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音楽全般について 素人臭い能書きを垂れてます
プログレに特化した別館とツイートの転載もはじました

電線病の記録(MIT Magnum M3ic)

2005年05月30日 20時50分09秒 | PC+AUDIO
主要電源ケーブルをほぼ全てMagnum化したオレは我がシステムの音に満足していた。しかし、時折り地の底からきこえてくるのが、「オラ、オラ、インタコが全てShotgunじゃんか」という悪魔の囁き。んー、こうなったらと、試しに1本、MagnumのRCAにトライしてみる。なにしろ、オレは今、青春の記念を売っている最中だから、金はあるのだ(笑)。購入したのは、Magnum M3ic、定価117,000円の代物だ。これを定価126,000円のヘッドフォン・アンプにつなげるてみようというのだから、考えてみなくとも、かなりの暴挙ではある。とはいえ、安く買ったクセして、コレの定価がいくら!だと、自慢しても仕方がない。ともあれ、音を聴いてみる。

 くぉ~、さすがにMagnum!...予想通りの低音の沈む具合。重くも軽快でもなく調度良いタイトさだ。このさじ加減が絶妙、いかにもオレの好みにあってるんだよなぁ。次、これも予想通りなのだが、音がきわめて繊細、Shotgunのような割とロック向きな、鋭角的な音が心持ち丸まって、サックスの高い音などがヒステリックに響かず、極めてアコスティックな響きに変貌するのはさすがだ。この響きを瀟洒と呼ばずに、どんな響きが瀟洒だというのか。

 で、こんな瀟洒の音で聴くWINKはサイコーだ(おいおい-笑)。WINKの音楽は森高千里と並んで、90年代歌謡曲の最高峰だが、あのニッポン歌謡曲特有のもうこれ以上にないくらいに緻密でチープな賑々しさが、Magnumでは満喫できるのだ。Shotgunの場合、「128トラックを埋め尽くしたアレンジはこうだ、聴け!」って感じだけど、Magnumだと「128トラックを埋め尽くした音楽的意味はこうです」みたいに音楽的に表現してくれるって感じなんだよなぁ。意味はなくとも、意味ありげに聴かせてくれるといったらいいか。次はいよいよ、MG M1 Proline行きます(げっ)。

 ってな訳で、私のMITワールド第2期のはじまり、はじまり。(2004年10月26日)


※ 以上は、電線病まっさい中の去年の秋頃、某掲示板に書いたMITに関するネタです。XLRやRCAケーブルは結局、この後短期間で全てMagnum化してしまいました。電源ケーブルとスピーカー・ケーブルは更に上のOracleになった訳ですが、インタコネクトに関しては結果的にこれで打ち止めとなりました。ともあれ、当時の熱狂状態がわかる文章であります。
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RAKSIN, HERRMANN / Laura, Jane Eyre

2005年05月30日 20時36分19秒 | サウンドトラック
 20世紀フォックスはこのところ、1940~50年代の名作サントラをシリーズで積極的に復刻し続けているが、これもその1枚。内容は「ローラ殺人事件」と「ジェーン・エア」のカップリングというファンにとってはまさに待望のアイテムだ。
 一応、知らない方のため書いておくと、どちらの作品も映画そのものの評価もさることながら、映画音楽としてはハリウッド黄金期の名作中の名作である。前者はデビッド・ラクシン作なるテーマ曲が非常に有名であり、欧米では映画音楽というカテゴリーを超え完全にスタンダード化した結果、現在でもジャズ・ミュージシャンに良く取り上げられている作品であるし、後者はおそらく復刻、再録を含め、一番CD化されているおそらくバーナード・ハーマン最初期の名作でなのある。

 それにしても、両作品ともオリジナル・サウンド・トラックという形で今の世に甦ったのは、実は意外であった。なぜならば、これらの作品はいずれも40年代の前半に制作されており、サウンド・トラックそのもの存在が危ぶまれまれていたの加え、仮に現存していたとしてもレコーディングが40年代前半とあっては、音質的には到底期待できないことから、私も含めファンとしてはスコアによる再録音で、その音楽を楽しむ他はないと思っていたからだ。
 ところが、この復刻盤を一聴して、まず驚いた。「これが、ほんとうに40年代の録音なのか?」とちょっとばかり度肝を抜かれたくらいに音質が良いのだ。近年の技術の進歩とは凄いものだ。マスターには多数存在していたであろうノイズもきれいになくなり、深々とした低音にささえられ、壮麗なオーケストラサウンドが見事に聴こえてくる。40年代のモノラル録音とはいえ、これなら音楽に没頭できようというものだ。

 さて、内容をついて少々書いておこう。まず「ローラ殺人事件」だが、これまで存在したスコアによる再録音は数分間のテーマ部分しかなかったので、サントラ全体から約30分にわたって再構成された(らしい)組曲は貴重だ。しかもうれしいことに、この組曲、例のテーマと変奏という形で構成されており、あの優雅で、どことなく世紀末的な情緒を湛えたテーマを、りシャンソン風、キャバレー風なジャズ、ワルツ、子守歌、緩徐楽章風などなど様々なアレンジにのって次々に演奏されていく様はけだし絶品である

 続く、ハーマンの「ジェーン・エア」は、近年、マルコポーロからほぼ全曲に近い形でデジタル録音されたアルバムも出ているし(アドリアノ指揮&スローヴァーク放送響)、ハーマン自身が60年代にロンドン・フィルを振った組曲(デッカ)も存在しているが、前者は音質的は万全だし、オケもうまいのだが、あまりにさらりと流れるように演奏しているため、いまひとつハーマン流のニューロティックさだとか、ドラマ的な起伏みたいなものが希薄だし、後者は演奏、雰囲気、録音共に揃ってはいたものの、10分余りと短いのたまにキズだったのだが、本命のサントラを聴くと、予想通りに濃厚な歌い回しに、時代がかったドラマティックなメリハリなどが感じられた、まさにコレだという感が強い。
 それにしても、約30分14曲の演奏で現れては消える「ジェーン・エア」の旋律は魅力的だ。癒しがたい恋愛感情と、それに同居する不安な情緒をこのくらい見事に表した旋律も他に類例がないのではないたろうか。ハーマンはこの種の分野では、その後「めまい」や「マーニー」そして「愛のメモリー」などで、さらに一歩高みに上り詰めた表現を見せることになる訳だが、この作品の持つ、若書き故のナイーブさみたいな感触もやはり捨てがたい魅力があり、このオリジナル演奏によって、その魅力を再認識したというところである。(2003年1月4日)

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WALLACE RONEY / Prototype

2005年05月29日 21時54分14秒 | JAZZ
 アルバムは数枚聴いただけですが、ウォレス・ルーニーっていうと、トニー・ウィリアムの庇護下で成長した、マイルス風なトランペットを凄いテクニックでもって吹く秀才ってイメージでした。ただ、非常に優等生ではあるんだけど、例えばウィントン・マルサリスのような学究的というか、考えすぎなところがなく、「マイルスに似てて何が悪い、あれはもはやひとつのスタイルだ」みたいなある種の開き直りを感じさせつつ、豪快にマイルス風なフレーズを連打するのがかえって潔くて気持ちよかったです。また彼の豪快さっていうのは、割と「ジャズ的なあざとさ」というか、ある種職人的ラッパ吹きとしての潔さいなものも感じさせ、そういうところも良かった。

 ところが、昨年出たこのアルバムを聴いて、少なからず彼のイメージがかなりかわりました。このアルバムを表層的に語ると打ち込みリズムや各種シンセ等を多用した非常にモダンな今風の4ビート・ジャズということなるんでしょうが、なにしろこの音楽におけるウォレス・ルーニーにトランペットは、音楽におけるひとつのパーツにすぎないのです。もちろん出番は多くありますが、やはり強く感じるのは、彼のサウンド・クリエイターもしくブロデューサーとして存在感でしょう。前述のとおり私は彼のことは、職人的なトランペッターとして認識してましたから、「へぇ、実はこういう音楽やりたかった人だったんだぁ」とか妙に感心してしまった訳です。

 さて、このアルバムは先も書いたとおり、打ち込みリズム、各種シンセの白玉、SE風な音が入ったかなり今風でサイバーな音づくりですが、そこに土俗的なアフリカを感じさせる複合リズムとシグナル風なモチーフなどが複雑に混ざり混み一種独特な世界となっています。1曲目の「サイバー・スペース」や2曲目「シャドウ・ダンス」はバスクラリネットやエレピなども入ってかなり、同じマイルスっぽいといっても、こちらは「ビッチズ・ブリュウ」的な世界といえるかもしれません、アルバム最後の3曲もそういう色彩が強いです。なので、このアルバムをキャッチ風にいえば、「サイバー空間に再現されたビッチズ・ブリュウの幻影」あたりが当たらずともなんとやらという感じでしょうか....。ともあれこのアルバム。この半年間くらい、車やiPodで、意外なほどよく聴くアルバムになっています。
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FFXI <戦 L15,白 L10>

2005年05月28日 23時59分36秒 | GAME
 今週もミッションとクエストこなしつつ、戦士と白魔導士を基本的には戦士でせっせとレベルアップしていく作業に終始。やったミッションはNo.4の「クリスタルライン」のみで、クエストのほうは「ママの大仕事」がちょっと遠出なだけで、あとのクエストはママのお使いみたいなのばっかり(笑)。港のある店に入ったら、「オマエみたいなぺーぺーが来るところじゃねぇ」とゲーム内キャラに怒鳴られ、「ちくしょう、早く強くなりたいもんだぜ」とか、思いながら再びレベル上げに向かった訳だけど、もっと強くなって、もう一回行くと「閣下のような方、何故このような場所に....」とかいうんだろうか(笑)。

 戦士の方は、先週、強豪の方に連れていってもらったコンシュタットで経験値稼ぎをしたんだけど、とにかくみんな強い。リンク(近くにいる同種のモンスターが参戦)しないように孤立しているモンスターにあたりをつけ、やっとのことで一体やっつけたと思ったら、半分以上HPを消耗している有様。さっそくそこでしゃがみこんでヒーリングして回復するんだけど、これに2分とか3分くらいかかるので、ゲームの流れがとまり、こっちのテンションは落ちる。おまけにゲーム内のキャラのテンションみたいなTPと呼ばれる度数は下がるで、以前のように数体連続して撃破という訳にいかないのが厳しい。「レベル12あたりを過ぎたら、パーティーだ」という先人の言葉はほんとうだ。ともあれ、今週末にはそれでもなんとかほぼソロで15に到達。好きだからいいけど、はたからみると苦行以外の何もでもないってなところだろうな。

 一方、レベル18に到達した時のために白魔導士も同時に育てている訳だけど、こっちはけっこう楽しい。付近の地理は頭に入っているし、点在するモンスターの強さも分かっているから、変なところに迷い込んでいきなり死ぬということもないし、自分で回復できるのがやっぱ大きい。そんな訳でこっちはあまりストレスを感じることなく、また遠出することもなく、レベル10に到達。
 それにしても、このあたりをひとりでふたり分操れたらなぁ....とか、ゲームしながら、ついつい考えてしまったりするんだけど、それじゃ仮想現実空間に己の分身を送り込むゲームというMMOの特徴がくずれちゃうからだめか。それに、そういうのやりたいなら、オフ・ライン・ゲームやればいい訳で、MMOというのは、やっぱオフライン・ゲームとは異質なものだとやればやるほど痛感したりするりする訳だ。

 そんな訳で、ソロもいよいよ限界、幸いにも今夜は火曜日の夜に知り合ったレベル7のモンクさんと合流することになっていたので、彼のミッションをお手伝いしつつ、自分のレベル上げを目論んだのだが、なんかここ数日まったくログインしておらず、今夜のオフラインのままなので、とりあえず他の相手を探すことした。
 こういう時は、サーチ機能というのはとても便利だ、あれこれ条件をつけてお仲間捜しができる。で、似たようなレベルでもってサーチをかけたところ、土曜の夜だというのに、数人しかいない(笑)。リストアップされた順に「Can You Speak Japanese?」と話てみるが、返ってくるのは「Sorry」ばっか(笑)。簡単な英語もできない自分を無学さを呪いつつ、数人目でやっと「ボクのレベルで大丈夫でしょうか」みたいな返事が返ってきて、その方とめでたく合流できた。相手方はレベル7のタルタル黒魔導士さんで、こっちはレベル10なので、最初はあれこれ教えてあげてるつもりだったが、なんかタルタル黒魔導士さんの方が妙に詳しい。戦ってる時も、ケアルみたいなのやってるなぁ~と思ってはいたんだけど、いろいろ話してみたら、この方サポート・ジョブを育てていたのだった(大笑)。だから本業はレベル18の白魔導士だったということで、こっちより知っているハズだ。

 以降、この方とパーティー組んで、しばらくチャットしつつ狩りして経験値を稼ぐ数時間を過ごした。こういう面識のない人とコミュニケーションっては、情報量が圧倒的に少ないが故に、ついつい想像力をはたらかせてしまい、相手方の人物像をこっちでつくってしまったりする。やっぱこういうのって、けっこう楽しいですよね。きっとこういうのもMMOの醍醐味なんだろうな....と、再び考えた土曜の夜ざんした。

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MIKE STERN / Jigsaw

2005年05月27日 20時42分36秒 | JAZZ-Fusion
 マイク・スターンの89年の作品。私は彼のことを特別に好きだとか、出る作品は必ず買うという程のファンではないし、作品もあまり系統的に聴いている方ではないと思うのだが、このアルバムは私が聴いた彼の作品の中でも最も好きな一枚であり、最もよく聴いた作品だと思う。

 このアルバムの音楽は一口にいって、80年代後半のニューヨーク・フュージョンそのものだと思う。なにしろ、参加しているメンバーが、マイケル・ブレッカー、ボブ・バーグ、ジム・ベアード、ピーター・アースキン、デニス・チェンバースなのだから、大体音の方はつくと思うが、要するに込み入ったシンコペだらけのリズムとキメ、通向きなコード進行で作られた難易度の高そうな曲を、すーすー聴ける都会的なBGMとして演奏したというようなのといえば、まぁ、当たらずとも遠からずといったところだと思う。

 ただ、似たようなメンツによる似たようなニューヨーク・フュージョンでも、例えば先日書いたマクラフリンの「プロミス」に入っている曲とはやはり趣が違うのは確かだ。何が違うかといえばギターがマイク・スターンだからだ。何を書くのかといえば、そんなことか怒られるかもしれないが、マイク・スターンのギターはこの手のフュージョンにありがちなギターの早弾きを表だって披露せず、どちらかといえば、伸びやかなで、ある意味ロック的ともいえるブルーでエモーショナルなフレーズで曲のハイライトを作っていくことが多いし、自分の見せ場で早弾きをやってしまい、結局体育会系であることがバレてしまう他のギタリストとはある意味、一線を画しているにように聴こえるのである。1曲目の打ち込みのリズムにのって切れ切れに現れるギター・フレーズなど、アレンジも良いのだろうが独特な心地よさがあるし、後半の独特な官能性もロック的なカッコの付け方というかエモーションが感じられて、なんかメチャクチャ、ギターの巧くなったサンタナみたいな感じすらするほどだ。

 ともあれ、このアルバム、バブルの末期の頃、車のBGMでほんとうによく聴いたものだ。前述のムーディーな1曲目から急緩急緩とメリハリをつけた構成でアルバムを進行させ、オーラスではホットに盛り上げるあたりも絶妙だった。このアルバムを聴くと、退屈なひとりのドライブでも45分を快適に過ごせ、時間があっという間に過ぎていったような記憶が多い。さすがに十数年経った今では、この音楽は少々まっとう過ぎ、直球過ぎる気がしないでもないが、今度、車にCDを持ち込んで、夜のドライブにでも試したらどう感じるだろうかと興味がなくもない。今度、ぜひ試してみよう。



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ただ今、ダイエット中(一ヶ月半経過)

2005年05月26日 21時42分18秒 | others
 実はダイエット中である。4月4日から始めたので、調度一ヶ月半くらいなんだけど、体重は3~4kg落ちたはずだし、ウェストもベルトの位置が2つくらいスライドしたのしたので3~4cmくらいは短くなっているんじゃないだろうか。理由はといえば、別にスタイルがよくなりたいとかという切ないものではなくて、このままだと夏に着れるものが全くない....という極めて現世的で貧乏くさい理由からだ。

 で、どんな風にダイエットしているのかというと、これは食生活のコントロールである。ダイエットというと、とにかく運動で....という風に発想していく人も多いが、極めて個人的な体験や見聞ながら、運動で痩せるというのは、並大抵の運動量では実現しないんじゃないと密かに思っている。有酸素系から無酸素系までいろいろ運動はあるが、ああいうもんで「痩せたぜ」とかいってる人や事実痩せた人は、たいていそれに併せて食生活を大幅に改善しているものだ。今までと同じようにガツガツ喰い、一日数分の有酸素運動で痩せたなどという極楽みたいなダイエットを実現させた人を、私はTV以外でみたことがない。くわしくは次回にでも書こうと思うけど、とにかく私のは場合は、食生活のコントロールなのである。

 それにしても、もうダイエットは何度目だろうか、28才くらいの時、半年間で25kgくらい落としたのを皮切りに、何回もやっているのだが、それを維持できず、こうも度々やるということは、その度に肥満を繰り返しているということでもある。私は自分のことをけっこうダイエットの達人だと思い、HPの自己紹介で自慢げにそんなことも書いていたが、実は肥満の巨匠かも?、いやにそうに違いないとここ十年くらいは思っている(気がつくのがおせーか-笑)。

 ちなみに現在の体重は81kgだ。せめて70kg代にはのせてやろう。


 ※ 写真は大昔のヒッチコック映画「救命艇」のワン・シーンである。なぜこのテーマにヒッチコック映画の写真なのかは、ピンときたかたはかなり映画通である。
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JANE MONHEIT / Takeing A Chance On Love

2005年05月25日 20時54分03秒 | JAZZ
 ジェーン・モンハイトは若手のジャズ・シンガーで、このアルバムの前にも数枚の作品を出しているようですが、なんでもソニー・クラシカルに移籍しての第1作となるようです。テーマは往年のMGMミュージカル作品集とのことであり、こういう選曲はもろに私好みの路線なので、半年くらい前のある日、ショップでみかけて一発で購入を決めました。

 実際聴いてみた印象としては、とにかく歌が巧い....これに尽きます。最近のジャズのミュージシャンは、学校でみっちりと教わってくるせいか(笑)、テクニックと音楽的素養みたいなものに関してはほぼ完璧にマスターしてデビューする人が多い訳ですが、彼女の場合、そのヴォーカル版という感じですかね。実に巧いです。特に音程の正確なコントールはぶり特筆ものとってもいいでしょう。おまけにそれがジャズ的かということはさておくとして、非常に澄んだチャーミングでポップな声をしていて、テクニック至上主義的な冷たさやいやらしさがないのもいいです。

 内容ですが、まずはピアノ・トリオをバックにスウィンギーに歌った「ハニー・サックル・ローズ」からスタート。「一番影響を受けた」と公言するだけあって、エラ・フィッジェラルド風な歌い回しを連発するのは、過去のスタイルを屈託なく取り入れる今時のジャズ世代らしく屈託なく楽しめるという感じがします。さて、前曲をイントロにアルバムが本格的にスタートするのは、次の「イン・ザ・スティル・オブ・ザ・ナイト」でしょうか。この曲からオーケストラがバックについて、いかにもゴージャスなジャズ・アルバムな様相を呈してくるからです。ちなみにこの曲、ボサ・ノヴァ風なリズムを使って編曲されていますが、こうなるとどうしたってダイアナ・クラールの「ルック・オブ・ラブ」を思いだしちゃいますよね。3曲目のタイトル・トラックは彼女のヴォーカルの小気味よさ、チャーミングさ、ポップさがよく現れた曲といえるでしょう。2コーラス目以降のフェイクの巧さもいいです。ビッグ・バンドをバックに歌う「アイ・ウォント・ダンス」も同様です。

 ついでにいえば、ピアノやアコギのみバックにしっとり歌う曲もあり、このアルバム、実に様々フォーマットで彼女の魅力をいろいろ引き出しているという感じです。ソニー・クラシカルとしては、ダイアナ・クラールに対抗すべき自社のキャラクターとして、まさに勝負をかけたという感じもする豪華さです。このアルバムがどの程度アメリカで受けているかは知りませんが、このキャラクターでこの豪華さ、ついでにルックスもグーとくれば、まずは成功しているんじゃないでしょうか。ちなみにこの人には、大スターになるべく華というかオーラのようなものを感じますので、今後の活動に二重丸で注目したいと思います。 
 
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WINK / Flyin` High

2005年05月24日 21時36分03秒 | JAPANESE POP
 80年代の終盤から90年代にかけて日本のポップス・シーンで一世を風靡したウィンクのラスト・アルバムです。今調べてみたら、制作は1995年とクレジットされてますから、もう10年前の作品ということになる訳ですね。そんな前の作品なのかとちょいと驚いてます。これを出した時、確か相田翔子は25才ですから、今は.....うーん、時の経つのは本当に早い(笑)。

 さて、このアルバムのことを書く前にこのアルバムに至るウィンクの音楽についてちょいと振り返ってみると、最初期は意外にもオールディーズ路線、ユーロビート風なダンサンブル路線に変身して大ヒットさせた「寂しい熱帯魚」あたりでウィンク歌謡曲を確立する訳ですが、90年の「夜にはぐれて」からアレンジャーを船山基紀から門倉聡にスウィッチするあたりから、ニッポン歌謡曲の王道をいくスタイルに徐々に変貌させて、ウィンクの黄金時代を築くのは既にみなさんもご存じのとおり。実際この時期、年2枚のペースで発表されたアルバム群は、楽曲や編曲のクウォリティ、企画性といった点で、凡百の量産歌謡曲が太刀打ちできないクウォリティがありました。

 その後92年あたりからですか、それまでのAOR風歌謡曲から、60年代風なギター・サウンドやフォーク・ロック風なサウンドを導入して、音楽的にはかなりイメチェンする訳ですが、これが残念ながらほとんど売れず(狙いは良かったんですが、なにせ時期が早すぎました、パフィーなんかこの路線で売れた訳ですから)、ほとんどジリ貧状態になる訳です。

 で、このアルバムはそうした状況下で出された訳です。それまでの60年代風なサウンドをひっこめ、再びユーロ・ビート時代を思わすダンサンブルな歌謡曲の路線に戻って作られているのが特徴といえましょう。もっともユーロ・ビート路線といっても、時既に95年ですから、初期のそれとはリズムも音も様変わりして、冒頭の「Heavenが待っている」からソウル2ソウルみたいなグランド・ビートがびしばし聴こえてきますし、「ジャイブ・イントウ・ナイト」もデトロイト・テクノっぽい、かなりハードなリズムがフィーチャーされてます。

 こうした先祖返り的な変貌って、ある意味、当時の彼女たちの苦境ぶりを感じさせるのも事実ですが、客観的にみれば、極上のダンサンブル歌謡に仕上がったと思います。ところが、ここまでやっても、彼女たちの売り上げは復活しなかったんですね。このくらいクウォリティの高い、売れべき音楽を作っても、一度盛り下がった人気ははとりかえすことができない....。音楽シーンの残酷なところです。
 そんな訳で、このアルバム、まさに「ウィンクが最後に見せた光芒」といういうべき仕上がりで、ウィンク・ファンの私としては忘れられない作品です。
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トミー・フラナガン/オーバー・シーズ

2005年05月23日 19時03分32秒 | JAZZ-Piano Trio
 トミー・フラナガンの傑作のみならず、ピアノ・トリオによるジャズの傑作として屈指の1枚です。私もピアノ・トリオに開眼したアルバムの一枚ですが、もう20年近く、たまに取り出してはその度に聴き惚れてしまう作品でもあります。この作品の凄いのは、とにかくトリオ全体がドライブしまくっていること。そしてそれが単に緊張感をギスギスと出すのでなく、ジャズ的なリラクゼーションと表裏一体になって、両者が絶妙なバランス保っているあたりでしょうか。

 さて、フラナガンは日頃のおとなしめで、サイドメンでのプレイに名演が多いとの定評があるのは有名ですか、どういういきさつでこうなったのか、日頃とは人が違ったように小気味よいノリで疾走感溢れるプレイをを披露しているんですよね、まずはそこがいいです。2曲目の「チェルシー・ブリッジ」とか、ラストの「ウィロー・ウィープ・フォー・ミー」あたりは、いつもトフラナガンならもう少し角のとれた、割と穏やかで緩い、オシャレなプレイをしそうですが、このアルバムだと割とピーンと張ったような緊張感がそこはかとなく感じれるのがいつも違う点ですかね。割とこのあたりを捉えて、否定的にこの作品を捉える向きもあるようですが、個人的にはこういうフラナガンもありありあり(笑)。

 次にドラムスのエルヴィン・ジョーンズのプレイ、特にブラシのキレが特筆もので、大昔「このアルバムはエルヴィンのドラムにトミフラのピアノという豪華なオマケがついた作品だ」旨の記事を読んだことありますけど、それも納得できる凄さまじさです。1曲目の「リラクシン・アット・カマレロ」からテンションが凄まじく高くて、中間部でベース相手にフレーズ交換するあたりは、なんか爆発寸前って感じすらします。ブラシで爆発寸前って形容もおかしいですが、本来軽快にリズムをキープするハズのブラシがまるで、鉈をブンブン振り回しているような重量感あるんですよ、凄いです。5曲目「ビーツ・アップ」や7曲目の「ヴェルダンディ」も同様な感じで、この3曲については、確かに主役はエルヴィン・ジョーンスかもしれません。

 ちなみにこのアルバム、ご存じのとおり1957年にJJジョンソン・クインテットの一員としてヨーロッパツアーをした時に、ストックホルムで吹き込んだアルバムで、時期的にはぎりぎりステレオ録音に間に合わず、モノラルなのが残念ですが、ある意味、ジャズ特有といってもいい、非常にオンな音で収録されているせいで、あまり不足を感じません。自宅のJBLでも非常に生々しい臨場感のある音で再生され、しばしモノラル録音であることを忘れてしまうほどです。1957年のモノ録音というと、クラシックではかなり貧弱に聴こえてしまいますが、プレスティッジとかブルーノートの作品はモノでも極めて良質な録音が多いのは驚きます。機器のグレード上げれば上げるほど、実は素晴らしい録音だったことが分かるなんていう現象を楽しめるというのは、よくありますが50年代の前記レーベルの音というのもそういうものの最たるソース群じゃないでしょうか。もちろんこのアルバムはそのレーベルの作品ではありませんが、それらに準じた音質で、とても楽しめます。

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FFXI <戦 L13,白 L8>

2005年05月22日 23時59分41秒 | GAME
 昨日に引き続きハマってますFFXI。音楽全然聴いてません(笑)。昨夜未明からもうひとつのリンク・シェルを装備し替えてチャットに参加。こっちは師匠がいるグループで、改めてリスト見ると70以上の強豪がぞろぞろ居る凄いとこなので、思わず気持ちが萎えそうになるんですが(笑)、あれこれ情報教えてもらったりして、楽しくチャット参加させてもらいました。

 それにしてもおもしろいのは、こういうグループって(もうひとつのグループもそうなんですが)、参加したからにはいつも行動を共にしているかというと、割とそうでもなくて、けっこう緩やかなつながりなんですね。「んじゃPt行ってきます」「がんばってね~」とかいう具合で、このあたりが実におもしろい。昔はチャットのはしごやって、パソ通に発言するなんていう器用な人がよくいましたけど、そういうもんに近いのかなとか思ったりしてます(ちがうか)。

 あと、ここ数日、ゲーム内でハマっているのが競売。とにかくザコをいじめまくってますから、クリスタル集めては12個セットで競売しているせいで、資金はけっこう潤沢にあるもんで、より強い武器買い換えたり、薬品買い込んだりして、帰ってくるとそりゃもうモグハウスと競売所を往復しまくってます。それにしても金庫もアイテムにしてもすぐに一杯になっちゃう。しかも競売も7個までなんで、集めたアイテムをなくなく捨てるみたいなシチエーション多数。平行して育て始めた白魔前道士の装備品を一緒にアイテムとして持ち歩くとザコが落とすアイテムはほとんど持ち帰れないので、大枚はたいてキャビネット購入し、これで一応しのいでます。

 そうそう競売といえば、昨夜はパルブロ鉱山なるところで、モンスターが落とす人形のパーツを4つ集めてこいというミッションやっていたのですが、第1階層はひとりでもイケいるんですが、2つまではほいほいとゲットできたものの、3つ目以降はばったりといった具合で、勢いづいて第2階層に行ったところで殺され(笑)、ホームに戻ったところで、競売所をのぞいたところ、こういうもんまで売っているんですね。あすこの第1階層はもうほとんど経験値入らないし、面倒なので残り2個を購入しちゃって、ミッション終了。こういうのはズルなんだろうなぁ(笑)。

 で、本日も昼下がりの頃に競売をうろうろしていたら、昨夜の強豪グループのある方にばったり出会い、ものはついでとコンシュタット高地とバルクルム砂丘へと案内してもらいました。強豪の方にとっては園児を連れてピクニックにいくようなもんでしょうが(笑)、こっちはそりゃもう大冒険。一応、パーティー組んで、なんとかラムとかいうドデカイ羊も戦ってみましたが、こっちはほとんどミスかダメージ1なのに(泣)、その方が繰り出す攻撃だとほとんど瞬殺、高レベルの破壊力の凄まじさを見せつけられたりしましたが、とりあえずデムのクリスタルをゲットして、これからはここで経験値稼ぎすることなりそうです。
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FFXI <戦 L12,白 L7>

2005年05月21日 23時02分35秒 | GAME
 FFXIも今夜でスタート10日目となりました。今週は前回書いた「レベル10到達への強迫観念」みたいなものはあまりなく(あるか-笑)、ぼちぼちミッションやクエストこなしつつ、レベル上げに励むってパターンで、一日2時間づつくらいやってました。

 で、今週おもしろかったのは、通称「ソーセージ焼き」なるクエストで、エリアの端っこの方ににある山の頂上で焚き火の中に肉を放り込んで、まる一日待つって....ってなものなんですけど、付近にはその時の私のレベルでは瀕死になりかねない....っていうか、既に何度も殺されてるいる、強いゴブリンだの羊だのがうようよいるところなもんで、師匠にパーティー組んでもらって、挑戦したんですが、あっけないくらい楽勝でした。楽勝って、別に私が強くなってた訳じゃなくて、召還士やっている師匠が圧倒的に強かっただけですが(笑)、それでもチャットやりつつまる一日(現実時間だと1時間くらい)、襲いかかってくるゴブリンをけちらしていくのは、単調な作業レベル上げとは異質なおもしろさがあって楽しかったです。やっぱMMOのおもしろさってこういうところだよな、と納得。

 パーティーといえば、それよりちょっと前、ホームから近いところでミミズだのハチに相手してもらっている時(笑)、早くも「LSいりませんか」といわれて、お仲間に入れてもらったグループは実にチャットが盛んで、私といえばザコと戦いつつ、器用にチャットをやるなど、現時点では到底無理なので、読んでいるだけといった感じ。どうも非常に若いみなさんのようで、おそらく20才前後の方だと思うんですが、「年なんかカンケーないですよ」といわれて励まされて、ほっとしたりしている自分が情けないというか、初めてチャットやった時のスリルが甦るというか(笑)....。
 そういえば、そのリーダーの方にいろいろ教えてもらい、剣なんかまでもらったりしつつ、「こういうところでイヤなこといって来るヤツは放っておいた方がいいですよ」みたいなこといわれたんで、「放置ですね。そういうのはパソ通の頃から慣れてます」っていったら、「パソ通ってなんですか?」と尋ねられたので、「パソコン通信、ニフティとか」と答えると、更に「ますます分かりません」と来たので、「匿名じゃない2ちゃんねるみたいなもんです。」と答えてやっと納得してもらえたやりとりなんぞありましたが、こうしたやりとりも、MMOの醍醐味かなと、これまた納得。

 そんな訳で、ホームに近接するエリアではそろそろレベル上げも限界を感じてきたので、そろそろ本格的なパーティーに参加したいところです。ただ、そうなると誰からも誘われないんだよなぁ(笑)。名前に?のフラグを付けてた頃は、外人も含め断るのが申し訳なるくらい誘われたんだけど....。
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エンリコ・ピエラヌンツィ/ザ・ナイト・ゴーン・バイ

2005年05月20日 23時28分21秒 | JAZZ-Piano Trio
 エンリコ・ピエラヌンツィ96年の作品です。メンバーはベースにマーク・ジョンソン、ドラムスにポール・モチアンで、新旧ビル・エバンス共演陣で固めいている格好になっているのが興味深いところですが、おそらくこれはアルファ・ジャズ側が彼を「新世代のビルエヴァンス」としてアピールするために、お膳立てして実現したのでしょう。こうした日本製舶来ジャズというのは、得てして企画倒れになってしまうところが多々あり、このアルバムもピエラヌンツィらしさという点で、他の諸作と比べるとやや薄まっている感じもありますが、特に致命的な訳ではなく、ピエラヌンツィにしてはちょいオーソドックスかな程度で、ピエラヌンツィ独特の世界を満喫させます。

 曲目は半数がスタンダードとなりますが、冒頭の「イエスタデイズ」は湖の水面を思わすような、美しく澄んだピアノ・ソロが実に美しく、トリオとなってからはエレガントに躍動するピエラヌンツィ以外の何者でもない世界を繰り広げるていくのはさすがです。また、いかにもミュージカルらしいややバタ臭い旋律をもったこの曲を原曲が歌物とは到底思えない流れるようなテーマにデフォルメしていくセンスもまたピエラヌンツィとしかいいようがないものです。
 ミュージカルといえば、これまたあの有名な原曲を、極端にデフォルメしたアレンジしているあたりも聴き所のひとつでしょう。原曲は中間部でちょっと暗示するだけ、フリー・ジャズにいく寸前のところでバランスしつつ、アップテンポに進行していく様は素晴らしい躍動感です。
 私の大好きなスタンダード「アイ・シュッド・ルーズ・ユー」は、お馴染みのテーマをオリジナルとは違う句読点で区切ったような解釈で、これもまたピエラヌンツィ独特の感覚といえましょうか。

 一方、オリジナルはどれも、物憂げで耽美的なムードを持った、いかにもヨーロッパ的な風景を思わせる曲ばかりで、2曲目のタイトル・トラックはちょっと初期のスタンダーズを思わせる典型的な欧州ジャズ調。マーク・ジョンソンのアルコをフィーチャーした「カンツォーネ・デ・ノジカ」はまるで室内楽のような仕上がりです。あと7曲目の「イット・スピーク....」は、フリーっぽいというか、アブストラクトな雰囲気をもった奇妙な作品ですが、この曲に限ってはもう少しアップ・テンポでやってもらいたかったですかね。

 共演陣ではマーク・ジョンソンがピエラヌンツィと抜群の相性で、まるで彼の左手の如き活躍ぶりを聴かせてくれます。ドラムスのモチアンについては、この人ガピエラヌンツィと共演する時にいつも感じるのですが、少々メカニック過ぎて、ピエラヌンツィの流麗さとイマイチかみあってない気がしないでもないです。個人的にはジョーイ・バロンの方が好みかな。
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ワン・フォー・オール/情事の終わり

2005年05月19日 12時52分35秒 | JAZZ
 ワン・フォー・オールはニューヨークの若手ジャズ・ミュージシャンにより結成された三管のコンボです。メンバーはエリック・アレキサンダー(ts)、ジム・ロトンディ(tp)、スティーブ・デイヴィス(tb)、デヴィッド・ヘイゼルタイン(p)、ピーター・ワシントン(b)、ジョー・ファンズワース(ds)で、中ではサックスのエリック・アレキサンダーとピアノのデビッド・ヘイゼルタインがソロ・アルバム何枚か出してますから有名な方ですかね。あっ、あとトロンボーンのスティーブ・デイヴィスはチック・コリアのオリジンのメンバーですから、案外この人が一番有名かも.....。ともあれ、こうした若手によるグループでによるヴィーナス・レーベルでのデビュー作です。

 このグループはこのアルバム以前にもクリス・クロスとかシャープ・ナインといったマイナー・レーベルで既に何枚のアルバムを出している訳ですが、そこでのアルバムは良く言うと新主流派風、悪くいうと考え過ぎ、こねくり回し過ぎた音楽をやってたと思うんですが、ここでの音楽はもう少し先祖返りしているというか、早い話がイケイケなハード・バップ演奏に終始しているのが特徴でしょう。
 このあたりはヴィーナスというレーベルの意向が強く反映したもと考えれますが、今時の若手ミュージシャンは知識もテクニックも豊富なかわりに、あまりに向いている方向がヴァーサタイル過ぎて、いったい何をやりたいんだかよくわからない場合もあるので、予め方向性をレーベル側で決めてしまい、バンド全体はいわばタガをはめた状態で制作したのは、こういうインテリ集団の場合、案外正解だったのではないでしょうか。

 収録曲では、1曲目の「情事の終わり」でキマリですかね。ドラム・ソロをイントロにお馴染みのテーマを高速で演奏すると、すぐさまアドリブに突入する訳ですが、その奔流の如きその勢いと、強烈なスウィング感には圧倒的されますし、テーマに戻る前のリフの部分のシャープさなど、もはやロック的とすらいいたいようなダイナミズムが感じられます。他の曲では「ストールン・モーメンツ」、オリバー・ネルソンの演奏を下敷きにしているようですが、あの演奏の黒っぽいところはかなり後退しているものの、非常に各人のアドリブは充実しています。続く「コルコバド」はデイビスの編曲のようですが、クラウス・オガーマンのものを下敷きにしているは一聴瞭然でしょう。ただ、3管でこうした色彩感を出しているのはさすがです。あとオリジナル曲も数曲収められていますが、中ではヘイゼルタインお得意の込み入ったリズムパターンで演奏「ハウ・アー・ユー」がおもしろかったですかね。

 という訳で、数あるワン・フォー・オールの作品ではまずは筆頭に来るべき傑作だと思います。ついでながらブルーノート的な音を現代のテクノロジーで再現したようなヴィーナスらしい音質も優秀です。数あるヴィーナスの作品でも上位にランキングしうる音の良さじゃないですかね。
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HEAVEN 17 / Higher And Higher(the best of -)

2005年05月18日 23時04分38秒 | ROCK-POP
 ヘブン17というと、80年代にヒューマン・リーグから分家したテクノ・ユニットで、本家よりヒューマン・リーグらしいというか、ヒューマン・リーグの実験面と音楽マニアな側面を継承したバンドとして玄人受けするバンドとして知られていたと思います。こういう名義上は分家なんだけど、実質的には本家より正統性がある....みたいな関係って、調度、ウルトラ・ヴォックスとジョン・フォックスとか10ccとクレーム&ゴトレーなんかもそうだと思いますが、ブリティッシュ・ロックってこういうの実に多いですよね(笑)。

 ともあれ、実に久しぶりにヘブン17を聴きました。ひょっとすると20年ぶりくらいになるかもしれません。この作品は93年に出た彼らのベスト盤なのですが、あまりに久しぶりなので、まるで初めて聴くようです。自分の記憶だと、ヘブン17って基本的には実験バンドといった印象だったのですが、改めて聴くと「えっ、こんなでしったけ?」と思うくらいにポップな感じなので少々驚いてるところです。これって、おそらくは彼ら以降に出てきた、例えばスクリテッティ・ポリッティ等が大ヒットしたせいで、テクノ的なリズムで翻訳されたソウルみたいな音楽が一般化した結果、そう感じるんだと思いますが、それにしても当時感じた「ひきつったような感じ」、「神経症的なリズム」、「異様に低カロリーな音楽の温度感」のようなものがこれほど違和感なくなっているのは、時間の流れを感じさせずにはいられません。ともかく、非常にセンスは良いごくまっとうな英国産ホワイト・ソウルに聴こえるんですよ。

 もっとも、このアルバム、どうやら12インチ・シングルのヴァージョンを主体に構成されているようで、1曲目は「Temptation」なんて、まるでエニグマみたいな雰囲気に作り替えられてますし、2曲目の「Fascist Groove Thang」はまるで90年代初頭の頃のハウスっぽい感じに再構成されたりしてますから、ひょっとするとここに収録されたリミックス・トラックは、ひょっとすると90年代に行われたマテリアルなのかもしれませんから、今回普通に聴こえたのは、そのせいかもしれませんが....。ともあれ、そうしたヴァージョンに絶妙なさじ加減でオリジナル・ヴァージョンを配置するあたり、なかなか巧みな構成というか、ヘブン17の知能犯ぶりがよく出ているところだと思います。とても楽しく聴きけました。こうなったらオリジナル・アルバムも買っちゃおうかな。 
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カンゼル&シンシナティポップス/ビッグ・バンド・ヒットパレード

2005年05月17日 22時53分20秒 | JAZZ
 先日のジョン・ウィリアムスとボストン・ポップスに続いて、今夜はこんなの聴いてます。実は先日探していたベニー・グッドマンとグレン・ミラーのCDはそれぞれ2枚づつ発見できたのですが、併せてこれも出てきたので、とりあえずご本尊を聴く前にこっちを先に聴いておこうという訳です。なぜって、ご本尊の方を先に聴いたら、もうこっちは聴く気かしなくなるんじゃないかと、大変無礼なことを考えたりしまして(笑)。

 さて、このアルバムですがエリック・カンゼンとシンシナティ・ポップスによるテラークから出ている一連のものですが、例えばしばらく前に書いた同コンビによるシナトラ集あたりとちょっと違うのは、このアルバムの演奏はシンシナティ・ポップスに加え、ジャズの一流どころによって編成されたビッグ・バンドが参加しているところです。リズム・セクションはデイブ・ブルーベック、レイ・プラウン、エド・シャウネシー、ホーンにはジェリー・マリガン、ドグ・セヴェリンセン、エディ・ダニエルス他大勢といった具合で、この方面に疎い私は実のところよくわからないところもあるのですが、多分豪華なメンツなのでしょう。この面々が随所にソロをとりつつ、ビッグ・バンドとして参加している訳で、割と凡庸なイージー・リスニングになってしまうことの多いこのコンビとしては、ジャジーさ、ソロの聴き所といった点で出色の出来といってもいいんじゃないでしょうか。

 曲はシャウネシーのドラムから意表をついて始まる「イン・ザ・ムード」からして、かなり良いノリで、「おぉ、このアルバムはいつもと違うねぇ」と思わすのに充分。同じような企画だとセンスの良さと上品さで、大抵はボストン・ポップスに負けてしまう彼らですが(笑)、今回は豪華な助っ人陣のおかげもあって、先日とりあげたボストンポップスの「スウィング・スウィング・スウィング」に負けてません。このコンビの演奏って、良くも悪しくも割と成金風な金ぴか趣味みたいなところかあるんですが、今回はそのあたりが豪快なノリとして作用していてなかなか痛快です。ラストの「聖者が街にやって来る」では全てのソリストが顔を出す趣向で大いに盛り上がりで、楽しくなること請け合い。

 という訳で、久しぶりにこのアルバムを聴いたら、このコンビけっこう見直しました。
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