「普段あの店長はどうやって店を切り盛りしているんだ?」
俺は手に烏丸氏に届ける品の入った袋をぶら下げ、とろわに聞いた。
「あぁ、今日は朝の結構早い時間からあんがきたから、透明なままじっとしていたみたいだが、普段だったら普通の人の姿に化けて店をやっている。あの人はメイクなら何でもできるらしい」
どうも赤っ鼻店長は服を着て、肌が見える部分には肌色の粉をつけて、生きた人間らしい肌を作り上げ、顔も自分で色を塗り、生きた人間のように細かい部分を描くらしい。
特殊メイクなども得意で、たまにどこかへ出かけていき、メイクについて学校で教えたりもしているとか。
「でも、普通の人間でも知っている人は彼の正体を知っているんだ」
「ふーん」
ちなみにあんはまだしばらくバイトをするそうだ。
俺たちが店を出る時新しいお客がやってきていたし、彼女はもうしばらく働くのだろう。
「お使いもした事だし、宿に帰ったらお駄賃がもらえるかも」
「何がお駄賃だ。ちびっ子じゃあるまいし」
:
宿に帰ると、屋根の上には烏丸氏の姿はなかった。
まぁ、俺達がここを出てから今の時間まで外にいては、いくら天狗とはいえ熱中症になるだろう。
迎えてくれたのは蚊ばかりだった。
涼しい顔で悠々と歩くとろわを後目に俺は足踏みをしながら腕をさする。
まるで冬場みたいな動きだな、と俺は思いながら建物の中に駆け込んだ。
屋内もやはりあまり涼しくない。
とりあえず居間を覗きに行ってみる。
そこには烏丸氏の姿はなく、案の定韓流ドラマに夢中の狐と着物姿の女の子の姿があった。
俺は邪魔をしないよう、静かに部屋の前を通り過ぎる。
とろわはその後ろをゆっくりとした足取りでついてきた。
烏丸氏はきっと自分の部屋にいるのだろう、と考え俺は廊下の奥に進んだ。
そしてある一室の前に止まり声を掛ける。
「ほーい」という返事があった。
中に入れば団扇片手に本を読む烏丸氏の姿が。
「頼まれたものを買ってきたぞ」
袋を差し出すと、烏丸氏はゆったりと立ち上がりそれを受け取った。
にっこりとうれしそうな顔をする。
そして袋の中から、一つ茶色い紙袋を取り出した。
香ばしい匂いのするそれは、中に何かパンのような食べものが入っているようで、それが烏丸氏の”いつもの”である。
「ワインは冷やしてもらっていてくれ」
烏丸氏は残るワインの入った袋を差し出す。
俺が受け取ろうとすると横から手が伸びてきて、それが袋を受け取った。
「僕が行ってくる」
にこり、と笑うと奴はそそくさと部屋を出ていった。
何を考えているかさっぱり分からん。
また陰で何かこそこそやる気か?
「あまり疑い深くならなくていい、彼はいい奴だから」
いきなり烏丸氏が口を開いた。
視線を彼の方へ戻すと、いつの間にか畳へ座っている。
「君も座りたまえ」と言うものだから、俺もとりあえず畳の上に落ち着いた。
「頼みごとをしてきてくれたお礼をあげよう」
素直に座った俺を満足そうに見た後、烏丸氏は立ち上がった。
部屋に最初から置いてあった桐箪笥をあけるとなにやらごそごそとあさり始める。
その様子はまるでずっと前からその箪笥を使っていたようであった。
「これがいいかな」としばらく引き出しの中をかき回していた手を止め、彼は言った。
何をくれるのか、と彼の手を見ると、なにやら金に光るものが見える。
何か高価なものか?と少し期待した。
が、彼が俺の目の前ではっきりと見せてくれたそれはとても高価なものに見えなかった。
それは招き猫である。
金ぴかに塗られてはいるが、顔は何とも気が抜けており、ちびっ子の落書きのよう。
腹に大きく”招”と書かれており、両手をあげている。
「招き猫は始まったばかりのこの民宿にはぴったりじゃないか」と彼は言うが、この招き猫をもっとちゃんと見てみたまえ。
落書きのようなデザイン、覇気のない顔、御利益のありそうな感じ0ではないか。
俺は思いきり不服であったが烏丸氏はにこにこと笑う。
「効果のほどは保証しておく。きっといろんな者がここには集まるだろう」
:
俺は手のひらサイズのみょうちくりんな招き猫を抱え途方に暮れた。
せっかくもらったのだから、どこかその辺に投げておくわけにはいかない。
しかし自分の部屋のインテリアにするにもどうかと思う。
よくよくみればなかなか愛嬌のある顔をしているし、これは店の玄関にでも飾っておこうか。
俺はそう考え、廊下を歩いた。
すると前方からとろわが歩いてくる。
「おや、何かもらったんだ」と興味があるのかないのかよく分からない顔で言ってきた。
そしてとろわは俺が手に握った招き猫を一別すると「なかなかおもしろそうじゃないか、よかったね」とちっともよくなさそうな声で言い、居間へと入っていった。
俺は何ともいえないもの悲しい気分になる。
何となく招き猫に悪い気がしてきた。
もしこの招き猫が本当に効果を持っていたらあまり悪いことを言うべきでない。
とりあえずはこいつの力を見てみようではないか。
玄関に行き、俺は靴箱の上に招き猫を置いた。
お客さんの目に付く場所である。
これが気になって入ってくる人はいないだろうが、招き猫は玄関先に置くのがよかろう。
早速猫を安置し、角度を気にいる方向に調整する。
すると、がら、と玄関の網戸が開いた。
見れば、猫がいる。
全体的に白い毛で覆われているが、足の先や顔の真ん中の毛は茶色い。
そういえば足の先の毛の色が違うのは長靴とかって呼ばれてたな、なんて思いながら猫を見た。
びっくりするほど明るい水色の瞳をしており、何とも神秘的である。
網戸を引っかいたりもせず、悠々と落ち着いている猫に驚きつつも、ふかふかしているもの全般が好きな俺は、つっかけを引っかけ、猫に近づいた。
猫は壁に体をすり付けつつ、玄関内に入ってくる。
人に慣れているようで、少し触らせてもらおうと、俺はぺちぺちと手を叩いた。
すると猫はするりと中に入ってくる。
そしてしなやかに揺れながら現れたしっぽを見、俺は驚愕した。
先が二つに分かれているではないか!
驚きのあまり動けない俺を後目に、猫は開けた戸を器用に閉めた。
改めて俺の方に向き直った猫は口を開く。
「泊まる所を探している」
その声は猫にあるまじき低さである。
のほほんとそんな俺達を見下ろす招き猫は、新たな客として 化け猫を招いたのであった。
俺は手に烏丸氏に届ける品の入った袋をぶら下げ、とろわに聞いた。
「あぁ、今日は朝の結構早い時間からあんがきたから、透明なままじっとしていたみたいだが、普段だったら普通の人の姿に化けて店をやっている。あの人はメイクなら何でもできるらしい」
どうも赤っ鼻店長は服を着て、肌が見える部分には肌色の粉をつけて、生きた人間らしい肌を作り上げ、顔も自分で色を塗り、生きた人間のように細かい部分を描くらしい。
特殊メイクなども得意で、たまにどこかへ出かけていき、メイクについて学校で教えたりもしているとか。
「でも、普通の人間でも知っている人は彼の正体を知っているんだ」
「ふーん」
ちなみにあんはまだしばらくバイトをするそうだ。
俺たちが店を出る時新しいお客がやってきていたし、彼女はもうしばらく働くのだろう。
「お使いもした事だし、宿に帰ったらお駄賃がもらえるかも」
「何がお駄賃だ。ちびっ子じゃあるまいし」
:
宿に帰ると、屋根の上には烏丸氏の姿はなかった。
まぁ、俺達がここを出てから今の時間まで外にいては、いくら天狗とはいえ熱中症になるだろう。
迎えてくれたのは蚊ばかりだった。
涼しい顔で悠々と歩くとろわを後目に俺は足踏みをしながら腕をさする。
まるで冬場みたいな動きだな、と俺は思いながら建物の中に駆け込んだ。
屋内もやはりあまり涼しくない。
とりあえず居間を覗きに行ってみる。
そこには烏丸氏の姿はなく、案の定韓流ドラマに夢中の狐と着物姿の女の子の姿があった。
俺は邪魔をしないよう、静かに部屋の前を通り過ぎる。
とろわはその後ろをゆっくりとした足取りでついてきた。
烏丸氏はきっと自分の部屋にいるのだろう、と考え俺は廊下の奥に進んだ。
そしてある一室の前に止まり声を掛ける。
「ほーい」という返事があった。
中に入れば団扇片手に本を読む烏丸氏の姿が。
「頼まれたものを買ってきたぞ」
袋を差し出すと、烏丸氏はゆったりと立ち上がりそれを受け取った。
にっこりとうれしそうな顔をする。
そして袋の中から、一つ茶色い紙袋を取り出した。
香ばしい匂いのするそれは、中に何かパンのような食べものが入っているようで、それが烏丸氏の”いつもの”である。
「ワインは冷やしてもらっていてくれ」
烏丸氏は残るワインの入った袋を差し出す。
俺が受け取ろうとすると横から手が伸びてきて、それが袋を受け取った。
「僕が行ってくる」
にこり、と笑うと奴はそそくさと部屋を出ていった。
何を考えているかさっぱり分からん。
また陰で何かこそこそやる気か?
「あまり疑い深くならなくていい、彼はいい奴だから」
いきなり烏丸氏が口を開いた。
視線を彼の方へ戻すと、いつの間にか畳へ座っている。
「君も座りたまえ」と言うものだから、俺もとりあえず畳の上に落ち着いた。
「頼みごとをしてきてくれたお礼をあげよう」
素直に座った俺を満足そうに見た後、烏丸氏は立ち上がった。
部屋に最初から置いてあった桐箪笥をあけるとなにやらごそごそとあさり始める。
その様子はまるでずっと前からその箪笥を使っていたようであった。
「これがいいかな」としばらく引き出しの中をかき回していた手を止め、彼は言った。
何をくれるのか、と彼の手を見ると、なにやら金に光るものが見える。
何か高価なものか?と少し期待した。
が、彼が俺の目の前ではっきりと見せてくれたそれはとても高価なものに見えなかった。
それは招き猫である。
金ぴかに塗られてはいるが、顔は何とも気が抜けており、ちびっ子の落書きのよう。
腹に大きく”招”と書かれており、両手をあげている。
「招き猫は始まったばかりのこの民宿にはぴったりじゃないか」と彼は言うが、この招き猫をもっとちゃんと見てみたまえ。
落書きのようなデザイン、覇気のない顔、御利益のありそうな感じ0ではないか。
俺は思いきり不服であったが烏丸氏はにこにこと笑う。
「効果のほどは保証しておく。きっといろんな者がここには集まるだろう」
:
俺は手のひらサイズのみょうちくりんな招き猫を抱え途方に暮れた。
せっかくもらったのだから、どこかその辺に投げておくわけにはいかない。
しかし自分の部屋のインテリアにするにもどうかと思う。
よくよくみればなかなか愛嬌のある顔をしているし、これは店の玄関にでも飾っておこうか。
俺はそう考え、廊下を歩いた。
すると前方からとろわが歩いてくる。
「おや、何かもらったんだ」と興味があるのかないのかよく分からない顔で言ってきた。
そしてとろわは俺が手に握った招き猫を一別すると「なかなかおもしろそうじゃないか、よかったね」とちっともよくなさそうな声で言い、居間へと入っていった。
俺は何ともいえないもの悲しい気分になる。
何となく招き猫に悪い気がしてきた。
もしこの招き猫が本当に効果を持っていたらあまり悪いことを言うべきでない。
とりあえずはこいつの力を見てみようではないか。
玄関に行き、俺は靴箱の上に招き猫を置いた。
お客さんの目に付く場所である。
これが気になって入ってくる人はいないだろうが、招き猫は玄関先に置くのがよかろう。
早速猫を安置し、角度を気にいる方向に調整する。
すると、がら、と玄関の網戸が開いた。
見れば、猫がいる。
全体的に白い毛で覆われているが、足の先や顔の真ん中の毛は茶色い。
そういえば足の先の毛の色が違うのは長靴とかって呼ばれてたな、なんて思いながら猫を見た。
びっくりするほど明るい水色の瞳をしており、何とも神秘的である。
網戸を引っかいたりもせず、悠々と落ち着いている猫に驚きつつも、ふかふかしているもの全般が好きな俺は、つっかけを引っかけ、猫に近づいた。
猫は壁に体をすり付けつつ、玄関内に入ってくる。
人に慣れているようで、少し触らせてもらおうと、俺はぺちぺちと手を叩いた。
すると猫はするりと中に入ってくる。
そしてしなやかに揺れながら現れたしっぽを見、俺は驚愕した。
先が二つに分かれているではないか!
驚きのあまり動けない俺を後目に、猫は開けた戸を器用に閉めた。
改めて俺の方に向き直った猫は口を開く。
「泊まる所を探している」
その声は猫にあるまじき低さである。
のほほんとそんな俺達を見下ろす招き猫は、新たな客として 化け猫を招いたのであった。
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