人生が嫌になることがあります
何の為に生きていているのか?
自分の必要性はあるのか?
そんな場面です
仕事にも前向きで
生きることに向き合う
そんな人に起きやすい場面でもあります
自己肯定力が低く
謙虚といえば謙虚
健気といえば健気
そんな感じです
自分の頑張りや
自分の周りへの影響が
周りにとって
当たり前になり
やってくれるのは 当然
それは 常識 として
認識されており
そんな当たり前に
嫌気がさした瞬間でもあります
物事に 当然、当たり前 はないものの
仕事、家庭、友人関係において
当たり前のように扱われる
まるで 利用されている だけ
そう 誰でもいい
利用価値があるから使われている
そんな感覚にもなります
ココまで
考えが陥ってしまうと
鬱病のようなメンタルブレイクが始まり
一気に 人間不信
自分には 価値がない
誰でもいいんだ本当は。。。
と、
存在意義を見失います
そんな人は
去るときも未練なく サッと去ります
なので
残された人達が
戸惑います
仕事なら
変わりに 2.3人を雇う羽目になったり
家庭なら 家族に衝撃を与え
友人なら 急に媚びたりします
簡単にこなしてしまう人ほど
その
困難や大変さは理解されません
頑張りを褒めてもらうことも
時々褒めてもらっても
利用価値で褒められている感覚があり
自分という 人(個) と、しての
存在が無視されている感覚になり
なんだろう。。。
私でなくてもいいのでは?
と、モヤモヤします
その場から離れ時間が経つと
徐々に
他人の為でなく
自分の為の行動だと気がつく事ができ
またジッと辛抱します
ですが、
自律神経が乱れたり
鬱病手前なので
無理は禁物です
先ず
自己肯定力の低い人は
自分と他人を比べるのをやめましょう
他人と比べるから
肯定力は低くなります
比べる相手がいなければ
肯定も否定も存在しません
私は 私で ちょうどいい
今の 私は 私で 精一杯
頑張って体は壊さない
それは
私の為にならない
心は私のもの
他人の物差しで壊されてはいけない
他人に
理解を求めない
他人の器と
私の器は違うから
理解を求めて辛くなるのはごめんだわ
他人の器に私の器は入らない
そんな感覚です。
時々、器が合致します
それは 運命とよべる場面です
中々、味わえません
もし、合致するときは
ソウルメイトと呼ばれる存在であったり
前世で関わりがある
また
親子関係(例外大いにあり)です
さて
頑張りやのみなさま
頑張りは認められています
それは
肌で感じることもできず
言葉ではもらえない事もあります
無駄ではない
という瞬間は
今はもらえないかもしれません
ですが、
必ず その瞬間は訪れます
無駄ではない この時間を
自分の為に
貯蓄として経験されてください
大丈夫です
必ず みています
安心してください
地球への感謝をお忘れなく