口喧嘩をしている間に俺達は目指していた赤っ鼻へと到着した。
結局俺はとろわに言いくるめられ修行を続行するような方向に話は進行している。
こうなれば宿に帰って本人に直談判する他なさそうだ。
店に入ると、レジカウンターの上の置物が妙に目に付いた。
透明なカラスの置物である。
それはガラスでできているように見えた。
なぜカラス?
俺は首を傾げつつも店内を見渡すと、二人組の女性客が席を立つところだった。
彼女らの他に客はいない。
客どころか人がいない。
ゆったりとしたピアノ曲が流れているだけだ。
「お帰りですか?」
しかし不意に声がした。
女性客のものではない。
辺りを見回すといつの間にか一人女の子のウエイターがレジに立っていた。
「いつの間に?」
俺は思わず呟く。
するとウエイターは俺達に向かってにこりと微笑んだ。
そこで俺はとある小説を思い出す。
その話はある喫茶店に勤める女性ウエーターが飲み物に、砒素だったかいう毒を少しずついれ、ゆっくりと人を殺す、というもの。
常連客を狙ったもので、その殺人方法が印象に残っていたが、その動機などはちっとも頭に残っていない。
そしてこの話を唐突に思い出したのは、この喫茶店と俺の前にいるウエイターの見た目が、その小説の中のイメージと酷似しているからだ。
しかしその本の名前すらも今は忘れてしまった。
あの話はいつどこで読んだのだっけ。
ぼんやりと過去を振り返っていると、不意にとろわが腕を引っ張った。
「何をぼんやりしているんだい、人が通れないだろう」
気づけば、さっきの女性客の邪魔になっていた。
俺は出入り口の前から避ける。
女性客はにこやかな顔で俺達に軽く頭を下げると、外に出ていった。
そんな彼女らを見送り、とろわがウエイターの女の子に近づく。
「あん、おまえここでバイトしてたのか?」
俺はとろわの言葉に再び驚いた。
所々フリルのついた可愛らしいエプロンを着ている彼女。
水色を基調とした服装で、髪は短く涼しげだ。
「あんっていえば、おまえの妹か?」
そうだ、この町にきたとき一度だけ会った事がある。
確か彼女は人間として高校に通っているとか。
一応彼女は民宿のアシスタントの一人なのだが、学校の都合などで、一日しか宿にやってきた事はない。
その時見た彼女は髪が長かった気がするが、イメチェンでもしたのか。
「そうだ、こいつは僕の妹。……確か部活動があるんじゃなかったか?」
「今日は顧問の先生用事があって来られないんだ。だから休み」
彼女は家にいても暑いし、暇だ、という事で涼を求め、この店にきたんだとか。
そこでこの店の店主に仕事を手伝ってくれるよう頼まれ、小遣い稼ぎにウエイターをやっているそうだ。
さっき不意に現れたように見えたのは狸の姿に戻っていたところを慌てて人間の姿に変えたかららしい。
「ところで、お兄ちゃんたちは何しに?」
そうだ、今の今まで忘れていた。
俺たちは烏丸氏に頼まれ、ワインを買いにきたのだ。
その旨を彼女に伝えると、「だったら店長さんに話を聞いた方が早いね」とレジカウンターを指さした。
烏丸氏はこの店の常連らしく、“いつもの”を貰ってきてくれ、とも言っていた。
その“いつもの”は店長が知っていると。
そしてあんが指さす方を向いたのだが、案の定そこには誰の姿もない。
レジカウンターには相変わらず羽を広げたガラスのカラスが鎮座在しているだけである。
そのカウンターの内側には店の奥へと通じる通路があった。
きっとその通路の先には厨房などがあるのだろう。
あんの指はレジの辺りを指しているようであるが、その通路を指しているように見えなくもない。
「店主は店の奥にいるのか?」とあんの方を振り返ると、彼女はきょとんとした表情を浮かべた。
なぜそんな顔をするんだ?
俺が戸惑いを思いきり露わにすると、とろわが吹き出した。
「な、何がおかしいんだ!」
意味も分からず笑われると大変頭にくる。
一体こいつは何がそんなにおもしろいのか。
そんなとろわの様子を見て、あんがはっとした表情を浮かべた。
「最初来た時教えてあげなかったの?」
あんもあんで意味の分からない事を言う。
最初来た時?
烏丸氏を迎えに来たと時か。
その時に教えてあげなかった、とは何を教えなかった事を指すのだろう。
そういえば、この店に関する疑問は確かにある。
この店に最初に来た時は店の従業員らしき人がいなかったのだ。
なので、コーヒーを飲んでいた烏丸氏は、帰り際、レジカウンターに代金を置いて帰った。
そして俺たちが店の外に出る時、一瞬レジカウンターの方を振り返ったのだが、その時既に小銭は消えていたのである。
もちろん俺たちがいる間は終始レジカウンターには誰の姿もなかった。
これから導き出せる答え、それはとても現実的とは思えないものである。
断じてそのようなものは認めない。
「教えなかった、とは何の事だ」
俺はとろわを正面から見据えた。
奴は笑いながら話始める。
それによると、到底信じ難く、認めるのは大変癪であり、非現実的で、どうにか整理し、理解すると、要するに、この店の店主は俗にいう透明人間であるらしい。
何をのたまうこの大馬鹿者めが。
そんなものいるわけがなかろう!
そもそも透明人間は日本の者ではないのではなかろうか。
「その顔は信じてない顔だな」
とろわが俺の表情を見て言った。
無論である。
俺がなんと説教してやろうかと腕組みをした時、不意に予想外の事が起きた。
というのもレジカウンターの上にあったガラスのカラスがふんわりと浮かび上がったのである。
要するに飛んでいる。
俺は思わずのけぞった。
カラスはそのまま真っ直ぐ飛来し、身の危険を感じた俺は腕で頭をかばった。
案の定カラスは俺の頭をつつき始める。
何故俺はこのような仕打ちを受けているのだ。
というかなぜガラスのカラスが宙を舞っているのか。
俺はどうにかカラスを払いのけ、顔を上げた。
すると、ガラスのカラスが羽を広げたポーズのまま、宙に揺らめいている。
羽ばたいていないところを見ると、そのカラス自身が動いて飛んでいるわけではない、何かが支えているのだ。
それはつまり?
いやまさか、何か仕掛けがあるのだろう。
再び俺がむっとした顔を作り上げると、カラスはすごすごと退散し、カウンターの上に収まった。
これで、茶番はおしまいか。
これから説教タイムに突入か、と思われた時だった。
再び俺の身に何かがやってくる。
今度こそ何も見えなかった。
できる限り今の不可解な状況をどうにか分かりやすく言うと、今俺は何もない空間に抱きしめられている状態である。
腕は軽く締め付けられ、動かず、体の全面には何かが押しつけられている。
背中には何かが巻き付いているかのように、ものが触れている感じがした。
これは大変な事態である。
目の前の空間は無色透明、触れているはずのものがある場所には何もない、少し手を動かしてみると確かにそこに何かが存在していた。
肉厚はある。
恐るべきぺらぺら人間がいるとかいうわけでなく、実際に我が眼前には人の形をした目に見えないものがいるようであった。
「キミが最近下宿を開いたという田中君みたいな感じだな! やぁやぁ、話は大体聞いている感じだ!」
極めつけがこれである。
耳元の何もない空間からいきなり馬鹿がつくほどでかい声が聞こえた。
独特な話し方、低いトーンの声、ここにいる狸2匹のものではない。
そしてふっと俺の体に抱きついていたものが離れた。
「ここまでされたら透明人間の存在を認めざるを得ないでしょ?」
あんがにこりと笑う。
ちなみにとろわはにこりどころか腹を痙攣させている。
そのまま笑いすぎて死んじまえ。
確か人は20分以上笑うと死ぬらしいぜ、狸、おまえはどうかな?
しかし確かにあんの言うとおり、透明の何かが、置物で襲撃し、思い切り抱きしめ、さらに耳元で大声を出してしまえば、もう俺の目前には透明人間か相当なパワーを持った霊がいるか、魔法が実在するかという何にせよ非現実的な考えしか思い浮かばない。
先ほどの状況を科学的に証明できる人がいればそれはもう、100年に一度、いや、1000年、いや、それ以上か・・・・・・まぁ、なんにせよ、天才である。
自分の貧相なボキャブラリーを嘆きつつも俺は言った。
「認める」
ともかく俺の目の前に非凡があることだけは間違いない。
「おっほ! そかそか! 認める感じか! それはとてもいい感じだ!!」
いつの間にか透明人間は移動していたようで、レジカウンター奥の辺りから声がした。
そこには手袋と帽子が宙に浮いており、それがゆらゆらと揺れている。
しばらく揺れた後、帽子がくるりと回り、手袋が飛び上がった。
そして壁に掛けてあった上着をとると、それを翻す。
上着の袖がそれぞれ上に持ち上げられ、それも宙に浮いた。
「これで俺が見える感じだろ!」と宙に浮いた服やら諸々はカウンターからこちらに出てきた。
靴もちゃんと履いている。
しかし足の他の部分は空白なので不思議な感じだ。
あ、感じ、と言うのが移ってしまった。
彼はなんたらな感じ、と言うのが口癖のようである。
どこまでも個性的なやつ。
「んで、用件はどんな感じだ?」
結局俺はとろわに言いくるめられ修行を続行するような方向に話は進行している。
こうなれば宿に帰って本人に直談判する他なさそうだ。
店に入ると、レジカウンターの上の置物が妙に目に付いた。
透明なカラスの置物である。
それはガラスでできているように見えた。
なぜカラス?
俺は首を傾げつつも店内を見渡すと、二人組の女性客が席を立つところだった。
彼女らの他に客はいない。
客どころか人がいない。
ゆったりとしたピアノ曲が流れているだけだ。
「お帰りですか?」
しかし不意に声がした。
女性客のものではない。
辺りを見回すといつの間にか一人女の子のウエイターがレジに立っていた。
「いつの間に?」
俺は思わず呟く。
するとウエイターは俺達に向かってにこりと微笑んだ。
そこで俺はとある小説を思い出す。
その話はある喫茶店に勤める女性ウエーターが飲み物に、砒素だったかいう毒を少しずついれ、ゆっくりと人を殺す、というもの。
常連客を狙ったもので、その殺人方法が印象に残っていたが、その動機などはちっとも頭に残っていない。
そしてこの話を唐突に思い出したのは、この喫茶店と俺の前にいるウエイターの見た目が、その小説の中のイメージと酷似しているからだ。
しかしその本の名前すらも今は忘れてしまった。
あの話はいつどこで読んだのだっけ。
ぼんやりと過去を振り返っていると、不意にとろわが腕を引っ張った。
「何をぼんやりしているんだい、人が通れないだろう」
気づけば、さっきの女性客の邪魔になっていた。
俺は出入り口の前から避ける。
女性客はにこやかな顔で俺達に軽く頭を下げると、外に出ていった。
そんな彼女らを見送り、とろわがウエイターの女の子に近づく。
「あん、おまえここでバイトしてたのか?」
俺はとろわの言葉に再び驚いた。
所々フリルのついた可愛らしいエプロンを着ている彼女。
水色を基調とした服装で、髪は短く涼しげだ。
「あんっていえば、おまえの妹か?」
そうだ、この町にきたとき一度だけ会った事がある。
確か彼女は人間として高校に通っているとか。
一応彼女は民宿のアシスタントの一人なのだが、学校の都合などで、一日しか宿にやってきた事はない。
その時見た彼女は髪が長かった気がするが、イメチェンでもしたのか。
「そうだ、こいつは僕の妹。……確か部活動があるんじゃなかったか?」
「今日は顧問の先生用事があって来られないんだ。だから休み」
彼女は家にいても暑いし、暇だ、という事で涼を求め、この店にきたんだとか。
そこでこの店の店主に仕事を手伝ってくれるよう頼まれ、小遣い稼ぎにウエイターをやっているそうだ。
さっき不意に現れたように見えたのは狸の姿に戻っていたところを慌てて人間の姿に変えたかららしい。
「ところで、お兄ちゃんたちは何しに?」
そうだ、今の今まで忘れていた。
俺たちは烏丸氏に頼まれ、ワインを買いにきたのだ。
その旨を彼女に伝えると、「だったら店長さんに話を聞いた方が早いね」とレジカウンターを指さした。
烏丸氏はこの店の常連らしく、“いつもの”を貰ってきてくれ、とも言っていた。
その“いつもの”は店長が知っていると。
そしてあんが指さす方を向いたのだが、案の定そこには誰の姿もない。
レジカウンターには相変わらず羽を広げたガラスのカラスが鎮座在しているだけである。
そのカウンターの内側には店の奥へと通じる通路があった。
きっとその通路の先には厨房などがあるのだろう。
あんの指はレジの辺りを指しているようであるが、その通路を指しているように見えなくもない。
「店主は店の奥にいるのか?」とあんの方を振り返ると、彼女はきょとんとした表情を浮かべた。
なぜそんな顔をするんだ?
俺が戸惑いを思いきり露わにすると、とろわが吹き出した。
「な、何がおかしいんだ!」
意味も分からず笑われると大変頭にくる。
一体こいつは何がそんなにおもしろいのか。
そんなとろわの様子を見て、あんがはっとした表情を浮かべた。
「最初来た時教えてあげなかったの?」
あんもあんで意味の分からない事を言う。
最初来た時?
烏丸氏を迎えに来たと時か。
その時に教えてあげなかった、とは何を教えなかった事を指すのだろう。
そういえば、この店に関する疑問は確かにある。
この店に最初に来た時は店の従業員らしき人がいなかったのだ。
なので、コーヒーを飲んでいた烏丸氏は、帰り際、レジカウンターに代金を置いて帰った。
そして俺たちが店の外に出る時、一瞬レジカウンターの方を振り返ったのだが、その時既に小銭は消えていたのである。
もちろん俺たちがいる間は終始レジカウンターには誰の姿もなかった。
これから導き出せる答え、それはとても現実的とは思えないものである。
断じてそのようなものは認めない。
「教えなかった、とは何の事だ」
俺はとろわを正面から見据えた。
奴は笑いながら話始める。
それによると、到底信じ難く、認めるのは大変癪であり、非現実的で、どうにか整理し、理解すると、要するに、この店の店主は俗にいう透明人間であるらしい。
何をのたまうこの大馬鹿者めが。
そんなものいるわけがなかろう!
そもそも透明人間は日本の者ではないのではなかろうか。
「その顔は信じてない顔だな」
とろわが俺の表情を見て言った。
無論である。
俺がなんと説教してやろうかと腕組みをした時、不意に予想外の事が起きた。
というのもレジカウンターの上にあったガラスのカラスがふんわりと浮かび上がったのである。
要するに飛んでいる。
俺は思わずのけぞった。
カラスはそのまま真っ直ぐ飛来し、身の危険を感じた俺は腕で頭をかばった。
案の定カラスは俺の頭をつつき始める。
何故俺はこのような仕打ちを受けているのだ。
というかなぜガラスのカラスが宙を舞っているのか。
俺はどうにかカラスを払いのけ、顔を上げた。
すると、ガラスのカラスが羽を広げたポーズのまま、宙に揺らめいている。
羽ばたいていないところを見ると、そのカラス自身が動いて飛んでいるわけではない、何かが支えているのだ。
それはつまり?
いやまさか、何か仕掛けがあるのだろう。
再び俺がむっとした顔を作り上げると、カラスはすごすごと退散し、カウンターの上に収まった。
これで、茶番はおしまいか。
これから説教タイムに突入か、と思われた時だった。
再び俺の身に何かがやってくる。
今度こそ何も見えなかった。
できる限り今の不可解な状況をどうにか分かりやすく言うと、今俺は何もない空間に抱きしめられている状態である。
腕は軽く締め付けられ、動かず、体の全面には何かが押しつけられている。
背中には何かが巻き付いているかのように、ものが触れている感じがした。
これは大変な事態である。
目の前の空間は無色透明、触れているはずのものがある場所には何もない、少し手を動かしてみると確かにそこに何かが存在していた。
肉厚はある。
恐るべきぺらぺら人間がいるとかいうわけでなく、実際に我が眼前には人の形をした目に見えないものがいるようであった。
「キミが最近下宿を開いたという田中君みたいな感じだな! やぁやぁ、話は大体聞いている感じだ!」
極めつけがこれである。
耳元の何もない空間からいきなり馬鹿がつくほどでかい声が聞こえた。
独特な話し方、低いトーンの声、ここにいる狸2匹のものではない。
そしてふっと俺の体に抱きついていたものが離れた。
「ここまでされたら透明人間の存在を認めざるを得ないでしょ?」
あんがにこりと笑う。
ちなみにとろわはにこりどころか腹を痙攣させている。
そのまま笑いすぎて死んじまえ。
確か人は20分以上笑うと死ぬらしいぜ、狸、おまえはどうかな?
しかし確かにあんの言うとおり、透明の何かが、置物で襲撃し、思い切り抱きしめ、さらに耳元で大声を出してしまえば、もう俺の目前には透明人間か相当なパワーを持った霊がいるか、魔法が実在するかという何にせよ非現実的な考えしか思い浮かばない。
先ほどの状況を科学的に証明できる人がいればそれはもう、100年に一度、いや、1000年、いや、それ以上か・・・・・・まぁ、なんにせよ、天才である。
自分の貧相なボキャブラリーを嘆きつつも俺は言った。
「認める」
ともかく俺の目の前に非凡があることだけは間違いない。
「おっほ! そかそか! 認める感じか! それはとてもいい感じだ!!」
いつの間にか透明人間は移動していたようで、レジカウンター奥の辺りから声がした。
そこには手袋と帽子が宙に浮いており、それがゆらゆらと揺れている。
しばらく揺れた後、帽子がくるりと回り、手袋が飛び上がった。
そして壁に掛けてあった上着をとると、それを翻す。
上着の袖がそれぞれ上に持ち上げられ、それも宙に浮いた。
「これで俺が見える感じだろ!」と宙に浮いた服やら諸々はカウンターからこちらに出てきた。
靴もちゃんと履いている。
しかし足の他の部分は空白なので不思議な感じだ。
あ、感じ、と言うのが移ってしまった。
彼はなんたらな感じ、と言うのが口癖のようである。
どこまでも個性的なやつ。
「んで、用件はどんな感じだ?」
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