毎年アップしていますが是非とも知ってほしい。
戦争の悲惨さ、愚かさを忘れない為に。。。
8月9日は長崎に原爆が落とされた悲劇の日。
まずはこの写真を見てほしい。
ある番組で放送されて知った時は涙無くして見れませんでした。
時は終戦直後・場所は長崎。
アメリカ従軍カメラマン・オダネル(当時23歳)が撮った写真ですが、
そこには生き絶えた弟を背負いながら自分の弟を火葬する為に
焼き場の順番を待っていた少年の姿なんです。
両親は原爆で死んでいた。
テレビのナレーションはこう語っている。
ある光景にオダネルは釘付けになった。
そこには赤ん坊を背負った10歳ぐらいの少年がいた。
背にした赤ん坊は力無くぐったりしていた。
一体この少年は何をしているのか?
彼が背負っていた赤ん坊は既に死んでいた。
オダネルはシャッターをきった。
ただその姿に胸が熱くなった。
少年はじっと前を見続けていた。
涙も出ない程の悲しみに必死で耐えていた。
弟は何の為にこの世に生まれてきたのであろうか?
傷だらけの足を剥き出しにして、
少年は気丈に弟が焼かれる順番を待ち続ける。
指先までピンと伸ばした姿勢で耐え続けている。
ギリギリと唇を噛み締めながら。
オダネルは写真を撮った時をこう振り返っている。
「私はこの少年に言葉さえかける事が出来ませんでした。
もし優しい声をかけたら彼の張り詰めていた心の糸が切れ、
きっと泣き崩れていたことでしょう」
この放送を見た時、やりきれない思いばかりで私は泣いた。
こんな悲しい事があっていいのか?
今も世界中の紛争地域でこれと同じような悲惨な事が・・・
中東では相変わらず自爆テロや聖戦とのたまう戦争が起っている。
一方的な正義の押し売りによる犠牲者が後を絶たない。
犠牲になるのは何の罪も無い子供をはじめとする人達。
その姿を目の当たりにして、
いったい何を以ってして正義なのだろうか?
聖戦なのだろうか?
70数年前は悲惨であった日本も今は平和だ。
何の不自由も無く普通に生きている事がなんと素晴らしいことか!
ほんとにあの弟は何の為に生まれてきたのか?死ぬ為に生まれてきたのか?
その事を考えると与えられた人生をいい加減に生きてはならないと痛感する。
この様な写真が二度と撮らせる日本に絶対してはならない。
最後にオダネル氏は奇しくも長崎原爆投下と同じ日に亡くなっている。
単なる偶然には思えない。
戦争の悲惨さ、愚かさを忘れない為に。。。
8月9日は長崎に原爆が落とされた悲劇の日。
まずはこの写真を見てほしい。
ある番組で放送されて知った時は涙無くして見れませんでした。
時は終戦直後・場所は長崎。
アメリカ従軍カメラマン・オダネル(当時23歳)が撮った写真ですが、
そこには生き絶えた弟を背負いながら自分の弟を火葬する為に
焼き場の順番を待っていた少年の姿なんです。
両親は原爆で死んでいた。
テレビのナレーションはこう語っている。
ある光景にオダネルは釘付けになった。
そこには赤ん坊を背負った10歳ぐらいの少年がいた。
背にした赤ん坊は力無くぐったりしていた。
一体この少年は何をしているのか?
彼が背負っていた赤ん坊は既に死んでいた。
オダネルはシャッターをきった。
ただその姿に胸が熱くなった。
少年はじっと前を見続けていた。
涙も出ない程の悲しみに必死で耐えていた。
弟は何の為にこの世に生まれてきたのであろうか?
傷だらけの足を剥き出しにして、
少年は気丈に弟が焼かれる順番を待ち続ける。
指先までピンと伸ばした姿勢で耐え続けている。
ギリギリと唇を噛み締めながら。
オダネルは写真を撮った時をこう振り返っている。
「私はこの少年に言葉さえかける事が出来ませんでした。
もし優しい声をかけたら彼の張り詰めていた心の糸が切れ、
きっと泣き崩れていたことでしょう」
この放送を見た時、やりきれない思いばかりで私は泣いた。
こんな悲しい事があっていいのか?
今も世界中の紛争地域でこれと同じような悲惨な事が・・・
中東では相変わらず自爆テロや聖戦とのたまう戦争が起っている。
一方的な正義の押し売りによる犠牲者が後を絶たない。
犠牲になるのは何の罪も無い子供をはじめとする人達。
その姿を目の当たりにして、
いったい何を以ってして正義なのだろうか?
聖戦なのだろうか?
70数年前は悲惨であった日本も今は平和だ。
何の不自由も無く普通に生きている事がなんと素晴らしいことか!
ほんとにあの弟は何の為に生まれてきたのか?死ぬ為に生まれてきたのか?
その事を考えると与えられた人生をいい加減に生きてはならないと痛感する。
この様な写真が二度と撮らせる日本に絶対してはならない。
最後にオダネル氏は奇しくも長崎原爆投下と同じ日に亡くなっている。
単なる偶然には思えない。