wakabyの物見遊山

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(哺乳類進化研究アップデートはしばらくお休み中)

僕の読書ノート「高校数学の基礎が150分でわかる本(米田優峻)」

2024-03-02 07:53:59 | 書評(生物医学、サイエンス)

 

中学や高校の科目の学び直し系の本がたくさん出ている。私にとって40年以上前に勉強した高校数学は、不完全燃焼感というか敗北感のような感覚がいまだに強く残っていて、ずっとやり直ししてみたいと思っていた。高校数学のやり直しができる本をいろいろ探す中で、本書は最初のとっかかりとしてすぐれているように思えたので、購入してやってみた。全210ページある本書は、タイトルのように150分ではさすがに終わらなかったが、10時間以上かけてじっくり読み、問題を解くことで、よく理解できた。公式などはしばらくするとすぐ忘れてしまうのではあるが、とにかくやり直したという感覚が得られた。本当は、1回読んでから1か月後くらいに30分でいいから復習するのを繰り返していると身に着くのだろうな。

高校数学の基礎が、カラーで見やすく、平易でわかりやすい説明がされている。難しくなる手前で止められていて、途中で挫折しないための上手な構成になっている。数学の分野は、一次・二次・指数・対数関数、確率統計、微分、積分、2進法、数列、三角関数等である。ベクトルや行列は入っていない。実は、本書のプロトタイプのような資料「150分で学ぶ高校数学の基礎」のPDFが、著者の米田優峻氏によってネット上で公開されているので、検索すればすぐ見つかる。こちらは259ページあり、本書の要点をより凝縮したような内容になっている。私は、そちらのPDFを一度読んでから、本書に取り組んだ。そのような読み方もおすすめである。


僕の読書ノート「がん-4000年の歴史ー下(シッダールタ・ムカジー)」

2023-11-11 07:38:56 | 書評(生物医学、サイエンス)

 

「がん-4000年の歴史」の下巻では、臨床試験の解析方法がより的確・合理的になり、がんの予防や早期診断が重要視されるようになり、がんについての生物学が進展しそれに伴う新しい治療法が開発されつつあることなど、ここ60年くらいの歴史について述べられている。

私なりに注目したところを下記に記録しておきたい。

・1940年代初め、遺伝学者エドモンド・フォードは進化を直接証明するために、「前向き研究」を考案して、10年近くにわたって蛾の個体群の毛の色のわずかな変化(つまり遺伝子の変化)や個体群の構成の大幅な変化、さらに蛾を捕食する鳥による自然淘汰の痕跡を、記録することに成功した。この研究に深い興味を抱いた、オースティン・ブラッドフォード・ヒルとリチャード・ドールは、1951年、ヒトの集団(コホート)を対象に同じような研究を行うことを思いついた。1954年までの29か月間に、肺がんによる死亡は喫煙と関連していることが明白な結果が出た。36人の肺がんによる死亡者のうち全員が喫煙者だったのだ。

・喫煙と肺がんの関連についての証拠をまとめるための諮問委員会が立ち上げられた。委員会のメンバーの一人、統計学者のウィリアム・コクランは、臨床試験を分析するための新たな数学的方法を考案した。どれか一つの臨床試験だけに注目するのではなく、すべての臨床試験の結果を統合し、得られた数値から相対的リスクを導き出すという方法だ。メタアナリシスと呼ばれるこの解析法は疫学の将来に多大な影響を与えることになる。

・1960年代末、細菌学者ブルース・エイムズは、発がん物質の検査法を発見した。サルモネラ菌が持つ、糖の一種であるガラクトースの「消化」をつかさどる遺伝子は、糖の供給源としてガラクトースしかない培養皿のなかで細菌が生育するために不可欠の遺伝子だ。ガラクトースを消化できないサルモネラの一種を寒天培地に撒いても増殖しないが、ガラクトースを消化できるような遺伝子変異を獲得すれば、サルモネラは増殖できるようになる。このとき、1個の細菌が培地上にコロニーを形成するので、そのコロニー数を数えれば、そこに添加した物質の持つ突然変異誘発性を定量化できる。この方法を用いることで、変異原性物質を探し出すことができるようになった。変異原性物質は同時に発がん物質である場合が多かった。

・疫学者は、予防を二つの観点からとらえる。原因を攻撃することによって病気を予防する一次予防(肺がんを予防するための禁煙や、肝炎を予防するためのB型肝炎ワクチンなど)と、スクリーニング検査による二次予防だ。二次予防は、症状出現前の初期病変をスクリーニング検査で発見することによって病気を予防するものだ。子宮頸がんを早期発見するパップスメアや、乳がんを早期発見するマンモグラフィーが二次予防にあたる。

・「芸術は長く、人生は短し」と、ヒポクラテスは言った。これは「医術の習得は長い時間を要す」という意味である。(後に「人の一生は短いが、芸術作品は作者の死後も後世に残る」という意味でも使われ、坂本龍一氏が好んだ言葉だ)

・1976年、がん生物学の世界を根本から再編成しなおし、遺伝子をその中心に押し戻した。ハロルド・ヴァーマスとマイケル・ビショップの原がん遺伝子説は、発がんのメカニズムについての初めての説得力ある包括的な理論となった。その理論は、放射線や煤やたばこの煙といったなんの共通点もないように思われる多様な原因がなぜ一様にがんを誘発するのかを説明していたー細胞内の原がん遺伝子を変異させ、活性化させることによって誘発する、と。二人は1989年に、レトロウイルスのがん遺伝子が正常細胞に由来することを発見した功績で、ノーベル賞を受賞した。

・がんは、たった1個の遺伝子の変異で引き起こされるわけではない。乳がんや大腸がんでは、50~80もの変異が存在し、すい臓がんでは50~60もの変異が存在する。比較的若い世代のがんであるために変異の蓄積が少ないと予想された脳腫瘍ですら、40~50もの変異を有している。一方、ゲノム変異が比較的少ないがんもわずかに存在する。その一つ、急性リンパ性白血病では、わずか5~10個の変異が存在しているにすぎない。しかし全ての変異ががんに影響しているわけではなく、無害な「パッセンジャー(乗客)」変異と、がん細胞の増殖と生物学的挙動を惹起する「ドライバー」変異がある。例えば、127個の遺伝子変異を持つ乳がん患者の標本では、ドライバー変異は10個しかなく、残りの変異はパッセンジャー変異であった。

・フォーゲルシュタインのチームは、がんゲノムの変異を別の戦略を用いて再分析した。個々の変異遺伝子に注目するのではなく、がん細胞内の変異した経路(シグナル経路)の数を数えたのだ。Ras - Mek - Erk経路の構成要素の遺伝子に変異が見られるたびに、それは「Ras経路変異」と分類された。同様に、Rbシグナル経路の構成要素に変異のある細部は「Rb経路変異」と分類され、すべてのドライバー変異が経路ごとに分類された。1個のがん細胞には異常なシグナル経路が11~15個、平均して13個存在すると判明している。ある膀胱がんの標本ではRasが活性化しており、別の膀胱がんではMekが、さらに別の膀胱がんではErkが活性化しているが、結局のところどれも、Ras経路変異だということになる。

・われわれが50年後にがんとの闘いで使っている道具はがらりと変わっているはずであり、がんの予防と治療の地形も大きく様変わりしているはずだ。未来の医者は、ヒトという種にとってもっとも本質的かつ高圧的な病気を殺すのにわれわれが用いてきた原始的な毒のカクテルをきっと嘲笑うことだろう。しかしこの闘いの多くは今と変わっていないはずだ。執拗な努力も、創意も、立ち直りも、敗北主義と希望とのあいだで揺れ動く不安な心も、普遍的な解決策を求める強い衝動も、敗北がもたらす失望も、傲慢とうぬぼれも。

《仲野徹氏による解説》

・国際がんゲノムコンソーシアムなどにより、大腸、肺、肝臓、乳腺、胃など、多くの臓器のがんゲノムが解析され、いろいろなことがわかってきた。我が国では、その一環として、肝臓がん300症例の全ゲノム解析がおこなわれ、遺伝子異常のパターンから、肝臓がんを6つの種類に分類できること、そして、それぞれの死亡率が大きく異なることなどが明らかにされた。

・がんの原因となる突然変異によってもたらされる異常を狙い撃ちにする分子標的治療薬の開発が進み、すでに、約30種類の遺伝子異常に対して、50~60種類ほどの分子標的治療薬が使用可能になっている。ゲノム解析により、がんをがんたらしめている「ドライバー変異」をあぶりだし、次いで、そこに照準を定めた分子標的治療薬を選んで使用する、という時代がやってきつつあるのだ。


僕の読書ノート「大腸癌治療ガイドライン 医師用 2022年度版(大腸癌研究会編)」

2023-10-14 07:52:15 | 書評(生物医学、サイエンス)

 

大腸癌治療ガイドラインは、患者用とこの医師用が出ている。自ら患者である人の中で、知識を得たいと思う人はまず患者用を読むわけだが、もっと詳しく知りたいと思った人は、こちらの医師用を読んでもいいのではないだろうか。私は、医師ではないが、医療についてある程度は知識があって、大腸癌患者の当事者という立場である。そうした立場から、患者用を読んだ後、この医師用のガイドラインを読んでみたので感想を述べたい。

本書は専門家向けだけあって難しいが、内容的にはいちおう読めるレベルである。素人にはわからない略号がよく出てくるが、本書内には説明がないので、おそらく関連書の「大腸癌取扱い規約 第9版」などを参照しないと意味がわからないのであろう。一方で、患者用の本には書かれていない、様々な詳しい治療法が記載されている。CQ(クリニカル・クエスチョン)の項では、それぞれの病態におけるそれぞれの治療法について、エビデンスレベルと推奨度が書かれているので、その治療法がどのくらい科学的に証明されていて、「大腸癌研究会」においてどのくらい推奨されているのかがわかる。逆に、そのような記載がない治療法は、十分なエビデンスが得られていないのか、否定的なエビデンスが出ているのであろうと想像できる。ただおそらく、素人であるわれわれ患者にとっては、自分が知りたいところを中心に読むことで情報が得られれば十分だろう。全部読んだところであまり頭には入ってこないと思う。

例えば、私が個人的に知りたかったところについては、次のような記載があった。

・本ガイドラインは、文献検索で得られたエビデンスを尊重するとともに、日本の医療保険制度や診療現場の実状にも配慮した大腸癌研究会のコンセンサスに基づいて作成されており、診療現場において大腸癌治療を実践する際のツールとして利用することができる。ただし、本ガイドラインは、大腸癌に対する治療方針を立てる際の目安を示すものであり、記載されている以外の治療方針や治療法を規制するものではない。

・CQに対する推奨文には、下記の作業によって決定したエビデンスのレベル、推奨の強さが付記されている。エビデンスのレベルは、CQに関する論文を網羅的に収集し、CQが含む重大なアウトカム(効果、評価指標)に関して個々の論文が提示するエビデンスを研究デザインでグループ分けし(システマティックレビュー群、メタ解析群、無作為化比較試験群、観察研究群、・・・・)、GRADEシステムを参考にして文献レベル・エビデンス総体を評価し、最終的にCQのエビデンスのレベル(A(高)、B(中)、C(低)、D(非常に低))を決定した。上記の作業によって得られたアウトカムとエビデンスのレベルをもとに推奨文案を作成し、ガイドライン作成委員によるコンセンサス会議において推奨文案を評価し、推奨の強さを決定した(1(強い推奨)、2(弱い推奨))

・補助放射線療法の術後照射についてー術後照射は術後6~8週までに開始することが望ましい。術後照射により局所再発は低下するが、生存率の改善をもたらさない。補助放射線療法または化学放射線療法による腸管障害の症状として、頻便、便意切迫、排便困難感、便失禁、肛門の感覚異常などがある。

・サーベイランス(監視のための検査)についてー欧米で行われたランダム化比較試験の複数のメタアナリシスにおいて、大腸癌治癒切除術後のサーベイランスが再発巣の切除率向上と予後の改善に寄与することが示されている。一方、近年の研究においてもintensiveな(集中的な)サーベイランスによる再発切除率の向上は示されているが、全生存率の改善には否定的な結果も報告されている。

・CQ1:内視鏡的切除されたpT1大腸癌の追加治療の適応基準は何か?ー大腸癌研究会のプロジェクト研究によればSM(粘膜下層)浸潤度1,000 µm以上のリンパ節転移率は12.5%であった。しかしながら、1,000 µm以深浸潤癌のすべてが追加手術の絶対適応になるわけではない。SM浸潤度1,000 µm以上であっても9割程度はリンパ節転移がないわけであり、SM浸潤度以外のリンパ節転移危険因子、個々の症例の身体的・社会的背景、患者自身の意志等を十分に考慮したうえで追加治療の適応を決定することが重要である。

・CQ18:StageⅡ大腸癌に術後補助化学療法は推奨されるか?ー行わないことを弱く推奨する(推奨度2・エビデンスレベルA)。再発高リスクの場合には補助化学療法を行うことを弱く推奨する(推奨度2・エビデンスレベルB)。

本書を読むことで、どの対応方法(治療を行うか、経過観察するかを含めて)を選ぶかを患者が決めるための情報はかなり得られたことになる。


僕の読書ノート「患者さんのための大腸癌治療ガイドライン 2022年度版(大腸癌研究会)」

2023-09-30 07:47:43 | 書評(生物医学、サイエンス)

 

私は医者ではないが、仕事がら医療に近いところにいるので各疾病領域ごとに診断法や治療法のスタンダードを示したガイドラインが学会などで作成されて出版されているのは知っていた。私は最近、直腸癌の2回目の手術を受け、今後の対応方法についてはセカンドオピニオンを聞くことも選択肢としてあることを主治医からご提案頂いた。やはり、自分自身でそれなりの知識は持っていたほうがいいと思い、この分野のガイドラインを検索したところ、大腸癌治療については医師向けと患者向けが出版されていることを知り、まずは患者向けを読んでみることにしたのが、本書である。

全体を通して、わかりやすく書かれていて、大腸癌当事者にとっての良書といえる。本文は74ページで図も多いので、量的にも手頃である。患者向けの診療ガイドラインが出ているということ自体素晴らしいことで、これからの医療は、医者任せにしないで、自分でよく知ってよく考えて、主体的に決めてくださいという思想が感じられる。

例えば私自身の興味からは、自分の病態(ステージや治療状況)とも関係するが、下記のようなことがわかった。

・全大腸癌の約70%は遺伝子異常(変異)が重なって発生すると考えられ散発性大腸癌という。一方で、生まれながらに持っている遺伝子の異常が原因となる場合を遺伝性大腸癌といい、頻度は5%である。残りの約20~30%の患者さんでは、明らかな原因は不明だが何らかの遺伝的素因の関与が推察され、血縁者にしばしば大腸癌を認めることから家族集積性大腸癌と呼ばれる(父も大腸癌にかかっているので私はこれに該当するかもしれない)。

・大腸癌手術後の再発率は進行度が進むにしたがって高くなる。粘膜内癌(Tis癌)は完全に除去すれば再発は起こらない。粘膜下層までの浸潤した癌(T1癌)の再発率は約4%である。固有筋層まで浸潤した癌(T2癌)の再発率は約7%である。ステージⅡの再発率は約13%、ステージⅢは約30%である。

・手術後の再発を抑える目的で行う薬物療法を補助化学療法という。ただし、補助化学療法がすべての大腸癌の再発の予防に効果があると確認されたわけではない。ステージⅢの結腸癌に対しては、再発を予防し、生存率を高める効果があるとされている。6か月間注射する方法か、抗がん剤を飲む方法が一般的である。また、ステージⅡやステージⅣの患者で、再発リスクが高いと考えられた場合にも補助化学療法が薦められることがある(逆に言うと、それ以外のステージでは、少なくとも現時点では補助化学療法は薦められていないということかもしれない)。

・大腸がんに対して行われる放射線治療には大きく分けて2通りある。1つは、直腸癌に対して行われる手術前もしくは手術中・手術後に行われる治療で手術治療に放射線治療を加えることによって、骨盤内の再発予防や人工肛門を避けることを目的としており、多くの場合は放射線の効果を高める抗がん剤を組み合わせ、外来通院で行われる。また肺や脳に転移があっても、小さく数が少ない場合に適応になる場合がある。もう1つは、再発した大腸癌の症状緩和を目的に骨盤内再発、骨転移、リンパ節転移などに行われる治療で約80%に痛みなどの症状の改善がみられる。最近では多方向から正確に照射できるような機器を用いるようになってきたため非常に有効性が増し、副作用も軽減している。


僕の読書ノート「がん-4000年の歴史ー上(シッダールタ・ムカジー)」

2023-08-19 07:54:26 | 書評(生物医学、サイエンス)

 

私はこれを、直腸がん手術後の病室で書いている。自分の問題はなるべく客観視していこうという考えでもって、直腸がん手術入院中に読む本として本書を選んだのである。人類のがん医療4000年の進歩の歴史について書かれた本書を読んだ感想を一言でいうと、今の時代にがん医療を受けられてよかったなという一言につきる。つまり、過去に営まれてきたがん治療はそうとうに無知と恐怖にまみれていたということである。麻酔も消毒もない時代から、大胆ながん切除手術が行われていたのである。そのまま手術台の上で亡くなることは普通にあったのだ。だから、今の時代にがん医療を受けられることは、完璧ではないにしても、幸運なことなのだと本書を読んでよくわかった。

著者のシッダールタ・ムカジーは、現役のがん研究者・医師であるが、まるで小説家か歴史家のように、がん医療の歴史を細密、かついきいきと描いている。長い物語として一気に読めてしまうのだが、私的にマークしておきたい箇所をピックアップした。

・がんと進化の関係は?「抗がん剤や免疫システムががんを攻撃すると、その攻撃に耐えられる変異クローンだけが増殖し、その結果、環境にもっとも適応したがん細胞だけが生き残る。変異から淘汰、そして異常増殖という、この冷酷で気の滅入るようなサイクルが、より生存能力の高い、より増殖能力の高い細胞を細胞を生み出していくのだ。・・・がんは、ほかのどんな病気とも異なる性質、つまり、進化の根本原理を利用するという性質を持つ。われわれという種が、ダーウィンの進化論における自然選択の究極の産物だとしたら、われわれの内部にひそむこの驚くべき病もまた、その究極の産物なのだ。」

・がんについての最古の記録は?「そのパピルス写本は1930年に翻訳され、今日では、紀元前2625年前後に活躍した偉大なエジプト人医師、イムホテブの教えを集めた書として考えられている。・・・イムホテブは次のように助言している。『乳房に隆起する塊のある(症例を)診察し、その塊がすでに患者の乳房全体に広がっており・・・その症例についてこう言わねばならぬ。”これは隆起するしこりの病である・・・乳房の隆起するしこりは、しだいに広がる大きな硬い腫瘤が乳房に存在することを意味する。・・・”』」

・「1846年から1867年という短い期間に、長いあいだ手術につきまとっていた二つのジレンマを一掃する発見が相次いでもたらされ、その結果、腫瘍外科医たちはふたたび、ハンターがロンドンで完成させようとした大胆な手術に注目するようになった。」1846年、歯科医ウィリアム・モートンが用いたエーテルを麻酔として、がん手術が行われ、1867年、ジョセフ・リスターによって石炭酸を消毒薬とした腕の重症の治療が行われた。「消毒と麻酔という一対の技術革新が、手術をその窮屈な中世の繭から解き放った。」この時代(19世紀から20世紀初頭)にがん手術で業績を残した外科医に、ウィーンのテオドール・ビルロートや、ニューヨークのウィリアム・スチュアート・ハルステッドがいる。

・1900年代初頭は、ハルステッドやその弟子たちによる「ラディカリズム」という、がんだけでなくその周りの組織もできるだけ除去する攻撃的ながん手術が席巻していた。

・白血病専門医シドニー・ファーバーと企業家メアリ・ラスカーの戦略的な政治活動によって、多くの資金を呼び寄せて米国のがん医療を進展させた。ダナ・ファーバー癌研究所やラスカー賞としてその名前が残っている。ファーバー自身、大腸の摘出術を受けて人工肛門をつけていた。がんだったと思われているが、本人はそれにについて触れなかった。

・がん医療の進展には、臨床試験の質の向上のために統計学者も貢献している。ブラッドフォード・ヒルという名のイギリスの統計学者が、抗生物質ストレプトマイシンの臨床試験において、薬剤投与群と「対照」群(プラセボ投与群)とに、患者を無作為に割り付けることで、バイアスのない中立な方法で検証できる方法を考案した。この無作為化臨床試験はその後の医学研究で永久に祭られることになった。また、1928年には、二人の統計学者、イェジ・ネイマンとエゴン・ピアソンが、否定的な主張の信頼度を評価するために、検出力という統計学的概念を導入した。検出力とは、ある検定や試験の持つ、仮説を否定する能力であり、検証された標本の数(症例数)に依存すると考える。これによって、症例数を多くすることで試験の質を高めることが求められるようになった。