天地わたる手帖

ほがらかに、おおらかに

小川軽舟句集『朝晩』を読む

2019-07-30 05:05:37 | 文化




『近所』『手帖』『呼鈴』『俳句日記2014 掌をかざす』に次ぐ第5句集、発行所ふらんす堂、2700円+税。2012年から2014年までの作品を中心に、2018年までの作品を適宜入れて編んだという360句。

自選十句
妻来たる一泊二日石蕗の花
雪降るや雪降る前のこと古し
葬送の鈸(はつ)や太鼓や山笑ふ
夕空は宇宙の麓春祭
レタス買へば毎日レタスわが四月
飯蛸やわが老い先に子の未来
松蟬の声古釘を抜くごとし
月涼し配管老いし雑居ビル
めらめらと氷にそそぐ梅酒かな
ひぐらしや木の家に死に石の墓
駅前の夜風に葡萄買ひにけり
いつか欲し書斎に芙蓉見ゆる家


自選十句の筆頭に「妻来たる」を置いた作者の決意を深く受け止める。この句に対して作者が「そうたいした句ではないのですが…」という断りを何度か聞いた。はじめのうちこの見解にぼくも同調していたがしだいに変わり、これは作者の代表句であるといま思う。
世の中は「死ぬときは箸置くやうに草の花」を高く評価するが、ぼくは死にそうでない年代にそう気取る必要がないのではと思う。「妻来たる」は気取りのない日常であり、単身赴任の身分ゆえ獲得できた句である。本人もその価値をつくったときより感じているのではないか。
季語の「石蕗の花」は妻に対しての熱情ではなくいかにも中年らしい穏やかな思いである。
卑近な素材のつかみかたがこの作者の一つの持ち味であるが、一方に「夕空…」の破格の浪漫性を発揮する。
この両極が繰り出す大きなスパンの中にほかの句も位置し、「駅前の夜風」という静かな句が作者の抒情を支える。小川軽舟は抒情の人である。

12年小川主宰に師事し毎月作品をみてきたが、とにかくうまいと思ってきた。比喩、擬人法といった変化球もよく曲がるが、なにげない小技が実に巧み。
たとえば、
七夕や向き合つて乗る観覧車
庖丁の柄ちかき刃に生姜剝く
花冷やちぢみて止まる鼓笛隊
かきし汗胸に冷たし藤の花

「向き合つて乗る」は当然だがこう言ってほのかな味を出す技量。「柄ちかき刃」も「ちぢみて止まる」も言われてなるほどと膝を打つ。ちょっと読み手の虚をつき写生の目を効かす。「胸に冷たし」と言って流れを感じさせるのもうまい。

小技に加えて「観覧車」に「七夕」をつけたように季語の選択のうまさが光る。
たとえば、
立春や橋の真中に川見る子
暗がりに仏壇の灯や吊し柿
福助の月代(さかやき)青き夕立かな
ロープウェー深空行き交ふ落穂かな
見下ろせる集落淡し落葉焚
チャーハンは強火に攻めよ卒業す

橋の真ん中で川を見るなどどうということもないが「立春」を得て景色がにわかに生動する。
「仏壇の灯」に「吊し柿も」、「福助の月代」に「夕立」も、持って来られそうで凡人はなかなかできない。「深空」を見せて「落穂」へ転換することといい、ほかの句も季語の離し方に舌を巻く。
サーカスの空中ぶらんこで大丈夫かと思う瞬間、指と指が引っかかるときの快感をもたらす季語の離し方を熟知しているのである。

これに加えて諧謔の味付けもみごと。たとえば、
水洟や主の声聞けと拡声器
冬晴や遠回りして今の妻
僕はと言ふ上司と梯子年忘
女湯に天井つづく初湯かな
節分の雪へたへたと降りつもり
ガスの火は穴に引つ込み春浅し

洟を啜る音が拡声器に入ってキリスト教が台無しになる。今の妻がこの句を読んで「結婚まで行かない彼女もいたんでしょ」と茶茶を入れられるし、「僕はと言ふ上司」も今様で親しみがある。「女湯に天井つづく」は皆そう思っていてニンマリするだろう。
もう春の水分の多い雪の巧妙なオノマトペ。ガスの火にニート君か穴熊を感じさせる諧謔はこの作者の大いなる資質である。

関係ないだろお前つて汗だくでまとはりつく
中村草田男の『浮浪児昼寝す「なんでもいいやい知らねえやい」』を濃厚に感じる口語調。
古今東西の句業対して勉強の量も半端ではない。

「不易流行」なる俳句の大いなるテーマに敏感で、今を積極的に採り入れて不易への還元をはかる。たとえば、
記者会見マイク十八本の夏
涼風や世界地図掛け起業せる
夕立の飛沫かかれり喫煙所
母のもの捨つる終活父の汗

とにかくうまいオールラウンドプレーヤーであり、知・情・意のバランスのいい書き手である。


2018年鷹新年例会

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2 コメント

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Unknown (有紀)
2019-08-05 17:22:50
私も読んでみました!
長いですよ~(笑)


初めて購入した小川軽舟という俳人の句集『朝晩』

まず、表紙と装丁にしばし釘付けとなりました。
ほんのりクリームがかった白に、朝と晩の文字が端と端に置かれ、朝は「月」の部分が銀箔押し、晩は「日」の部分が銀箔押し。あとは作者名と出版元の文字だけ。
文字と余白の配分の美しく。


さて、句について。
わたるさんが抽出した句に沿いつつ、出ていない句を中心に選んでわたしなりの考えを。

妻来たる一泊二日石蕗の花

この句をわたるさんは「 気取りのない日常であり」といいましたが、「妻が来る」というのは 単身赴任の身分だからこそ出来た句ではあるけれど、ある意味特別な出来事と思います。 それゆえ単身赴任中の象徴的なこととして自選一句目にしたようにも感じます。
ちなみに私は花が出てくると花言葉を調べるのですが「石路の花」は謙譲、困難に負けない、の意味があります。作者が花言葉まで考えて詠んだかはわかりませんが、冬の、あまり色のない時期に石路の花のあのでしゃばらない黄色の花の佇まいと相俟って、明るく静かな二人の時間を想像させます。


七夕や向き合つて乗る観覧車

向き合って乗るのは、当然でもないと思います。恋愛中の男女ならたぶん隣合わせに座るでしょう(笑)
向き合って座った時にできる相手との隙間を天の川と見ることも出来ます。なかなか会えない奥様との関係を表しているかもしれません。


何気ない動作やしぐさをしっかり言葉に出来て、しかも季語によりその何気さながふくよかな景になっているのが魅力的な句として、

バスタオル胸に取り込む躑躅かな
洗面所水散らかして秋の朝
夕桜傘差しかけて投函す
晩春や人の手首に時間見て
薫風や傾けて引く棚の本
手にゆるく包む画鋲や秋はじめ
七夕や向き合って乗る観覧車
ガスの火は穴に引つ込み春浅し

「バスタオル」夏近い空の下、さぞかしお日様のいい匂いがしたことでしょう
「洗面所」秋という季節と水には親和性があります。ほかの季節の朝では成り立たない
「夕桜」一日かけて書いたのかもしれません、親しい人に出すのに濡らさないようにする手紙
「晩春や」物憂さもピークになる頃、気だるく他人の時計に目が行った感じ
「薫風や」傾けて引くは、言えそうで言えません
「手にゆるく」確かに!握れませんね。そっと持つ感じが秋はじめと響き合います
「ガスの火は」春浅しにより、ガスの火が、出てきたけど引っ込んだ虫にも思えます。


わたるさんは触れませんでしたが、社会性を持つ句も派手さはないですが印象的です、

レタス買へば毎朝レタスわが四月
冷奴電気が高くなりにけり
人それぞれ時計を信ず息白く
海底の朝礼台も桜待つ
働き蟻足跡ひとつ残さざる
身に入むやぶつかつて来し中国語
海底(うなぞこ)の真つ暗闇も年歩む
城のごとき村の斎場蛙鳴く
蟻めきぬ蟻の巣めきし地下街に


「レタス買へば」「冷奴」ともに主婦感覚があります、単身赴任ゆえに気づいた庶民の思いが表れています
「人それぞれ」人それぞれに刻む人生の時間。息白く、が、生きているということは呼吸することという思いも感じさせます
「海底の」「海底(うなぞこ)の」両句とも3月11日の震災のその後を詠んだものでしょう。生者ではなく死者側に立って詠んでいるところが印象的
「ぶつかつて」まさに近年の日本です
「働き蟻」「蟻めきぬ」サラリーマンですかね、蟻は。悲哀を述べたかったのではなく、外側から冷静に見てる感じでしょうか。
「城のごとき」ずいぶん立派なんでしょう、村に似つかわしくない。のどかな蛙の鳴き声がさらにギャップを生みます。



他に、印象的だった句として、

玄関は夕暮早しチューリップ
冬の雲膝の日向をふいに消す
足浸けて淋しき清水ともにせり
古暦金本選手ありがたう
手が伸びて土筆思はず目をつぶる
朝顔のしぼめば涙にじむ色
冬尽きて空に無数の擦過傷
虫のこゑ澱と沈める静夜かな
筍のまんまと背丈伸ばしたり


「玄関は」実際に早いかどうかはわからないけど、ああそうかもしれないと思わされました。チューリップが明るさを残してくれます
「冬の雲」膝の日向、がよいですね。貴重な冬の日差しが消された時の心の動き
「足浸けて」なぜ淋しき清水なんだろう?でも、ともに足を浸ける人としばしの別れの直前かも
「古暦」これは単に阪神ファンの私の好み(笑)
「手が伸びて」「朝顔の」「冬尽きて」なかなか思いきった比喩。冬の空は何に傷ついたんだろう、の謎がなかなかよかった
「虫のこゑ」これも私の好み

「筍の」比喩ではありますが、この句を詠んではたと気づいたことがあります。小川軽舟という俳人は対象物に、すっと入って、そのものになることが出来るのではないかと。そう考えると腑に落ちる句が多い。
すっと入りながらも、外から俯瞰的に見ることも出来る。

わたるさんの言うように句の振り幅の大きさはこの俳人の一番の特長と思います。


句集最後の句、

芙蓉咲き自分らしさといふ鑑


芙蓉…花言葉は「繊細な美」「しとやかな恋人」

大袈裟をよしとしない俳人なのですね。




まだまだ書き足りない感がありますが、疲れました(笑)

最後に表紙の余談を。
とても良い表紙ですが、なんとなく作者の顔にも見えます。面白い。
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よく読みましたねえ (わたる)
2019-08-05 17:36:01
これをもとにして合評したいくらいです。
俳句が上達するいちばんの近道は、自分が師事する親分の句を味読することですね。
やはり合評しようか。
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