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浅田次郎「一路 上下」1

2021年04月29日 | 斜読

book529 一路 上下 1 浅田次郎 中公文庫 2015  <斜読・日本の作家一覧

 浅田次郎氏(1951-)の現代版浪花節「プリズンホテル」(book528)は痛快だった。新型コロナウイルスで気分が閉塞しそうなときは、主題のもくろみはさておき、痛快さが気分をほぐしてくれる。柳の下の2匹目の泥鰌を探そうと図書館に出かけ、浅田次郎コーナーで「一路」を見つけた。
 私は見なかったがテレビドラマ化されたし、さいたま市には25ほどの図書館、分館があるがすべての図書館に一路が蔵書されていて、人気の高さがうかがえる。
 浅田氏の痛快な筆裁きを期待して読み始めた。「プリズンホテル」を読み出して「破茶滅茶」の言葉が浮かんだが、「一路」では「てんこ盛りの幕の内弁当」が浮かんできた。弥次喜多東海道中膝栗毛や水戸黄門漫遊記のような盛りだくさんの話題に、登場人物それぞれの心の葛藤、悲喜劇が描かれている。まさにてんこ盛りの幕の内弁当である
 タイトルの小野寺一路が主人公と思いきや、場面が変わると殿様=蒔坂左京大夫が一人称になり、別の場面ではお家乗っ取りを謀る蒔坂将監が三人称に、変わって側用人の伊東喜惣次が一人称になり、蘭方医辻井良軒が一人称に、前田家乙姫が三人称に・・、さらに殿の白馬や斑馬、徳川家茂の池の鯉までも語り出すほど、浅田氏の筆は変幻自在に飛ぶ。 

 原作は2010年の連載で、2012年に単行本化され、2015年に文庫本化された。
 文庫本・上の裏表紙には、「失火により父が不慮の死を遂げたため、江戸から西美濃・田名部郡に帰参した小野寺一路。齢十九にして初めて訪れた故郷では、小野寺家代々の御役目・参勤道中御供頭を仰せつかる。失火は大罪にして、家督相続は仮の沙汰。差配に不手際あれば、ただちに家名断絶と追い詰められる一路だったが、家伝の「行軍禄」を唯一の頼りに、いざ江戸見参の道中へ!」
 下巻裏表紙には、「中山道を江戸へ向かう蒔坂左京大夫一行は、次々と難題に見舞われる。中山道の難所、自然との闘い、行列の道中行き合い、御本陣差し合い、お殿様の発熱・・・・。さらに行列の中ではお家乗っ取りの企てもめぐらされ--。到着が一日でも遅れることは御法度の参勤交代。果たして、一路は無事に江戸までの道中を導くことができるのか!」と紹介され

上巻目次は、其の壱 御発駕まで
其の弐 左京大夫様御発駕
其の参 木曽路跋渉
其の四 神の里鬼の栖

下巻目次は
其の四 神の里鬼の栖 承前
其の五 風雲佐久平
其の六 前途遼遠
其の七 御本陣差合
其の八 左京大夫様江戸入 と展開するので、あらすじはつかめる。
 となれば、道中で繰り広げられる難問、難題をいかに切り抜けるかが醍醐味になる。そもそも連載だったのだから、参勤道中に立ちふさがる難問はより難しく、難題はよりやっかいな方が読み手の気持ちをハラハラさせ、その難関を一話ごとに切り抜けて読み手をホッとさせる、そこに浅田氏の本領が発揮されるのである。

 物語の主役である殿は、蒔坂家39代当主の左京大夫である。蒔坂家はもともと現岐阜県・西美濃の石田治部小輔に縁の深い土地だったが、関ヶ原の戦いで徳川に馳せ参じた。その功で、田名部(架空)七千五百石の領土を安堵され、五千の旗本寄合衆とは別格の参勤交代をする交代寄合三十三家のうち、さらに二十家の交代寄合表御礼衆に選別された。
 一般の旗本が若年寄支配だが、交代寄合は老中支配で、江戸城では格下の大名が柳間に詰めるのに、蒔坂家は格上の大名とともに帝鑑間に詰める。旗本でありながら別格の待遇である。
 殿の父38代左京大夫は男子に恵まれず、跡継ぎとして従兄弟の子である蒔坂将監を養子に迎えた。ところが側室が懐妊、現在の殿である男子が生まれたので、将監は廃嫡された。殿は、父亡きあと9歳で39代蒔坂左京大夫を継ぎ、江戸城に詰めることになる。将監は殿の後見人となる。
 殿は叔父の将監を兄のように慕い、できれば自分は隠居し、将監に家督を継いでもらいたいと考え、うつけの振りを通す。対して将監は自分が当主になり損ねたこともあり、殿のうつけを田名部城下に流言し、国家老由比帯刀と結託、門長屋住まいの伊東喜惣次を三百石の側用人とし、御家乗っ取りを画策する。
 この御家乗っ取りの画策が本題の参勤交代にからみ、読み手をハラハラさせたうえで、難題を切り抜けて読み手をホッとさせる。浅田氏の筆は軽快である。

 物語の主人公といえるのが、本のタイトルの小野寺一路である。父弥九郎は、蒔坂家参勤交代御供頭だった。・・たぶん、忠義心が厚く、将監の御家乗っ取りに気づき、供頭添役の栗山とともに未然に防ごうとしたようだ。そのため、弥九郎は眠り薬を飲まされ屋敷の火災で焼死、栗山は毒を盛られ卒中で息を引き取った、ということを一路はあとで知るが、城下では将監の企みであることがうすうす知られていた・・。
 物語は、父の不慮の死を知った一路が江戸から田名部に帰参し、殿から御供頭を任じられるところから始まる。
 江戸で生まれ育った一路は、千葉道場免許皆伝、東条一堂塾頭の英才だが、まだ19歳で、父から参勤道中について何も聞いていない。一路は、屋敷の焼け跡で見つかった「元和辛酉歳蒔坂左京大夫様行軍録」を手にし、途方に暮れる。

 元和辛酉=1621年の参勤交代とは(関ヶ原の戦いが1600年、徳川家康開府は1603年)、ことあるときは軍兵を率いて江戸へ馳せ参ずる行軍を意味していたようだが、いまは文久元年=1861年で、240年のあいだに行軍の本来の意味も失われ、簡素化されてしまった。
 一路にとって参勤道中の手引きはほかにないし、道中筮・朧庵(終盤で徳川家茂のお庭番だったことが判明)の勧めもあって、古式に則り、いにしえの武門の誉れを復活する行軍を目指す。
 この古式に則った参勤道中が物語の主軸になる。

 田名部から江戸までは中山道11宿12日と定められていて、遅参は許されない。譜代大名は6月か8月、外様大名は4月の参勤交代だが、蒔坂家は12月出立が習わしで、文久元年辛酉1861年は12月3日に出立し、12月14日の江戸入りとなった。
 道中は原則、暮六ッ泊まり、七ッ立ちである・・江戸時代は日の出前およそ30分が明け六ッ、日没後およそ30分が暮六ッで、その間を昼夜それぞれ6等分して一刻とした。冬至の明け六ッは6:00ごろ、七ッは4:00ごろ、冬至のころの暮六ッは17:00ごろで、緯度によって異なる。4:00から17:00まで12時間以上の歩き通しだから、それだけでも参勤交代が行軍だったことが想像できる・・。

 道中のすべてが供頭である一路の差配になり、一路の補助が供頭添役の栗山真吾である。
 簡素化された以前の参勤道中は50名だったが、一路は古式に則って総勢80名の陣容とし、劈頭は陣笠+猩々緋陣羽織+片鎌十文字槍旗指物で飾った佐久間勘十郎、先達は双子のもと馬喰の丁太、半次が支える長さ一丈=3m、重さ五貫=19kgの東照権現様御賜之朱槍二筋、続いて武具、槍組、鉄砲組、弓組、徒士・・などが続く。殿の馬も白馬一頭に簡略化されていたが、一路は馬喰の斑馬をもらい受け、二頭とした。
 
 一日目/12月3日、殿は、前日の古式に則った奴の検分で興奮し、丑の刻=2:00前後に目覚める。陣太鼓を合図に、絵巻物のごとき絢爛たる行軍が動き出す。家臣は平伏し、商家、百姓が土下座して見送るのを見て、殿はやり過ぎと感じ、心苦しくなる。・・殿の人を思いやる気質は物語中になんども描かれる。浅田氏の気持ちの優しさであろう・・。
 殿と家来は田名部八幡宮で道中平安を祈願する。古式に倣い殿が気合いをあげると、家来は一糸乱れぬ勝ち鬨で呼応した。
 殿は、狭い籠のなかで強行軍に耐えながら長良川を渡り、初日の鵜沼宿に着く。

 二日目/12月4日、鵜沼宿を立つ。東照権現様拝領の槍を捧げた軍容ごとき行軍に太田宿本陣の代官も土下座し、無事に通過する。
 狭い駕籠で、いつもより疾い行軍のため、殿は足がしびれ、引きつってしまい、一路に馬を用意させる。殿は初めて乗った斑馬をみごとにさばき、難所の急坂を乗り切る。
 二日目の大湫宿から古式に則り、参勤道中は行軍であり、本陣では眠っていないように見せるため、殿の寝所では一晩中、小姓が太平記、平家物語などの軍記の奉読が始まった。殿は、体は綿のように疲れていたが、軍記に引き込まれ、ときに涙し、ときに自らを鼓舞し、いつの間にか朝を迎えてしまう。

 三日目/12月5日、明け六ッ=6:00ごろ、大湫宿を立つ。大井宿へ向かう十三峠で、御役御免となり国元へ戻る三葉葵・松平河内守一行の200人行列と行き合いになる。相手は大名なので道を譲らなければならないが、一路たちは東照権現様拝領の槍を立てて進む。河内守は平伏し、一行は無事に通過する。
 馬籠宿で、殿は火事で親を亡くした娘に声をかけ、殿の名札と銀少々を与え、諏訪神社に祈願すると約束する。
 妻籠宿に亥の刻=22:00ごろに着く。夜半に一路は将監と由比の御家乗っ取りの企て、父の謀殺を知り、栗山真吾に教える。誰が敵か味方か不安になるが、佐久間勘十郎から80人の徒士の多くは一路と真吾の古式に則った行軍で忠義心が目覚めたと聞き、決意を新たにする。
 その2に続く (2021.4)

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