ガッツ藤本(藤本正人)のきょうのつぶやき

活動日記ほど堅くなく、日々の思いをつぶやきます

『後世への最大遺物』内村鑑三 から

2024-03-15 16:31:50 | 本・映画など

内村鑑三が箱根の基督教青年会夏期学校にて講演した講演録、それが『後世への最大遺物』であった。

時は1894年、日清戦争が開戦の1か月前のことだ。


内村鑑三は若者に向かって言う。

歴史に名をとどめたい、世の中に何かを遺したい、と願うことはキリスト者として恥ずかしいことではない。

むしろ大切なことだ。

では、後世に何を遺せばよいのか。

内村鑑三は、まず「金」をあげる。金をもって世の中をよくしていくことができるからだ。

次に、「事業」だと指摘する。灌漑のため山の中から隧道(トンネル)を掘って田畑に水を入れた兄弟の話などが披歴される。

でも、「金」を遺す才も「事業」を遺す才もないものはどうするか?

それならば「思想」を遺すことだ。「新約聖書」や頼山陽の思想、そして、ロックの哲学が巡り巡って世界に影響を与えたのだ。

そして、その手法として、「文学」「教育」の重要性を説くのであった。

しかし、それも誰にでもできるものでもない。

誰にでもできる、益あって害のない最大遺物、それは、「勇ましい高尚なる生涯」だというのだった。

この人にできたのなら自分にもできないことはない、やってみよう、と後世の人が思うような生きざま、

それを遺すことが最大の価値あること「後世への最大遺物」だと内村鑑三は言うのであった。

そして、来年、またここに集まるときに、それを語れるように我々は生きようではないか、

邪魔があればあるだけ、価値ある遺物となれる、と聴衆に語るのでありました。

そして最後に、

われわれの生涯はそれで終わりというものでなく次代に引き継がれるもの
(水の辺りに植えたる樹のようなもので、だんだんと芽を萌き枝を生じていくもの)である、

と指摘して、講演をこのように結ぶのでありました。

これを称して真面目なる信徒と申すのです。われわれに後世に遺すものは何もなくとも、われわれに後世の人にこれぞというて覚えられるべきものはなにもなくとも、アノ人はこの世に活きているあいだは真面目なる生涯を送った人であるといわれるだけのことを、後世の人に遺したいと思います。(拍手喝采)

3月、区切りを迎える仕事も多いことと思う。 

すべての区切りを迎える人々に贈る言葉になるのかもしれない、そして、自分にも。




※例え話の中に、いいなあ、というものがあったのでそのまま記しておきたい。


『後世の最大遺物』『デンマルク国の話』(岩波新書)p71、72

子供の二群が戦をしておった、石撃(いしぶち)をしておった。
家康はこれを見て彼の家来に命じて人数の少い方を手伝ってやれといった。多い方はよろしいから少い方へ行って助けてやれといった。これが徳川家康のエライところであります。それでいつでも正義のために立つ者は少数である。それで我々のなすべきことはいつでも少数の正義の方に立って、そうしてその正義のために多数の不義の徒に向って石撃をやらなければなりません。もちろんかならずしも負ける方を助けるというのではない。私の望むのは少数とともに戦うの意地です。その精神です。それはわれわれのなかにみな欲しい。今日われわれが正義の味方に立つときに、われわれ少数の人が正義のために立つときに、少くともこの夏期学校にきている者くらいはともにその方に起ってもらいたい。それでドウゾ後世の人がわれわれについてこの人たちは力もなかった、富もなかった、学問もなかった人であったけれども、己の一生涯をめいめい持っておった主義のために送ってたといわれたいではありませんか。


この辺が、いいなあ、と感じました。少数派は最先端を行くことが多く、ゆえに先端は少数派になる。
しかし、のちの世から振り返れば、それこそが正しき奔流へ導くわずかな決壊のごとき水の溢れなのかもしれません。

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