の者ではないのではなかろうか。
「その顔は信じてない顔だな」
 とろわが俺の表情を見て言った。
 無論である。
 俺がなんと説教してやろうかと腕組みをした時、不意に予想外の事が起きた。
 というのもレジカウンターの上にあったガラスのカラスがふんわりと浮かび上がったのである。
 要するに飛んでいる。
 俺は思わずのけぞった。
 カラスはそのまま真っ直ぐ飛来し、身の危険を感じた俺は腕で頭をかばった。
 案の定カラスは俺の頭をつつき始める。
 何故俺はこのような仕打ちを受けているのだ。
 というかなぜガラスのカラスが宙を舞っているのか。
 俺はどうにかカラスを払いのけ、顔を上げた。
 すると、ガラスのカラスが羽を広げたポーズのまま、宙に揺らめいている。
 羽ばたいていないところを見ると、そのカラス自身が動いて飛んでいるわけではない、何かが支えているのだ。
 それはつまり?
いやまさか、何か仕掛けがあるのだろう。
 再び俺がむっとした顔を作り上げると、カラスはすごすごと退散し、カウンターの上に収まった。
 これで、茶番はおしまいか。
 これから説教タイムに突入か、と思われた時だった。
 再び俺の身に何かがやってくる。
 今度こそ何も見えなかった。
 できる限り今の不可解な状況をどうにか分かりやすく言うと、今俺は何もない空間に抱きしめられている状態である。
 腕は軽く締め付けられ、動かず、体の全面には何かが押しつけられている。
 背中には何かが巻き付いているかのように、ものが触れている感じがした。
 これは大変な事態である。
 目の前の空間は無色透明、触れているはずのものがある場所には何もない、少し手を動かしてみると確かにそこに何かが存在していた。
 肉厚はある。
 恐るべきぺらぺら人間がいるとかいうわけでなく、実際に我が眼前には人の形をした目に見えないものがいるようであった。
「キミが最近下宿を開いたという田中君みたいな感じだな! やぁやぁ、話は大体聞いている感じだ!」
 極めつけがこれである。
 耳元の何もない空間からいきなり馬鹿がつくほどでかい声が聞こえた。
 独特な話し方、低いトーンの声、ここにいる狸2匹のものではない。
 そしてふっと俺の体に抱きついていたものが離れた。
「ここまでされたら透明人間の存在を認めざるを得ないでしょ?」
 あんがにこりと笑う。
 ちなみにとろわはにこりどころか腹を痙攣させている。
 そのまま笑いすぎて死んじまえ。
 確か人は20分以上笑うと死ぬらしいぜ、狸、おまえはどうかな? 
 しかし確かにあんの言うとおり、透明の何かが、置物で襲撃し、思い切り抱きしめ、さらに耳元で大声を出してしまえば、もう俺の目前には透明人間か相当なパワーを持った霊がいるか、魔法が実在するかという何にせよ非現実的な考えしか思い浮かばない。
 先ほどの状況を科学的に証明できる人がいればそれはもう、100年に一度、いや、1000年、いや、それ以上か・・・・・・まぁ、なんにせよ、天才である。
 自分の貧相なボキャブラリーを嘆きつつも俺は言った。
「認める」
 ともかく俺の目の前に非凡があることだけは間違いない。
「おっほ! そかそか! 認める感じか! それはとてもいい感じだ!!」
 いつの間にか透明人間は移動していたようで、レジカウンター奥の辺りから声がした。
  そこには手袋と帽子が宙に浮いており、それがゆらゆらと揺れている。
 しばらく揺れた後、帽子がくるりと回り、手袋が飛び上がった。
 そして壁に掛けてあった上着をとると、それを翻す。
 上着の袖がそれぞれ上に持ち上げられ、それも宙に浮いた。
「これで俺が見える感じだろ!」と宙に浮いた服やら諸々はカウンターからこちらに出てきた。
 靴もちゃんと履いている。
 しかし足の他の部分は空白なので不思議な感じだ。
 あ、感じ、と言うのが移ってしまった。
 彼はなんたらな感じ、と言うのが口癖のようである。
 どこまでも個性的なやつ。
「んで、用件はどんな感じだ?」

非凡レール 3話 1

2010-08-21 23:57:12 | その他
「さぁ、そこから飛び降りてみたまえ」
「む、無茶言うな!!」
 俺は今、夏の強い日差しが大いに猛威を振るう中、倉庫の屋根の上に立っている。
 いかれポンチの大学生のような金髪頭の天狗の相手をしていたらこのような事になってしまった。
 一体俺はどうしてこんなにも線路を外れてしまったのだろう。

 :
 
 そもそもの事の発端は一週間ほど前、俺の寝泊まりしていたぼろアパートに死霊のような見た目をした、リョウという男がやってきたところから始まる。
 もうその辺りは周知の事であろうから説明を省くが、今俺がどのような生活を送っているかはきちんと解説しておくべきだ。
 まず、未だに我が下宿の宿泊客は一人きりであり、その客こそ、例の天狗、烏丸(カラスマ)氏である。
 俺や彼の他にこの宿に出入りするのは炊事、洗濯、掃除などを担当している、すーという女性。
 彼女はこの、見た目からは到底民宿とは思えないボロ屋で働いてもらう代わり、仕事の時間以外は好きなだけテレビを見てもよい、という条件で仕事にきてもらっている。
 ちなみに彼女は本来狐であり、居間に行くと狐が韓国の俳優にきゃあきゃあ言っている世にも奇妙な光景を見る事ができた。
 そしてその時居間には一緒にわいわい言っている女の子の姿がある。
 その女の子は座敷童子だ。
 この店に出入りするとろわという奴が連れてきたものである。
 彼女、幽霊のようなものだからか、飯は食わないものの、その代わりいつも銭を求めてくる。
 幽霊のようなもの、というのは、彼女、いつも淡く光っているのだ。
 けれど実体はあり、銭を手に握りしめ、嬉しそうな顔をする。
 貯まった金を一体どう使うのかは知らないが、彼女には彼女なりの考えがあるのだろう。
 実際座敷童子と呼んでいて、見た目も子供であるが、もう十分大人へと彼女は成長しているのだ。
 ただ子供の姿の方が楽にできるらしく、ちっこい女の子の姿ではしゃいでいる。
 そして、一番の問題がその座敷童子を連れてきたとろわである。
 そいつのせいで、俺は座敷童子という新たな問題を抱えるようになってしまった。
 そもそもそのとろわという男自体問題の塊である。
 仕事はしないし、妙に理屈っぽいところがあり、暇にかまけて人の平穏の邪魔をする。
 俺の仕事は民宿の客の相手をすればいいだけなのだが、相手をするといっても本来特にしなくてはいけない事はない。
 だから、本当であればのんべんだらりと過ごす事ができるのだ。
 しかしそこをとろわが烏丸氏に何か良からぬ事を吹き込み、俺は倉庫の屋根に上って、飛び降りろなどと言われる事になったのである。
 最初はちょっとした段差や階段を跳んで降りるよう言われ、なんだかよく分からないがお遊び感覚で付き合っていた。
しかし最終的にこの様だ。
 俺の身に何かあったらどうしてくれるんだ、忌々しい狸め!

 :

「大丈夫さ、君なら飛べる~」
 烏丸氏が間延びした口調で言う。
 その彼は宿の屋根瓦の上にビニールシートを引いて座り、麦酒をすすっている。
 しかも塩辛まで摘んでいる。
 昼間から何という奴。
 けれど顔色が全く変わらず、口調がのんびりしているところ以外変化がない。
 もしかすると烏丸氏は相当酒に強いのかもしれない。
「こんなところから飛び降りたら絶対どこか怪我するに決まっているじゃないか!」
 俺は全く持って正当な意見を述べたのだが、烏丸氏はどこ吹く風である。
「大丈夫、大丈夫、ちゃんと段階は踏んだんだから」
 俺は盛大に溜息をついた。
 さっきからずっとこの調子である。
 倉庫のてっぺんから地面まではおよそ3、4メートルほど。
 足をくじくくらいするんじゃなかろうか。
 そもそも俺はあまり高い所が好きではない。
 嫌いではないし、安全であれば恐怖は全く感じないが、飛び降りるとなれば別だ。
 大いに身の危険を感じる。
「ぐずぐずしないで~。もうちょっとなんだから、サクサクいこうよ~」
 さて、俺がなぜこうやって高い所からぴょぴょんする練習をしているかというと、空を飛ぶ特訓である。
 あ、今笑っただろう。
 なに言ってんの? 頭大丈夫? とか思ったであろう。
 俺も同じ心境である。
 そう、とろわが烏丸氏に吹き込んだ事というのは俺を彼の弟子にする、という事であり、俺を天狗的人間に育て上げる事であった。
 この天狗になろうぜ作戦は俺がこの地にやってきて早二日目から開始された。
 俺の了解なく、である。
 立場上、俺は客である烏丸氏の頼みを断る事ができず、ちょっとした段差を飛んだりひたすらジャンプするという意味不明な所行を繰り返し行った。
 夏場の適度な運動にはなったがそれ以上の効果は毛ほども感じられない。
 そして、それが天狗に近づく修行と聞かされたのは昨日の夜である。
 烏丸氏はまず手始めに飛ぶ事から身につけようとのたもうたのであった。
 俺はまず耳を疑う。
 普通の人間である俺がいくら跳ねても飛べるわけがなかろう、と。
 こうやってぴょんぴょこするだけで空が飛べるものか。
 高い所から飛び降りるだけで空が飛べるようになるのなら、世の中飛び降り自殺を働こうと考えた人々が空の彼方を飛び回っていることであろう。
 しかし残念ながら人間というものは跳べば落ちるのである。
 このような無意味な事は即やめるべきだ。
 いくら客人の面倒を見ろ、と言われていても、怪我をするのが分かりきっている事をやる必要はないはずである。
 俺は断固として飛び降りない所存だ。
 心に決めた俺は、屋根に座り込んだ
「あー、もう、後少しなんだってば! 君は後少しで跳べる~! 自分を信じろ~!」
 なにが信じろだ。
 どこに信じる事ができる場所がある?
 しばし日の照りつける灼熱地獄の中俺たちは睨み合った。
 汗が体中を伝う。
 拷問である。
 しかし烏丸氏は何とも涼しげだ。
 俺はTシャツの裾で汗を拭った。
 俺の横には、屋根に登るために使用した梯子がかかっている。
 隙あらばそこから下に降りて、麦茶をすすりたいところだが、烏丸氏は俺から目を離さない。
 どうしたものか。
 しかし唐突に睨み合いは幕を下ろした。
「まだやってたのか」
 マッシュルームヘアが屋根に登ってきた。
「とろわ、おまえ!」
 俺が諸悪の根元を睨みつけると、奴はウインクを投げて寄こした。
 俺は奴の視線を振り払うように眼前で手を振る。
 しかしとろわの奴、俺の動きには目もくれず、烏丸氏に何か耳打ちをした。
 苛立ちが募る。
 俺にこのような修行をさせようと目論んだ時もこうして耳打ちをして、二人でこそこそしていたに違いない。
 俺が睨みつける中、とろわはなにやらごにょごにょ言い、烏丸氏はにっこりと笑った。
「田中君。修行は一旦中止して、一つ頼まれてくれないか」

 :

「まったく、おまえは暑苦しいな。ついてこないでいいと言っただろう」
「そんなつれない事を言うんじゃない。いいじゃないか、僕も少しは出かけたいんだ」
「おまえを連れ歩くと俺まで変な目で見られる」
 俺ととろわは今、喫茶店“赤っ鼻”に向かっている。
 というのも、その店に新しくワインが入荷し、その知らせを聞いたとろわが烏丸氏に報告したのである。
 烏丸氏はワインに目がなく、即俺たちを使いに出した。
 要するに俺はとろわに助けられたような形になったのだ。
「僕のこの格好は蚊から我が身を守るためのもの。あんなものに刺されたら狸に戻れなくなる」
 そう言うとろわは、夏、しかも日の照りつける午後だというのに、いつもの黒い長袖ハイネックに、白い長ズボンという出で立ち。
 確かに肌がほとんど出ていないから蚊に刺される心配はないが、暑苦しいにも程がある、目に毒だ。
 おかげで道行く人の怯えたような視線を感じる。 
 これではまるで俺たちが変質者のようではないか!
 しかしとろわは常に涼しい顔をしていた。
 汗も全くかいていない。
「しかし、なぜ俺は天狗修行などというものをしなくてはならないのだ」
 あのような実りのない運動に時間を費やすのは無駄という他ない。
 すぐにでも止めてもらいたい。
「仕方ない、跡取りとして認めてもらうには空が飛べなくちゃ話にならないじゃないか」
「は?!」
 今このマッシュルームはなんと言った?
 跡取り?
 俺は幻聴でも聞いていたのか。
「すごい汗だ、どうしたんだい。プレッシャーになったかな、今の」
 プレッシャーも何も理解ができない。
 詳しい説明を求む。
「おまえ、今跡取りとか言ったか? 言ってないよな、そんなまさか」
「あぁ、跡取りと言った。君は烏丸氏の跡を継ぐのである」
 俺は足を止めた。
 人通りが少ない場所を歩いているので、幸い通行の邪魔にはならない。
「急に止まらないでいただきたい。急にどうしたっていうんだ」
 俺はのほほんと話す奴の顔を見て、一気に怒りが爆発した。
 とろわの襟首を思い切り掴む。
 三流ドラマの演技みたいだが、今はそんなところで恥ずかしがっている場合ではない。
「おまえ、なに人の人生のレールを歪めてやがんだ! これ以上歪んだら、元の生活に帰れない! 俺は一夏の契約でここにきてんだ!」
 俺が怒鳴るととろわは迷惑そうな表情を俺に向けた。 
「あのね、収入がないのに、どうやって元の生活に戻るのさ。君には今食べ物を買う金も、住む場所を確保する金もない」
 痛いところをついてくる狸である。
 余計に苛立ちが募った。
「そんなものどうにでもなる! 俺は夏の終わりと共に平凡な人生に戻る!」
 俺はとろわを突き飛ばした。
「全く乱暴だなぁ!」
 とろわは後ろに数歩よろけたが、どうにか踏み留まると、溜息をついた。
「跡取りといっても仮の、だよ。本当に跡を継ぐ訳じゃない。ただ烏丸氏の体裁を保つためには弟子っていうのが必要なのさ」
「体裁?」
「天狗界にはいろいろと面倒な部分が多いという事である」
「そんな事を言われても困る。おまえが弟子になればいいではないか」
「僕は別に空を飛ぶ訓練なんてしなくても鳥に化ければいくらでも空を飛べるから修行する必要はない」
「修行をする必要はない? もしかしておまえは既に弟子だったのか?」
「まぁ、そうだ。ちなみに弟子は3人とって一人前の天狗。次は君が新たな弟子を捜す番だ!」
「何を勝手な事を!」
 聞けば聞くほど面倒な話だ。
 俺に一体どうしろと言うのか。
 このままひたすら意味不明な行動を繰り返せというのか。
「あのね、やれば本当に跳べるんだよ。信じないから跳べない、それだけの話さ。心の底から100%飛べると信じる事ができれば自由に空は飛べるのである」

とある狸の手記 4

2010-08-01 17:00:56 | その他
「さぁ、早く指示を・・・・・・」
「少し話を聞いてくれ!」
 僕は普段使わない大声を出し、少し声が上ずってしまった。
 彼女はそんな僕を見てきょとんとした顔で見る。
 僕は彼女の反応を見るのが少し怖かった。
 だから俯き、彼女の表情を見ないようにして口を開いた。
「僕が空飛ぶ畳を探していたのは君を捜してきてくれと僕の叔父に頼まれたからだ。僕が君をほしがった訳じゃない」
 居心地の悪い沈黙が降りた。
 彼女は何も言わない。
 身じろぎ一つしない。
 僕はずっと俯いたままに固まっていたが、顔を上げた。
 そして僕は息を呑んだ。
 さっきまで幼い少女の姿をしていた彼女が大人の姿へと変貌していたからだ。
 相変わらず淡く光るその姿は何とも美しかった。
 彼女は俯き、長い睫が白い肌に影を落とす。 
「ごめんなさい、あなたの話も聞かず。でも、私はあなたに運命を感じたの。あなたこそ私の持ち主にふさわしいと」
 彼女は淡々と話した。
 あまりにも長い間この地で過ごしていた。
 昔は座敷童子、子供の姿をして何もかも新鮮で楽しかった。
 でも、月日は流れて、彼女の住むこの神社は寂れ、ほとんど人も寄りつかない。
 彼女の持ち主であった神社の持ち主もいつからか来なくなった。
 そして彼女は長い長い時をかけ、大人になったという。
 彼女ははらはらと涙をこぼした。
「私は前の持ち主、この神社の主には運命を感じておりました。だから彼の元に留まったのです。幾度となく彼の危機を救い、また彼も私を守ってくださいました」
 しかし、ある日ぱったりその人は来なくなり、神社はどんどん荒れていったという。
「我が主がいた頃は幾度となく私を欲しいという人がここを訪れました。しかし運命を感じるような人はいなかった」
 そこで彼女は僕を見据えた。
 いかん、なにやら心臓がおかしな動きをしている。
 胸の中で小人が暴れている!
「でも、ここであなたに出会ったのです。どうか私を外に連れ出してください。新たな主の命でなければ私はこの地から出ることができないのです」
 女性を泣かせてはいけない。
 叔父が言った言葉の中で唯一共感できたことである。
 叔父は生まれてこの方女性を泣かせたことがないと言った。
 それは叔父に女性を泣かせるようなことをしでかす度胸がないせいであろうが、しかし、今の僕にはにっくき叔父に敗北したような感があった。
 これは偉大なる狸である僕の誇りが許さない。
 女性を泣かせるとは何事ぞ。
 叔父のわがままなぞどのようにもなる。
 今は彼女を救うこと、それだけを考えるべきだ。
「もう泣くでない。僕がそなたの主となろうぞ」
 僕は少しふらつきながらも2本足で立ち上がり、彼女に前足を差し出した。
 狸の姿で2足歩行をしようとすれば体に負担がかかるのだが、格好をつけるためである。
 僕はええかっこしいであった。
 そして彼女はふっと顔を上げ、美しい笑顔を浮かべた。
 僕の鼻のしわが伸びる。
 伸びすぎというほど伸びる。
 そして彼女は僕の手を取った。
「ありがとう」
 そして僕が、瞬きをした次の瞬間には彼女は子供に戻っていた。 
「それでは君の家へと行こうぞ。君の叔父上のことは私がどうにかして上げようではないか。大船に乗ったつもりでどーんと構えていたまえ!」
 彼女がそう言うが早いか地面が揺れた。
 見ると四畳半がうごうごしている。
 彼女の姿について何か言う間もなく、四畳半は宙に浮いた。
 ふらふらと危なっかしく座敷は揺れ、僕は彼女に捕まった。
 彼女以外にこの一間に捕まるものはなかったのである。
 僕は彼女の腕の中でぷるぷると震えるしかなかった。
「いざ!」
 彼女は腕を振りあげ、四畳半は勢いよく飛び出した。
 社の障子を突き破り大空へと舞い上がる畳。
 僕は彼女に抱えられ、呆然と夏の澄んだ空を見上げるほかなかった。
 遠くにセミの声が聞こえる。
 おや、セミの声に混じって何か人の声のようなものが聞こえる。
 なんか忘れているような気がするなぁ。
 僕がどこかへ飛んでいってしまった記憶を拾い集めていると、人の声がはっきりしてきた。
「トロワく~ん!これは一体どういうことか~!」
「説明をもと~む!」
 これはなんだか懐かしい声だ。
 僕は三拍の間を置き、全てを思い出した。
 はっと顔を上げれば、畳の横を着物を着た金髪の男と、ハンドルの生えた座布団に乗った人間の男が飛んでいるのが見えたのである。

 :

「ほぉ、トロワよ、よくやった。本当に空飛ぶ畳を持ってくるとは」
 叔父達の営む骨董屋のあるビルの裏手、そこには家を一軒建てられそうなほどの広さがある、大きめの空き地があった。
 僕らはそこに降り立ち、叔父が、運がいいのか悪いのかその場に居合わせたのである。
「トロワ、何をぼーっとしておる。早くそこからおりんか」
 叔父は少女の姿をした座敷童子には全く触れず、僕を指さした。
 田中氏のことや烏丸氏のことは叔父も知っていたから何も言わないのはわかる。
 しかし、彼女のことに触れないのは何かおかしくないか?
 僕は内心首を傾げながらも畳から地面に降りた。
 それと同時に僕だけ狸の格好をしているのが癪に障ったので、人間の姿に化ける。
「ほぉ、なかなかにいいものだ」
 叔父はもみ手をしながら畳に近寄る。
 僕は複雑な心境でその場面を見た。
 不意に叔父が田中氏に視線を向ける。
 いや、叔父が見たのは田中氏ではない、田中氏が今まで乗っていた、マリリンだ。
 叔父は値踏みをするような嫌らしい目でマリリンを見るだけ見て、何も言わず視線を外した。
 僕も畳へと視線を戻す。
 さっきと変わらず四畳半の上に座り込む彼女は僕にウインクをして見せた。
 任せろ、ということか?
 そして彼女から発している光が不意に強くなった。
 次の瞬間には光が弱まり、彼女がまた大人の姿になっているのが見えた。
 彼女は自分の見た目年齢を自由に操ることができるのだろうか?
「おぉ、あなたは?」
 不意に叔父が大声を上げた。
 見ると烏丸氏も田中氏も驚いている。
 そういえば、田中氏にも烏丸氏にも子供の姿の彼女にはちゃんと反応していたのに、叔父には反応がなかった。
 もしかして叔父には子供の姿の彼女が見えていなかったのではないだろうか?
 彼女の意志で姿を見えたり見えなくしたりできるのか、それとも見る人によるのか。
 わからないが、大人の姿になれば叔父にもわかるようだった。
 そして子供の姿が見えていた人には大人の姿も見えるようである。
「私はこの座敷です」
 彼女は艶やかな声で言った。
 今僕のいる地点からは叔父の後ろ姿しか見えないが、きっと今叔父の鼻の下はだらしなく伸びていることであろう。
「そうかそうか、わしが新しい主人になってやる」
 叔父は偉そうな口調で言った。
 僕に対するときとほとんど態度が変わっていない。
 きっと僕が畳を乗りこなせたもんだから自分も乗ることができるに決まっている、そう思いこんでいるのだ。
 彼女はそのような甘いものではない。
 もっとよくわからない生き物だ。
 叔父などの手に負えるものか。
 僕にだって彼女が一体何なのかよくわからないというのに。
 今になっては彼女の話さえ本当だったのかどうか分からない。
 ただ、新しい主人がいないとあの神社から抜け出せない、といったのは本当だったようだ。
 実際社から出た後の彼女は生き生きとして、本当に楽しそうだった。
 そして叔父の言葉を受け、彼女は口元を着物の裾で隠し、くすくすと笑い始めた。
 最初叔父は、それが自分が主になったことが嬉しくて彼女が笑っているのだと思い、贅肉がたっぷりついた腹をぷるぷると振るわせ、一緒に笑っていた。
 しかし、彼女の笑いはそのような穏やかな笑いでは収まらなかった。
 彼女の笑いの勢いは収まらず、だんだんと肩を震わせ始め、ついには声を上げて笑い始めた。
 もう口を隠すようなことはせず、彼女は盛大に笑う。
 叔父は化け物でも見るようなおびえた様子で一歩後ずさった。
 彼女の笑いに何か友好的でないものを感じたのだろう。
 そして彼女はひとしきり笑った後不意に真顔になった。
「おまえに私の主となる資格はない!」
 彼女の声は凛と響いた。
 そしてその声の一拍後、僕の背後、叔父の骨董屋であり、僕らの住む家でもある古ビルの方から、何かが盛大に壊れるような音がした。
 食器が割れたような音や、ガラスの割れるような音。
「ま、まさか?!」
 叔父が悲痛な声を上げた。
 裏返ったその声は空しく辺りに響き、叔父はどすどすと建物の方に駆けていく。
 僕は建物の中へ慌てて駆け込む、叔父を目で追った。
 やがて叔父の姿が見えなくなり、僕は後ろを振り返った。
 そこには既に少女の姿へと戻った彼女が変わらず四畳半に座り込んでいる。
「叔父に何をしたんだい?」
 僕が恐る恐る聞くと彼女はにっと笑った。
「制裁」
 彼女は小首を傾げ、ウインクまでして見せたのである。

 :

 四畳半は些かサイズが大きく、自室に持っていくことはままならなかったため、田中氏の営む民宿に運び込んだ。
 入り口近くに四畳半の小さな部屋があったため、そこの畳をよけ、その座敷をはめたのである。
 小さな部屋には大きな窓がついており、いつでも座敷は発進可能だ。
「田中氏はともかく、烏丸氏は信頼のおける人物だ。何かあったら彼に言うといい」
「わかった!」
 田中氏は相変わらずむっつりとしていたが、彼女が来たことに対しては意外とまんざらでもなさそうな顔をしていた。
「新たな住人は座敷童子か。この民宿が彼女の力で繁盛するといいねぇ」
 烏丸氏がにこにこと言う。
「僕はあなただけで一杯一杯だ」
 田中氏が盛大にため息をついた。
「なぁに、僕は毎日ここに来る。心配はいらないさ」
 僕が田中氏の肩に手を置くと彼は邪険に払いのけた。
「えぇい、腹が減ったぞ! 夕飯じゃ!」と田中氏は大股で去っていく。
「そんじゃ今日はごちそうになって帰ることにしよう」
 僕は些か腹が減り、叔父と顔を突き合わせて夕食をとることには気が進まなかったため、ここで飯を食べさせてもらうことにする。
「おぉ、そうしたまえ」
 烏丸氏がニコニコといい、僕らが移動しようとすると背後に何かの気配を感じた。
「そんじゃ私も」
 振り返れば彼女が四畳半を離れて立っていた。
「君、あの座敷の外にも出られるのか!」
 てっきりあの一間でしか行動できないのだと思っていたが彼女は今板間の上に立っている。
「畳のある建物内は自由に歩けるの」
 気づけば彼女は人の女の子ほどの大きさをしている。
 最初二人きりだった時はあんなに小さかったというのに。
 彼女についての謎は深まるばかりだ。
 今宵は彼女の身の上話でも聞くことにしようか。
 どうも今はうちに帰れそうにない。
 さっき叔父とは一緒に飯を食えないと言ったが、後で座敷童子に聞いた話によると、彼女が叔父にした制裁というのは、叔父が大事にしていた私物の骨董品ベスト3を破壊したとのことだった。
 どうも叔父はあくどい商売をしていたそうである。
 なぜ叔父があくどいことをしていた、という事が分かるのか、と聞いても彼女は曖昧に微笑むだけであった。
 
 今後僕は探し屋家業の傍ら彼女に振り回されていくのであろう。
 しかし忙しいことは嫌いではない。

とある狸の手記 2

2010-07-28 17:02:17 | その他
 僕は夏のある日、偶然出かけたゴミ集積場で彼女と出会った。
 捜し物は僕の仕事であり、趣味でもあった。
 今日も何か掘り出し物がないかと、町の外れをしばらく行った先の、人気のない寂れた空き地に僕はやってきた。
 当時は歩くほかにそこへ行く交通手段はなかったため、遠いその地に向かうのは億劫だったが、何もやる事がなく、時間のある午後はそこで有意義な時間を過ごす事を決めていたのだ。
 僕に仕事の依頼をしょっちゅうしに来る常連の一人はゴミあさりが趣味なのかと僕をからかうが、僕の趣味をゴミあさりなどと言うとは心外である。
 僕の高尚な趣味は誰からも理解してもらえないのが悲しいところだ。
 そして、いつものように渦高く積まれた資源の山を物色していたとき、僕の目は山の隙間からにょっと飛び出したハンドルを捉えた。
 車の運転席についているようなハンドルの先は、何が眠っているのか物の影で全く見えない。
 僕は何かこのハンドルに運命を感じ、周りを覆う物をどうにかよけ始めた。
 この作業は思ったより重労働で、多くの労力と時間を有した。
 しかし僕は諦めなかった。
 もし、このハンドルの先がちっぽけな何の変哲もないおもちゃの車だったら?などという事を考えなかったわけではないが、不思議と、このハンドルの先は僕が今まで見た事もないような物に違いないと感じた。
 僕はその勘を信じ、働き続けたのである。
 暖かな昼下がり、この地にやってきたというに、ガラクタを取り終えたとき、空は橙に染まっていた。
 汚れた手を偶然見つけた雑巾で拭い、僕は、その姿を白日の下に晒したハンドルの先を見た。
 それは不思議な事に染み穴、ほつれたところが一つもない座布団であった。 
 埃や土を被って薄汚れてはいたものの、致命的な傷は何もない。
 僕はその悠然たる姿を見て、心高鳴った。
 きっと彼女は僕に出会うため、この地に赴いたのだ。
 しかし、心ない人間の手によって、彼女は小汚いガラクタと共に埋もれてしまったのだろう。
 普段はこの地を資源の山と賞する僕だったがその時だけは、彼女以外はガラクタにしか見えなかった。
 これこそ、僕とマリリンの出会いである。 

 :

 僕は海岸沿いをしばし行った先にある林の中に隠れ家を持っている。
 林の中には木で作られた小さな小屋が建っており、誰かの物置のようだったそこは、僕が訪れた時は既に物がほとんど置かれていなかった。
 きっともう誰も使っていないのだろう、と踏んだ僕は自分に許可を取り、ありがたくその小屋を使わせてもらう事にした。
 仕事として掃除をする時は絶対と言っていいほどの確率で何度も失敗するのだけれど、責任が全て自分に返ってくるとなると不思議と失敗をしなかった。
 そしてどうにか綺麗になった小屋の中に僕は収集品類を詰め込んだのだ。
 そして、その中の一段と飾りたてられたスペース、ほかとは違って命一杯壁や床を磨き、美しく仕上げた一角に彼女は悠然と座っている。
 入り口に程近い場所で彼女はいつも僕の帰りを待っているのだ。
 本当は家に連れ帰りたいところだが、僕と弟妹の部屋に彼女をもてなす場所がない。
 野晒しなどもっての他である。
 それに彼女の存在を叔父に知られては些かならず面倒だ。
 叔父の事である、彼女の存在を知った途端何かと理由を付けて彼女を連れ去ろうとするに決まっている。
 僕は無駄な争いは好まない。
 だから僕は涙を呑んで彼女と別居生活を送っているのだ。
「やぁ、元気にしていたかい?」
 僕は彼女に一声かけ、連れだって外へ出た。
「今日も頼むよ、マリリン」
 僕は彼女に身を任せ、一路田中氏と烏丸氏の待つ民宿へ飛び立った。

 :

「信じられん」
「が、信じるほかない」
 田中氏の言葉を烏丸氏が引き継いだ。
 田中氏はもう呆然と頷くほかないようである。
 僕が田中氏達の待つ建物に戻ると、さっきまで3人で集まっていた部屋の窓が開け放たれているのが確認できた。
 きっと烏丸氏が気を利かせてくれたに違いない。 
 僕はその窓から田中氏の目前へマリリン共々参上仕ることにした。
 僕が身を引くとマリリンはふわりと高度を上げ、十分な高さまできたところで、今度は前に身を傾ける。
 すると次第にマリリンのスピードが上がった。
 そして僕はカーテン揺らめく一室に突入し、田中氏の度肝を抜いたわけである。
「田中君。世の中空飛ぶ絨毯、空飛ぶ座布団があるなら空飛ぶ畳や空飛ぶ座敷があっても不思議はなかろう?」
 烏丸氏がニヤリと笑った。

 :

「お、おい、これはどうやって飛んでるんだ?座布団にハンドルが生えただけじゃないか! 落ちたりしないのか!」
「これとは何だ! 彼女はマリリンだ! そんな口の聞き方をすると彼女の機嫌を損ねるぞ!」
 田中氏の失礼な発言に僕は早口で応酬した。
 僕と烏丸氏、田中氏の3人は今、町の上空を飛んでいる。
 烏丸氏の話によれば、町から程近い山の中にある小さな神社、その中の座敷が、例の空飛ぶ座敷だというのだ。
 昔烏丸氏が噂だてらに聞いた話で、実際に確認した事はないそうなのだが、行ってみる価値はあるだろうという事で、僕らは急ぎそこへ向かっている。
 烏丸氏はそこまでの案内、田中氏は烏丸氏が連れていこうと提案したため、一緒に来ていた。
 田中氏は一週間程前この地にやってきた大学生である。
 そしてひょんなことからさっきまで僕らがいた海岸のボロ家で妖怪向け民宿を経営する事になった。
 僕はそんな彼の下で働くようぬらりひょんの爺様に言われたのだけど、僕が働くとろくな事にならないのは自覚済みだったため余計な事はしなかった。
 ちなみに彼の民宿の一人目の客が烏丸氏である。
 彼以外は今のところ客が来る気配は全くないので、田中氏は烏丸氏に付きっきりなのだ。
 田中氏の仕事は客の面倒を見る事だけだからである。
「こ、この、ま、まりりんさんに気まぐれなところとかはないのかい?」
 田中氏はしどろもどろにそう聞いてきた。
 彼にも少しは礼儀という物があったようである。
「いや、彼女は至って誠実な女性だ。一度決めた事はきちんとやりきる、芯の強い女性だ」
「そ、そうか」
 田中氏はまだ腑に落ちないような表情をしていたが、それ以上は何も聞いてこず、ハンドルにしがみつくようにして、彼女を運転していた。
 ちなみに狸である僕は上空をいかに羽ばたいていたのかというと、九官鳥の姿を借りていた。
 これなら少しは喋る事ができる。
 ちなみに烏丸氏は天狗なので、どういう仕組みなのかは定かでないが、僕らの前を寝そべるように、漂うように飛んでいた。
「例の社はもう少しだ。それまで二人ともがんばりたまえ」
 この中で疲労が見えないのは烏丸氏だけだった。
 僕は九官鳥に化けた事が間違いだったのか、既にスタミナが切れそうである。
 田中氏は慣れないマリリンの運転で疲労困憊のようだ。
 帰りは少し方法を変えねばならぬやも。
「そういえば、神社に例の畳があるという話だったが、それがあったらどうするんだ?」
 不意に田中氏が口を開いた。
「そりゃ・・・・・・あ」
 僕は田中氏の言わんとする事を即座に察する。
「神社の物を勝手に持ち出していいのか?」
 そうである。
 神社の物を持ち出すなど罰当たりにも程がある。
 しかも今回僕らが隙あらば奪おうとしているのは畳ではないか。
 神社から畳を取り上げてみたまえ、一体どんな天罰が下るか分かったものではない。
「しかし、そうは言ってもだ」
 そこで口を開いたのは烏丸氏。
 彼はまるで畳の上に寝そべるかのような格好で口を動かす。
 顔が空の方を向いているので、まるで僕らじゃなく雲にでも話しかけているようだ。
「他に手がかりはない。神社の物を持って帰れはしなくとも何かいい事があるかも」
 烏丸氏は何もなくてもとりあえずお参りをして帰ろうと言った。
 その神社は正直者の願いを必ず叶えてくれるという。
 それならば安心である。
 この純真無垢、聖人君子のような僕であれば、参った途端願いは叶うであろう。
「そうか、まぁ、ここまで来て引き返すのもな」
 下を見れば、既に僕らは森の領域に入っていた。
 振り返ればそこに我が町の姿が小さく見える。
 思ったより短い時間に遠くまで来たようだ。
「そろそろ山頂付近か・・・・・・」
 先頭を行っていた烏丸氏が僕らの横に並んだ。
 目を細め前方を見やる烏丸氏。
 僕も九官鳥の、あまりよいとは思えない目を瞬かせた。
 すると少し先にぼんやりと建物が見える。
「あれは鳥居か?」
 田中氏が前方を指さした。
 ようやくゴールが見えたようだ。
 こうなれば俄然やる気が出てくる。
 僕はその地に一番降り立とうと、羽に力を入れた。

とある狸の手記 1

2010-07-27 16:33:19 | その他
 僕は狸だ。
 名前を”とろわ”という。
 僕は日本に住んでいるから、表記としてはひらがなで”とろわ”と記述するのがいいのだろうけれども、それだと分かり難いのであえてカタカナで、トロワと記させてもらう。
 何故狸がこうしてこちゃこちゃと文を綴っているのかというと、不意に書きたくなったからだ、僕の体験について。
 これを人間が見たらなかなかに粋な書き方の文章だと思ってくれるのではないだろうか。
 主人公が狸で狸の目線から語られるとはなかなかにおもしろいではないか、と。
 僕が思うほど人の世というのは甘くないかもしれないけれど、少なくとも狸界で小説、しかも人間に向けたものを書くのは僕くらいだろう。
 今回は僕の経験した数ある冒険談のうちの一つを、ここに記そうと思う。
 君も狸にでもなった気分で読んでみてくれると幸いだ。

 :

「トロワ、お前、暇をしているんだろう」
 僕はその日急に叔父に呼び出された。
 僕の叔父は古めかしい小さなビルのような建物の一階で、リサイクルショップ兼骨董屋をやっている。
 その店は叔父やその他狐界の重鎮達が切り盛りしているのだ。
 僕がいつものように自分達に割り当てられた部屋で、思索に耽っていると、不意に妹のアンがやってきた。 
 アンから叔父が呼んでいると聞き、僕は骨董屋の方に出てきたというわけだ。
 でっぷりと太った中年男の格好をした叔父は、腹をぷよぷよ震わせながら偉そうにふんぞり返る。
「暇と言えば暇ですけど、忙しいと言えば忙しいです」
 僕は自分の状態を最も的確に表したのだけれど、叔父は不機嫌そうな顔をした。
「どうせ、また何の役にも立たん事でもやっていたのだろう」
 叔父はそう決めてかかる。
 何を言うか、僕は今後の狸界の未来について考えていたのだ。
 狸鍋というものを人間が一〇〇%忘れ去るためには狸一匹一匹が一体どう行動すればよいのだろうという、大変為になる事を考えていたというに。
「お前は捜し物だけは一丁前にできるようだからな。一つ頼まれてくれ」
 その偉そうな態度は人にものを頼む態度か、とどんな狸が見ても思うだろうけれども、僕は果てしなく心が広い。
 このような叔父の態度で怒り出すほど僕は小さな狸ではないのだ。
「何でしょう?」
 僕は笑顔で返事をする。
 すると叔父も表情を少し緩めた。
「お前には今まで、いくつも捜し物を頼んだな」
 叔父は少し遠くを見るような顔をする。
 そう、彼は今まで僕に大層な無理難題を押しつけてきた。
 その様はまるで竹取物語のかぐや姫のようだった。
 さすがに蓬莱の玉の枝なんかを取ってこいとは言わなかったけれども、各地のご当地キャラクターのキーホルダーや根付けをコンプリートしろだの、大王イカを釣ってこいだの、火の玉をつれてこいだの、身の丈3メートルを超える巨大招き猫を持ってこいだの、金の桃を食べさせろだの、嵐を起こす扇を持ってこいだのと何かと言いつけてきた。
 僕はそれを知恵と努力とその他云々を駆使して、クリアしてきたのだ。
 中でも最後の嵐を起こす扇というのが一番ぎりぎり合格ラインだった。
 というのも、そんなもの天狗にでも頼まないと手にはいるはずがない。
 というかあの偏屈な天狗達がそうそうそんなお宝を譲ってくれるはずはないのだ。
 そこで僕は東奔西走し、真っ白な扇ととある犬を連れ帰った。
 真っ白な扇に嵐と書き、叔父が見ている目の前で、眠っている犬をその扇で仰いだ。
 するとその犬がぱっと目を覚ますのだ。
 その犬の名はアラシという。
 叔父の言ったとおり、僕は扇でアラシを起こしたのだ。
 これには叔父も舌を巻いた。
 それから叔父はしばらく何も言ってこなくなった。
 これで僕は叔父の魔の手から逃れられた、今度の事で懲りたか、と思われたのだけれど。
「今度は空飛ぶ畳を調達してきてくれ。捜し物しか能がないお前だ。これくらいやってくれるよな?」

 :

 僕はことごとく仕事というものができなかった。
 昔は僕も叔父の店の手伝いをしていたものだ。
 というのも僕と弟、妹は叔父に養ってもらっているからである。
 なぜ叔父に養ってもらっているのかというと両親は既にあの世へ旅立ってしまっているからだ。
 僕の両親は僕ら兄弟が小さい頃人間に捕まって、狸鍋にされてしまったらしい。
 今の狸の敵は狸鍋を今のご時世好き好んで食べようとする人間と、車等乗り物である。
 もちろん狸だって学習しない訳ではない。
 外を歩く時は念のため、人の姿になるようにしているし、人に変身できない小さな子狸は外を歩かないようにしている。 
 人の姿さえとっていれば、鍋にされる心配もないし、そうそう車にも轢かれない。
 変わり身とは狸達の生きる術である。
 そして僕はその化け術が自分でいうのもなんだけれど、群を抜いてうまかったのだ。
 それはもう小さなものから大きなものまで何にでも変身できた。
 けれど、それ以外の生きていく術はさっぱりだった。
 人間の姿はとれるけれど、生きていくための掃除や料理や裁縫なんかは何一つ、全くと言っていいほどできないし、計算ごとも大の苦手だった。
 こうやって文章を書く事くらいはできるのだけれど、狸が文章をいくら書けても飯は食えない。
 僕は仕事もできず、ただ叔父さんに養ってもらうほかなかった。
 もし僕が店に出る事になると、会計係をやれば計算を間違え、店は赤字の手前まで真っ逆様、店の掃除をやれば、品物が木っ端微塵に砕け、仕入れに行けば、見る目がなくガラクタばかり集めてきてしまう。
 叔父はほとほと呆れ果てた。
 そして最後に頼んだ仕事が捜し物だったのだ。
 最初は難題を押しつける訳でなく、品物の一つとして仕入れてきた指輪を落としたから探してきてくれ、というものだった。
 その後もお使いめいた事や、叔父が望む品物を見つけてくるような、時には難しいけれど、こなすのに頭を悩ますようなものを頼んでくる事はなかった。
 そして、あるときから、僕がどんなものでも片端から見つけてくる事に味を占めた叔父は、僕に無理難題を押しつけてくるようになったのだ。
 今まではどうにかこなしてきたけれど、今回ばかりは途方に暮れた。
 空飛ぶ畳?
 そんなものどこからどう探してくればいいというのだ。
 
 :

 僕は探し人”とろわ”として各界で有名だった。
 狸界ではもちろんのこと、狐界、人間界、更には妖怪達も僕を訪ねてきた。
 僕は叔父だけでなく、いろんなモノ達の捜し物を捜索して回った。
 そのおかげで様々な収集品もでき、人脈も広がった。
 このきっかけをくれた叔父に感謝をしていないというわけではないけれど、何もせずにぐうたらしているのだって僕は大好きだった。
 まぁ、ぐうたらするのが嫌いな人はいないだろう。
 できることなら僕は畳の上で転がって、のうのうと寝て暮らしていたかった。
 しかし、そのようなわがままは今更言えない。
 話を戻すが、僕は先ほど述べたように色々と収集品ができた。
 しかしそれらは僕の使っている部屋に置いておくわけにはいかなかった。
 というのも、そこは弟と妹と僕の3匹共同で使っている部屋だからだ。
 今弟と妹は社会勉強のため、高校生に化けて学校に通っている。
 ちなみに狸が人間界の学校に行くという掟やぶりの事を最初にやらかしたのは僕だ。
 僕は転校生として、高校に潜り込んだ事がある。
 学費や教材費などの費用は、捜し物をした報酬や収集品を売ったお金賄ったのである。
 僕はすっかり学校生活をエンジョイし、そこから、人間でいう中学生ほどの歳になった狸の子供達はそれぞれ人間界の学校に通う事となった。
 つまり僕は狸界の歴史を変えた偉大なる狸なわけだが、叔父はそんな僕を目の敵にした。
 何かにつけては僕に対して、悪口にしか聞こえないような事を言い、皮肉を浴びせた。
 僕だけならまだしも妹や弟にもそのような暴言を吐き、僕は怒り心頭に達した。
 それから僕は弟妹に対して何か言われる度に仕返しとして、いたずらを仕掛けた。
 叔父が風呂に入ろうとしていると知れば、隙をついて湯を水に変え、僕の収集品の一つである本物そっくりな蛇のおもちゃをこっそり投げつけ、夜中叔父の部屋に忍び込み、老婆の姿に化けて叔父の上に一晩乗っかっていた事もあった。
 偉大なる狸を怒らせるとこのような事になるのだ。
 叔父もしばしこういった仕返しが続くと、どういう行動をとれば報いが返ってくるか学習したようで、我が弟妹達に対する暴言はなくなった。
 しかし僕に対する攻撃が止む事はなく、心の広い僕はそれを全て受け止め、努力を重ねた。
 偉大な狸は心が広くなくてはならぬ。
 しかしながら叔父は最終的に言葉だけでなく、無理な捜し物で僕を責め立てた。
 いくら僕が偉大であれ、仕事をしておらず、家賃・食費等何も払っていないのであれば、ただの居候である。
 居候は捜し物の一つくらいしてあげなければ申し訳なく思った。
 そして僕は健気にも空飛ぶ畳を探す努力を始めた。
 これぞまさにお涙頂戴の物語の始まりである。

 :

「空飛ぶ畳? そんなものあるわけないだろう。おまえの叔父はどこかおかしいのか?」
 僕は叔父のいる骨董屋を離れ、海へ向かった。
 骨董屋の前は商店街のような大きめの通りとなっており、人通りも多く、八百屋、肉屋、魚屋という夢のトライアングルがすぐ近くにある、にぎやかな場所だった。
 そんな所で僕の美しい毛並みを晒せば瞬時に人だかりができ、どこかへ連れ去られるに違いなかったので、僕は人間の姿に化けた。
 しかし僕はこの通りに多く出没する一般にオバサンと呼ばれる連中が苦手であった。
 可愛らしい子供の姿に化けた弟と妹がそのオバサン共に群がられているのを見かけた事がある。
 そんな時僕はかわゆい弟達を助けてやりたいながらも言いしれない悪寒が走り、そそくさとその場を逃げ出すのであった。
 そしてそんな僕は今時芸人でもしていないような見事なまでのさらさらマッシュルームヘアに、黒いハイネックに白い長ズボンという、日の照りつける地獄のような暑さの夏なのに大層暑苦しい格好をしていた。
 しかし僕は汗を全くかかない。
 なぜなら普段の毛皮と厚い皮に比べて人間の着る服は大層薄かったからだ。
 こんなもの僕のような偉大な狸には屁でもない。
 しかし、オバサン連中は気持ち悪いものでも見るような目で僕を見る。
 きっと僕がこのような格好をしていながら汗一つかかず涼しい顔をしているのが、不思議でたまらないのだろう。
 決して不気味に思われているわけではない。
 僕は偉大な狸である、人間とは違うのだ。
 僕はさりげなくそれをアピールするため、さっき述べたような姿に変わり、町を闊歩するのである。
 そして今僕は通りを抜けた先の海、その浜に建つ廃墟のようなボロ家の中にいた。
「いやいや、田中氏。この世の中、僕たちのように人間が知らない生物が存在している以上、人間が知らない物もまだまだ沢山あるという事だよ。その中に空飛ぶ畳があっても何ら不思議はない」
 僕の前には机を挟んで、若いながらも冴えない風貌の人間の男、田中太郎氏と、金髪に浴衣というミスマッチファッションを惜しげもなく展開する不可思議な天狗、烏丸(カラスマ)氏が鎮座していた。
「確かに僕は空飛ぶ畳というものを知っている」
 烏丸氏は遠くを見るような目つきで顎をさすりながら言った。
「本当ですか?」
「いや、しかし」
 僕が身を乗り出すと烏丸氏は顔をしかめる。 
「しかし?」
「僕が知っているのは厳密に言えば畳ではなく、座敷だ」
「なんと!」
 畳ではなく、座敷とは。
 座敷は畳の集まりだからあながち間違ってはいないけれど。
「いや、ちょっと待ってくれないか、お二方」
 そこで、異常に汗をかいた田中氏が口を挟んだ。
 夏だから暑いのは当然だけれど、彼の汗のかきようは半端でない。
「いいかい、どうやったら座敷が空を飛ぶというんだ。そんなのどう考えたってあり得ないじゃないか!」
 田中氏は真っ赤な顔で、ばしんと机を叩いた。
 何をそんなに怒っているのか僕には分からない。
 烏丸氏もきょとんとした表情をしている。
「さっきも言ったじゃないか、田中君。世の中人間が知らないものは沢山あるのだ。ここは黙って受け入れる方が賢明だよ」
「そんなもの! 見てみないと信じられません!」
 そこで烏丸氏は盛大に溜息をつき、ちらりと僕に目配せをした。
「ならトロワ君。君の愛車を彼に見せてあげたまえ」
「分かりました。彼女を連れてきます」
 僕はさっと席を立ち駆けだした。
 田中氏がぼんやりと口を開け、僕を見送る。
 僕は走った。
 我が愛機、マリリンを連れてくるために。

テイクアウト 後編

2010-06-26 18:59:14 | その他
 最寄りのゴミ捨て場というのは家のすぐ近くにある。
 しかしゴミ捨て場といっても、ただ壁にゴミの分別の板がぶら下がっているだけで、本来はただの歩道である。 
 柵も、ネットも何もない、漁りたい放題のゴミ捨て場。
 しかし近くに道路があり、平日は学生たちが行き交い、車もそれなりに通る道であるから、カラスや猫の被害にあうことはないようだった。
 しかし、家の前の道を直進し、ゴミ捨て場兼用歩道へと角を曲がったところで私は驚愕した。
 いや、さっきからなにやらカラスの声がわあわあと聞こえていたのだ。
 まさかと思ったがそのまさかであった。
 今まで何の被害もなく、決まった曜日の日にゴミがただより集まるだけの場所に黒いものが集まっていたのだ。
 それらはどこからどう見てもカラスである。
 彼らは私が近づいてきたのを一瞥すると騒ぎながら去っていった。
 ゴミを見ると一部引きちぎられ、中身の生ゴミが散乱している。
 今日は休日なので学生も通っていないし、車の通りも少ない。
 このまま散らかったまま放っておくのははばかられたが、しかし、私の家には箒やちりとりといった掃除用具がない。
 うちは掃除機さえあれば事足りるからである。
 私は少し後ろめたく思いながらも、ゴミを袋の並んだ列の一番端に置き、早々に立ち去ろうとした。
 そこで何か奇妙なものが目に付いた。
 もそもそと動いている。
 私の好奇心がひょっこり頭をもたげ、私はゴミ袋の隙間にうずくまるようにある、黒い物体を覗き込んだ。
 それはカラスであった。
 私がかなり近づいても彼は動こうとしない。
 いや、そもそもこれは”彼”なのか?
 彼女かもしれない。
 しかしカラスの性別の見分け方など私が知る由もなかった。  
 どこか怪我をしているのだろうか。
 カラスは頭がよいと聞くから人間の言葉がもしや分かりはしまいか、と小さな声で大丈夫か?と試しに聞いてみたけれど、彼はこちらをじっと見つめてくるだけでなにも反応をよこさなかった。
 私はどうするべきか途方に暮れた。
 もちろんこのまま彼を放って帰っても何ら差し支えはない。
 しかし私の良心というのは妙なところで働くのである。
 もしかしたら彼はさっきのカラスたちにいじめられていたのやもしれぬ。
 もちろんそれは推測にすぎないし、可能性はほかにも山ほどあるだろうけれど、私の脳裏にはイヤな考えばかりがよぎった。
 ここは彼をお助けするべきではなかろうか。
 彼を助けるべくして私はこの時間にゴミ捨てにやってきたのかもしれぬ。
 これも何かの縁だ。
 私は思い切って彼に手を差しのべた。
 その大きなくちばしでつつかれたらいやだな、と一瞬思ったが彼は小首を傾げ、私の手を見るだけである。
 私はえいやっ!と彼の体を両手で包んでみた。
 意外にも暖かいその体はどこか湿っている気がした。
 ちょっと汚いかしらん、と思ったが、私は動物好きである。
 家では何も飼っていないので、いつも動物がほしいと思っていたが、まぁ、カラスというのもいいだろう。
 彼は手で触れても、指をもぞもぞと動かしても、何ら嫌そうな素振りは見せなかったので、私は思いきってテイクアウトすることにした。
 カラス一匹お持ち帰りである。
 ゴミ捨てに着て何やらいい収穫をしたぞ、と私はほくほく顔で家に帰った。
 しかしながら、家にカラスを放すわけにもいかない。
 どんな悪さをするかしれないからである。
 とりあえず私は家の裏に回り、申し訳程度にある庭へ彼を離した。
 彼はゴミ捨て場にいたときと同じようにその場にうずくまり、意外とかわいらしい目で私を見上げた。
 しかし彼はなぜ動かないのであろう。
 人間にべたべた触られても無抵抗ということは、彼には何か大いなる事情があるのかもしれない。
 しかし彼の体に特に怪我はない。
 一回彼を持ち上げて、足の付け根の方など、裏側も見てみたが、なにもなかった。
 少しの間彼を触ったあと、私はとある考えに至った。
 もしや彼は腹が減ったのではなかろうか。
 ゴミ捨て場にはカラスの食料くらいにはなりそうな生ゴミがごろごろと転がっていたが、もし彼がいじめられているとしたら?
 またはどうしてもあのときものを食べられない状況だったら?
 もうとにかく、なんだかんだと考える前に食べ物を。 
 私はカラスに食べ物を取ってくる、という旨を伝え、家に駆け戻った。
 最初ゴミ捨てに行くときに使った戸から中に入り、まずは手を洗った。
 洗ったあとも手からは何か言いようのない、生き物の臭いというのか、不思議な臭いがしたが、とりあえずは何か食べ物の用意である。
 しかし米はまだ炊けていなかった。
 私は少し途方に暮れた。
 冷蔵庫に僅かに残った牛乳をあげてもいいのだが、猫じゃあるまいし、くちばしで僅かな牛乳を飲むのは至難の業だろう。
 そこで私はひらめいた。
 塩辛である。
 生ゴミを食べるくらいなら塩辛も食べられるのではなかろうか。
 動物には人間の食べるものはあまりよくないとは聞いたが、どうせそこらのカラスである。
 今回だけだ、これをやってみよう。
 少々ならおかんも減ったことに気づかないだろうし、万一気づかれたとしても、なにも食べ物がなかったから私が少し食べたと言えばいい話だ。  
 私は塩辛の詰まった容器を片手に、庭へと戻った。
 すると、カラスは位置を変えずにうずくまったまま私を待っていた。
 いや、私を待っていたわけでなく、ただ動きたくなかっただけかもしれない。
 とにかく塩辛を与えてみることにした。
 容器のふたを開け、少し指で摘むと地面に置く。
 すると今までほとんど自主的に動こうとしなかった彼が動いたのである。
 そして彼はぱくぱくと塩辛を食べ始めた!
 私はなんだか感動した。
 あぁ、動いている、食べている!
 よりペットがほしくなった私であったが、彼が仲間を呼んできたら困る。
 あまりカラスは仲良くなるべきではないと思われた。
 彼らの鳴き声は近所迷惑にもなる。
 彼らはあまり好かれていないのが現状だ。
 私が思案していると私の目前を黒い点がよぎった。
 私の手は考えるよりも先に動く。
 そして両手はその点をとらえた!
 そこでようやく意識が追いつく。
 合わせた手を開くと蚊が一匹のびている。 
 やった!と思ったのも束の間、足下に視線が固定された。
 そこには血を吸い終わって飛び立つ一匹の蚊の姿があった。
 よく見ると私の足や腕にはいつの間にか赤い点がいくつもついている。
 これは昨日までなかったものだ!
 そう、ついさっき、そして今も、私は蚊に対して足を惜しげもなく晒し血液を無料で支給していたのである。
 私は目の前のカラスに塩辛をもう一摘み提供し、愚痴につき合ってもらうことにした。 
 もちろん内容は忌まわしき黒き点である。
 奴に睡眠を妨害され、無断で血液を搾取され、忌まわしき痒みと羽音を残し、奴らは今もここらでのうのうと宙をさまよっているに違いない。
 蚊取り線香さえあれば!
 私の話の序盤で塩辛を食べ終わっていたが、彼は辛抱強く私の話を聞いてくれていた。
 かわいらしい瞳で私を見上げ、終始小首を傾げて私の話を聞いてくれていた彼。
 彼はなかなかにいいやつだ。
 私は礼を述べた。
 すると彼は不意に羽ばたいた。
 驚く私をよそに彼はあっと言う間に飛び去っていってしまう。
 私は遠ざかる彼の姿を見て、一人笑みを浮かべた。
 別れも言わず急に去っていったのはいけ好かないが、相手はカラスである。
 これは今後小説を書く上でのいい経験になったではないか。
 話のネタにもなる。
 動物の考えることはいまいちわからんが、まぁいい。
 貴重な体験をしたのだ。
 一人庭でニヤつく私は端から見れば大層不気味であったろうが、その場には私と忌まわしき黒い点が数個漂っているだけであった。

 :

「実はこの話には後日談があるんだ」
「へぇ、どんなの?これだけでも相当変わった話だけどな。まるで嘘みたいだ」
「嘘とは心外な。これは本当の話だ」
「嘘とは言ってないじゃないか。嘘みたいってだけで」 
「うん、まぁ、いいだろ。実はそのあと不思議なことがあってね」 
「へぇ、何々?」
「実は次の日の朝学校に行こうとしたら家を出たすぐそこにね」
「そこに、何だよ?」
「いやさ、そこに、蚊取り線香が置いてあったんだ」
「へ?」
「蚊取り線香だよ、あの緑のぐるぐるの奴」
「え?それがむき出しで、地面に?」
「そう。何にも包装されずにそれだけぽつん、って。一個だけ。しかもその横には黒い羽が落ちてたんだよね」
「それって!」
「うちが思うにこれはカラスの恩返しではないかと」
「塩辛をありがとうございますって?」
「そうだよ」
「変な話だね、にわかにはとても信じられない」
「おいおい、信じてちょうだいよ。友達でしょ?」
「ま、信じない訳じゃない。あり得ない話じゃないしね」
 そう言って彼は、かわいらしい瞳で私を見上げ小首を傾げた。

テイクアウト 前編

2010-06-25 16:27:13 | その他
 ぷうんという蚊の羽音で私は目覚めた。
 全身に鳥肌が総毛立つ。
 私はパッチリと目を開けた。
しかしながらこれは、あまりいい目覚めではない。
 というよりか最悪である。 
 いや、しかし、最悪というのは最も悪いという意味であって、厳密に言うと今の目覚めは最も悪いというわけではない。
 だがしかし、限りなくそれに近い目覚めといえよう。
 ちなみに本当に最悪なのは、瞼を刺された上で蚊の羽音により目覚めることである。
 そのような朝こそ最悪であり、しかもそれが文化祭の日の朝となるともう目も当てられない。
 ちなみに去年の中2の文化祭当日私はそのような目覚め方をした。
 急に動悸が激しくなり、慌てて瞼に手をやったが、そこに特に違和感はなかった。
 どうやら奴さん、瞼には手をつけなかったようである。
 私はほっと安堵したが、それと同時に目が冴えてしまった。
 むっくりと起きあがると、目線の先には風になびく遮光カーテン。
 私は窓を開けて寝た覚えはない。
 ごそごそとベッドの上を這いずり、カーテンを少し開けると、朝の日差しが私の目を貫いた。
 そこで勇者に倒される魔物のような声を上げそうになり私は必死にこらえた。
 いや、今の例えはよろしくないだろうか。
 おまえは勇者に倒されようとしている魔物の悲鳴を聞いたことがあんのか、このやろう。
 と、ぼんやりと寝ぼけた頭で自分を罵倒した。
 私は目を瞬かせつつ、ベッドから降り、カーテンを開ける。
 うっすら開けた瞼からさわやかな光が射し込み、闇の住人的私の瞳はいやいやした。
 そこをどうにかなだめて目を開け、私は大きく伸びをする。
 時計を見れば八時だった。
 私は何となく複雑な気持ちになる。
 早く起きられたという事は創作活動をする時間が増えたという事であり、大変喜ばしいのだが、最近は寝不足が祟って、学校の授業中大変眠い。
 明日は朝早くに起きて映画を見に出かける予定なので、できれば今日はぐっすり昼まで寝ていたかったのだ。
 それもこれもあの蚊のせいである。
 ぐるりと室内を見回してみるが、忌々しい黒い点の姿はなかった。
 ここは是非とも、蚊を退治するベープなどの類の秘密道具をセッティングしたいのだが、残念なことに混沌としていろんなガラクタが絡んで絡んで絡み合って怪しげな気配漂う棚を捜索する元気は今の私にはなかった。
 私は腹が減ったのである。
 私はこの室内のどこかにいるであろう、諸悪の根元に一睨み利かせるべく、室内をぐるりぎろりと見て、自室から出た。

 : 

 部屋から出て、短い廊下を通り、台所へ向かう私。
 台所に入ると、食卓机の上に、何か紙が置いてあるのが見えた。
 見ると、おかんの置き手紙である。
 どうも母は既に仕事へ出かけた模様。
 置き手紙には、ゴミ捨て、とだけ書かれていた。
 このメッセージは簡潔すぎやしないか、と思いつつ、食卓机横の戸を開けると、そこには外へ通じる扉に寄り添うようにして、黄色いゴミ袋がちょぼんと佇んでいた。
 ふんわりと生ゴミの臭いが鼻を突く。
 私は3秒ほど、夢と希望と食欲の残りかす等々が詰まったその袋を見、戸を閉めた。
 あの袋の中には生ゴミ等生活廃棄物のほかに、ボツにした小説やテストの答案が入っていた。
 あのような苦い記憶は燃えてしまえばよろしい。
 私はとにかく腹が減ったのだ。
 何か食したい。  
 私はとりあえず食器乾燥機から茶碗を取り出し、炊飯器のふたを開けた。
 そこでほかほかと湯気を上げる白米が顔を覗かせる、という情景を期待した私だが、そこにあったのはつるつるした金属色丸だしの釜だけであった。
 金属は食えない。
 否、悲観すべきはそっちではない、そう、飯がない。
 私は愕然とした。
 米を炊くところから始めろというのか。
 私は仕方なしに、流し台の下の扉を開けた。
 そこには巨大なタッパのような入れ物の中に米が入ったものがある。
 とりあえず四合炊くことにし、カップで米を四杯、釜に入れ、ざかざかと水で洗う。
 二回ほど洗ったところで、水の量をメモリにあわせて、ジャーにセット。
 これで後は30分ほど待てば自動的にほっこり米が炊ける。
 そして、私はおかずはどんな物があるだろうかと冷蔵庫を開けた。
 再び私は愕然とした。
 中に入っていたのは中身がないに等しい牛乳パック1本と、イカの塩辛が詰まったタッパだけだった。 
 とりあえず塩辛を取り出し眺めてみるが、あまり食欲が湧くものでない。
 私は食べず嫌いであった。
 おかんがたまにどこからかもらってきてそれを食べているのを見かけるが、私にはそれがあまりおいしそうに映らなかった。
 取り出してはみたものの、食わないのなら見ているだけ無駄である。
 私は無言でそれをしまい、家捜しを開始した。
 
 今日おかんは通常通りの勤務だと言っていたから夕方まで帰らない。
 いくらおかんがずぼらでも、育ち盛りの私の昼食を何も用意せずに出かけるはずはない。
 しかしコンロに置いてあった鍋は全て空であった。
 冷凍庫の方を見てみると、弁当の具に使われる冷凍食品しかなかった。
 それらを勝手に食べることは許されていない。
 家中を探して腹が膨れそうな物が何も見つからなかった際はそれに手を出すしかないが、早まってはいけない。
 とりあえず食べられる物がないか隅から隅まで探してから、それを食すべきであろう。
 私はうんうんとうなずき、次はお菓子保管所へと向かった。
 台所の食器棚横、小さなワゴンには大抵おやつが保管されている。
 おかん用と私用、一応分かれてはいるのだが、おかんは食べたいと思ったものを勝手に食べるので、私のお菓子にもお構いなく手を出す。
 いくら文句を言っても聞かない。
 しかし、逆に私がおかんのお菓子に手を出すと家中に雷が落ちる。
 テレビを見せない、朝起こしてやらない、弁当作ってやらない、お菓子買ってやらない、携帯禁止、ゲーム禁止、パソコン禁止、マンガ・本禁止、電気を使うのさえ禁止。
 私の娯楽はすべて奪われ、学校以外外出禁止にされる。
 おかんのお菓子に真っ当な理由なしに手を出してみよ、私は泣きながら謝るほかない。
 ちなみに前回おかんに我が菓子を取られた積年の恨みを晴らすべく怒り心頭の気持ちでおかんの菓子に手を出したが、仕事から帰ってきた後のおかんは私の怒りなど到底足元にも及ばぬようなストレス、つまり火種をため込んでいた。
 私は普段ストレスなど微塵も溜まらないような、ふんわりした人間である。
 お菓子を食べられたくらいの怒りではおかんの火薬庫から吹き上げた炎を飲み込むような火など出ようはずもない。
 私の怒りなどミジンコ並みである。
 おかんの怒りの前では私の姿など見えなかった。
 ただただおかんの怒りに圧倒され、私はあっと言う間に飲み込まれた。
 しかし飲み込まれているままでは焼け焦げて、塵と化してしまう。
 それはいけない、私は未来あるお子である。
 こんなところで家の隅の埃と化している場合ではないのだ。
 私は消火活動を開始した。
 つまりそれこそ、泣いて、謝る、である。 
 私が泣くなどということは滅多になかった。
 いや、映画等で感動して、ちょっと泣いちゃう、くらいはある。
 しかし、痛み、恐怖で泣く、ということは小学校低学年以来なかったと思われる。
 もちろんその後もそういう風に泣いたことはあるかもしれないが、痛みや恐怖で泣くということは屈辱の極みであったため、記憶を自主的に消去したのかもしれない。
 とにかく、おかん大炎上のあの日、私は久しぶりに感動による清らかな涙でなく、屈辱に染まった流したくもない汁を流したのである。
 この恨み晴らさずでおくべきか!
 私は一人目を剥いた。
 この場合は正攻法である。
 私は食べるものがないために、おかんのお菓子に手を出したのだ、文句があるなら私が食すべきものを誰が見てもわかるように明確に示しておくべきだ!
 私は意気込んでワゴンの前に仁王立ちした。
 私のおやつは右サイド、おかんのおやつは左サイド。
 既に私に分のおやつは食べ終わった後である。
 昨日に一週間分の最後の一袋を食らった後だ。
 今日はおかんが毎週お決まりの買い物に行く日である。
 今日はまた一週間分のお菓子が補充されるのだ。
 いや、待てよ?
 そこで私は重要なことに気づいた。
 さっきまで燃え上がっていた闘志が音を立ててしぼんでいくようだった。 
 今日が買出しの日であり、昨日までに私のお菓子は消費された。
 それはおかんも同じなのではなかろうか。
 案の定覗き込んだワゴンの中には何もなかった。
 三度私は愕然とした。
 ここまでうだうだと頭の中でおかんに対抗するための怒りという黒いものでなく、闘志という清らかで強い炎を猛らせていたというに、菓子がなければお話にならない。
 私はへたりこんだ。
 
 そして何気なく目線をずらすと我が腕に黒いものが。
 蚊である!
 私は確実に奴をしとめるべく手を振りあげ、目も眩むようなスピードで手の平を振り下ろしたのだが、蚊の姿は手の内になく、目を剥く私をあざ笑うようにそいつは耳元で羽音を響かせた。
 ここに蚊取り線香でもあれば!と心の底から思うが、ないものはない。
 確かどこかに蚊取り線香が入っていた大きな缶があったが、あの中身は空であった。
 蚊取り線香さえあればその缶にセットしてすぐにでも焚くことができるのに! 
 私は膝を叩いて勢いよく立ち上がった。
 そして立ち上がると同時にぴんときた。
 私は駆け出し、流しの下、米の入れ物がある横の扉を力任せに開けはなった。
 そこには光輝く、カップヌードルの姿があった。
 私は救世主を手に取り、早速そのベールを剥がそうとしたが、私の理性がストップをかけた。
 確かに今とても腹が減っている。
 しかし今このカップめんを食してしまえば昼飯がない。
 一応米だけはあるが、米だけの昼食ほどわびしいものはない。
 せめて卵の一つでもあれば、一食山盛り卵ご飯で乗り切ることもできようが、それもない。
 これは昼にとっておくべきだ。
 昼になれば腹一杯食べられる。
 カップ麺一杯だけでは私の胃にはささやかすぎる贈り物であったが、残ったスープにご飯を入れてみなさい、胃は大満足であろう。
 私は丁寧に扉の奥にカップを安置し、戸を閉じた。 
 本来ならば昼まで眠りについている身である。
 今日は蚊というお邪魔生命体の襲来により目が覚めてしまったが、普段なら昼まで寝て朝食と昼食は兼用である。
 通常なら朝飯は食わずともよいはずなのだ。
 起きて活動しているということは誤算であるが、私は骨と皮しかない食事をとらねば死んでしまいそうな体ではないので、朝食を一度抜くくらいの打撃は屁でもない。
 私はむしろ、余分な肉が多い方である。
 食わなければ余計なものはつかない。
 育ち盛りの身として朝食抜きはいかがなものか、というところだが仕方あるまい。 
 私はゴミ捨てへと出向くことにした。

もうそろそろ梅雨ですねぇ

2010-06-12 13:24:36 | その他
 もう本文要らないんじゃないだろうか。
 題名と概要文だけで十分な気がする。
 そろそろ梅雨ですな、ということでブルーな感じにテンプレートを変更しました。
 ピンクをそろそろ変えようと思っていたのです。
 梅雨が終わって夏になったらまた夏っぽいのに変えるつもりです。

非凡レール 2話 4

2010-05-23 14:35:50 | その他
 建物内の各所では人間の姿に化けたまま、狐や狸たちが拭き掃除やら掃き掃除やら、精力的に働いていた。
 俺は彼らに部屋の場所を聞くと、俺の部屋は2階にあるという事だった。
 ここには2階があるのか、と階段を探すがなかなか見あたらない。
 見た目の割にこの建物は広く、部屋数も豊富だった。
 確かに民宿として十分やっていけそうである。
 ただ長い間使われていなかったのか、汚れ放題汚れていた。
 そしてしばらく建物内をさまよった後、ふと目についた物置のような木の扉を開けると、そこに階段があった。
「なんと分かりにくい」
 細くて急な階段は大変上りにくかった。
 さらに滑る。
 俺はどうにか滑らないように上へと上ると、両サイドにドア。
 どちらも窓のようにガラスが張ってあり、左側のドアのガラスからはなにやらものがごちゃごちゃと詰め込まれているのが見える。
 どうも左側の部屋は物置と化しているようだ。
 俺の部屋はきっと右側の扉の先だろう。
 ドアを開け、室内を覗いた俺は息を飲んだ。
「これは!俺の部屋ではないか!」
 まぁ、俺の部屋なのは当たり前なのだが。
 どうして俺がここまで驚いたのかというとだな。
 前住んでいた部屋とそっくりの部屋だったからだ。
 試しに後ろを振り返ってみたが、俺の背後には汚い廊下ではなく、物の詰め込まれている部屋の扉がある。
 ここは俺が住んでいたボロアパートではない。
 しかし、視線を前に戻せば確かにそこは俺の部屋である。
 隅から隅までそのままのレイアウト。 
 前の家と違うのは、玄関やキッチンがない事と、入り口の位置が違う事くらいだった。
 他は窓の位置まで不気味なほど同じであり、見慣れた六畳間はにおいまで同じである。
 俺のこだわり遮光カーテンが風にさわさわと揺れていた。
 俺は鳥肌が立ってしまった腕を摩りつつ、部屋を見回す。
 すると、窓の斜め下辺りに置いてある机の上に何か置いた覚えのない物があるのが見えた。
「ガム!」
 近づいてい見ると机の上に置いてあったのは俺の大好物のミントガムであった。
 俺はすぐさまそれを手に取り頬ずりをする。
 が、そこへ、「何してんの?」という声が響いた。
 すぐに頬からガムを引きはがし後ろ手に隠す。
 そして部屋の入り口を見ると、マッシュルームヘアの男が立っていた。 
「な、なんだ。おまえか」
「今何隠したのさ?」
 彼、”とろわ”もまだ人間に化けたままのようだ。
「何しにきた?君たちは掃除をしているんじゃないのか?」
「いや、なに。僕は戦力外なのさ」
「戦力外?」
 ただのサボりではないのか。
「別にサボっているわけじゃない。僕が仕事をするとろくな事が起こらないからみんな僕に仕事をしろなんて言わないのさ」
 ろくな事がないとはどういう事だ。
 失敗ばかりするという事か?
「とにかく。僕は暇だからさ、オーナーについてくよ。この町の事とか、ここらに住む人間も人間以外の生き物も僕は狸一知ってる」
 えっへんと胸を張る”とろわ”。
 信頼しても大丈夫だろうか、こいつ。
「見知らぬ町で一人は不安でしょ?僕が案内してあげようじゃないか」
 こうして俺の顔を覗き込む奴はよく考えると、見た目は俺と同じくらいの年に見える。
 そういえば他の狸や狐たちの仲に俺と同い年くらいに見える奴はいなかったな。
 目つきの悪いあの”いー”って奴も、俺より年上っぽかったし。
 もしや一番気が合うのが、こいつだったりしてな。
 髪型の趣味はさっぱり合わないが、その他の事ならもしかすると趣味が合うかも知れない。
「それなら案内してもらおうじゃないか。これからある喫茶店に客を迎えにいく」
 俺は邪魔にはならないだろうと踏んで、奴を連れていく事にした。
 何度も見た町だといっても実際に来たのは今回が初めてなわけで、些か心細い。
 だれか一緒に来てくれるとなると、ありがたかった。
「ほぉ、赤っ鼻か」
 俺がリョウにもらった地図のメモを見せると、彼はそう呟いた。
 メモ用紙にはこの建物と道を示す線、目的地を示す丸しか描かれておらず店の名前などの情報は全く書かれていない。
「あ、あかっぱな?」
「そう、このあたりの喫茶店と言えばそこくらいしかないよ」
 そんな奇妙な名前の喫茶店は見た事も聞いた事もない。
 俺はなんとなく赤鼻のトナカイと、真っ赤な顔に長い鼻を持った天狗の姿を同時に思い浮かべた
「まぁ、案内するからとにかく行ってみようじゃないのさ」

 :

 空は爽やかに晴れ、朝とはいえ随分と暑い。
 しかし隣の人間に化けた狸は長袖長ズボンでも何食わぬ顔をして歩いている。
 化け物か?!
 あ、そうか化け物か。
 化け狸だものな。
 八百屋や肉屋、魚屋など昔ながらの店が並ぶ通りを逸れ、しばらくわき道に入って進んでいくと、その喫茶店へと辿り着いた。
 店は以外とお洒落で、都会でもやっていけそうなこ洒落た造りである。
 店内の見えるショーウインドーのようなガラス窓と、木のドア。
 それらの上には大きな看板が掲げられ、”AKAPPANA”とでかでかと真っ赤な色で書かれていた。
 ここまで案内してくれた”とろわ”を後ろに引き連れ、俺は早速入店する。
 中に入るとそこにはまず、レジなどが置かれた小さなカウンターがあった。
 しかしカウンターには誰もいない。
 カウンター脇にはのれんの掛かった通路があり、厨房などに通じているようである。
 店内は真新しい木材で壁が作られ、床は石畳、どこか和風な喫茶店である。
 置いてある机や椅子も木製で、椅子には日本らしい座布団が敷かれている。
 なかなか新居心地が良さそうだ。
 そして、店内を見渡すと、そこにはフランスとでかでかと書かれた旅行雑誌を読みふける男性客が一人いるだけだった。
 彼は青い浴衣のような服を着ており、肌は白い。
 そして彼は目立つ金髪ボサボサ頭であった。
 いかれた学生か?
「おやぁ?カラスマさんじゃないか」
 すると不意に俺の後ろにいた”とろわ”が顔を覗かせた。
 彼の声を聞き、ひょいと顔を上げるいかれた学生のような男。
「おやぁ、“とろわ”ではないか!」
 どことなく間延びした口調で言うと、男はぱっと表情を明るくした。
「カラスマ?」
 さっき”とろわ”がそう言ったが、それが男の名前なのだろうか。
「そう、彼はカラスマさん。鳥に丸とかいてカラスマさんだ。トリマルさんじゃないよ」
 烏丸?
 京都かどこかでそんな地名を聞いたような気がする。
「君は?」
 首を傾げる俺に例のカラスマさんが聞いてきた。
「あぁ、俺は田中と言います」
「ふぅん、人間界ではよく聞く名前だ。覚え易くてよろしい」
 おまえに俺の名前の評価をされる筋合いはない。
 というか人間界、という物言いはどういう事だ。
 おまえはいかれポンチの学生ではないのか。
「君、やけに嫌な目で僕を見るねぇ。こう見えても僕は天狗だぞぅ」
「て、天狗?!」
 俺は己が目を疑った。
 何度も瞬きをし、目を擦ったが、目の前の金髪いかれポンチの姿は毛ほども揺らがない。
「何か失礼なことを考えていないかぁ、君ぃ。僕はフランスを愛するが故にこのような西洋人っぽい金髪をしているのだぞぅ」
 なるほどこの人はフランスが好きでフランスの旅行雑誌を熱心に読みふけっていたのか。
 しかし、髪を金髪にして西洋人っぽさを演出するのなら、服装もフレンチしたらどうなのだ。
 服は明らかにジャパニーズではないか。
「僕はフランスも好きだけどねぇ、同じように日本も大好きなのさ。だから着物」
 確かに顔は日本人である。
 金髪は似合わない事もないが、全く天狗には見えない。
 鼻も長くないし、顔も赤くないし、服装も地味な着物を着ているだけだし、天狗っぽい威厳やら風格が欠片もない。
 まぁ、実際に天狗なんて物を見た事があるわけではないので、本物の天狗はこうだ!と言い切る事はできないが、彼の姿は天狗のイメージを根底から覆す物だった。
「で、烏丸さんがうちのお客さん第一号?」
「おぉ、そうだ。リョウ氏から話は聞いたよ。君が民宿をやるんだってね」
 やはり彼もリョウから話を聞いたのか。
 いったい奴はどれだけ暗躍すれば気が済むのだろう。
「ちょうどフランスから帰って来たところだったんだ。次の旅行に行くまでしばらく泊まらせてもらうよ」
「あ、ありがとうございます」
 やはりここは店側として丁寧に礼を言っておいた方がいいのだろうか。
「それじゃ、一ヶ月は世話になるよ、よろしくね」
 そしてカラスマさんは机の上にあったコーヒーを飲み干すと、席を立った。
 彼はすたすたとレジに向かい、着物の袂から小銭をいくつか摘み出す。
 まだレジカウンターには誰もいない。
 一体店員はどこに行ったのだろう。
「ごちそうさん、また来るよ」
 カラスマさんはレジの誰もいない空間に向かって声をかけると、小銭をカウンターにおき、さっさと店を出て行ってしまう。
 じっとカウンターの方を見るが誰もいない。
 もしかしてカウンター横の通路の方に誰かいるのだろうか?
 しかしカラスマさんはあまり声を張っているようには見えなかった。
 いくら首を傾げてもよく分からない。
「タロー君、早くしたまえ、烏丸さんが待ってる」
 不意に”とろわ”に顔を覗かれた。
「こら!下の名前で呼ぶんじゃない!」
「何で?」
「な、何でもだ!」
「何でもって?」
「俺には俺なりの下の名前を呼ばれたくない理由があるのである!」 
 ”とろわ”と言い争いながら店を出ようとすると、不意に後ろで小銭がぶつかるような微かな音がした。
 振り返るといつの間にカウンター上に合ったはずの小銭が消えていた。
 しかし、相変わらずカウンターに店員の姿はなかった。

 :

 このようにして、俺は妖怪向け民宿を経営する事となった。
 記念すべき一番最初のお客はカラスマというフランスを愛してやまない自称天狗。
 偏屈で取っつきにくい人物ではなかっただけマシだが、訳の分からない人物である。
 そして、平凡レールを外れてからの俺は、一度入ってしまえば吐き気を催すほど回る羽目になる運命の渦に巻き込まれてしまった。
 めくるめく非現実的日常。
 お客を一人確保できたから安心というのは間違った考え方である。
 お客がいるからこそ渦は加速し勢いを増すのだ。
 俺に休む間も、渦から抜け出す隙もなかった。
 俺の周りにはいくらでも渦の勢力源となる火種が転がっていたのである。
 そもそもはリョウとかいう男が原因であるが、彼の話にイエスと言った俺も悪い。
 ここからはできるだけ火種をまかないようにし、渦を沈めよう、そう考えていた矢先、目の前で火の粉が散ったのである。
 今回の火種は、歓迎すべき客であるはずの、カラスマ氏であった。
「ねぇ、君。天狗にならない?」
 彼の新たな火種的発言に俺は吐き気を催した。 

非凡レール 2話 3

2010-05-22 22:11:28 | その他
 そろそろ町のみなさまが起きてくる頃合いである。
 そのためか道を歩く先生は幾重にも頭に手ぬぐいやらタオルを巻き、その先生の周囲を人間に化けた狸と狐が取り囲む事となった。
 少し異常な見た目をした怪しげな集団が町の通りを歩き、にわかに賑わい始めた通りは再び静まり返った。
 俺は少し人目を気にして、その一団から少し離れた所を歩く事にする。
 しかし一団と離れて歩くとなれば話し相手がいないので、俺は暇つぶしに各狸や狐達の化け姿を眺めてみる事とした。
 まず目つきの悪い”いー”とかいう狐はさっき地下で化けた時と同じような長身の男の姿に変わっている。
 耳に巻いていた青いスカーフは頭に無造作に巻いていた。
 そしてその弟である”あー”という雄狐はなにやらガキ大将のような体型をしている。
 年は中学生くらいか、半袖Tシャツに短パンという何とも子供らしい格好だ。
 ツンツンと立った髪は狐の時の面影があり、どことなく可愛らしいが、その細目はあまり可愛らしいといえるものではない。
 そして彼らの母、”すー”はというと彼女もまた狐の時の面影が残る格好をしていた。
 狐の時と同じく、彼女の髪はくるくると渦を巻き、みんなのお母さんといった容姿である。
 割烹着のような服に、茶色いズボンと、まるで食堂で働いているような出で立ちだ。
 そしてその“すー”の娘、末っ子の”さん”は、確かに化けるのが下手なようだった。
 幼い顔にまん丸の目、なかなかに可愛らしい姿に変身できているのだが、問題はその髪型である。
 狐の時、耳の長さが左右で違い、左の耳が短く、右の耳が普通の長さだったのだが、人の姿を持ってもその特徴は明らかだった。
 というのも髪がとても大きくはねているのである。
 頭に長い耳が生えているかの如く髪がはね、特に頭の右側のはねは大したものだ。 
 あのような寝癖はどんなアクロバティックな寝方をしたらつくのか、と思わず聞きたくなるような髪型であった。
 さて、では他に変な頭がいないかといえばそういうわけでもない。
 俺の目は今時芸人くらいでしか見ないマッシュルームヘアを捉えた。
 さらさらの黒髪は、丸い頭にフィットし、意外と似合っている。
 彼はあの表情からして狸の”とろわ”だろう。 
 人間に化けてもあのやる気のなさそうな目つきは変わっておらず、どこか謎めいた雰囲気も健在だ。
 ただ、その黒の長袖ハイネックに白ズボンという暑苦しい格好はやめてほしい。
 それに比べ彼の前を歩く”あん”の涼やかな格好といったら!
 彼女は高校生くらいの女の子の姿に化け、水色を基調とした、リボンの飾りが愛らしいワンピースを着ている。
 長く垂らした髪は少しウェーブしており、どことなく高級感が漂う。
 そして彼女の横に並んで歩くのが”どぅー”。
 人間に化けても彼と”あん”は顔がそっくりだ。
 彼は”とろわ”と似たヘアスタイルだが、さらさらマッシュルームではない。
 彼の頭はふんわりしており、どことなく狸の時の名残があった。
 カッターシャツに黒いズボンという出で立ちは学生のようで、彼もまた高校生くらいに見えた。
 こうして俺は一通り人間に化けた狐と狸を見ていったわけだが、みんな特徴的で、どこか動物の姿の時の名残があった。
 名前も特徴的だし、すぐに誰が誰だか覚えられるだろう。
「おい、青年。ついたぞ、ここが民宿になるのじゃ」

 :

 海岸に立つ廃墟のようなその建物は俺が目覚めた場所であった。
 そのほったて小屋は外から見ると何とも不気味であるが、実際中にはいるとなかなか快適である。
 以外としっかりした作りになっており、畳も綺麗な色をしている。
 どうもこの建物が俺の家兼民宿になるようだ。
「それじゃ、わしは用事があるからの。狸どもにはここの掃除を任せておいた。ゆうすけの事も、のっぺに任せてある。おぬしは家の横にある倉庫へ向かいなさい」
 と言うと先生はすたすたとどこかへ去って行こうとする。
「ちょ、ちょっと待ってください、倉庫に行ってどうするんです?」
「行けばわかる。わしは忙しい」
 引き留める俺には目もくれず先生は一人、今来た道と反対方向、つまりは先生の根城であるビルとは正反対の方向に去って行ったのである。
 仕方ないので俺は先生に言われた通り、家の隣に建つ物置のような倉庫へ足を向けた。

 :

「こんにちは、オーナー」
 薄暗い倉庫を覗いた俺のすぐ背後で声がした。
 俺はいつぞやにも出した、蛙が潰れたような呻き声を思わず漏らす。
 振り返った先には、諸悪の根元、リョウと名乗る男の姿が。
「おまえ!」
「あらら、何をそんなに怒ってらっしゃるんです?住む場所保証付き、あなたにぴったり、言った通りの仕事じゃないですか。それにどんなに怒っても、元の家には帰れません。あなたの荷物は既にここに運んであるんです」
「何?!」
 それは些か仕事が速すぎやしないか。
 こいつと話を決めて今までまだほんの数時間しか経っていない。
 しかもこいつと話したのは真夜中、人々は寝静まる頃合いである。
 そんな時間に引っ越しセンターが動いているとは思えない。
「私には独自のルートというものがあるのです。その手を使って引っ越しも済ませましたし、ここに物資と食料も運び込みました」
 彼は倉庫の入り口を指さす。
「中、見てみてください。ちゃんと食材を運び込んでありますから」
 俺はいかにも不機嫌そうな顔で奴を睨んだが、奴さん全く意に介さない。
 仕方なく俺は倉庫の中を覗いた。
「壁の右側に電気のスイッチがありますよ」
 そうか、そういえばこの男は暗い中でも見えるとか言っていたな。
 だから倉庫は暗いままだったのか。
 俺はそんな事を考えながら、手探りでスイッチを探し、電気をつけた。
 そして俺の目の前に現れたのが、いくつも積まれたジャガイモの箱や、ネットに入った大量のタマネギ。
 その他ニンジン、米のタンク、野菜の種、畑用の砂、その他畑を耕したり野菜の世話をするためのグッズがごろごろ転がっている。
 見た感じ道具や箱はどれも新品のような気がする。
 この倉庫自体はとても汚れており、砂があちこち積もっているが、食料や道具は全く砂を被らず、なおかつピカピカではないか。
「どれも新しいものを仕入れてきたんですからね、感謝してくださいよ?」
 ただ俺は何か引っかかった。
「これはいつ運び込んだんだ?」
「ついさっきですけど?それが何か?」
 この倉庫は家と一緒に、俺がここに向かっている時から見えていたはずだ。
 しかし、倉庫の周りには誰もいなかった。
 一人でこれだけのものを運び込めるはずがない。
 しかもこの男はすっきりしすぎなほど痩せ細っているのだ。
 一体どんな手を使った?
「ま、ここは変な臭いがしますし、さっさと外に出ましょうよ。それにあなたには仕事があるんですから」
「仕事?」
 俺は半ば強引に倉庫の外に閉め出される。
 奴が消したのだろうか振り返ったときは既に倉庫の電気は消えていた。
「まぁ、立ち話もなんですし、そこにベンチがありますから座りましょう」
 背中を押され、俺は彼と並んで、家の脇にある木のベンチに腰掛けた。
「それで、仕事ってなんだ?」
 もう働くのか、と心の中で溜息を付きながら俺は聞いた。
 まぁ、ワガママは言えない。
 仕事をしに来たのだから働くのは当たり前である。
「オーナー」
「ふん?」
 オーナーねぇ、悪くない響きだな。
「あなたにはこれからお客様を迎えに行ってもらいます」
「客?もう客がいるのか?」
 今日ここで民宿を開くと決めたばかりというのに既に客がいるとは喜ぶ前に恐ろしい。
 何の準備もしていないのに、客を迎えられるわけがないではないか。
 俺は民宿という仕事については何一つ知らないというのに。
「あなたの仕事はまずこの一夏この民宿で働くことです」
「一夏?」
 もうばっちり期限が決まっているのか。
「えぇ、あなたは住む場所、食べ物、生きるためのものは保証されます。しかし、給料はありません」
 脳の活動が一瞬停止した気がする。
 俺たちの間を一陣の生暖かい風が吹き抜けていった。
 こやつなんと言った?
「もう一度言いますが、給料は・・・」
「ないとはどういう事だ!」
 それでは映画も見られないし、マンガや雑誌も読めないし、ゲームも買えなければ、遊びにも行けない、おやつも買えない!
「えぇ、それはですね。あなたの借金を全て私どもが払って差し上げたからです」
「そんなもの頼んでいない!」
「でもどうせ、働いたお金は借金返済に使うでしょ?あなたが滞納したお金、全部合わせると結構な額になりました。ここで働いたお金だけじゃあなた生計を立てられない状況ですよ?」
 俺は奥歯を噛み締めた。
 何か大変まずい状況になっている気がする。
 俺はこの男の手の平で踊らされている気がする。
 もう既に踊り狂っている気がする。
 全てが奴の思うがままではないか!
「悪いようには致しませんからご安心を。普通に夏を過ごしつつ、ちょっとした仕事をすればいいだけなんですから」
 こいつの言う普通が俺の思う普通と一致しているかについて、大変疑問だが、ここはグチグチ言ったところで仕方がない。
 どっちにしろ、この地にやってきた時点で何か働く事にはなっていたのだから、とりあえず仕事について話を聞こうではないか。
「それで、そのちょっとした仕事というのは何だ」
 まさか重労働ではあるまいな。
 俺は力仕事が苦手である。
 計算事もあまり得意ではない。
 つまりは働くのに向かない体質・気質である。
 こんな俺にできる仕事は限りなく数が少ないぞ、リョウ氏。
「あなたにやってもらう仕事というのは、この民宿での接客業、それからこの建物の維持、まぁ、掃除とかですか」
 そしてやつは、狐たちの世話や、妖怪たちに何かお願いされたら人間の身では絶対に処理できない難問以外は引き受けるようにしてくれ、とだけ言った。
「今のあなたには残念ながら頼まれた事を断る資格はほぼありませんからね」
「嫌な言い方だな」
「事実ですから」
 おまえに仕事を断る資格はねぇ!とは、なかなかに傷つく台詞である。
 まぁ、そんなこったろうと、思っていたのでダメージはあまりないが。
「でも、そんなに悲観する事はないですよ。妖怪方からの頼まれ事は僕の管轄外ですから、もしかするとお小遣いがもらえるかもしれません」
「何?!それは本当か!」
 おぉ、これで俺の暗雲立ちこめる未来に一筋の光が射した。
 これでミントガムと一夏のお別れをしないですむ。
「物資やら食糧の補給は僕がやりますし、料理の方も”すー”さんがやってくれるという事ですから、あなたは仕事がない間はのうのうと暮らしてただいて結構ですよ」
 何とも棘のある言い方だな。
 のうのうと、と言われても仕事がなけにゃ、のんびしする他ないではないか。
「まぁ、しばらくはあなたも忙しいでしょう。用があれば私の携帯に連絡を、あなたの携帯には既に番号入れてありますから」
「携帯?俺の携帯は・・・」
「携帯の料金も払っておきました」
 にんまりと笑う男。
 慌ててポケットを探り、携帯を出す。
 普段と変わらない待ち受け画面だ。
「あなたの携帯はちゃんと通信機器としての機能を復活しておりますからご安心を。あなたの人間の友達と連絡する手段もいろいろとご入り用でしょう?急に引っ越したわけですし」
 そういえば確かにそうだ。
 俺はつい先日まで住んでいた家に戻る事はもうないのだ。
「まぁ、ここには住んでいるものがものですから、他人を呼び寄せたりしないようにしてくださいね」
「無論だ」
 こんな所に友人を呼ぶはずがないではないか。
 俺がここで、魑魅魍魎達と暮らしていると知れたらこれからの学校生活に大いに支障を来してくれる事だろう。
 だいたい家に呼ぶほど仲のいい奴は一人を除きいない。 
 しかもそいつは今海外に旅行中って話だ。
 呼ぼうにも呼べない。
「それでは、お客様はこちらの喫茶店でお待ちいただいてますんで、部屋を見た後にでも迎えにいって差し上げてくださいよ」
 と彼は簡単な地図が書かれた紙を差し出した。
 というか簡単すぎる地図である。
 今いるこの建物と道と目的地らしき丸しか書かれていない。
 これだけの地図で大丈夫か?
 しかし、ここらは例のゆうすけ君のドラマと同じような町で、どこかで見た建物がたくさんあった。
 きっとドラマのロケ現場がここだったのに違いない。
 6年ドラマを見続けた俺だ、きっと迷って困る事はないだろう。
「では、私は他に仕事がありますんでね」
 彼はよっこらしょ、と席を立ち、町の方へと去っていった。
 俺は特に聞く事もなかったので彼の後ろ姿を少し見送り、建物内へと入った。

非凡レール 2話 2

2010-05-21 15:40:52 | その他
「むむさんのアシスタントはどうじゃ?」
「俺の美術の成績は最悪です」
「それじゃぁ、狸共の店で売り上げの計算でも・・・」
「先生、俺は国語が大好きです」
「遠回しに言うな。・・・計算事も嫌じゃと・・・」
 ぬらりひょん先生は書類を、指を舐め舐めめくっていくが、なかなかに俺に合った仕事が見つからない。
「それに子供達の面倒を見ながら働けと言うのでしたら、それなりに自由の利く仕事でないと」
 俺は眉間に皺を寄せ、横を見た。
 そこには頬を赤らめて正座しているのっぺ君と、ゆうすけ君がいた。
 そうである。
 先ほどの物音の主はゆうすけ君こと、この白いふわふわしたものであった。
 そう、俺は奇しくもゆうすけ君のドラマの中に入り込むような形となったのだ。
 俺としてはゆうすけ君の加入は大歓迎であったが、当のゆうすけ君はかなり困惑していた。
 どうも彼はつい先日死んでしまった5歳の男の子らしい。
 名前も、漢字ではどう書くのか知らないが、ゆうすけ君である。
 彼の話を聞く限りでは彼の住んでいた建物の駐車場で三輪車に乗って遊んでいたところ、急に突っ込んできた車に轢かれて死んでしまったらしい。
 そして気づけば元の体がなくなって、今のような白くてふわふわした、なんと表現すればよいのか分からない体に変わっていたという。
 まぁ、ゆうすけ君の見た目は魂を絵に描いたような見た目である。
 人の形はしていなかった。
 まだ彼は死んでしまったという事に実感がなく、何故この世を未だにさまよっているのかも分かっていないようだった。
 ぬらりひょん先生と相談し、とりあえず彼が成仏するまで見守ってあげる事となった。
 ちなみにドラマもほとんど同じような流れで、ゆうすけ君が仲間になる。
 ただドラマの場合俺という存在はなく、ゆうすけ君の面倒を見ようと決めるのはぬらりひょん先生の独断である。
 ちなみになぜじいさんからいきなり先生付けでぬらりひょんの名を呼ぶようになったのかというと、ドラマ内で先生と呼ばれていたからであり、のっぺくんもそれに同じである。
「そうじゃの。たしかにゆうすけ達の面倒を見ないとならんからの」
「まぁ、先生が面倒見てくれれば万事解決なんですがね」
「そうじゃ、様子を見ながらでも出きる仕事が一つだけ合った!」
 あくまで先生は子供達の面倒を見たくないようである。
 面倒事が嫌いなのはこの先生も変わらないという事か。
「民宿をやるのじゃ」
「み、民宿?」

 :

「ほれ、こやつらが”あしすたんと”じゃ。自由に使うが良かろう」
 一人で民宿を経営するには大変だろうと、先生がなにやら不思議パワーで、俺の”あしすたんと”とやらを呼び寄せてくれた。
 どうも先生はテレパシー的なパワーを持っているらしい。
 さすが妖怪。
「先生、来い、だけでは何の用か分かりません」
 そして目の前のやけに目つきの悪い狐が言った。
 そう、先生が呼び寄せたのは狐4匹、狸3匹、計7匹の獣達であった。
「来いと言えば来れば良いのだ。どうせおまえ達は暇じゃろう」
 どうも先生は短い単語じゃないとテレパシーを送れない様子。
 まぁ、世の中そうはうまくいかないという事か。
 好きあらば携帯代わりに利用してやろうかと思っていた俺の企みは霧消した。
 実は携帯のパケット代等も随分と滞納していたのだ。
 きっと今俺のポケットに入った携帯は通信機器としての機能を失っている事であろう。
「まぁ、確かにやる事はないけどねぇ~」
「おい、“とろわ”!私はおまえほど暇ではない!」
 一人眠たげでやる気のなさそうな狸が口を挟んだが、目つきの悪い狐が一蹴した。
「“とろわ”?」
 それにしてもあの狸は“とろわ”という名前のようだが、どういう字を書くのだろうか。
 そもそも狸や狐の名を漢字で書くのか?
「あなたは?」
 首を傾げる俺を、目つきの悪い狐がじとっと睨んだ。
 狸達はやる気がなさそうなの意外、くりくりとした瞳をしており大層可愛らしい。
 狐達も目つきが悪いの以外はなかなかに愛らしい見た目をしている。
 彼らのふわふわした毛玉のような体に思わず頬ずりしたくなったが、ここは我慢しよう。
 あぁ、狸のなんと愛らしい事か、食べちゃいたいほど可愛らしい。
「そうじゃ、わしらもまだおぬしの名前は聞いておらんかったの。おぬし名前は何という?」
「え、あぁ。田中、といいます」
 狸と狐のもこもこに見とれていた俺は反射的に返事を返した。
「下の名前は?」
 しかしそこで俺は思いきり口を噤んだ。
 俺は幼少の頃より自分の名前が大嫌いだった。
 俺の名は今時聞かないものである。
 というか実際に聞くとすればギャグマンガの中くらいである。
 この名前のせいで小学校時代は散々からかわれ、中学時代は苛められかけ、高校時代は嘲笑われた名である。
 できる事なら口にしたくなかった。
 絶対俺にとって嫌な反応が返ってくるに決まっている。
 嫌だと分かっている事をする道理はない。
 だいたい今までの学校生活だって、俺は自己紹介の時からなにから、なんだかんだで下の名前をいうのは誤魔化してきたのだ。
 先生だって俺の名を呼ぶときは気を使ってか、名字でしか呼ばない。
「何だ、名前が分からんとなかなかに不便ではないか。はよう言いなさい」
 俺は先生、狐、狸、目に見えぬのっぺくんの目、その他諸々に見つめられ、ついに俺は口を閉ざし続ける事ができなくなった。
 何年ぶりだろうか、自分の口で己が名を言うのは。
 俺は数ヶ月分の勇気を自分の名を言うのに有した。
 それほどまでに俺の名前は俺の心に深い傷を残すものであり、トラウマであるからだ。
「ほれ、何をぐずぐずしておる。何も難しい事を聞いとるわけではないじゃろう」
 どうしても言わんとならんか!
 俺は悲しみの籠もった哀れな草食動物のような目で俺を囲む皆の顔を見たが、返ってきたのは取って食おうとする肉食動物のような目つき。
 あの狐はどこまで目つきが悪いのだ!
 俺を食う気か!
 俺は食べても美味しくないよ!
 が、しかし、より一層奴は睨みつけてきたので、俺は口を開かざるを得なくなった。
「お、俺の名前は・・・」
 一斉に注目する人々。
 いや、人じゃないな、こいつら。
 なんと呼ぼう?
 いや、そのような事は関係ない。
 もういい、もういいのだ、当たって砕けろ!
「俺の名前は田中太郎である!」
 風が入らないはずの地下室を一陣の風が走り抜けた。
「そうか、太郎というのか。覚えやすい名前じゃの」
 そして返ってきた反応は先生のそれだけであった。
 狐や狸はなにやら拍子抜けしたとでも言うように、大きく息をついている。
「なんだ?俺のこのこっ恥ずかしい名前を何とも思わないのか?」
「人間の名前についてなんか僕らは知ったこっちゃないね。それに君の名前よりか僕らの名前の方がよっぽど悲劇的さ」
「あらぁ、覚えやすくていいじゃないのよぉ」
 一人の雄狐と、少し年老いた雌狐が話し出したのを皮切りに狐と狸達は口々に話し始めた。
 彼らは時折話しながらちらちらと俺や先生、ゆうすけ君を見ている。
「これ、おまえ達!静かにせんか!」
 そこを先生が一括した。
 なかなかの迫力に狐達はひとまず押し黙る。
「よいか、呼んだからにはそなた達にそれなりの用事があるのじゃ。わざわざ新入りの自己紹介のためだけにわしが力を使うと思うたか」
「思ったね」
 ぼそりとやる気のなさそうな狸君が言ったが、目つきの悪い狐にしっぽで口を叩かれ、彼は悶絶した。
 どうも目つきの悪い奴のしっぽは柔らかくなさそうである。
「よいか、おまえ達。いつぞやにおじゃんになってしもうた民宿開設計画を今ここで復活する!そしてお前達はここにおる田中君の“あしすたんと”として、民宿を切り盛りするのじゃ!」
 意気込んで語る先生、瞳を輝かせる狐と狸達。
 ただ目つきの悪い例の狐だけが表情を変えなかった。
「俺は忙しいと言っているじゃないですか。何故俺がこんな人間風情と一緒に民宿なぞ」
「人間風情とは何だ」
 さすがにむっとくるぞ。
 貴様なぞ俺の手で毛皮にすることもできちまうぞ、あん?
「なにか文句があるような顔だな。なら聞くがおまえは化ける事ができるのか?」
 俺がムッとした顔全開でいると、目つきの悪い例の狐が俺をぎろりと睨んだ。
「化ける?」
「そうだ!」
 大声を出すやいなや、その狐は煙に包まれた。
 なんだこれ、どこかで見たようなシーンだぞ?!
「俺は人間にだってなる事ができる」
 そして目を瞬く俺の前には身長2メートル近くある目つきの悪い長身の若い男が立っていた。
「おぉ、こりゃぁ、すごい」
 俺は感激した。
 本当に狐は化ける事ができるのか!
「何がすごいだ。少しは驚け」
 彼は何か面食らったような顔をすると、するすると狐の姿に戻ってしまった。
「なんだ、つまんね」
 俺の言葉に彼はぎろりと人睨みきかせたが、俺が口を開く前に先生が口を出した。
「これこれ、口喧嘩はそこまでにしなさい。そうじゃ、おぬし達もこやつに自己紹介したらどうじゃ?」
 再び狐達はわやわやと喋くり、一匹の狐が前に出た。
 先ほどの少し年老いたように見える、雌狐である。
「私は”すー”といいますの。得意なことは料理で、民宿での料理は私にお任せくださいねぇ。そうそう私最近韓国のドラマにはまっていましてね。韓流ドラマってあなた聞いた事あるでしょ?最近また新しいのが始まってねぇ、それがまた・・・」
「母さん、田中さんびっくりしてるよ。母さんがこの中で一番年上なんだからしっかりしないと」
 だんだん早口にしゃべり始めたおばさんチックな狐、“すー”の話を遮ったのは、かわいらしい顔をした狐。
 小柄な体を見る限りではまだ子供のようだ。
 左右の耳の長さが違い、左耳が少し短いのが特徴的である。
「私は“すー”の娘、”さん”。化けるのはまだまだ下手だけど、役に立つことがあると思う。よろしく」
「あ、あぁ、よろしく」
 小さい割にはっきりとした物言いだ。
 声をきく限りでは女の子のようである。
 なるほど、娘の教育は怠っていないようだな、“すー”さんよ。
「俺も息子、”あー”っつーんだ。よろしくな!」
 そして次に気さくに声をかけてきたのが、ツンツンと頭の毛が立っている、狐。
 少し細目で、なにやら意地が悪そうな顔をしているが、悪い奴ではなさそうである。
 それにしても“あー”とは変わった名前だ。
 きっと妖怪やその辺での名前の付け方というのは人間界のものとは違うのだろう。
「俺が長男の”いー”だ。ただ俺は店のことで忙しい。おまえの民宿など手伝う気はかけらもないからな。」
 狐達の中で最後に自己紹介したのが例の目つきの悪い狐であった。
 彼は右耳に青いスカーフを巻き、なにやらリーダー格のような雰囲気を出している。
 確かに彼は何から忙しいのかもしれない。
 まぁ、狐と狸が6匹もいれば十分であろう。
 それにしても名前が“いー”とは彼も俺に負けず劣らず可愛そうな名を付けられたものである。
「じゃぁ、次は僕らだね!」
 そして狐達の自己紹介が終わったところで、狸の彼が口を開いた。
「私は、”あん”」
「僕は”どぅー”」
 最初口を開いた彼と、双子のようにそっくりな雌狸が続けて言った。
 彼らはなんと愛らしい見た目をしているのであろうか。
 ふかふかの毛に、まん丸お目目。
 なんと可愛らしい。
 ぜひ、もふもふしたいが、ここは抑えろ、もしや彼らは俺の年上やもしれん。
「んで、俺が”とろわ”さ。三人合わせてあん、どぅー、とろわぁっ」
 とろわのところでふわりと舞い上がるとろわという狸。
 彼がさっきから話に茶々を入れいているやる気のなさそうな目つきをした狸である。
 どこか謎めいているが、しかし、なかなかに楽しそうな奴のようだ。
「よし、それでは、職場に向かうとするかの」
 みんなの自己紹介が終わると同時に、さっきまで不思議なほど静かだった先生が口を開いた。
 こうして俺たちは地下室を出、ぞろぞろと連れ立って町を歩く事となったのである。