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ハービー・ハンコック/ガーシュウィン・ワールド

2005年02月09日 23時48分41秒 | JAZZ
 タイトル通りのガーシュウィンを素材にした作品。ただ、ガーシュウィンだけでなく、時代的な相関関係からなんでしょうけれど、デューク・エリントンやラベルその他の作品もとりあげていて、このあたりは、この種の企画物とはひと味違うひねりを加えてます。
 また、参加しているメンツもジャズからだけではなく、ジョニ・ミッチェルやスティービー・ワンダー、オルフェウス室内管弦楽団といったジャンル横断的というか、とにかくハンコックの音楽的守備範囲の広さを誇示するような面々で、これはふたひねりくらいしている感じですかね。

 こういうお膳立てなんで、音楽的にはGRPが昔良く作ったような「ゴージャスでリッチで甘口な企画物」とは大分感触が異なってます。冒頭はいきなりアフリカン・ドラムですし、ジョニ・ミッチェル、スティービー・ワンダー、キャスリーン・バトルをフィーチャーしたヴォーカル物、オルフェウス室内管弦楽団をフィーチャーしたクラシック調、チック・コリアとのピアノ・デュオといった様々なフォーマットの楽曲の合間に、比較的オーソドックスな4ビート・ナンバーが入るという、けっこう複雑な構成になってます。

 もちろん、やっているのがそもそもハンコックなのですから、つまらないということはありません。それぞれのアレンジはよく作り込まれているし、多彩な音楽をあれもこれもと楽しめるのも確か。ただ、アルバムの全体の印象としては、ハンコックの作品としても、ガーシュウィンの作品集としても、少々拡散し過ぎてしまった感が強いんですよね。また、聴いていて、「ガーシュウインの時代の音楽を素材に、自らのキャリアを総決算しつつ、ジャズの過去と未来を占う」という意気込みはよく伝わってくるんですが、どうも、ジャンル横断的かつ包括的に音楽を扱おうとしたあまり、それぞれの音楽が妙に抽象化、芸術化されてしまい、ここ提示されるいろいろな音楽的要素がどうも単なる記号になりかけている....ような危うさを感じないでもないです。

 しばらく前の「ニュー・スタンダード」の時も感じたんですか、どうも近年のハンコックはかつて持っていた良い意味での通俗性みたいなものが、すっかり抜けてしまい、どうも枯れすぎというか、音楽的にハイブロウになり過ぎている気がします。個人的にはもう少しばかり「下世話でブっちぎった作品」に仕上げてもらっても、バチはあたらんだろうと思うんですがねぇ....。


コメント
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