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僕の読書ノート「おとなの自閉スペクトラムーメンタルヘルスケアガイド(本田秀夫・監修、大島郁葉・編)」

2023-09-02 08:39:42 | 書評(自閉スペクトラム)

 

個人的に、認知行動療法についてと自閉スペクトラム症について、それぞれ別個に学んできたのだが、認知行動療法は自閉スペクトラム症に効果はあるのだろうかという興味は以前からあった。これまでそういったテーマの本は見当たらなかったのだが、本書ではそうした題材についてもそれなりの解説がなされているようなので、得るものがあるに違いないという思いで読んでみた。本書はそれに限らず、自閉スペクトラムのケアについて、多くの分担著者による8ページ程度の各論がたくさん集められている。その多くは、支援者だけでなく、自閉スペクトラム(症)者自身にとっても役に立つことが多いと思う。私なりに気になったポイントを下記にピックアップした。

[はじめに]本田秀夫

・本書は、自閉スペクトラム症(ASD)ではなく、自閉スペクトラム(AS)がキーワードとなっている。つまり、医学的な疾患概念ではなく、人の認知や思考のあり方としてのASを念頭において書かれている。ニューロダイバーシティ(神経多様性)という言葉はよく聞くようになったが、ここでは、ニューロトライブ(神経種族?)というキーワードも出てくる。

[特異な選好(preference)をもつ種族(tribe)としての自閉スペクトラム]本田秀夫

・成人期にASであることを自覚して対人・コミュニケーションに苦手意識をもつ当事者が、対人関係に自信がもてず、自ら回避しがちであることを発信することが、今や当たり前になっている。かつての自閉症概念で括られた人たちでは考えられなかったことであり、いかにASの概念が拡大してきたかがわかる。

・中学校では、いわゆる「スクールカースト」が形成され、主に社交性の高低によって目に見えない対人関係の序列ができる。スモールトークを好む人たちが序列の上位になることが多く、AS特性をもつ人たちが上位になることは少ない。多くのASの人たちにとって、この時期は人生における最大の関門と言ってもよい。

・能力の有無よりも、好きなことがあるかどうか、好きなことを余暇活動として楽しめているかどうかの方が、二次障害の保護因子としては重要であると筆者は考えている。

[知ることからはじめるーASDの診断から自己理解とアイデンティティの再構築へ]大島郁葉

・スティグマとは、個人の持つある属性によって、いわれのない差別や偏見の対象となることを指す。スティグマの諸側面を表す代表的な概念として、パブリック・スティグマやセルフ・スティグマがある。パブリック・スティグマは、社会全体が持つスティグマである。例えば「障害者は能力がない」といった社会風潮を指す。一方、セルフ・スティグマは、パブリック・スティグマを内在化し、「障害のある自分には能力がない」とする個人的な信念を指す。「ASDであること」は次のような告知を受けるようなものかもしれない。「あなたには常識がなく人を不快にさせる病気があります」

[自閉スペクトラムのパーソナリティ]青木省三

・ASの人は目の前の対象に引き付けられて、考えが頭から離れない、ということが起こりやすい。頭にこびりついた考えや心配を切り替えるには、そこに向かっている注意を他のものに向けることが大切になる。好きな音楽を大きな音にしてイヤホンで聞く。好きな食べ物をしっかり味わって食べる。ジョギングをする。自転車に乗る・・・その人にあった切り替え手段を2つ3つもつことである。

・筆者は「仕事は飯の種。こつこつと働こう。趣味を大切にして趣味人として生きよう」とか、「自分の仕事にこだわって、職人っぽく生きていこう」などと話すことがある。職人、趣味人のすすめである。

[ASの人たちの感覚]青木悠太

・ASDの中核症状は社会性の障害と興味の限局であり、感覚症状は周辺症状と考えられてきた。しかし、最近は、感覚症状は実は周辺症状ではなく中核症状の根底症状ともいうべき存在であるという知見が蓄積している。感覚症状に対する治療として薬物療法は確立されていないが、例えば、視覚にはサングラスや紙を使って一部の情報を隠すような工夫、聴覚にも耳栓やイヤホンなどで入力段階から対応することが病態生理の少なくとも一部に対して効果的であると想定される。

[AS/ASDを診断する]内山登紀夫

・ASDと診断されることは自己をみるための新たなレンズを得ることでもある。現在と過去の経験や苦難は自閉症のレンズで見直されて、新たな意味を付与される。自己の行動や感じ方、生きづらさに対して説明がつき、自分自身を理解することについての新たな視点が生じる。医学的な理解は諦めや妥協をもたらすのではなく、本来の豊かな自己に純化される契機になる。

[ASとアタッチメントー症状論・支援論]田中究

・自閉スペクトラム症をもつ人では、好きなこと、やりたいことができること、これが制約されることは定型発達の人よりも顕著に影響を及ぼし、精神機能の失調につながりやすい。精神機能の安定のためには、こうした選好する対象と過ごし、それを通して人とのつながりを保持する(同好の集まり)ことが欠かせない。

[ASとトラウマー症状論・支援論]桑原斉

・ASD(に併存する症状)において薬物治療が行われる場合もある。攻撃的行動・易刺激性の改善が行動分析などによっても不十分な場合、抗精神病薬の投与で易刺激性を治療する。リスペリドンとアリピプラゾールの効果は確立しており、保険適用(ASDの易刺激性)も得ている。

[ASと不安ー症状論・支援論]村上伸治

・AS者は、他人の気持ちや意図が読めずに苦労しているので、「他人の気持ちや意図」を解説することも重要である。さらに「自分の気持ち」も解説する必要がある。AS者は自分の気持ちに気づきにくいので、自分で説明のつかないイライラ、怒り、悲しみ、衝動などが頻発しやすい。自分の気持ちについて話し合いながら、推察でも良いので、自分の気持ちを察することを支援していくことは、不安の対処としても重要である。

[CBT/ACAT]大島郁葉

・日本においても徐々にニューロダイバーシティという運動がASの人たちの間で起こりつつあるが、海外においてはより明白に、アカデミズムにおいても社会運動としても活発である。研究論文においても、ひと昔前は、ASD者に定型発達者の適応を身につけさせることをコンセプトに置いた論文をよく見かけたが、現在においては、本人の変容よりも、社会がASの人を容認すべきであるという論調に変わってきているように思う。

・第三世代のCBT(認知行動療法)は、個人の性格や素因そのものに問題の起因をあえて置かず。環境と個人の反応(誤った連合学習)の環境の機能をメタ的にとらえ、それが非機能的であれば、機能的文脈に再学習していくというプロセスをたどることから、認知療法というより行動療法よりのCBTに近い心理学的介入法であろう。このように現在の第三世代のCBTは社会モデルに準拠していると考えられ、薬理学的治療といった医学モデルでの介入法と併用して行うことに、筆者は一定の意義があると考えている。

・近年、ASDの自己理解や受容を目的とした親子の心理教育プログラムが施行されており、その効果も実証されている。一方、これまでも国内ではそのようなプログラムは存在しなかったため、筆者らはCBTのフレームワークに欧米諸国で活用されている心理教育を加え、「ASDに気づいてケアするプログラム」(Aware and Care of my AS Traits : ACAT)を開発した。(参照:大島郁葉、桑原斉(2020)ASDに気づいてケアするCBTーーACAT実践ガイド.金剛出版.)

[マインドフルネス/ACT]杉山風輝子、熊野宏昭

・マインドフルネスやACTを用いた治療の効果研究は、年々、その対象や範囲を拡大し増加傾向にはあるが、ASD者を対象とした実証的研究は今のところ多いとは言えない。特に、子どもから思春期のASD者やASD者の両親を対象とした研究の方が多く、成人のASD者を対象とした研究は、未だ検討されている最中である。これまでのところ、マインドフルネスやACTを用いた治療を行うことで、ASD者特有の思考過程や感情体験などは変化しないが、特に反芻思考を減らすことは可能であり、それによりASD者が二次障害として経験しやすい抑うつや不安に対して、一定の効果が期待できることが先行研究により示されている。

・ASD者にマインドフルネスやACTを適用する場合に、注意が必要なことが2点ある。1点目に、ASD者の中には、特定の身体感覚が過敏すぎたり鈍感すぎたりすることで、アクセプタンスに重要な感情や身体感覚をそのまま感じることが難しい場合がある。このような場合、「不安な時」や「やる気が出ない時」など、対象となる感情や場面を限定し、そのような時に体験している身体感覚のうち、何か1つ、本人にとって分かりやすく目印となるような特徴を見つけることが役に立つ可能性がある。2点目に、脱フュージョンにおいて、思考と距離をとるプロセスが重要であるが、ASD者には、言語の重要な機能のひとつである認知対象との心理的な距離を作るという機能が働かない(字義通りに捉えてしまう)認知特徴がある。そのため、思考と距離を取ることが実現しなかったり、時間がかかったりすることがある。それでも、自分が思考しはじめたことに気づき、それ以上考え続けるのをやめることは、反復的に練習すれば、時間がかかっても、ある程度できるようになることが多い。

[PEERSー友だち作りのSSTの可能性]山田智子

・ASDの若者の社会適応を支援するうえで、ソーシャルスキルトレーニング(SST)へのニーズは高い。ソーシャルスキルとは、対人関係の構築や円滑な集団活動への参加に必要なスキルであり、PEERSプログラムは、なかでも”友だち作り”に焦点をあてたカリキュラムとなっている。PEERSでは、まずは”見る・聞く”(グループの様子を見て、楽しそうに話しているか、話題は何かを聞く)、次に”待つ”(会話の間を待って、流れを止めないようなタイミングを捉える)、それからいよいよ”加わる”(今、話されている話題に沿った一言を言って、会話に加わる)という3ステップを提示している。

[行動活性化/シェイピング]温泉美雪

・行動活性化では、対象者の行動を変容させるために、行動に対して報酬が得られる機会を増やしたり、嫌悪的に感じる社会的活動からの回避を減らすよう導いていく。

・家族により、ひきこもり状態にある本人の行動活性化が行える。つまり、家族がひきこもり状態にある本人の家庭での快活な行動を見つけて、細やかに好子を与える。好子を与える行動は日常のささやかなもので十分である。例えば、本人がリビングでテレビを見ているとしたら、そのテレビ番組の内容を話題にして肯定的な注目を与え、リビングに滞在する行動や家族との会話を増やすように試みるのである。このように、行動が活性化されていない人のわずかな行動に対して好子を与え、段階的に他の行動にも好子を与えるようにし、行動レパートリーを増やすことを「シェイピング」という。

・幼児期の療育では、「子どもに失敗させないように」という方針を掲げることがあるが、学童期の頃には、子どもは自らの行動の行動分析を経験的にある程度できるようになっているため、幼児期に比べると、失敗しても「次はこうしよう」と考えることができるくらいタフになっているということだ。あえて失敗させる必要はないが、ASDの自立を応援する人は、本人が達成感を感じる経験を重ねていることを前提として、過保護になることなく、本人ができることを見守り、時にうまくいかなくても援助要請するのを待つ姿勢が求められる。

[大人の自閉スペクトラムにおける産業メンタルヘルス]横山太範

・自閉的な傾向は障害特性に由来するものに加えて、本人の社会適応の方策として感情に蓋をすることにより一層自閉的となっていくという負のスパイラルが強化されていくことになる。

[学生相談]石垣琢磨、川瀬英理

・大学院の学生に対して、教授自身が忙しすぎて、学生にあまり手をかけて指導できないという場合もあり、「自分でやれるところまで研究を進めて、成果だけ見せてくれればよい」という態度になることもある。こうした上昇志向的、あるいは成果主義的な態度は営利目的の組織のリーダーであれば当然のことかもしれないし、就職すれば当たり前に要求されることでもある。自閉スペクトラム症の学生のなかには、それに適応できず、研究環境との間に軋轢が生じ、場合によっては被害的になって、教授や大学とのトラブルに発展するケースもある。

[自助グループ]片岡聡

・ASD当事者の筆者は、統合失調症と誤診された発達障害の人たちによる自助活動を始めた。著者がASD診断を受けた2010年当時は、現在のように成人のASD者が多く存在するという認識が広く精神科医の間に共有されていたとは言い難い。本来なら健康維持の支援こそが必要なASDの人たちが、統合失調症の治療ガイドラインに沿った不必要かつ有害な抗精神病薬の投与を受け続ける現状をなんとか変えたいと思った。

・高機能成人ASDの自助活動につかれた筆者を救ってくれたのが、知的障害のあるASDの人たちとの即時的・非言語的なコミュニケ―ションだった。筆者は特に言葉がなくてもまったくコミュニケーションに困らないことが多い。また、筆者が急に健常者にとっては意味不明な奇声を発し、また共同感覚遊びを始めるのでよく驚かれた。

[ピアサポート]綿貫愛子

・ASD当事者の筆者は、ASDであることを知ってから、ASDについて学んでいった。この作業は、周囲からはつらいのではないかと心配されたが、個人的には長年の謎が解明されていくような面白さとある種の爽快感があり、始終前向きに進められたように思われる。

・ある気づきは、当事者の手記や当事者会のなかでも、自分と合う人と合わない人がいるということである。面白いことに、この適合性には、年齢や性別はあまり関係がない。自分との類似性や興味関心、趣味嗜好、価値観、ライフスタイルなど、心が通じ合えるかどうかが筆者には重要であった。

[AS特性をめぐるクロストーク]青木省三、大島郁葉、桑原斉、日戸由刈、本田秀夫

・AS特性への理解が深く、また自らAS特性を有していると思われる執筆者たちが集められ、自分の特性の臨床における活用などが語られた。

・横浜には各区に1つずつ地域生活支援センターというものがあり、それぞれ別の法人が運営しているのでカラーがある。筆者がよく関わっているある地域生活支援センターは、希望があれば特に問題がなくても月1回定期的に会ってくれる。行って近況報告して帰るだけなのだが、それがよく機能している。そうすると本当に何かあったときにアクセスしやすくなる。(本田秀夫)

・胸を張って自分らしくASらしく生きていくことは大事なことだ。自分なりのこだわりは大切に、楽しみつつ生きていく。些細なこだわりをいっぱい作りながら、大きな問題を回避するとか。こだわりは生きる戦略としてすごく役に立つ。(青木省三)


僕の読書ノート「ザ・パターン・シーカー:自閉症がいかに人類の発明を促したか(サイモン・バロン=コーエン)」

2023-03-26 07:41:36 | 書評(自閉スペクトラム)

 

サイモン・バロン=コーエンという自閉症研究で非常に有名な心理学者による最新刊である。動物の中でも人間だけに進化した特有の2つの思考方法をシステム化メカニズムと共感回路と定義し、前者は自閉症とつながりがあるとしている。人間の精神構造に迫る大胆な仮説を科学的根拠に基づいて披露している。近年は、米国精神医学会の診断マニュアルDSM-5による分類で、自閉症とアスペルガー症候群などをまとめて自閉スペクトラム症と呼ぶようになっているが、本書では一貫して「自閉症」という言葉しか出てこない。原注に記載されているが、著者は「自閉スペクトラム症」という呼称に反対の立場らしい。しかし、本書に出てくる「自閉症」という呼び方は、実質的には範囲の広い「自閉スペクトラム症」を対象にしていると捉えていいのではないかと思われる。

共感性を、認知的共感性と感情的共感性に分け、それぞれの能力が自閉症とサイコパスでは鏡像の関係にあるという指摘も興味深かった。

 

第1章ー生まれながらのパターン・シーカー—アル(エジソン)の幼少時代 

・本書全体の要約になるような記述があるので、下記にそのまま引用する。

①唯一、ヒトは脳に特殊なエンジンを持つ。これは、システムの最小定義である、if-and-thenパターンを探索するものだ。私は、脳に存在するこのエンジンを「システム化メカニズム」と呼ぶ。

②システム化メカニズムは、7万年前から10万年前という人類の進化における特筆すべき時期に出来上がった。このとき、最初のヒトは、それまでの動物や現在のヒト以外の動物には成しえなかった方法で複雑な道具を作り始めた。

③システム化メカニズムの獲得によって、この惑星上でヒトだけが、科学、および技術を極めることができ、他のすべての種を凌駕することになった。

④システム化メカニズムは、発明者、STEM分野(科学、技術、工学、数学)の人びと、そしていかなるシステムであれ完璧を目指す人びと(ミュージシャン、職人、映画製作者、写真家、スポーツマン、ビジネスマン、弁護士など)のマインドのなかで、超高度なレベルに調整されている。こうした人びとは、正確さや細部にこだわらずにはいられない「高度にシステム化するマインド」を持ち、システムがどのように機能し、どのように構築され、そしてどのようにすれば改良されるのかを解明せずにはいられないのだ。

⑤システム化メカニズムは、自閉症マインドでも、非常に高く調整されている。

⑥最新の科学によれば、システム化能力は一部遺伝性を持つ。つまり、自然淘汰の影響を受けた可能性が高いのだ。自閉症の人たち、STEM分野の人たち、その他のハイパー・システマイザー(高度にシステム化するマインドを持つ人)たちは、その遺伝子を共有している、というとんでもないつながりを持つことになる。

 

第2章ーシステム化メカニズム

・if-and-thenは、if(入力、仮定、先行)-and(操作)-then(出力、結論、結果)の意味がある。if-and-thenパターンをテストする(探し出す)方法には、「観察」「実験」「モデリング」の3つがある。

・if-and-thenは、オペラント条件づけ(直前-行動-直後(結果))に似ていると思ったが、こうした連合学習とは違うという。「直後(結果)」が報酬や罰の性質を示す場合には、ヒト科の祖先が単純な道具を生み出した経緯ー例えば、岩をハンマーのように使って、殻を割って木の実を取り出したりーについては連合学習で説明できるだろうという。これはif-and-thenのパターンではないそうだ。

・ヒトの脳の劇的な変化は、認知革命、すなわち世界を理解し発明する能力を可能にする変革を起こしたシステム化メカニズムの進化だけではなかった。「共感回路」は第二のヒトに見られる特異的な脳メカニズムである。共感回路が存在すると、ダイナミックな社会的文脈の中で、リアルタイムで即座に1秒ごとに他人の思考や感情について考えたり、自分自身の思考や感情について考えたりすることが可能になる。また、相手の心の状態(思考、感情、意図、欲求)を、法則によるのではなく柔軟に推し量ることにより、相手が次に何を行いそうなのかを即座に予測し、私たち自身の適切な感情で相手の思考や感情に対し、迅速に反応することが期待される。

・現代人の脳の共感回路は、少なくとも二つのネットワークで構成されている。一つは、認知的共感をサポートする回路で、他人や動物の思考や感情を推し量る能力として定義される。二つ目は、感情的共感をサポートする回路で、他人の思考や感情に対して適切な感情で反応しようとする衝動として定義されている。認知的共感は認識的な要素であり、感情的共感は反応的な要素である。認知的共感は、霊長類学者デビッド・プレマックが「心の理論」と呼ぶもので、ヒト以外の霊長類はおそらく他の動物にも心の理論の要素は存在し、他の動物の目標や願望くらいは認識することができるかもしれない。しかし、私たちヒトとは異なり、他の動物の「信念」を想像できる確たる証拠は存在しない。

 

第3章ー5つの脳のタイプ

・システム化能力と共感力から、次の5つの異なる脳のタイプに分けられる。①共感力とシステム化能力の両方が同程度のレベルの人たち「B型(バランスのとれたタイプ)」、②共感力が高く、システム化することが苦手な人たち「E型」、③システム化を重視する一方で、共感力は低い人たち「S型」、④共感力は超高感度である一方で、システム化能力は平均以下「エクストリームE型」、⑤システム化能力は超高感度である一方で、共感力は平均以下を示す「エクストリームS型」。これら5つの脳のタイプは、ニューロ・ダイバーシティ(神経多様性)の実例である。

・ハイパー・システマイザーは、同時に自閉症である場合が多い。この両者の形質は、子宮内テストステロン(男性ホルモン)濃度が高ければ高いほど、生後に発現する傾向にある。そして、エストロゲン(女性ホルモン)も上昇している。これは体内でテストステロンからエストロゲンに変換されるからだとしている。(しかしこのことは、テストステロンでもエストロゲンでもどちらでもいいので、性ホルモンが高いとハイパー・システマイザー化/自閉症化しやすくなるということではないのだろうか?)

・自閉症の発症は遺伝的に、95%がコモンバリアント(頻度の比較的高い遺伝子変異)に、5%未満がまれな遺伝子変異に影響を受ける。コモンバリアントの特別な組み合わせが生じたときに自閉症を発症するが、ハイパー・システム化とも共通の遺伝的背景を共有している。

 

第4章ー発明家のマインド

・多くの自閉症の人たちは認知的共感性の欠如に苦悩する。一方で、彼らは思いやりがあり、感情的共感性は正常である。この文脈からすれば、自閉症の人びとはサイコパスの鏡像かもしれない。サイコパスの認知的共感性は、人の所有物を搾取するには熟練の域に達しているが、その一方、感情的共感性は鈍っている。サイコパスは、自閉症の人とは違い、他人がどう感じるかを気にも留めないのである。

・(原注)心理学者のデイヴィッド・グリーンバーグは、システマイザーと共感者で音楽の嗜好の違いがあるのかどうかを検証した。彼は、システマイザーは、より「強烈な」音楽(パンク、ヘビーメタル、ハードロックのジャンル)、覚醒をもたらす音楽(強く、緊張感漂い、スリリングな特性を持つもの)、正の感情的価値(アニメーション)、思慮深さ(複雑性)を好む一方で、共感者は、より「メロー」な音楽(R&B/ソウル、ソフトロック、アダルトコンテンポラリーのジャンル)、覚醒させるものではなく(穏やかで、温かく、感覚的な特徴を持つ)、負の感情的価値(憂鬱で悲しい)、感情的(詩的、リラックス、熟慮的)に嗜好性を示す。つまり、システム化と共感は、私たちが世界のあらゆる側面を見聞きする方法として、浸透している。(この見解は、音楽好きの私としては非常に興味深い)

 

第5章ーヒトの脳に起きた革命

・発明とは、新規の道具を1度だけでなく2度以上ひらめき作成すること、と定義するならば、どのヒト科の祖先も発明しなかった。著者はこの厳密な定義ー生成的発明と呼ぶーを採用する。なぜなら、動物が手にした新規の道具は、偶然(例えばナッツをたたき割る)と「連合学習」の結果の産物で、報酬(例えばナッツのおいしい中身を手に入れる)につながるので、一連の行動を繰り返すようになる可能性があるからだ。連合学習は一定の知能を必要とし動物界に広がっているが、生成的な発明とは同じでないと著者は考える。

・システム化メカニズムの進化に遺伝子の変化はどう寄与したのか?いくつかの重要な遺伝子変化が、システム化メカニズムの進化をもたらしたのかもしれないが、それよりも何百ものコモンバリアント(何千とはいはない)が進化を促した可能性の方がはるかに高いだろう。多遺伝子形質(多くの遺伝子が関与し、それぞれが小さな影響を持つ形質)は、典型的には急激な進化をもたらすものではなく、徐々に進化を起こすものである。

・発明の中には、音楽と楽器がある。4万年前の骨製フルートが見つかっている。これには、ペンタトニック・スケールを奏でられる5つの穴が、一定の規則で並んでいた。ペンタトニック・スケールは、1オクターブが5つの音からなるスケールだ。多くの古代文明で発達し、1600世代を経た今でも、多くの人びとが楽しんでいるブルースやジャズなど、多くの音楽ジャンルの基礎となっている音階だ。

 

第6章ーシステム・ブラインドネス―なぜサルはスケートボードをしないのか(内容略)

第7章ー巨人の戦い―言語vs.システム化メカニズム(内容略)

 

第8章ーシリコンバレーの遺伝子を探る

・「似た者同士が惹かれ合うこと」を、生物学者は「アソータティブ・メイティング(同類交配)」と呼んでいる。アソータティブ・メイティングは自然界に広く存在する。例えば、背の高い人は背の高い人に、外向的な人は外向的な人に、さらには、アルコール依存症の人はアルコール依存症の人に惹かれ、結婚する傾向がある。自閉症の子どもがいる家庭の両親の職業調査では、ハイパー・システマイザー同士が結婚する傾向があることが判明した。これは、自閉症の「アソータティブ・メイティング」理論に合致し、ハイパー・システマイザーの夫婦の子どもや孫は自閉症率が高まると予想される。このことは、遺伝子レベルでも確認された。

 

第9章ー未来の発明家を育てる

・わたしたちは、自閉症の人への支援を整備した雇用枠を拡大すべきだ。それは、社会に利益をもたらすだけではなく、雇用が自閉症者の精神衛生状態を大きく改善させるからだ。人間としての尊厳と社会の一員としての安心感を与える「雇用」は、どんな医学的治療よりも、はるかに効果的な介入となる可能性があるのだ。

 

付録1ーSRとEQでわかるあなたの脳タイプ

・システム化指数、共感指数、Dスコア(第3章の5つの脳タイプ)を自己評価できる簡易テスト。しかし、Dスコアを算出するグラフは縦軸と横軸が逆(作成ミス?)になっているように思われる。

付録2ーAQでわかる自閉特徴の値

・自閉スペクトラム指数を自己評価できる簡易テスト。


僕の読書ノート「自閉症スペクトラムの精神病理 星をつぐ人たちのために(内海健)」

2020-03-20 21:34:30 | 書評(自閉スペクトラム)

自閉症スペクトラム(ASD)の人の心の構造はどのようになっているのか、これまでの自閉症研究者たちの説やASD当事者たちの自白・体験談などを参照しながら、著者独自の見解をまじえ、やや哲学的に論じた本である。ASD者を対象とすることのある医師向けの本ではあるが、ASDの当事者が読んでも自己理解のためにそうとう得るものがあると思われた。ここで出てくる最も重要なキーワードは「志向性」である。一言で言えば、ASD者の最大の特徴は、他者からの「志向性」をうまく受け止められないことにより、自己の形成が十分でないこと。そして、エンパシー(志向的な共感)が発達していなくて、シンパシー(本能的な共感)で反応する。言語は身体で覚えるのではなく、頭で覚えたスキルとして使っている。そうなると、ASD者の心の構造は定型発達者とはずいぶんと異なっているということになる。本のタイトルにある「星をつぐひと」とは、あたかも異星人であるがごとく苦労を重ねてこの星に棲む者という意味である。

ASDの特徴として、「コミュニケーション能力や社会性の低さ、こだわりの強さ」などが一般的によく言われているところであるが、そこからさらに深いところに入っていって論じている本書のポイントを記したい。

・ASDを理解する説明である「心の理論」障害仮説はまちがっているというところから、議論がはじまる。「心の理論」は推論によって解ける「サリーーアン問題」というテストでよく知られている。幼児がこの問題を解けなければ、ASDの可能性が疑われるのだが、人間はそんなやり方で他者を理解するのではない。「心の理論」においては、他者のこころは推論するものとしているが、著者の考えでは、それは直感されるものであるという。ASD者は、他者の心があることを事後的に推論し、心を読むためにはもっぱら推論するのだという。

・「志向性」という概念は、中世に起源をもつが、19世紀にフランツ・ブレンターノによって改めて用いられ、その後、フッサールやヴィトゲンシュタインらに受け継がれて現代思想における現象学や言語学領域のキーワードの一つになっている。人が考えるときには、何かを考え、喜ぶときには、何かを喜ぶ、心的現象はつねに「何か」を対象として持つ。「志向性」とは、対象にかかわり、対象に向かうことであり、「こころ」にはあって「もの」にはない。われわれが他者を直感するのではなく、他者のもつ異質性strangenessのほうが、われわれに飛び込んでくる。その異質性の源泉が、まさに他者のもつ「志向性」であり、志向性は人間のこころに固有のものである。

・自己は他者からやってくる志向性により触発されて生成する。他者のしるした痕跡〈Φ〉が、自己の最も奥底に存在する。この自己の起源を自己自身は知らないし、自己の経験を越えたものである。ASDではこのΦが未形成にとどまる。

・ASDには想像力の障害がある。それは、経験が目の前にあるもので飽和してしまい、余白がないことによる。体験に余白がなければ、想像力も立ち上がらない。母に怒られた子どもは母の怒りで飽和してしまう。目の前の母と普段の母がつながらない。想像力の障害のため、ASD者は他者が知らなかったり間違えたりすることがあるのを理解できないことがある。

・「定型」の心の発達においては、こちらには「私」がいて、向う側には「対象」がある。対象と私とは別の系であるが、つじつまが合うようになっている。一方、ASDでは「私」と「対象」が連続している。こうした地続きの世界では、目の前のことがすべてであり、一つのピースが欠けたり、配置が変わることは、カタストロフを引き起こす。世界全体へと波及するカタストロフへの恐怖があるため、同じものの与える安心感や反復のリズムに固着してしまうことになる。

・本能的、地続き的、「こころ」を経ないで成立する共感をシンパシー、「心の理論」を介する志向的な共感をエンパシーと呼ぶ。定型発達では、ひとみしり以降、エンパシーがシンパシーに取って代わり、シンパシーは傍流に押しやられる。一方、少なくとも一部のASDでは、長じてもシンパシー能力が保たれる。ASD者は、他者の抱える不安や痛みは、直接感じとることができたりする。一方、「こころ」を前提とした感情である、悪意、善意、親切、嫉妬、やっかみ、ふてくされ、不機嫌、当てつけ、皮肉、媚びつらいなどは、さっぱりわからなくなる。ASD者は、直感、本能的にわかるべきことを、推論、知性で代償しなければならない。そもそも、定型者も、そこにある暗黙のルールが何であるか知っているわけではなく、知っているかのようにふるまっているのだ。

・ASDには、「被影響性」、つまり染まりやすさの問題がある。相手の言葉を真に受けてしまう。その要因の一つに、デカップリングする能力の問題がある。相手の言うことは矛盾に満ちているが、それを話半分に聞き流すことで相手からの影響を和らげることができるようになるのが、デカップリングである。ASDでは、それがうまくできない。一般にASD者は、自分自身についてのよい語り手であるより、よい書き手である。語るよりも書いているときの方が、自分との距離ができるからだろう。

・他者の志向性(みつめる、呼びかける、触れる)によって触発されたしるし(痕跡)がΦであるが、自己はこのΦを中心にして構造化される。そして、Φには認知行動特性にかかわる二つの機能がある。一つは、事象を経験として束ねる機能である。もう一つは、文脈からデカップリングする機能、つまり、いまここの状況から離脱して俯瞰してみる機能である。ASDにとっての世界は、相対化できずに現前にはりついている。いま目の前にあることだけで、経験が飽和してしまう。

・ASDでは言語が身体に沁み込んでいない。むしろ道具のように、無骨に使われている。ASDの世界は、母語によってフォーマット化されておらず、言語はアプリのようにインストールされる。彼らはあたかも外国語のように母語を学んでいく。日常的なコミュニケーションの局面では、ASDの言葉は不自然であり、拙劣である。ことばのやりとりの中で、自分のことばを、そして他人のことばを確認できないために、ASD者は会話の中で、いつも遅れてしまう。遅れを取らないためには、あらかじめいうことを準備してこなければならない。ただ、それは一方的なものであり、本人にしてもただ言っただけになる。だが、情報の伝達というところから離れてみると、彼らは、定型者には失われた感性的なことばのきらめきを示すことがある。たとえばそれは韻律であり、歌であり、そして詩である。そこでは伝達は問題となっていない。これもシンパシーの回路である。

・乳児の無垢なほほえみを見れば、身体の内側から自然に笑みが溢れてくる。泣き声を聞けば、放ってはおけない。ここまでは、直感的、感覚的レベルでのキャッチである。おそらく動物は、このシンパシーの水準だけで十分に機能できる。しかし人間において、乳児の泣き声を聞いた母は、「おなかがすいたのかしら?」「おむつがぬれたのだろうか?」などと、ことばの水準で対応する。乳児は母とのシンパシーの回路の中にあると同時に、母の中ではエンパシーが作動している。

・日常において、知覚は感覚を統御している。その逆はない。感覚における変化や差異や強度の波立ちは、言語的に束ねられている。おそらく、ASDにおいてしばしばみられる感覚過敏は、感覚における沸き立つざわめきを、言語をとおして知覚化することの困難にある。

・ASD者は孤独に強いようにみえるが、かならずしもそうとはかぎらない。いったん自分が孤立していたことを意識すると、しばしば孤独感にさいなまれることになる。それゆえASD者の多くは、人とのかかわりを希求している。だが、どう関係を結んでよいか見当もつかない。不器用に相手の感情や意図を読まなければならぬはめになる。ASDは、他者というものの存在に気づくことによって、自己にめざめる。他者は、最終的には自分と同等の等身大の存在に落ち着くのだが、それまでに様々な様相を呈する。もっともポピュラーな現れ方は、対人緊張、社交不安障害(SAD)である。自他未分という世界に生きていた彼らは、新たにできた自分を隠す場所をもたないのだ。ASDにおいて頻度の高い二次障害は、抑うつと並んでSADであるという。

・ASDと、統合失調症や境界性パーソナリティ障害との鑑別診断はむずかしくはない。統合失調症とASDとでは、自閉という用語が共通しているが、対極にあるといえる。統合失調症は定型発達のベースの上に起こる病である。ASDは発達の異形であり、大きな切断なく経過する。境界性パーソナリティ障害の多くは誤診である。本来の境界性パーソナリティ障害は、独特の不安定性や相手への操作性などによって特徴づけられる。

・最後に、ASD者に対する臨床的な対応が述べられている。ASDは発達の一つのバリアントであり、それ自体疾病ではないというスタンスが述べられる。固有の世界を持っていることを、まずは率直に肯定することからすべてが始まるとしている。「治療」や「支援」の目標は、定型への矯正ではない。突き当たった壁を迂回したり、袋小路から引き返したりしながら、彼らのもっている資質が、それを束縛しているものから解放され、開花してゆくことである。他者のことばに当意即妙に応じることは、ASD者にとってはすぐには克服が難しい課題である。当座は無理をせず、遠慮せずに聞き返したり反芻したりしながら、ゆっくりでも自分のペースで考えたほうがよい。ASD者は、他者のことばだけでなく、自分の思考に対しても距離が取れない傾向がある。ASD者は、スピーチは不得意だが、書くことに長けていることがある。書くことが、距離を作るのに役立つ。ASD者の多くは人に関心をもっているが、向かない対人業務で不適応を起こす場合は無理にしない。

 

私自身の感想を述べたい。本書はこうして、経験的、思索的に、ASDの心の構造を明らかにしてみせた。そして、もし私がASD者だとすると、自分の実感に近いことが書かれていたと思う。しかし、ここに書かれている論考の多くは哲学の領域であり、科学的に見たらまだ仮説の段階なのだろう。志向性、Φ、シンパシー、エンパシーなどを含めたこれらの仮説を、心理学や脳科学の科学的方法論によってどこまで実証されるのか興味が持たれる。


僕の読書ノート「天才と発達障害(岩波明)」

2019-10-05 08:50:41 | 書評(自閉スペクトラム)


同じ著者の「うつと発達障害」を読んだ流れで、本書も読んでみた。
真の天才とは優等生ではなく、不穏分子である。彼らの才能は、周囲になかなか理解されない。むしろ、一般の人からは、扱いにくい異物として目をそむけられやすい。じつはこのような天才たちの能力が、何らかの発達障害や精神疾患と結ぶついていることは珍しくない。「天才とは狂気そのもの」とする学説もある。本書は、そうした天才や傑出した異能を持つ人々を集めて、発達障害や精神疾患の視点から論じている。最後に、そうした異能の人たちを生きにくくさせている日本の社会について問題提起している。

それぞれの障害や疾患のカテゴリーに当てはまると考えられる下記の人たちを論じている。

[ADHD(注意欠如多動性障害)]
うつの原因とも考えられているマインド・ワンダリングが、とくにADHDにおける創造性に関係しているとしている。
例:
野口英世
南方熊楠
伊藤野枝
モーツァルト
黒柳徹子
さくらももこ
水木しげる

[ASD(自閉症スペクトラム障害)]
ASDの特性を持つ人は、思考や問題解決の方策において常人とは異なる側面があり、そうした独特な視点によって科学的、文化的に重要な課題の解決をもたらすこともあるとしている。
例:
山下清
フランコ・マニャーニ
大村益次郎
島倉伊之助
チャールズ・ダーウィン
(毎日決まったリズムで生活し、それが狂うと体調が悪化し頭痛や嘔吐などのさまざまな症状が起きた。1日4時間以上は仕事ができなかった。散歩に長い時間をとった。)
アルベルト・アインシュタイン
(生涯を通じて孤独や孤立を好み、「わたしは、どんな国にも、友人たちの集団にも、家族にさえも、心から帰属したことはありません。これらと結びつくことに、常に漠然とした違和感を感じていて、自分自身の中に引きこもりたいという思いが、年とともに募っていきました」と語った。)
ルートヴィッヒ・ヴィトゲンシュタイン
エリック・サティ
コナン・ドイル
江戸川乱歩

[うつ病]
創造的な才能は、うつ病や躁うつ病との関連が大きいことが以前から指摘されてきた。
例:
ケイト・スペード
ウィンストン・チャーチル(ADHDの特性も)
アーネスト・ヘミングウェイ
テネシー・ウィリアムズ
ヴィヴィアン・リー
夏目漱石
芥川龍之介
中島らも

[統合失調症]
統合失調症が芸術や科学における創造性と関連するのであれば、それは発症の直前の潜伏期か、発症間もない時期に限定されるだろうとしている。過去の文献では、ASDが統合失調症と見なされてきた可能性が大きく、統合失調症と創造性の関連は、実際は限局的かもしれない。
例:
ジョン・フォーブス・ナッシュ(ASDの可能性あり)
石田昇
島田清次郎
中原中也

[誰が才能を殺すのか?]
・同質性を求める傾向の大きい日本社会は、平均から外れた個人に対して不寛容となることが多い。これは傑出した才能には、必ずしも生きやすい環境とはいえない。安定した対人関係が持てない子供や、突飛な行動を繰り返す子供は、「変わった子」とレッテルを貼られ、教師からも周囲からも排除の対象になりやすい。このため発達障害の特性を持つ子供は、優秀な能力を持っていても、いじめの被害者となりやすく不登校の比率が高い。その結果として彼らは自己肯定感が低くなり、さらにその後の不適応につながりやすい。
・国連児童基金(ユニセフ)は、2007年に先進国に住む子供たちの「幸福度」に関する調査報告を発表した。それによると、「孤独を感じる」と答えた日本の15歳の割合は29.8%と、対象国の中で第1位で、ずば抜けて高かった。「自分がぎこちなく場にそぐわない」と答えた子供も、日本が18.1%で最も高率だった。さらに「単純労働を希望している」15歳の比率は、50.3%と最も高率であった。この結果は、日本の子供たちは自分の能力に自信がなく、職業に希望が持てない状態であることを示している。
・傑出した能力を持つ子供の才能を開花させ、成人後も孤立させないようにするために、国家プロジェクトとして能力開発を重点政策としているのが、イスラエルである。例えば、物理学やプログラミング言語を教える幼稚園がある。その後の義務教育においても、ソフトウェア開発やサイバーセキュリティの教育が行われている。子供のときのIQ試験で優秀さが認められると「高IQコース」に選抜され、一般の生徒とは違う、進度の速いレベルの高い教育が受けられる。才能のある生徒に対する「特別支援」が行われることと、「徹底的にほめること」がイスラエルの教育の特徴だという。同様の支援は、米国でも行われている。
・現在、日本には特別支援学級という制度があり、知的障害、発達障害の子供が対象となっている。著者は、今後さまざまな子供に対応できる個別指導態勢の確立の必要性を提言している。高い能力を持つ子供には能力のアンバランスがあることが多く、その能力を開花させるには、適切な大人による保護と訓練が必要だからだとしている。私もその通りだと思う。

本書では多くの天才、異能の人たちが紹介されており、それなりに興味深かったが、一つ注文を付けるとすれば、取り上げる人数を1/3程度に減らしたほうが、それぞれの人の病理・人生・インパクトのより深い理解につながってよかったんじゃないかと思った。

僕の読書ノート「うつと発達障害(岩波明)」

2019-09-21 10:06:57 | 書評(自閉スペクトラム)


結婚して妻からあなたは普通じゃない、変わっている、だから私はつらい、と言われた。それから、自分は何者なのか?の探求が始まった。子供のころから生きにくいとは感じてきた。でも自分が普通じゃないという自覚はなかった。むしろ、いつもハッピーそうに見える他人のほうがおかしいんじゃないかと思っていた。
直感的に関係しそうな本を探してきて読むことで、自分は何者かの探索を始めた。「内向型人間の時代」(スーザン・ケイン)を読んで、自分はまさにこれだと思ったが、内向型というのはかなり大雑把な分類だ。次に、「いやな気分よさようなら」(デビッド・D・バーンズ)の「ベックうつ病調査票」でうつ病の自己診断をしたら、正常範囲だった。そして、「過敏で傷つきやすい人たち」(岡田尊司)の「過敏性チェックリスト」でテストしたら、過敏な傾向が中等度で、生活障害指数が中等度の支障という判定結果だった。これにより、自分は生活に障害を示すレベルの過敏な傾向があるということがわかった。さらに、発達障害や愛着障害が過敏性の原因になりうると書かれていた。発達障害の中でも、注意欠如・多動症(ADHD)より、自閉スペクトル症(ASD)のほうが過敏性と関係が深いらしい。自分は、もしかしたらASDかもしれないという気がしてきた。

そして、本書を見つけた。著者の岩波明氏は、医学部の精神医学講座主任教授だから、おそらく現在の精神医学の本流に沿った解説を書いてくれているだろうと考えた。この分野は、私流の論客が多いので、本流が知りたかったのである。そして、本書の特徴はなんといっても、ADHD(成人期のADHDの自己記入式症状チェックリスト(ASRS-v1.1))、ASD(成人期のASDの自己記入式症状チェックリスト(RAADS-14日本語版))、うつ(簡易抑うつ症状尺度(QIDS-J))のセルフチェックができることだ。このリストはあくまで目安で、正式な診断には必ず医療機関を受診するようにとされているが、これらのチェック表は医療でも使われている診断表であり、おおよその傾向が把握できることは間違いないだろう。このセルフチェックによって、私はやはりASDの可能性が大きいことが判明した。そして、ADHDではないこと、軽度のうつ病の可能性のあることも示された。以前やった「ベックうつ病調査票」では、うつに関して正常範囲であったが、テストの種類によって多少結果がずれることもあるのだろう。

さて、その他に本書で目に止まったポイントを下記に記す。

[発達障害]
・近年、大人の発達障害が注目されるようになってきた。まだ誤解も多いが、発達障害は、大人になったからといって、症状がなくなるわけではない。本人がうまく対応して目立たないだけである。
・発達障害における社会的な障害によって、学校や職場におけるいじめ、生活上の失敗、そこから生じるストレス、ネガティブな思考などが生じやすくなる。これらを原因として、うつ病をはじめとして、社会不安障害(対人恐怖)、パニック障害、躁うつ病など、さまざまな精神疾患が発症する。これらが二次障害である。
・発達障害の専門外来にやってくる人の95%以上は知的に正常か、それ以上の知能の持ち主であり、学歴もほとんどが大卒である。発達障害の中で、天才的といってもいいほどの特別な才能を持っている人の例もあり、サヴァン症候群と呼んでいる。そうした例はとくべつ多いわけではなく、発達障害の人の5%以下だと考えられている。
・発達障害の症状は「スペクトラム」であり、さまざまなグラデーションがみられる。そのため、発達障害という確定的な診断には至っていなくても、発達障害的な特性の「グレーゾーン」であり、日常生活にはさまざまな問題を抱えているケースはよくみられる。

[ADHD(注意欠如多動性障害)]
・ADHDでは、「マインドワンダリング(精神の徘徊)」が特徴としてみられる。これは、注意力が散漫であるということとともに、目の前の課題から離れて自由に想像力を広げることができる、創造性(クリエイティビティ)に結ぶつくという面もある。

[ASD(自閉症スペクトラム障害)]
・ASDは、かつて広汎性発達障害と呼ばれた疾患の総称で、自閉症やアスペルガー症候群が、このカテゴリに含まれる。スペクトラムとは、「連続体」という意味で、ごく軽症の人から重症の人まで、さまざまなレベルの状態の人が分布している。また、ASDは親の養育・愛情不足が原因という考えは、俗説に過ぎず、現在は完全に否定されている。
・遺伝的な要因が大きいことはわかっているが、まだ決定的な原因は解明されていない。フラジャイル(脆弱)X症候群、結節性硬化症、レット症候群、アンジェルマン症候群といった特定の遺伝性疾患を持つ人に、ASDの合併率が高いことが知られている。また、妊娠中の子宮出血、母親の糖尿病、周産期の低酸素状態なども子供のASDの危険因子と考えられている。
・ASDの精神療法には触れられていない。薬物療法については、ADHDに対しては認可された薬物があるが、ASDに対しては現在のところ認可された治療薬は、日本、海外含めて存在していない。オキシトシンが検討されたがはっきりした結果は得られていない。海外では、別の治療薬の臨床試験が進められている。

[うつ]
・「うつ状態」と「うつ病」は完全に一致するわけではない。うつ病ではないが、うつ状態がみられるものの一つに「気分変調症」がある。この疾患は、軽症のうつ状態が慢性的に、長期間持続するが、重症のうつ状態になることはない。
・「新型うつ病」という言葉が、近年マスコミで取り上げられるようになった。例えば、うつ病で休職中なのに、自分の趣味の活動には積極的な人などを呼ぶ。しかし、この言葉はもともと精神科医の香山リカ氏の著作から広まったもので、実際にはうつ病ではなく、医学的にも「新型うつ」という言葉はないという。こういういかにもありそうだが実体のない偽の病名が流布することがあり、「アダルトチルドレン」もその一つだ。(HSP(ハイリー・センシティブ・パーソン)もそうだろう)
・うつ病の人には、落ち込んだ気分を和らげるためにお酒を飲む人が多いが、逆にアルコールの作用として、うつ状態を誘発したり、悪化させたりすることがある。「お酒を飲んでストレス発散」は避けるべきである。
・うつ病の予防や治療に、運動が効果的であることは、さまざまなデータで示されている。ウォーキングなど適度な運動がすすめられる。しかし、うつ病の予防や治療において大切なのは、なによりも休養なので、運動のやり過ぎで逆にストレスにならないよう、注意が必要である。
・うつ病の治療法として、認知行動療法があり、保険適用されており、推奨する医師も多い。しかし、多くのマンパワーと時間を要する治療法であり、まだ十分に普及していないのが現状だ。
・きちんと精神科の治療を継続し十分な薬物療法を受けていても、長期間にわたり引きこもりに近い状態を続け、職場復帰を果たせず慢性化するうつ病患者が、かなりの数存在する。こうした慢性うつ病に対する治療方法は、確定したものはなく、現時点では手探りの状態が続いている。

[パニック障害]
・パニック障害の症状は、身体的な異常がないにもかかわらず、突然の動悸、呼吸困難、発汗、ふるえ、めまいなどのパニック発作を繰り返す、というものだ。出現頻度の高い一般的な疾患であり、患者数は人口の2~3%程度、また10人に1人の割合で一生に一度はパニック発作を起こすという。発達障害の人がパニック障害を起こす比率は非常に高く、発達障害のない人の倍だといわれている。また、うつ病とパニック障害を併発している例も非常に多く、パニック障害がうつ病の前駆症状として表れることもある。
・完全に症状が消える症例は、全体の3分の1から半分程度の割合で、1~2割は抗うつ薬、抗不安薬を服用して症状をコントロールしながら暮らしていくことになる。

最後に、発達障害は、「疾患」「障害」といった側面を持つ一方で、個性というべきケースも少なくない。また、発達障害の特性をうまく利用して、社会の中で成功している人もいる。従って、治療、日々の生活において、自らの特性を知り受け入れることが重要だとしている。