午後6時前に海岸に散歩に出掛ける。昨夕は雨のため散歩出来ず。今朝も雨のため散歩出来ず。雨の雲間の時間は家から離れて仕事である。犬に本当に済まない気持ちになってしまうが、それは内緒だ。しかし、じわじわとその気持ちが染み出して、その点に関して気を見るに敏な犬は察知しているようだ。
それでも今朝、雨が降っているのは雨音で分かってはいただろうが、一応外に出してみる。すぐに中に入った。昨朝の一件が余程身に染みたようだ。それはこっちも同様である。靴に新聞紙を入れて乾かしているのに、まだ濡れて履けない状態だ。よしよしという感じで、散歩抜きの朝食である。
昨夕と今朝、廊下に小用を足していた。致し方がないだろう。雑巾でごしごし。洗ってごしごし。洗ってまたごしごし。
今夕、帰ってみると室内で糞をしていないと言う。それは感心と思うと同時に無理をさせているなと思った。よし、散歩だ。でも、その前に夕食である。こっちが腹が減っている。犬もである。
朝はしょぼんとしていたが、夕方は元気溌剌。催促、督促、おねだりの鳴き声。これには弱い。赤ん坊の泣き声やロックンロールと同じように耳を塞ぐことは出来ない。
1日半ぶりの散歩である。いつもの海岸へ行く。猛然とした散歩である。公園に寄る。久し振りの大型の糞をする。よしよしである。海岸に辿り着く前にまたまた大型の糞をする。よしよしである。
海岸でゆっくりと寛ぐ。
習慣のためだろう、犬の散歩は犬のとっても、私にとっても大切なものであることを再確認した。
明朝は天気は大丈夫のようである。