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音楽全般について 素人臭い能書きを垂れてます
プログレに特化した別館とツイートの転載もはじました

キャロル・スローン/バット・ナット・フォー・ミー

2008年10月28日 23時33分30秒 | JAZZ
 80年代後半にCBSソニーが、ニューヨークへ赴き、現地の新旧ジャズ・ボーカリストを起用して「ブラン・ニュー・スタンダード・ボーカル」という、いささかバブリーなシリースを10枚ほど出していて、その中にあったロレツ・アレクサンドリアの「マイ・ワン・アンド・オンリー・ラブ」がお気に入りだった....という話は、しばらく前に書いたけれど、キャロル・スローンをフィーチャーしたこのアルバムもその一枚である。メンツは、ロレツの時と同じくトミー・フラナガン、ジョージ・ムラーツ、アル・フォスターという鉄壁のリズム・セクション。多分、私はこのリズム・セクション目当てに購入してきたと思うのだが、こちらには曲によってフランク・フェスのフルートとテナーが入っている。

 キャロル・スローンは白人の女性ジャズ・ボーカリストだが、彼女の他のアルバムを私は聴いたことがないので、よく分からないところもあるのだが、このアルバム聴く限り、ややおっとりしてクセがなく、ちょい控えめでエレガントなヴォーカルが特徴だと思う。このアルバムは全編ガーシュウィン作品で埋め尽くされているが、ガーシュウィン作品のスムースで流れるような美しさのようなものと彼女のセンスは良くマッチしている。4枚組のガーシュウィン・アルバムで、ありとあらゆるガーシュウイン作品を有無をいわさずに自分の世界に引き寄せてしまったエラ・フィッツジェラルドとはあらゆる意味で対照的な作品といえようか。もっとも、キャロル・スローンのボーカルはエラ・フィツジェラルド的なフェイクとか、スキャットを時折みせるたりするから、系列的にはサラ・ヴォーンとかカーメン・マクレエあたりより、よほどエラ・フィツジェラルドっぽいのだが、なにしろ、あまりに落ち着き払って、シックでエレガントなので、いささか地味に聴こえてしまうのが、まぁ、良くも悪しくも彼女のキャラなのかもしれない。

 まぁ、そういうキャラクターの人なので、曲はミディアム~スローの作品ばかりとなっている。トミー・フラナガン、ジョージ・ムラーツ、アル・フォスターもロレツの時のように彼女に対峙するように小気味良くスウィングするというより、キャロル・スローンに寄り添っているという感じの演奏が多い(スウィングする作品なら「ラブ・ウォークトイン」あたりか)。時折入るフランク・フェスのとつとつとしたソロもそうした印象を倍加している。そういう意味で「エンブレイサブル・ユー」あたりはこのアルバムのハイライトだろうか、「エンブレイサブル・ユー」といえば、聴き飽きたというか耳タコの名曲だろうが、それをバースから丁寧に歌い、しっとりとした歌声でもって、最後まで味わい深く、しばし聴き惚れさせるのはさすがだと思う。
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FFXI <エインヘリヤル~オーディンの間>

2008年10月26日 23時21分00秒 | GAME
 黒魔道士カンスト後、足かけ4年やり続けたこのゲームもまるで憑き物が落ちたかのように一段落。ここ数ヶ月はたまにカンパニエをたまにやるくらい頻度になっていたのですが、それと平行して唯一定期的(週一回)に参加していたのがエインヘリヤルというコンテンツです。アトルガン・エリアのナシュモの西にある「ハザルム試験場」という巨大な洞穴みたいなところを舞台とした「蛇がでるか虎で出るか的予測不能な大人数バトル」ですが、本日いよいよそのオーラスの「オーディンの間」にいってきました。これまで、この種のコンテンツは裏、空、海とあれこれかじってはみたものの、どれも束縛時間長い、戦略もジョブもガッチガッチ固定というやり方にいまひとつおもしろ味を感じなかった私としては、これは快挙かもしれません。

 オーディンはアトルガン・ミッションその他に、ちらほら登場する「冥路の騎士」のことなんでしょうが、それがこの「ハザルム試験場」にどうして出てくるのか、よくわからないのですが、とにかくそれらしくスレイプニルに槍を持って騎乗します。デカイ、戦ってる時は馬しか見えません(笑)。また、これまでとは音楽も違い、ほどよい緊張感に包まれて戦闘を開始した訳ですが、相手はラスボス当然のごとくすさまじく極悪な技を連発。私は青魔道士で参加したのですが、沈黙、呪い、石化の連続で攻撃もままならず、サポシがない私はしょうがないので適当な青魔法撃っては引き下がるみたいなパターンで実に不甲斐ない戦いぶり(大笑)。メインとなる盾パーティーは続々の倒れてき、終盤の斬鉄剣では数名即死が即死したものの、なんとか耐えつつ、遠目に囲んだ召と狩が着実に削っていくことで、なんとか勝利できました(ただ、正直な感想としては第三ウィングの雑魚3群+ボスの方がよほど難易度高いよーな?)。

 という訳で、昨年8月後半に始めて以来、1年三ヶ月もの時間がかかりましたが(もっとも。今年に入って青魔道士と黒魔道士をあげている半年間はズル休みしていましたが....)、ようやくクリアできて、「エインヘリヤル・エリート」の称号げっとです。ちなみにオーディンが落としたアイテムは確か3つ、私は何もエントリーしませんでしたが、これまでたまったアンプルがたぶん3万くらいになっていそうなので、アンプルと交換できるアイテムもふたつくらいになりそうです。ただなぁ、飛び抜けて魅力的なアイテムなんですよね。あすこには....。
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ストラヴィンスキー 三大バレエ/アバド&LSO

2008年10月25日 14時35分02秒 | クラシック(20世紀~)
 70年代中盤頃のアバド壮年期の名演奏。私がクラシックを聴き始めたのは80年代初頭くらいからだけど、80年代中盤頃だったと思うが、当時廉価盤ばかり購入していた私がこれについては、珍しく大枚をはたいてボックス・セットを購入した記憶があるくらいだから、よほど高く評価されていたのだろうと思う。それからぐっと下って、とはいってもこれも大分前になるが、三大バレエから「火の鳥」と「春の祭典」が収録された1000円盤をめっけてきたので、聴いてみたところ、LP時代とあまりに違う音になっているのに愕然とした。CD化されたアナログ音源を聴くときに、ままある現象なのだが、テープのヒスノイズを抑え込むの腐心した結果なのだろう、この時期のアバドらしい鋭角的なサウンドがすっかり影を潜め、なにやらぼんやりとした「ぬるい音」になってしまっていた。

 なにしろこの時期のアバドといったら、やや骨張ってはいるがモダンでスマートなシャープさが売りだったはずである(マルチマイクで楽器に近接した録音というのもそれに大きく荷担した)。そのあたりに惚れ込んでアバドという指揮者のイメージを作り上げた人も多いはずだ、もちろん私もそうである。ところが聴こえてきたのは「元は絶対、こんな寝ぼけた音じゃねーよな」と思わずにはいられないほどに腑抜けた音だったので、私はいかにもがっかりしてしまい、もうほとんどこのCDを取り出すことがなくなってしまったのだ。このアルバムはこのところ三大バレエを頻繁に聴いている関係から、そのリベンジとばかりに数日前に購入したものだ。こちらは「ペトルーシュカ」もはいってるし、なにしろOIBPというドイツ本国でリマスタリングなのが強み、日本国内したリマスタリングに比べれば多少は聴き映えがするのでは?と思った次第である。

 で、実際聴いてみると、ディテール表現など国内盤よりは遙かにいいが、やはりアナログ盤とは根本的に感触が違うように感じた。あのざっくりとした感じがどうも伝わってこないのだ。特に72年に録音された「火の鳥」は、三大バレエの中では当時にしてから、あまり記憶に残るような演奏でもなかったのだが、今聴くと更に普通な演奏にしか聴こえない。一方、「春の祭典」は耳を澄ませば、当時の感覚がフラッシュバックするくらいの音にはなっている。第一部後半、第二部中盤あたりの荒れ狂うような場面、まさにアバドの楽器と化したLSOが、狂乱の一歩半くらい前で音楽を躍動させていく様はいかにもアバドらしいところだと思う。もちろんこういうバランス感覚が煮え切らないと思う向きもあるだろうし、スマートで理知的な現代性を感じさせて好感をもつ人もいるとは思う。私の場合、「春の祭典」についていえば後者だ(とはいえ、この演奏ですら、今の耳からすると、けっこう当たり前の演奏になりつつあるとは思う)。

 「ペトルーシュカ」は多分、アバドのデジタル録音のもっとも最初期のものだったと思う。したがって、三大バレエの中では録音が一番新しく、たんに聴こえてくる音だけで判断するならこれが一番リッチで絢爛たる響きがする、最新録音に比べてもさほど遜色ないと思えるほどだ。演奏についてもほど良いドライブ感とシャープ感覚が渾然一体となっていいムードを出していると思う。曲の骨格をがっちりと表現しつつ、アバドらしく律儀なほどに克明さも追求し、トラディショナルな旋律部分は思い切りよく歌う....とほとんどアバドの美点をもれなく表現しているといっていいと思う。もっとも、この曲の持つファンタジーとか哀愁のようなものとなると、いささか雲散霧消状態なところはないでもないが、30年前の「ペトルーシュカ」演奏としては、ほとんど満点に近い演奏だったのではないだろうか。という訳で、今回聴いた3曲の中で一番良かったのは文句なく「ペトルーシュカ」であった。
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ストラヴィンスキー 三大バレエ/アンセルメ&スイスロマンドO

2008年10月23日 21時43分58秒 | クラシック(20世紀~)
 こちらはアンセルメが50年代後半に、当時彼が手塩にかけて育成した手兵、スイスロマンド管弦楽団を振ったストラヴィンスキーの三大バレエである(他に「結婚」もはいっている)。アンセルメといえば、後に喧嘩別れしてしまうとはいえ、ストラヴィンスキーと親交もあり、名実ともにストラヴィンスキーのスペシャリストとして名を馳せた人だから、おそらくここに収録された演奏も、私がクラシックを聞き始めて80年代くらいまではまだまだスタンダードな演奏として価値があったように記憶している。が、ストラヴィンスキーの三大バレエのようなオーケストラのテクニックが巧ければ巧いほど聴き映えするような曲だと、なにしろ次々に巧い演奏が出てきしまうせいか、さすがに最近はこれらの演奏もほとんど忘れられられかけているのではないか。忘れられられ....といえば、「80年代のアンセルメ」として、デッカが大々的に売り出したデュトワとモントリオールのコンビすら、今は忘れさられようとしている気がする。時の経つのは早いものだ。

 さて、久方ぶりに聴くアンセルメの三大バレエだが、予想通り....いや、予想以上に古色蒼然とした演奏に感じられた。昔はもっと整然とした、やや温度感は低いものの、端正な演奏というイメージがあったのだが、今聴くと熱演しているのは分かるのだが、オケの鳴りきっていないは、リズムの縦線は豪快に不揃いだはで、気合いというかテンションの高さは伝わってくるだけに、逆に大昔のオーケストラの限界みたいなものを感じてしまうのだ。もちろん作品自体が当時生乾きだったこともあるだろうが....。
 「春の祭典」の前半「春のきざし」など、正体不明な異形の音楽をおそるおそる演奏しているという風情で、聴いているこちらまも、まるでモノクロのゴジラ映画を観ているような気がしてしまう。また、全編を通じ随所の鳴るシグナル風な金管モチーフなども、音楽のパートというより、まるで効果音のように聴こえてしまったりする。「ペトルーシュカ」は、おそらくこの曲の沢山含まれるロシア民謡の旋律だとか、リズムチェンジのようなものを、おそらく扱いあぐねているのだろう、いかにも昔堅気な律儀さがあってちと窮屈に感じてしまったりもす。リズムの切れ、推進力、ドライブ感といった点でいうとまさに隔世の感があるといったところか。

 その意味で一番違和感がないのは「火の鳥」か、ムーティのところにも書いたけれど、この曲はまだまだ伝統的ロシア音楽みたいなイメージが強いので、オケの技量、リズムのモダンさみたいなところばかり解決できないのが幸いしているのだと思う。詩的なリリシズムや各場面の描き分けなどさすがアンセルメである。声を荒げることなく実に老獪に仕上げている。ただ、「火の鳥」はこの録音から数年後、フィルーハモニアと再録があって、こっちは演奏も録音もこれの更に上をいく演奏なのがたまにキズなのだが....。
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オフ会2008

2008年10月19日 21時11分39秒 | others
 某英国産鍵盤奏者の日本公演の後、定例のオフ会が催された。この種の集まりはひょっとすると数年ぶりで、実は多少敷居が高いような気もしていたのだが、集まったみなさんと合流してみれば、なんのことはない。盛り上がる....というか盛り上がりまくる。結局、渋谷でスタートしたこのオフ会もその後、新宿に舞台を移し、結局、明け方まで5時近くまで続いたのだった。
 ちなみに歳のせいなのか、近年、アルコールに対してずいぶん弱くなったことを痛感する日々なのだが、たまにかつての20代や30代の頃がそうだったように、何をどう飲んでも悪酔いすることも足がもつれることもなく、気分よく酔える晩がある。コンサートの後で気分が上気したのか、久方ぶりこの種のコミュニケーシュンが楽しかったのか、それとも何か他に理由でもあったのか、自分ではわからないが、とにかく昨夜はそういう夜なのであった。
 写真は朝5時半過ぎの東京駅である。さすがに天下のトーキョーステーションもこの時間だと人影はまばらで、なにやら閑散とした雰囲気が、宴の後の物寂しさにマッチしていたかなぁと思う。この後関西組は新幹線に乗り込み、私はひとりでとぼとぼ歩いて、千葉方面行きの電車の乗ったのだった。
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CANON PIXUS MP610(インクジェットプリンタ)

2008年10月15日 20時34分06秒 | PC+AUDIO
 私が使っているプリンタはキャノンのPixus560iとHPのであるが、どちらもさすがに5年くらい使っているせいなのか、最近、どちらもあちこちおかしいところが出てきた。後者はいわゆる複合機で、別室でスキャナーが必要な作業をする時などに愛用してきたのが、夏の暑い頃に電源を投入すると、ヘッドが延々とカタカタいってなかなかスタンバイにならなった頃を皮切りに、写真をスキャンをすると盛大な縞が現れるようになったりして、こりゃそろそろ買い換え時かなと思っていたところなのでもあった。
 もっと写真の縞はよくよくみると故障というより、単にスキャナのガラスの内側が汚れているだけで、それをキレイにすれば改善しそうなのだが、あちこちいじくってみたがそう簡単にはガラスの内側にアクセスできそうもなったし、それを見計らったように黒インクがなくなり、何千円もする換えインク(HPのインクは高い)を買うくらない、いっそピカピカの新品購入した方が気分がいいか....みたいな気分に俄然なってしまい、先週、アマゾンで思わずこれをワンクリックしてしまったという訳である。
 
 さてこの製品、届いたのは一昨日なのだが、あれこれいじり始めたのは先ほどからである。HPの一回りくらい筐体の大きさにまずは驚いたが、給紙ボックスがあったり、全部のフタをしめるとフラットな直方体になるデザインはなかなか、さきほどスキャナーでCDのジャケを数枚スキャンしてみたが、USB2.0の恩恵だろう、とても早くて快適。最近はiTunesでライブラリを作るとき、ジャケのスキャンをしなくてはならない場面が多いので、これは重宝しそうだ。印刷の品質もまずまず、あの豪快なほどカラフルなHPの色調に比べると、いかにもジャパニーズな感じであっさりと上品している。もちろん、既に使っているPixus560iに比べてもキレイさは二段くらい上をいっているし、印刷速度もまさしくかっとびである。
 という訳で、現在、なんでもっと早く買わなかったんだろう....状態なのだが(笑)、ちと残念なのは、Pixus560iとインクが共用できないこと。それから買いためていたあの高いHPの換えインク(カラーの方ね)が、結果的にすべてゴミになってしまったことだろうか。こうなるとPixus560iの方も買い換えたくなってきてしまうな。こちらはこちらでどうもヘッドが寿命にさしかかっているようで、たまに一色でなかったりするのだが、こちらも換えインクがワンセット残ってるんだなぁ。
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ストラヴィンスキー 三大バレエ/ムーティ&フィラデルフィアO

2008年10月12日 18時42分33秒 | クラシック(20世紀~)
 ここ2週間くらい頻繁に聴いているのが、ストラヴィンスキーの三大バレエ、つまり「火の鳥」「ペトルーシュカ」「春の祭典」の三作品。これらの作品はなにしろ古今の管弦楽曲に屹立する有名作だし、私も大好きな作品群なのだが、自分のブログを読み返してみても、ストラヴィンスキーそのものがあまり出てこないから、多分、ここ3,4年はほとんど聴いていなかったのだろうと思う。なので、このところのiTunesライブラリ構築作業中に、当然ストラヴィンスキーということになって、ふと「ペトルーシュカ」を流してみたところ、「あぁ、「ペトルーシュカ」ずいぶん聴いてなかったな、やっぱりいいね」ということになって、あれこれ聴き始めたというところなのだろうと思う。iTunesライブラリの構築とかには限らないが、自分のストレートな欲求以外の要因でもって音楽を聴くと、思わぬ新鮮さがあったり、自分が聴きたい音楽がみつかったりもする副産物がある。

 さて、今回聴いているのは、ムーティがフィラデルフィアを振った演奏である。例のブリリアントから出ている2枚組だが(三大バレエの他にもマリナーが振った「プルチネルラ」全曲版や組曲なんかも入っている)、70年代終盤から80年代にかけてムーティがその後主席となるフィラデルフィアと組んでEMIから出した一連の作品をまとめたものと思われるが、私はこれまで未聴だったので、とにもかくにもこういう形で廉価にまとめてくれるのはありがたい。
 演奏はどれもこの時期、飛ぶ鳥を落とす勢いだったムーティらしさ全開、若さあふれる直線的な勢いとャープなドライブ感をもったものだが、おもしろいのは当時まだまだオーマンディのご威光が残っていたフィラデルフィアのブリリアントだがやや腰の重いゴージャスなサウンドが合いそうでいて合わなそうところがあるところで、金ぴかのアメ車がサーキット走ってみるみたいな、一種独特な様相を呈していると思う。

 まぁ、そのあたりはともかくとして、ここでのフィラデルフィアはやっぱ凄い。「春の祭典」第一部の激しい部分など、録音だとそうでもないが、実際のホールではさぞやバカでかい音がもの凄い勢いで鳴っていたんだろな、と思わす凄まじさがある。これより数年前にショルティはシカゴと「春の祭典」をレコードにしているけれど、あれほどの凄みはないにしても、まぁ、けっこう似ている演奏のように感じた。まぁ、こちらにはカラフルな色彩感とある種のスウィング感がある分むしろ勝っているといいたいくらいだ。「ペトルーシュカ」も猪突猛進、駆け抜けるような演奏で、この曲のワビとかサビのようなあまりこだわらずスポーティーに最後まで演奏しきっている。フィラデルフィアの演奏もオーマンディの時に比べれば、精一杯俊敏さをアピールしているのだが、やはり少しばかり重い、そのあたり齟齬がおもしろいといえばおもしいろいのだが....。前2曲に比べれると「火の鳥」はごくごく普通のロシア物に近い曲だけあって、指揮も演奏もけっこうオーソドックスなように感じた。
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ゴジラ・エビラ・モスラ 南海の大決闘

2008年10月09日 21時28分29秒 | MOVIE
 「ゴジラ・エビラ・モスラ 南海の大決闘」という作品は、私が小学校2年くらいの時封切りで、多分リアルタイムで観ているのだが、当時の私は気がつく訳もなかったが、ゴジラ史的な観点でみると、「ゴジラ凋落の始まり」みたいな作品だったのではないかと思う。なにしろ前作「怪獣大戦争」のスケールの大きさからすれば、どうして劇的に低予算映画になったのかその経緯は不明だが、レッチ島という狭いエリアが舞台とし、特撮は当然全般にしょぼく、出てくる怪獣もエビラに芸も風格もなし、ゴジラはほぼ善玉設定、モスラは顔見せだし....という感じで、早い話、お寒いゴジラ映画はこの映画から始まったというところなのだろうと思う(もっとも、その後を知っていれば、この作品などまだまだ十二分に金のかかった丁寧な仕上がりなのだが....)。なので、度々ゴジラ映画を再見する私にしてから、この作品はめったに取り出す気がしないのだか、Phone用に変換したもを通勤途中で観てみた。

 久しぶりに観たこの作品、意外にもけっこうおもしろい。前作までのようなシリアスさやスケール感はないが、これはこれで十分に「大人も観れる怪獣映画」である。この作品の場合、設定が先なのか、舞台が先なのかはよくわからないが、とにかく絶海の孤島を舞台にしたアクション・ドラマみたいな筋立てがいい。主人公の金庫破り役をそろそろ中年にさしかかった宝田明がぴたりとハマって演じているし(そういえば、「平四郎危機一髪」ってTVドラマあったよなぁ)、彼をとりまく砂塚秀夫、当銀長太郎、渡辺徹、水野久美のデコボコさなかなかいいバランスを生み出していると思う(福田純の演出テンポ良し)。もっとも、肝心の特撮本編や主人公たちが侵入する要塞のセットなどは前述の通り大したことはないので、今回観て楽しかったのはもっぱら、東宝アクションの亜流みたいな出来の前半~中盤だったが....。

 ついでに書くと、私は次々に扉や金庫を破っていく、宝田の姿を観て、公開当時、「金庫破りってカッコいいなぁ....」などと思った、ガキの頃の記憶が思わず甦ってしまったりしたのだけれど、金庫破りとか多分この映画で初めて知ったんたじゃないだろうか。あと、「一大事です」「何、革命か?」というやりとりや、「革命的怪物現る」とかいうセリフは、当時、学生運動が盛んだった世相を茶化しているんだろうが、このあたりは最初の作品で「また疎開かぁ」というセリフが流れたことを考えると、ゴジラ映画も確実に時代が流れていたことを感じさせる場面だった。
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Stephan Oliva / Ghosts Of Bernard Herrmann

2008年10月07日 23時44分41秒 | サウンドトラック
 それまで単なる娯楽映画だと思われていたヒッチコックの諸作品に様々な芸術的価値を最初に見いだしたのは、1950年代カイエ・デュ・シネマというフランス映画批評誌に集った人達で、その中にはその後ヌーヴェルヴァーグの旗手となるトリュフォーとかシャブロルみたいな人もいた。そうした人達が当時書いた文章(とはいっても日本に翻訳されたものしか読んでいないが)は、時にあまり文学的なキーワードだの、象徴だのを深読みしすぎていて、思わず失笑するようなものあったけれど、多くは示唆に富んでいて、明晰なものものだった。ヒッチコックとトリュフォーによる対談集、映画術など20代の頃むさぼり読んだものだ。

 このアルバムはフランスのジャズ・ピアニスト、ステファン・オリヴァによるヒッチコック作品を中心としたバーナード・ハーマンの映画音楽作品集だ。ジャズ・ピアノといってもトリオではなく、すべてピアノ・ソロで演奏されていて、インプロビゼーションもおそらく皆無、全体としてはかなりクラシカルなたたずまいが強く、雰囲気的にはヨーロッパ系のジャズピアニストがやりがちな静謐で瞑想的なソロスタイルとも重なる。また、単にハーマンの有名スコアをピアノにトランスクリプションしたのではなく、数ある楽曲をおそらく入念に検討した上で、実に考え抜いた選曲、編曲したことが歴然とした内容になっている。
 なにしろ、アルバム冒頭は「サイコ」でも「めまい」でも「華氏451」でもなく、「幽霊と未亡人」なのである。「幽霊と未亡人」の音楽はハーマンのベスト集みたいなものにもなかなか収められない地味な作品だが、実はハーマンの傑作のひとつである。しかも、弾いているのは、かろうじてファンには有名なあのメイン・テーマではなく、「夜想曲」というもっと地味な印象派風の曲なのだ。まぁ、その選曲がすべてを物語っていると思う。

 いや、もちろん前述の三作品をはじめ有名作品も出てくることは出てくるが、組曲にせよ、単体にせよ映画からセレクションされた曲が地味なものが多く、ピアノという楽器で演奏されて、改めてその美しさを知るみたいなものが多い仕掛けになっている。まぁ、それこそこのピアニストがこのアルバムで狙ったものなのだろうが、これを聴きながら、「これって、大昔カイエ・デュ・シネマの連中がやったことのある意味音楽版だよな」と思ったのものだ、フランスの伝統おそるべしである。
 という訳で、近年出たハーマン関連の作品では出色の出来だと思う。「愛のメモリー」~「めまい:組曲」~「悪魔のシスター」~「サイコ:組曲」へと続く流れ(作品の相関関係をごらんあれ-笑)は圧巻、ハーマン・ファンは必聴だ。

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iTunesサーバ その2

2008年10月04日 22時31分32秒 | PC+AUDIO
 このところ毎日、夜になるとヒマをみてはiTunesサーバに音楽をせっせと変換中なのだが、ここ数日くらいでいよいよ5,000曲、アルバムにして500枚の大台を超えた。さすがに500枚くらいも入れると結構な分量だし、それなりにライブラリらしいような体裁も出てきたような気もするのだが、いかんせん、私の場合、ジャンル横断的に音楽を聴いているせいで、iTunesでとりあえず10近くに分けてみたジャンル(Rock, Jazz, Classical, Pop, Jpop, Ambient, Soundtrack, etc)の中をそれぞれのぞいてみれば、どれも数十枚という感じなのである。堅気の人なら数十枚でも十分かもしれないが、私的にはやはり数十枚ではライブラリという感じがしない。ダイジェストもしく「つまみ食い」という感じがしてしまうのだ。

 ちなみに変換について書いておくと、ビットレートをあれこれ考えたあげく256Kbpsとした。256KbpsというのはサブとかデスクトップPCで聴くなら必要にして十分、メインのオーディオ・システムでは高音があばれ気味なところを我慢して、細かいことを気にしなければぎりぎりokといったところだろう。さっき調べてみたところ、変換した音楽データは500枚分で50GBに満たなかったが、こうなると、320とかいっそのことロスレスあたりでやっておけばよかったような気もしているのだが、もう遅い(笑)。まぁ、これによってディスク自体売り払う訳でも、オーディオ再生を全面的にiTunesに移行する訳でもないので、とりあえずロスレスで一大ライブラリでも構築するのは、老後のお楽しみにとっとくとして(笑)、現行のフォーマットでライブラリ拡充と運用を継続してみたい。
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