じじい日記

日々の雑感と戯言を綴っております

プーンヒルに登って

2014-01-21 11:18:01 | ネパール旅日記 2013
 
 11月28日 木曜日 快晴

 周囲が騒がしくなり4時半には起きてしまっていた。
プーンヒルと呼ばれる展望台まで400mを登るらしいのだが,今の自分は体力気力ともに充実し切っており,その程度の標高差は苦には成ら無い。

 何も食べない出歩き出すなど考えられない自分は準備しておいたチベットパンを食べ,テルモスに入れたミルクコーヒーで軽く腹ごしらえをした。

 ピサンピークのアタックの時、氷点下25度の中でもしっかり保温していたテルモスは象印製の30年物である。
娘が生まれ経済的に厳しかった頃,外食の昼飯をおにぎりとお茶で済ませるのに買った物だった。
これとも長い付き合いだよなぁ・・・とうとうヒマラヤに来ちまったな,と少し感傷的になりながらチベットパンを食べた。

 感傷ついでに赤布を持っていた事を思い出した。
ピサンピークのアタックの時「IGAC」とマジックで書かれた小さな赤い旗をザックのポケットに入れていた。
それには割り箸が付いていて,旗として立てる予定だったのだがそんな余裕は無く,持っている事さえ忘れ持ち帰ってしまった。
赤い小さな旗は「アカフ」と呼ぶ布切れで,雪山で迷子にならないように目印として使う物だった。
40年前,高校の山岳部で使った物の残リで,山とは縁が切れていた時でも捨て切れずに持っていた古いアイゼンのケースに一枚だけ入っていた物だった。

 テルモスの事を考えていて赤布を思い出し,ピサンは外してしまったがプーンヒルの頂きに置いて来ようか,と思ったが、いくらネパールの山とは言え3200mの頂では捨てて来るような物だと、止めた。

 階下に降りるとドルジは既に待っていた。
じゃぁ行くか?と、ヘッドランプを灯し石の階段を上った。
自分らが登る道には誰もいなかったが少し離れた木々の隙間からヘッドランプの光が見え隠れしていた。
ドルジに「道が違うんじゃないのか」と言うと「こっちが近道だ」と偉そうに言った。
ふうーん、間違いじゃない事を祈るわ,と思いつつぐんぐんと登って行くと「あっ,間違えた」とドルジの小さな声が聞こえた。
「馬鹿野郎,だから言わないこっちゃ無い」と言うと「ノープロブレム」と言って少しだけ戻って民家の庭先をかすめて牛追いの道のような薮を登った。

 薮を漕ぎ,石の階段の道に出ると程なくして料金所があった。
50ルピーだか100ルピーだったか忘れたが料金を取られるのは御来光を拝もうと暗いうちから登る人だけで7時過ぎに下った時には料金所には誰もいなかった。

 先行している人のライトが見えると猛然と追いかけ抜き去る事を楽しみにガンガンと登った。
普段なら標高3000mで400mも登ると言うと結構きついはずだったが,自分は空気の薄い事には慣れてしまっていたので快調だった。

 40分足らずで登り切り6時前に展望台に立ってしまった。
日本で11月28日に3200mの標高に居たとしたら氷点下10度くらいは覚悟しなくては成ら無いがここでは氷も張っていなかった。
しかし,股引もはかず、山シャツ一枚に薄いダウンジャケットで登って来てしまった自分には十分寒かったが。
毛糸の帽子と手袋を忘れなかったのが幸いだった。

 昨晩のシンガポール組のガイドのブリーフィングが正しければ御来光は6時半だから50分近くは待たなければならなかった。
自分らが立っている鉄塔の展望台では既にカメラを構える場所取りが始まっていた。
自分は一番乗りかと思ったが残念ながら二番手だった。
一番は若いアメリカ人の二人連れで本格的な三脚を二つ立て,片方には中盤のカメラが,もう一方には高級一眼レフのデジカメが据えられていた。
彼らは東に向けて構えていたが自分はマチャプチャレと相対する位置を取った。
自分が首から下げているカメラはソニーの小さな「ネオデジイチ」と呼ばれる素人用のカメラで彼らはそれを見て鼻で笑った,ような気がした。
しかし,山での御来光を何十回と狙って満足のいく写真を撮れていない経験から,太陽をまともに撮ったら負けと確信しているので今回はマチャプチャレやアンナプルナが朝日で焼けて赤くなるのを狙ってみた。
しかし,結果を述べれば,満足の行く写真は撮れなかった。
理由はプーンヒルの位置の問題だった。
展望台から見る山の面はどれも南に向いているのだった。
朝陽が昇っても高い山のごく一部が燃えるだけで南の斜面全体が紅くなる事は無いのだ。
それでも,夜明けから少しずつ赤みを帯びて来るアンナプルナをしつこく撮りまくったのだが。
6997mのマチャプチャレは位置が近い事もあって迫力があるがそれでも7000mに欠ける事実は否めず頂きに陽が当たる頃には周囲が明るくなり過ぎ写真にならなかった。
ヒマラヤの高峰は行き当たりばったり、トレッキングの片手間に撮れる程甘い相手ではないとしみじみ思い,これまで気にしなかった白幡史郎の写真を思い出し唸ってしまった。

 夜が空けて驚いたのはプーンヒルの観光客の多さだった。
狭い高台に何百人居たのだろうと吃驚するとともに,あんな静だったゴレパニの村にこれだけの人が泊まっていたのかと更に驚いた。

 展望台には入れ替わり立ち替わり観光客が登って来るのだが,白人ばかりではなく中国,台湾,日本,韓国,タイ,シンガポールと、言葉から推測しても様々な国の人が居た事が伺える。(中国と台湾の違いは正直良く分からないが)
プーンヒルの人気恐るべしと言うよりは、ネパール観光で一番人気のポカラに来て,更に見所はどこだとなると,二泊三日程度のトレッキングでやって来られるゴレパニのプーンヒルしか無いと言うのが現実だと思う。

 プーンヒルは確かにアンナプルナ山群の展望台としてはよく見えるが,しかし,所詮は展望台だよな,と言うのが偽らざる感想だった。
有名な山が沢山見えると言う事はプーンヒルがそこそこ高い場所と言うのもあるが,山に対して距離が遠いと言う事で,写真を撮るのが目的では間の空気が多過ぎる。
それでも,日本人はもちろん,外国人の多くもキャノンやニコンの高級一眼デジカメを手にヒマラヤを撮っていた。
いや,コンパクトデジカメもほとんどが日本メーカーであって、流石に世界を見渡してもカメラは日本の勝ちか?と自分とは全く無関係なのに少し嬉しかった。

 すっかり夜が空け景色にも飽きたので帰ろうとドルジを促すと,茶を一杯飲んで行こうと一軒だけあった茶店に入った。
一杯50ルピーの紅茶を飲み,まだ登って来る人が続くプーンヒルを降りた。

 宿に戻るとナーランが朝飯を食べていた。
40分で登ったぜ,と言うと驚きながら,下りの道でとても展望の良い場所があるのは気が付いたか、と言った。
確かに,プーンヒルのてっぺんよりもとても自然に山が見える位置があった。
そこでも結構な枚数を撮っているのだが,しかし,トレッキングルートで見た強烈なヒマラヤとは掛け離れており薄味だった。

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