![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/28/c5/0b5cea16d45be6e7f15f50ca8c31e95f.jpg)
明治天皇伏見桃山陵から緩やかな坂を5分程下って行くと、
昭憲皇太后伏見桃山東陵があります。
いかに明治天皇の皇后の陵墓といっても、
さすがに大きく無いだろうと思っていたが、
それはとても立派なものだった。
所在地:京都府京都市伏見区桃山町古城山
埋葬:大正3年(1914)
被葬者:昭憲皇太后
【昭憲皇太后】
明治天皇の皇后。
嘉永2年(1849)4月17日、左大臣一条忠香の三女として生まれる。
慶応3年(1867)6月女御となる。
この年、天皇との年齢差3歳の年長を、世俗四つ目と称してこを忌むとして、
1年遅い嘉永3年を公式の生年とした。
嫡妻として明治天皇の側室柳原愛子が生んだ嘉仁親王(大正天皇)を養子とした。
勧業博覧会や各種共進会、富岡製糸場などに行啓して産業を奨励し、
華族女学校、東京女子師範学校などの設立援助、開成学校、
学習院への行啓等教育の振興にも努めた。
また博愛社の設立、日本赤十字社、慈恵病院、愛国婦人会への援助等、
社会事業に力を注いだ。
能楽、美術、工芸の発展にも心を配り、
日清・日露戦争には出征軍人や傷病兵に下賜品を与え、慰問使を送った。
和歌や古典文学に造詣深く、特に作歌では3万6000首にも上る歌を残し、
昭憲皇太后御歌集はその片鱗を示すものである。
大正3年(1914)4月11日崩御、昭憲皇太后と追号され、
翌年5月1日に、明治天皇と共に明治神宮の祭神とされた。
【制札】
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/64/14/093c1e550d2ef7d663985807fa38a68e.jpg)
【境内】
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/0d/16/d11bf8d4dc10aba274a3b88c44442d43.jpg)
とても落ち着いた雰囲気です。
【鳥居】
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/28/89/799d38b00284cca136b64aa15020e61a.jpg)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/47/d8/f6066dea34bb5fe38dc44b15ce6f7530.jpg)
明治天皇に匹敵する規模を誇る陵墓ですね。
正直驚きました。
【陵墓】
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/55/b0/1f55859487f2f475073cb1212c34be98.jpg)
【参道】
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/7b/e1/239285bb76a1b538a6f62537b4f35c4f.jpg)
【石段】
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/34/28/c65fd5e5d531cf8d3733f2d3a5b150db.jpg)
違うルートには石段がありました。
どうやらこちらから行くのが正規ルートのようですね。
これにて本日の参拝終了。
寒いからもう帰る。(笑)
近くには桓武天皇柏原陵や伏見桃山城があるが、
次回に持ち越しです。