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音楽全般について 素人臭い能書きを垂れてます
プログレに特化した別館とツイートの転載もはじました

フリートウッド・マック/ファンタスティック・マック

2007年08月31日 23時30分19秒 | ROCK-POP
 先月、フリードウッドマックの「噂」のところで書いたけれど、1977年の夏、私はフリートウッド・マックをふたつのアルバムを聴きまくっていた。ひとつは「噂」であり、もうひとつはもちろん本作「ファンタスティック・マック」である。「ファンタスティック・マック」というタイトルは、当時ありがちだった日本発の英語タイトルで、本当はシンプルに「フリートウッド・マック」というものだった。世代的にも音楽的にもこれまでとは明らかに異質な、ウェストコーストの新世代ニックス&バッキンガムを入れて心機一転、新生マックという意味合いもあったのだろうが、その目論見はおそらく当人たちの思惑をも越えた大ヒットを呼ぶことになるのだが....。

 さて、このアルバムずいぶんと久しぶりに聴いた。多分、15年以上は聴いていなかったと思うが、久しぶりに聴くとほとんど同格の作品のように思っていた「噂」と比べると、こちらはちと落ちるような気がする。もちろんこれも傑作には違いないし、とろけるようにメロウで、かつロック的な骨太感も失ってない音楽になっているあたりはさすがフリートウッド・マックだと思うのだが、音楽のメリハリ、ヴァリエーション、突き抜けたポップス性といった点で、こちらはちと平板というか、一本調子なところも散見するような気がする。「ウォームウェイブ」「シュガー・ダディ」、あとボーナストラックで収録されたジャムなどの曲を聴くと、カーウァンからウェルチにいたる中期マックのもっさりとしたところが、この時期はまだ残っていたようなところも感じられるし、「ワールド・ターニング」はバッキングガムが意図的に歴代ギタリストの後継者たろうとして、つっぱっているところもそうした残滓のようなものを感じさせる点なのだろう。

 一方、スティービー・ニックスの2曲は今聴いても「なにを歌ってもスティービー・ニックス」みたいなキャラは健在で、彼女をフィーチャーした「リアノン」と「ランドスレイド」は今もって彼女の最高傑作なんじゃないかと思う。おそらく前者は自他ともに認めるマスター・ピースだろうし、後者は個人的に清涼感溢れるアコスティック・サウンドにのって、彼女のいがらっぽい声がのるミスマッチングぶりが、妙に乾いた叙情を誘うところが良くで、最後のコーラスのところでちょっことフィルセットに声が裏返るあたりはとてもチャーミングで、今聴いてもちょっとばかり切ない気持ちになる。
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シェリーズ・マン・ホールのミシェル・ルグラン

2007年08月30日 23時19分37秒 | JAZZ-Piano Trio
 ミッシェル・ルグランというと、私にとってはなんといっても名作「シェルブールの雨傘」の音楽で一躍有名となり、その後母国フランスはおろか、ハリウッドまで活躍の場を広げた、フランシス・レイ、モーリス・ジャールあたりとならぶ、国際派のフランス映画音楽のコンポーザーみたいなイメージがあるのだけれど、ジャズの方面でも指揮編曲、そしてピアニストとしてけっこうな傑作を残していることは周知の通りだ。前者にはマイルス・デイヴィスその他の一流ミュージシャンを擁した「ルグラン・ジャズ」という名作があるし(私は未聴なのだが)、後者は本作「シェリー・マンズ・ホールのミッシェル・ルグラン」をもってトドメをさすといったところだろうか。

 このアルバムはルグランが映画音楽の仕事で訪米した際に、シェリー・マンの誘いに応じて、彼のドラム、レイ・ブラウンのベースというピアノ・トリオで収録されたライブ盤である。ルグランはコンセール・ヴァトアールで音楽を学んだせいのかどうか知らないが、編曲はもちろんだが、ピアノもかなりうまく、名うてのリズム・セクションを相手に堂々たるパフォーマンスを展開している。おそらく、ルグランはレイ・ブラウンやシェリー・マンといった相方や場所柄から判断したのだろうが、そのパフォーマンスはオスカー・ビターソンも真っ青といった感じの、やたらと手数の多い、饒舌にスウィングするプレイになっている。彼のピアノ・トリオのアルバムは何枚あるのかしらないが、おそらく彼の盤歴の中ではけっこうな異色作になるのではないだろうか。

 収録曲では、1曲目の「ザ・グランド・ブラウン・マン」、続く、そしてスタンダード・ナンバー「ザ・タイム・フォー・ラブ」あたりが、ルグランの器用なアラ・ピターソンぶりがハマって快適なスウィング感と華麗なフレーズが横溢した演奏となっている。また、スキャット・ボーカル入りの「マイ・ファィニー・バレンタイン」(そういえば彼の姉妹はスウィングル・シンガーズのソロとっていた人だと思うのだが、それと歌い回し似ているような気がしないでもない)や「ウィロウ・ウィープ・フォー・ミー」といった有名曲ではさすがに、フランス的な香りを漂わせてひと味違う雰囲気を味合わせる。またラストの「ロス・ゲイトス」はフリー・インプロらしく、フリー・ジャズという訳ではないが、この曲だけはこれが録音された68年という時期を思い出させる演奏になっている。
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FFXI < ミッション、アサルト >

2007年08月29日 23時46分43秒 | GAME
 ほぼミッション関係を進めることに傾注した3週間でした。前にも書いたとおり私はこの2年間ミッション関係はほとんど進めていなかったのですが、この宿題のように頭にひっかかっていたミッションの消化は、7月くらいから野良で参加したバス・ミッションあたりで味をしめ、この3週間でプロマシアの残りふたつ、ジラートの最後の部分を精力的にこなして、ゲームを始め約2年、ようやく旧エリアのミッションの全て消化することができました(私は移籍する考えはないのでウィンダスとかサンドリアのミッションは無視)。ジラートの方はあまりにサクサクと進めてしまったので、そうでもなかったですが、プロマシアの方は2年越しでやったこともあり、最後の世界巡りをしている時は、さすがにある種の感慨があったですね、もう2度とやりたくないですけど(笑)。

 で、残るミッションはアトルガン・エリアのものとなりましたが、こちらの方もこの3週間で地道に進めた甲斐もあって、本日終了しました。最後のふたつは昨日のヴァージョン・アップで追加されたものだった訳ですが、ゴールへ一番乗り....とばかりに続々と名乗りをあげるシャウトにのって、当日のうちに「巨人の懐へ」はクリア、ところが次の「少女の決意」はどうしても勝つことができず断念。そしてさきほどようやくこちらも2度目のクリアしました。それらしてもアトルガン・ミッションは最後のふたつ、特に後者はそれまでの緩いバトルから一気にハードで、難易度の高いバトルに変わってびっくりしました。確立した戦略も、勝利した情報がほとんど何もない状態で挑んだせいもありますが、それにしたってプロマシア並の薬品大量投入、ゾンビ作戦上等で挑んで、3度目にしてようやっと勝てたくらいですから....。しかも私の参加したハーティーは残り2秒というほとんど劇的な終わり方したもので、バトル・フィールドから排出されても勝ったのか負けたのかわからず、しばらくしてイベントが始まった時はみんな歓声があがりましたね。私は手法の確立されていない、白紙の状態でのバトルというはほとんど初めてだったせいか、このミッションはとても新鮮で、この2年間でももっとも印象的な戦いでした。

 あとアサルト関係は、最近は単に階級を上げるだけでなく、できうることなら報酬品である装備品のうち一種類くらいフルで揃えてやろうと思って、参加するアサルトもエリアを散らしながら、野良にのったり、自分でリーダーして進めています。そんな訳で、こちらもこの3週間でふたつ上がって現在傭兵長です。あっ、あとトゥー・リアで初めてNM戦、玄武というカメと戦いも経験しましたが、デュナミスの方はLSの運営が芳しくないようで、このところお休みです。


08/09 AM亡国の墳墓
08/11 PM天使(後半)、アサルト上等兵
08/12 PM暁
08/15 AM「漆黒の柩」
08/19 ZM「宿星」
08/20 AM「特使の御盾」
08/22 AM「暗雲の未来」
08/23 AM「亡国の遺産」
08/24 戦績BC「オボロン」、アサルト傭兵長
08/25 トゥー・リア「玄武」
08/28 AM「巨人の懐へ」
08/29 AM「少女の決意」
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ミュンヘンの恋人

2007年08月28日 23時08分25秒 | others
 唐突な話題だが、私の世代で女子の体操選手のアイドルといえば、当然ナディア・コマネチということになるだろうが、個人的に忘れられないのは、オルガ・コルブトというソ連の選手である。彼女が活躍したのは、コマネチが席捲した1976年のモントリオール・オリンピックのひとつ前、つまり1972年のミュンヘンで、今思い出してもモントリオールのコマネチと比較しても負けず劣らずの活躍をして、テロ事件など暗い話題も多かったミュンヘンでは、小柄な体型と愛くるしい容姿、そして段違い平行棒で見せた、コルブト宙返りというトリッキーな技などで、話題をかっさらい、メダルを4つも5つも獲得して、まさにミュンヘンの華として活躍したのだった。当時の日本人も彼女の演技に魅了された方も多かったハズだが(「ミュンヘンの恋人」という称号をいただいていたはず)、私もそのひとりで、当時中学1年生だった私は、間違いなく彼女に恋をしていたと思う。。

 で、その4年後のモントリオールでは、先ほども書いたとおり、コルブトに変わってポーランドのコマネチが話題をさらうことになった。コマネチはキリリとしたスリムな体型と、少年のような硬質な容姿をもっていていて、この選手が当時としては破格の10点を連打する完璧な演技はまさに圧倒的、観ていて「完璧なる体操マシーン」としかいいようがない動きは誰の目にも驚異と映ったはすだ。が、その一方、このモントリオールにもオルガ・コルブトも参加していたのだった。彼女はここでもコルブト宙返りなども再び披露したりもしたものの、コマネチの活躍振りを前に、もうかわいそうなくらいに影が薄かった。前回のミュンヘンではあれほどの人気を博した選手がこうも精細を欠いたように見えてしまうとは、スポーツの世界は残酷なものだ....と子供心にも思ったものだった。

 私はモントリオールはコルブトをみるのをとても楽しみしていたので、なにやら前回とはうってかわった全くメダルの取れない悲愴な面持ちの彼女を観て、ずいぶんと悲しい思いをしたものだが、その彼女がオリンピックも最後の頃になって、ひとつだけメダルをとったような気がする。確か平均台だったかと思うが、会場からは盛大な拍手が涌き、私は「最後でようやく一矢報いてくれましたね」と、なんだかうれしいような、悲しいような気分になったものだった....。私がこの「ミュンヘンの恋人」コルブトを観たのもこれが最後だったが、今ではネットで当時の彼女の華麗なる演技が、小さな画面ではあるものの、再び観ることができる。私はふとしたきっかけで、これらの動画を発見して、今から調度35年前の夏の甘酸っぱい気分を思い出したのだった。

http://www.youtube.com/results?search_query=Olga+Korbut%2C&search=Search
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JACINTHA / The Girl from Bossa Nova (SACD)

2007年08月27日 00時09分34秒 | JAZZ
ジャシンタという女声ボーカリストはオーディオ・ファンにはけっこう馴染み深い人ではないか。何故かといえば、SACD勃興期にGroove Noteというレーベルから出た何枚かのSACDによる作品は、それはもうデモ・ディスクとして頻繁にかかっていたし、オーディオ雑誌等でもハイファイ録音盤として、あるいは機器のオーディオ・チェック的なソースとして良く顔を出していたからだ。SACDが出始めた時期といえば、なにしろ本家のソニーを除けばCDの時以上にそもそもソースが少なかったし、そのソニーから出た新旧のソースを使ったSACDアルパムにしたところで、時として過渡にリファレンス的というか、早い話優等生的な音でありすぎて、SACDの凄さのようなものが今一歩伝わってこないうらみがあったところに、出てきたアルバムがジャシンタのアルバムだったのである。

 デビュー作は確か「Here's To Ben - A Vocal Tribute To Ben Webster」だったと思うが、とにかく声と楽器のリアルな質感、もうエクセレントとしかいいようがないバランス、それらがスタジオの広さまで分かりそうな精細な残響を伴ってスピーカーから聴こえてきた時は、「SACDってすげぇ」と思ったものだったが、加えていえば、彼女のアルバムがオーディオのデモ・ソースを越えて、日本のオーディオ・ファンに受けたのは、ジャズ・ボーカルとはいえ、ありがちな全くクセがなく、「澄んだ声」と形容したいような自然さとそこからそこはかとわき上がる官能性みたいなものが受けたのだと思う。あまりジャズとか縁がない人でも、ジャズ・クラブで小耳に挟むような音楽として、ごく自然に楽しめる仕上がりだった....という風にいいかえてもいいと思うが。

 さて、このアルバムだが、早いもので彼女のSACDシリーズでも第5作くらいになると思う。内容はタイトルから分かるとおり、どの曲も知らない人がいないというくらいのボサノバの大スタンダードを10曲ほど取り上げている。彼女のボーカルはそもそも軽いタッチだし、意外にアンニュイなところもあるので(そういえば「ジンジ」はフランス語で歌っている)、おそらく本作の狙いであろう「かつてアストラッド・ジルベルトがかつてやった音楽の今風な再現」をそつなくこなしているといったところで、とても聴きやすい仕上がりだ。バックを担当しているメンツも基本的にはジャズだが、これまたそつなくジャズ・ボッサ的なスタンスでバッキングを勤めていて、ハリー・アレンのサックスなどかつての名作アルバムでのスタン・ゲッツ役をなにくわぬ顔でこなしている。。

 ちなみに録音は当然のことながら、超がつくくらいに優秀だが、一連の彼女のアルバムに比べても、更に滑らかでえげつないところがまったくない上品な音になっていると思う。一応CD層の音も聴いてみたが、やはりSACD層を先に聴いてしまうと、CDではにわかに天井が下がったような抜けの悪さを感じてしまうほどで、やはりこういう一発録り的な録音だと、ミキシングのお化粧などといったこと以前に、素直に録音の素性の良さが出るといった感じがした。
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Antonio Carlos Jobim and Friends

2007年08月26日 16時32分19秒 | Jobim+Bossa
1993年、当時ヴァーブ移籍しだばかりのハンコックを中心にブラジルで行ったジョビン・トリビュート・コンサートのライブである。もちろん御大ジョビンも参加しているのだが、どちらかというヴァーブ・オール・スターによるライブみたいな雰囲気も強い。ベーシックなメンバーは、ハンコックのピアノ、ロン・カーターのベース、ハービイ・メイソンのドラム、アレックス・アクーニャのパーカス、オスカー・カストロ・ネヴィウスのアコギで、これにジョビン、シャーリー・ホーン、ジョー・ヘンダーソン、ジョン・ヘンドリックス、ゴンザロ・ルバルカ、バガル・コスタといった有名どころがのっかるという感じである。どう考えてもハンコック主導のコンサートといった雰囲気が強いが、プロデュースがカストロ・ネヴィウスだったりするところをみると、彼が仕切っていたのかもしれない。

 ともあれ演奏は、まずハンコックのソロによるメドレーに始まり、次にピアノ・トリオ+パーカスと徐々に編成を厚くしていくという、この種のコンサートでは定番のスタイルで始まる、本格的にスタートするのはシャーリー・ホーンによる「Boy from Ipanema」あたりからだろうか、彼女は2曲ほど歌っているのが、メンツからしてもあまりボサノバらしさはないものの、ジャズ的としかいいようがない貫禄と渋さで一気にコンサートの雰囲気を重厚なものしている。続いてはジョー・ヘンダーソンとゴンザロ・ルバルカバをフィーチャーした「O Grande Amor」もこのメンツだから極めてジャズ的な演奏だが(9分に及ぶ演奏でたっぷりとソロをフィーチャー)、ここではカストロ・ネヴィウスのアコギがひとりでボサノバ的な世界と表現していて、曲といいスタイルといい、ちょっと「ゲッツ/ジルベルト」的な世界になっている。

 引き続いて登場するのはジョー・ヘンドリックス、お馴染みのスキャット・ボーカルをフィーチャーして軽快にスウィングする「No More Blues」、ベーシック・メンバーにルバルカバを加えた、かなり熱いピアノ・バトルをフィーチャーした「Agua de Beber」の後は、ガル・コスタが登場して「Felicidade」「Se Todos Fossem Iguais a Voc」が一気にブラジル的、ボサノバ的な雰囲気が強くなっていたところで、御大ジョビンが登場という趣向だ。
 ジョビンを向かえて演奏されるのは4曲。スタイルは様々だが、どちらかといえばデュエットのガル・コスタの方が目立つような感じ。ラストでこれまでメンツが総出演して「イパネマの娘」、途中ハンコックが「Take The A Train」を繰り出すのは楽しい趣向で大きく盛り上がって終了。という訳で、なかなか楽しいコンサート・ライブなのだが、こういうコンサートであれば、映像で観たかったところだな。
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ハイドン 交響曲第24番「フルート」/フィッシャー&AHハイドンPO

2007年08月25日 12時22分49秒 | ハイドン
 精力的で壮麗な第23番に比べると、こちらは全体に室内楽的でバロック風な流麗さがある作品となっているような気がします。23番のところでも書きましたけど、この時期のハイドンはどう考えても音楽的に一皮むけたような向上が感じられますが、この作品も21,22,23番あたりとほぼ同時期な作品と考えて良いらしく、すーすー流れるBGM的な雰囲気を持ちつつも、緊密な構成と淀みない緊張感の持続が心地よく感じられます。また、この曲で特徴的なのはフルートを大幅にフィーチャーした第2楽章で、静謐さが漂う落ち着いた雰囲気とフルート独特の清涼感が合わさって、さながらフルート協奏曲の緩徐楽章ような音楽になっています。毎回つけているニックネームですが、これはもうこの楽章の印象深さからして当然「フルート」しかないといったところでしょうか。

 他の3楽章も概ね良い出来で、第1楽章では管楽器の牧歌的なオープニングに始まり、アレグロというには少々ゆったりとしたテンポで進んでいきます。弦のトレモロのような動きにのって徐々に短調に転ずるあたりはハイドンらしい老獪さが感じれてこの曲のひとつとなっていると思います。第3楽章のメヌエットはこれまた第1楽章と共通するような管楽器の鄙びた音色がドイツの田園風景を思い起こさせます。トリオもほぼメヌエットと似たような雰囲気で進んでいきますので、楽章全体はとてもなだらかな印象です。最終楽章ですが、開幕はおずおずもじもじしながら始まり、やがてアレグロの主部になりますが、冒頭のおとなしめの部分は途中でも出てきますから、良くも悪しくもこの楽章のアクセントになっている感じです。ちょいと寄り道して流れがとまっているようにも感じられるし、ちょっと絡め手で遊んでみた....みたいにそこにハイドンの茶目っ気を感じるかは、人それぞれという感じでしょう。私はどちらかという前者ですかね。
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ブラームス セレナード第1,2番/マティーズ&ケーン

2007年08月24日 23時12分26秒 | ブラームス
何度も書いている通り、私は大のブラームス党である。彼が作った音楽はそれほど親しみやすいものばかりでもないので、折に触れて少しづつ慣れ親しんでいる感じなのだが、ここ数年は中々新しい作品を開拓できずいたところ、昨年はピアノ協奏曲第1番とセレナード2曲という収穫があった。前者は昨年の前半、後者は同じく後半によく聴いたものだが、こうして新たなレパートリーが増えるのは楽しいことではある(この歳になると、もうあんまり増えていかないが、ちと寂しいんだけど....)。セレナードはブラームスの管弦楽作品としては、いわば習作期の作品だけれど、その田園的な情緒のようなものと、ある種の幸福感のようなものが、その後のブラームスにはない、ある種のみずみずしさを感じさせるのが良かったし、ちと弛緩気味ではあるが、イージーリスニング的な軽さのようなものも親しみやすかったのだと思う。

 このアルバムはこのセレナードを四手のピアノで演奏したもので、ナクソス得意の落ち穂拾い的なマイナーな選曲なのだが、一聴してこれがなんともいい。そもそもブラームスの音楽はどれもピアノによって発想された音楽が多いせいか、管弦楽作品でもピアノに置き換えて違和感のないものが多いよう気がするが、この作品も作曲者自身の編曲だけあって、一聴するとなんだかこちらがオリジナルのように感じてしまう程にセレナードが描いた田園的で牧歌的、懐かしいといいたような世界を四手のピアノで表現している。ブラームスのピアノ曲といえば、個人的には「ヘンデル・ヴァリエーション」に留めをさすという感じだけれど、このセレナードはかの曲の牧歌的でところに極めて近く、聴いていると深いリラクゼーションというか、やすらぎのようなものを感じさせてくれるのだ、そこがいい、第1番の第4楽章のメランコリックに展開していく部分など筆舌に尽くしがたい美しさがある。こういう曲を聴いていると、なんだか、もう秋ももうすぐそこという気がしてくる.....いや、外はまだ灼熱なのだが(笑)。
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松岡直也/スプラッシュ&フラッシュ

2007年08月23日 23時20分57秒 | JAZZ-Fusion
「夏の旅」に続いてリリースされた1985年の作品。前作のレビュウを書いたのはもう一昨年のことになってしまったが、その時書いた「日本人による日本人のためのラテン音楽」がこのアルバムでは更に洗練された形で演奏されていく、前作ではいささかドメスティックな「夏の風景」だった訳だけれど、本作からはいよいよアルバム・ジャケその他にわたせせいぞうを起用して、彼の描くイラストがいわば松岡直也の音楽の「見出し」の役目を担うことになるのだが、これがまた見事にハマったのだった。松岡の音楽にはウォームでウェットないかにも日本人が好みそうな情緒を少しモダンな手法(ラテン+テクノとでもいったらいいか)で表現することに、わたせの描くちょっとバブリーでナルシスティックなイメージと見事にクロスオーバーしたというところなのだろう。

 結論からいってしまうと、個人的にはこれが80年代に松岡直也が残したアルバムの最高傑作だと思う。収録曲は全部で6曲、それまでやってきたテクノ風なリズムやハード・ロック的なサウンドなどトリッキーなところは、ひとまずは隠し味程度にして、どの曲も「日本人による日本人のためのラテン音楽」という王道路線を貫いており、1曲目の「On A Summer Day (Part 2)」の哀愁路線、2曲目「Splash & Flash」、カリプソのリズムと松岡らしい伸びやかな旋律との組み合わせが、いかにもこの時期の彼らしさを感じさせる3曲目「A White Oleander」、また、4曲目の「Driftin’ On The Waves」は、前作「夏の旅」のパースペクティブを受け継いだようなサウンドだし、5曲目の「Movin’ With The Wind」の涼感をさそう遠近感あるサウンドは松岡そのものといえる、その他の曲も松岡らしい、独特のカラフルだが淡彩なリズム、情緒溢れる旋律、よく練り込まれたサウンドとなっている。

 という訳で、要するにこのアルバム捨て曲のようなものが一切なく、非常に完成度の高い、名作が多い松岡のアルバム群の中でもひときわ印象深いアルバムになっているのだが、文句をつけるとすれば、アルバムの1曲目は12インチ・シングルとして発売された「On A Summer Day (Part 1)にして、オーラスに「On A Summer Day (Part 2)」をもってきた方が、アルバムとしての完成度が更に高くなったように思うのだが、どうだろう?。このアルバムはアナログ最終期に発売されたので、収録時間的にこのような構成は無理だったろうが、今ならCDで余裕で収録できるハズだから、せめてボーナス・トラックとして、前述の12インチ・シングル分を収録してくれないだろうか?。
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YAMAHA DSP-Z9(AV-Amp)

2007年08月22日 23時36分13秒 | PC+AUDIO
 私が現在使っているAVアンプはヤマハのAZ-1という機種である。この機種は当時ヤマハのAVアンプとしては一応フラッグシップ機として君臨していたものだが、更にヘビーデューティーな新機種DSP-Z9が出たため、定価の約半額である15万ほどに下落したのをきっかけに購入したのだった。以来、同社のフラッグシップ機はもう5年近くこれに落ち着いているのだが、どうやら日本に先駆けてアメリカでRX-Z11という新しい機種が出た模様で(なんと11.2チャンネルだとか、凄過ぎ)、おそらく日本でもまもなく発売されるだろうから、いずれはRX-Z11がヤマハのトップになることになるだろう。

....となると、どうしても考えしまうのは、AZ-1を購入した時と同様、DSP-Z9の価格もいずれ暴落するのではないかと予想されることだ。久しぶりに価格.comなどを調べてみると、一番安いところで27万位であった。この機種の定価が525,000円であることを考えれば、あの時と同様ほぼ半値近いところまで落ちている訳だ。この機種は最近の自宅AVシステムのデータ転送ケーブルとして定着しつつあるHDMIが装備されていないとか、いろいろ古びてしまったところもあるのだが、もうこのクラスともなれば、小手先の新機能などはあまり気にせず、単純にアナログ的クウォリティを楽しむべき....、などと考えている私としては、マルチで使っているBoseのAM-10IIIの限界を感じるくらいのくらいの音で鳴ってほしいと常々考えいるところで、これを機会にそろそろ買い替えるかなぁと思ったりしているところだ。これで25万切ったらなぁ....などといいうのは高望みかね。
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台湾の夜市は今....

2007年08月21日 23時17分47秒 | 台湾のあれこれ
 本日は先々週に続いて職場に泊まりがけで仕事だったのだが、これまで何度か台湾に同行していた職場の同僚さんと一緒になったので、空き時間に世間話ついでに台湾の話題になった。ここで何度も書いているように私は21世紀になってから訪台をしたことがないのだが、彼はここ1年で2回も赴いていることがわかった。当然のことながら、かの地に訪問した数は私を超えてしまっており、もう立派な「台湾フリーク」であるのだが(笑)、その彼に最近の台湾について聞いてところ、地下鉄その他が整備され、もろもろ小綺麗にはなったけれど、全体としてはあまり変わっていないらしい。夜市なども健在だそうな。

 俗に「台湾の四大夜市」と呼ばれている士林夜市、臨江街観光夜市、饒河街夜市、華西街夜市などは、一種観光客向の泥臭いアミャーズメントパークみたいな性格もあるので、一部士林のようの御徒町化し始めているところもあるようだが、そう簡単に廃れることもないだろう。しかし、遼夏路夜市とか街遼寧夜市、あと迪化街みたいなほとんど観光とは無縁なところはどうなっているんだろうか?。あと名前は忘れてしまったが、迪化街の近くにあった夜市なんて(初めて牛肉麺を食べて場所でもある)、昔はすごく大規模なものだったらしいのだが、私か赴いた90年代の時点で既に昔の面影もないほど廃れてしまっていたから、ひょっとしたらもう跡形もなく違う区画になってしまっているのかな....など、話をしながら考えてしまった。
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CHICK COREA / Tap Step

2007年08月20日 18時03分57秒 | JAZZ-Fusion
 80年の作品。前回取り上げた「シークレット・エージェント」からほぼ2年振りの作品ということになる。ことコリア自身の名義による作品だけに絞ってみてから、70年代中盤以降、ほとんど乱発といってもいいくらい作品ラッシュだったことを考えれば、2年というインターバルはかなり長いとみてもいいのではないだろうか(もちろんこの間もゲイリー・バートンやハービー・ハンコックとの共演盤なども忙しく出してはいるのだが....)。おそらく、この数年間でコリア流のフュージョン・スタイルというものをやり尽くしてしまい、これから進むべき方向性を模索してし始めてたという事情もあるのかもしれない。

 まぁ、そういう意味でこのアルバムは、ワーナーに移籍第1作ということではあるが、70年代中盤以降のコリアの活動のある意味、総集編的な作品といっていいと思う。メンツはこれまでのアルバムに頻繁に登場したお馴染みの面々であり、出てくる音やフレーズもほとんどブランド化しているというか、安心して聴いていられる反面、正直いってモランのボーカルとか、ブラス隊、シンセ・オーケストレーションとか出てくると、「あぁ、またかい....」という感じもある。全体の仕上がりとしては、「シークレット・エージェント」の流れを受け継いだのか、あまりゴリゴリとしたところは表に出さず、比較的口当たりの良いサウンドになっていて、どことなく穏やかな風情があるのはひとつの特徴かもしれない。

 収録曲は全部で7つ。1曲目はといつもの序曲風なところと浮遊感のあるボーカルをプラスしたような作品。2曲目はAOR風なフュージョンで、バニー・ブレルのベースがフューチャーされたいかにも70年代後半の香りがする作品。タイトル曲は、シンコペしたリズム・パターンを延々と繰り返しながら、様々なソロを繰り出す、アルバム中ではもっとジャズ的スリリングさある作品となっている。4曲目はスペイシーなシンセ・オーケストレーション、ピアノ、ブレルのベースなどの絡みで進むアブストラクトな作品。5曲目は再びサンバでコリアらしいエレピをフィチャー、6曲目はエピローグのようボーカル作品、ラストはいつもの「バルトーク風にシリアスさ+スパニッシュ調」の大作を自らパロディ化したような仕上がりで、このあたり、本作のフットワークの軽さが良くでているところだと思う。
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エディ・エギンス・トリオ/愛の語らい~ジョビン作品集

2007年08月19日 23時07分01秒 | JAZZ-Piano Trio
 1999年にお馴染みヴィーナスで制作されたエディ・ヒギンス・トリオによるジョビン集である。ヴィーナスでエディ・ヒギンスとくると、例のセンスが良いんだか、単にオヤジクサイんだか、よくわからない女の肢体をフィーチャーしたジャゲが思い浮かぶけれど、こちらは題材が題材なだけに、いつもとは違ったファッショナブルなイラストがあしらわれている(ひょっとすると若い女性層をターゲットしたのかもしれない)。メンツはベースはジェイ・レオンハート、ドラムがテリー・クラークという布陣で、タイトル通り、ジョビンの作品ばかり取り上げているが、「イパネマの娘」とか「ワン・ノート・サンバ」とかいう超有名曲はほとんど出てこないで、比較的地味というか、渋い曲ばかりが選ばれているのは、なかなか通好みなセンスを感じさせる。

 アルバムはさすがに1曲目から渋く迫るのは「ジョビン集」というタイトルでアルバムを購入してくる、非ジャス系リスナーに慮ったのか、比較的有名な「ファベラ」からスタート(あと有名なのといったら「フェリシダージ」くらいか)。マーチ風なドラムのイントロに続いて、ヒギンスがオスカー・ピーターソン張りに豪快にドライブするピアノを披露する、なにしろヴィーナス特有の音圧上げまくりの音質なのもあいまって、購入して一聴した時は、「なにこれ、全然ボサノバじゃないじゃん」と一瞬コケそうになったものだが、ヴィーナスってのはなんでも1曲目にぶちかますのが好きなレーベルなので、これもその線でアルバム冒頭ということになったんだろうし、パフォーマンスそのもの悪くはないのだけれど、少なくともアルバムを象徴するような曲とはいえないだろう。

 そんな訳で、このアルバムの真骨頂はやはり渋い曲が続く2曲以降からだ。やや沈み込んだようなムードがロマンティックな「アイ・ワズ・ジャスト・ワン・モア・フォー・ユー」「愛の語らい」「ボニータ」といった曲は夜聴いているて、得も言われぬ心地よさがあるし、軽いサンバのリズムにのって、ヒギンスらしい明るい上品さが満喫できる「ファイツ・ネヴァー・モア」「トゥカイツ」といった曲も楽しめる。前述したようにこのアルバム、1曲目がけっこうストロングな出来なもので、割と敬遠してきたところがあったのだが、久しぶりに聴いてみたら、「なんだ、1曲目が終わってしまえば、あとはけっこういいじゃん」という感じで再認識した。この数日、毎日楽しんでいるところである。
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母親達2007

2007年08月18日 23時14分35秒 | others
 毎年、お盆が終わり夏休みも終わり間近になると、うちの職場が主催して某デパートで開催される子供向けイベントが今年も行われた。私は昨年同様、子供にネットのセキュリティをいろいろなコンテンツを使って解説するみたいな感じだが、昨年も書いたように、私は適当なコンテンツを呼び出して、「とても簡単なコンテンツなので、あとはお子さんにに教えてあげてください」とおかあさん(時におとうさん)に下駄をあずけるような感じで、説明をしていたのだが、なんか去年に比べると、おかあさん方のパソコンやネットに関する知識が劇的に向上しているようで、今年は「これよくわからないので、助けてください」みたいな懇願調の質問だの、パソコンに拒否反応を示す人などがほんどいなかったような気がする。

 しかし、今時はの子供は凄い。こちらが用意したコンテンツなど通り一遍みたら、あとは携帯電話を持ち出して、おそらくどっかのurlでも確認したのだろう、それをブラウザに打ち込んで、なんと普通にネットサーフィンしちゃっている小学、それも低学年の女の子なんてのがけっこういたりするんだよな(笑)。よくわかんないけれど、おそらくこういうシチュエーションだと、母親はほとんど知識面では子供に勝てないんじゃないだろうか....、「お母さんなんだか、よく分からないけれど、ネットには危ないものがあるらしいから、アンタも気をつけなさいよ」では、子供にとってリアリティはないだろう。ちょっと心配になったりもした。がんばれおかあさん!。
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ゲッツ/アルメイダ

2007年08月17日 23時31分16秒 | Jobim+Bossa
 「ジャズ・サンバ」そして「ゲッツ/ジルベルト」の大成功以来、立て続けに作られたスタン・ゲッツのブラジル系ミュージシャンとのコラボ・シリーズの一枚で、ブラジル出身のジャズ・ギタリスト、ローリンド・アルメイダとの共演で、1963年作られた作品である。ローリンド・アルメイダというギタリストのことを、このアルバム以外だとLA Fourでのプレイくらいしか知らないらないのだが、なんでも40年代後半から渡米してアメリカを本拠地にして活動しているらしいから、ジョビンやジルベルトとの共演盤などとは違って、ボサノバといっても、オール・インストだし、かなりジャズ的な方言で塗りつぶされた音楽ではある。まぁ、その意味ではチャーリー・バードと作った「ジャズ・サンバ」の続編といっていいよう仕上がりだと思う。

 ただ、「ジャズ・サンバ」でのチャーリー・バードに比べると、ローリンド・アルメイダはあまり正統派ジャズ・ギターという感じではなく、スパニッシュ・ギターを基調としたトロピカルで、ややエキゾチックなプレイが特徴のようで、ある意味ジャズ的な生真面目さを隠さず、ボサノバやサンバを料理していたチャーリー・バードに比べると、ロマンティックな雰囲気といい、ある種の軽さといい、イージー・リスニング的な耳あたりの良さがある。また、アルメイダのオリジナル作品が多いというのも、きっとそのあたりの印象を倍加しているのだろう。1曲目の「若い娘」の印象的な旋律は、おそらく日本人好み哀愁路線たが、このあたりは多分作曲者アルメイダの個性なんだろう。ちなみに、演奏もノリの良いテンポとリズムをバックにゲッツが快調にブローし、中盤あたりから登場するアルメイダのギターの柔らかくやや陰りあるフレーズを当意即妙に展開するあたり、なかなかジャズ的感興があって素晴らしい。アルバムにはアップ・テンポで明るく演奏された曲も何曲かあるが、どちらかというカリプソ寄りな感じであり、個人的にはこのアルバム、前述の「若い娘」とか3曲の「冬の月」といった曲の方が印象深い。
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