wakabyの物見遊山

身近な観光、読書、進化学と硬軟とりまぜたブログ
(哺乳類進化研究アップデートはしばらくお休み中)

哺乳類進化研究アップデート No.17ー食糧獲得にかかる時間とエネルギーの効率

2022-02-26 08:24:08 | 哺乳類進化研究アップデート

現代は飽食の時代などとよばれ、食糧は苦労せずに好きなだけ得ることができる状況になりました。それによって、食べすぎによる肥満や様々な生活習慣病といった弊害が問題化しています。しかし、類人猿からヒト、そして現代人への進化の長い過程においては、食糧の獲得はそんなに簡単なものではありませんでした。そして、食糧獲得方法の変化がヒトの進化を推し進める原動力になったとも考えられています。

食糧獲得にかかる時間とエネルギー効率がヒトへの進化の過程でどのように変化してきたのかを推定するために、現存する狩猟採集民や自給自足農耕民を、採餌を行う大型類人猿と比較するという論文がサイエンス誌に掲載されたので紹介したいと思います。米国カリフォルニア大学などのグループによる研究です(「ヒトの生存戦略の独特なエネルギー学」The energetics of uniquely human subsistence strategies. Kraft TS, et al. Science. 2021 Dec 24; 374 (6575))。

他の類人猿と比べて、ヒトは脳が大きく、寿命が長く、多産で新生児が大きく、幼少期の保護者依存と発達の時期が長く続きます。こうした特徴によって、ヒトという種の生態学的成功が導かれましたが、同時に、ヒトの成体は非常に多くのエネルギーを必要とするようになりました。どうやってこのような高いエネルギー需要を満たしてきたかを明らかにすることは、ヒトへの進化を理解する上で重要です。類人猿の採餌生活から、ヒトとなって250万年前に狩猟採集が発達し、1万2000年前に農業が勃興しました。それぞれの段階に近いと考えられる現存する民族である、タンザニアの狩猟採集民(ハザ族)とボリビアの自給自足農耕民(ツィマネ族)からデータを収集し、野生の類人猿のオランウータン、ゴリラ、チンパンジーとの間で、食糧の獲得にかかるエネルギーと時間、およびエネルギー獲得量が比較されました。

調査の結果、狩猟採集民と自給自足農耕民は、他の類人猿に比べて、食糧獲得に費やすエネルギーは多いが時間は短く、時間当たりのエネルギー獲得量はかなり多く、エネルギー効率(得られたエネルギー/使ったエネルギー)は同程度であることがわかりました。これまで、ヒトにおける二足歩行の発達や道具の使用などによって、エネルギー効率が高まったと考えられていましたが、今回の知見はそれを否定するものです。一方で、ヒトにおいて食糧獲得に費やす時間は短くなり、それによって社会的交流や社会的学習のための余暇時間が提供され、文化的な進化にとって重要であっただろうと考察されています。

上の図は、本研究の結果を模式的に示したものです。(A)類人猿のような採食から、狩猟・採集への移行①、新石器革命による自給自足農業の採用②が行われ、食糧資源の獲得方法の変化がありました。(B)これらの変遷を経て、ヒトはより短時間でより多くのエネルギーを獲得するために、費やす時間は減少させながら、還元率(時間当たりのエネルギ―獲得量)は向上しました。このとき、高いエネルギーを費やし、エネルギー効率は他の類人猿と同様となっています。

こういう研究でもサイエンス誌に掲載されるのかという、ちょっとした驚きも感じました。エネルギー効率は変わらず、時間は短縮されたという結論は、ちょっとわかりにくいところはありますが、時間利用という面では効率が上がったということなのかもしれません。それが、ヒトへの進化の一つの原動力になったのだとすれば重要な知見です。仕事でも一生懸命集中して働いて短時間で終わらせることができれば、それ以外に利用できる時間を生み出すことになり、人生を豊かにするのに役立ちそうですよね。


三鷹の森ジブリ美術館に行く

2022-02-23 08:23:14 | 美術館・展覧会

三鷹の森ジブリ美術館に行ってきました(2022年2月5日)。

ジブリのアニメを娘とともによく見ていたのは、娘が幼稚園生だった5年くらい前のこと。そのころのジブリ熱は少しさめてしまっていますが、家族でチケットを取り、例によって妻・娘とは別行動ではじめてのジブリ美術館まいりをしてきました。

ここはロケーションがいいですね。自然がたくさんある井の頭公園の一角にあります。

 

建物内部は撮影禁止なので、撮影できた外や屋上だけの紹介です。それだけでも雰囲気いいです。

 

ヨーロッパ風、それもイタリアのようなラテン系の優美さと明るさがあります。そしてアントニオ・ガウディ設計のグエル公園にも近い感じがします。

 

カフェレストラン。

 

一時間ごとの予約制なので、次の時間帯のお客さんが並んでいます。

 

屋上にある造形物たち。

というわけで、中はお見せできませんでしたが、ジブリのアニメ制作工房を模した展示など、マニアックな人たちが集結してすごい精力をかけることで、あの夢のような素晴らしい作品たちが作られたのだと実感しました。短編映画の「毛虫のボロ」が映写されていて、ユーモラスな脚色はされていますが、毛虫の視線で世界を見るというまさしく「環世界(ウンヴェルト)」が表現されているのが興味深かったです。音声はすべてタモリがやっているところもおもしろかったです。

 

帰りに渡った玉川上水。このあたりではこんなに細い川なのです。

 

井の頭池。

鳥たちがたくさんいました。

井の頭池を源流とする神田川が流れていきます。上に見えるのは京王電鉄井の頭線。


僕の読書ノート「ロッキングオン 2022年02月号」

2022-02-19 07:37:53 | 書評(アート・音楽)

若い頃は、毎月必ずロッキング・オンを買って隅から隅まで全部読むような熱心な読者だった。しかし、ここ30年近くは、数年に一度の頻度で、これは!と思ったときだけ買って、読みたいところだけ読んでいる。今回のブライアン・イーノ特集はこれは!といえる号だった。ブライアン・イーノ以外にも、キング・クリムゾン、デヴィッド・ボウイ、トッド・ラングレン、写真家のミック・ロック、30年前の1991年特集といった記事もあり、オールド・ロック・ファンの私には満足な号であった。

ブライアン・イーノ特集では、これまでの作品たちの本人による解説、主要な10枚の編集部による解説などがあり、参考になった。ブライアン・イーノの作る音楽は、現代アートのように、前知識なしに聴いてどう感じるかも大事だけれど、作者の意図や背景がわかるとより理解が深まるところがある。個人的には、初期のシュールなポップも、中期以降のいわゆるアンビエントの作品も好きだが、中期のリズムが前面に出ている作品群(ビフォア・アンド・アフター・サイエンスやマイ・ライフ・イン・ザ・ブッシュ・オブ・ゴースツ)がよくわからなかった。本号の解説を読むことで、それぞれちゃんと背景があることがわかった。

デヴィッド・ボウイについては、幻だった20年前のトイという作品がやっとリリースされたことに合わせての当時のインタビュー記事だったが、トイについてはあまり触れられておらず、とってつけたような記事に思えた。後ろのほうのアルバム・レヴューの記事でどういう作品かわかった。ボウイが未熟だったころに作った曲を、成功して技術も表現力も円熟した今作り直したらどうなるかというコンセプトの作品で非常に興味深いものなのだが、3枚組ボックスで¥5,500の値段は今の自分としては買うことを躊躇してしまう。

1991年特集を見ると、その年はロックにとってすごい時代だったのだと思う。ニルヴァーナのネバーマインド、レッド・ホット・チリ・ペッパーズのブラッド・シュガー・セックス・マジック、ガンズン・ローゼスのユーズ・ユア・イリュージョン、マッシブ・アタックのブルー・ライン、ブラーのレイジャー、マイ・ブラッディ―・バレンタインのラブレスといった、いずれも彼らを代表する作品のうちの1枚であり、私も今でも大好きなアルバムたちが出た年だった。


僕の読書ノート「ヒトの社会の起源は動物たちが知っている(エドワード・O・ウィルソン)」

2022-02-12 07:54:17 | 書評(進化学とその展開)

エドワード・O・ウィルソンは、米国の著名な昆虫学者、社会生物学者、そしてバイオフィリアという用語を提唱したナチュラリストとして知られているが、つい先日の2021年12月26日に92歳で亡くなられた。日本では、小3国語の教科書に出てくる、ウィルソンの研究を紹介したエッセイ「ありの行列」でご存知の方もいらっしゃるかもしれない。ウィルソンはたくさん本を出しているが、古いものは絶版していて、中古も価格が跳ね上がっていて簡単には買えない。そんななかで出た新版で読める本だったので貴重だと思い購入したら、当人が亡くなられてしまった。新書版くらいの大きさで、実質155ページの短い本だが、ウィルソンが人生で探求してきた研究と思索の集大成のようなものかもしれない。

利他的行動の進化は、血縁選択説という学説で説明することが現在主流になっている。それに対して、ウィルソンは集団選択説が重要であるという非主流の主張をしているため、若干評判はよくないようである。吉川浩満氏が本書の最後に、そのあたりも含めてていねいな解説を書いているので参考になる。その集団選択説によってヒトのような社会がどうして作られたかを説明しているのが本書である。ウィルソンが本書で主張する内容は次のようなものだ。

著者は、社会が生物学的に組織される際、自然選択は常にマルチレベルでー個体レベル、集団レベルで同時にー行われてきたとしている(本書の後半のほうでは個体レベルでの選択を否定している)。そして、生物体も社会も利他的抑制によって成り立っている。ある細胞は一定の時間で死滅して他の細胞が生き続けられるようにプログラムされている(アポトーシス)。様々な種類の細胞のうち、一つだけが利己的に再生産することを選択すると、その細胞はところ構わず増殖して大量の娘細胞を生み出し、がん化する。

著者は、真社会性をとくに成功した社会として捉え、次のように説明している。「真社会性とは、集団を繁殖カーストと不妊カーストに組織化する性質で、発生する割合は進化系統のごくわずか、時期も地質年代的には比較的遅く、場所はほとんどが陸上だ。それでもこれらのわずかな例がアリ、シロアリ、ヒトの誕生につながり、陸生動物の世界で優勢になっている。」真社会性はまれであり、すべての動物のうちわずか十数の独立した系統から生まれている。哺乳類では、ハダカデバネズミとヒトだけである。ヒトが真社会性であることの論拠は、不妊カーストの存在である。祖母つまり更年期以後の女性、同性愛者、世界各地の組織宗教の修道院的な秩序、男が女の役割をする初期のプレーンズ・インディアンのなかで確立されているバーダッチというシステムの存在、などをそうした根拠としてあげている(こうした人たちが繁殖カーストの役に立っているのか、つまり集団内の個体数の増加に寄与しているのか疑問には感じるが)。

実験的に、単独性のハチ同士を無理やり一緒にすると、真社会性のハチと同じように行動する傾向があることが報告されている(自然にこういうことが起きうるのかどうかは不明だ)。これを前適応といって真社会性への移行の準備ができている状態だとしている。集団選択がそうした変化を支持すれば、バネ仕掛けで真社会性に一気に移行するのだという。

集団選択説では、集団内の一部のメンバーが自身の寿命や繁殖の成功、あるいはその両方を犠牲にすれば、集団が競合するほかの集団より優位に立てる場合、寿命を縮めたり、自信の繁殖の成功度を減らしたり、あるいはその両方を行う可能性があるというものだ。すると、変異と選択によって利他主義の遺伝子が集団内に広がる。利他主義が広がった結果、メンバー間の近縁度は高まるが、その逆はないとしている。

ウィルソンは利他性が現れる理由を説明する主流の説である血縁選択説を否定する。1964年、イギリスの遺伝学者ウィリアム・D・ハミルトンが真社会性の発生の鍵を握るのではないかと、血縁選択を示した。血縁選択の公式は「BRーC>0」で示される。ここで、B(集団内のほかの個体に対するメリット)にR(近縁度)を掛けた数値がC(自分の損害)を上回る場合、利他主義が進化することの閾値を示したものであり、ハミルトンの一般法則(HRG)とよばれる。これに対して、2013年のウィルソンらによる論文では、BやCは予測できないことなど、HRGは論理的に成り立たないと主張している(たしかにHRGが自然界で観察されたという研究結果を聞いたことはない)。

真社会性の定義のポイントは集団内の分業である。ヒトにおける分業のきっかけとして、火の使用を挙げている。すでに集団内に支配ヒエラルキーへと自己組織化する素因があり、オスとメス、若者と高齢者とのさも存在し、集団内で指導力と野営地にとどまる傾向にもばらつきがあり、火の使用がきっかけとなって、バネ仕掛けで複雑な分業が生じたとしている。

チンパンジーは世間で思われているほど凶暴ではないという主張もあるが(「動物の賢さがわかるほど人間は賢いのか」フランス・ドゥ・ヴァール)。一方、ウィルソンによると、チンパンジーのコニュニティーは不気味なほど人間そっくりで、戦争によって縄張りを拡大しようとしているという。集団で敵の縄張りを定期的にパトロールし、劣勢の敵のオスを見つけると情け容赦なくかみ殺すのだという(例えば中国の現状などを考えると、個体レベルというよりは集団レベルでの内側を向いた利他性のように見えなくもない)。

以上のようなウィルソンの主張であるが、利他性の進化がどのように起きたのかは、集団選択説や血縁選択説以外にも様々な説がある(「なぜ心はこんなに脆いのか 不安や抑うつの進化心理学」ランドルフ・M・ネシー」)。現時点では、一つの理論に決めつけるのは早計なのではと感じた。


哺乳類進化研究アップデート No.16ー他者の心を読む脳はいつ進化したのか?

2022-02-05 08:06:49 | 哺乳類進化研究アップデート

他者の心を読む能力とそれを司る脳はいつ進化したのでしょうか?人間に特有のそうした他者の心を読む能力は「心の理論」と呼ばれ、「共感」とは異なるものとされています。また、「心の理論」は、人間でも自閉スペクトラム症においては、その発達が遅れることや弱いことが示されています。「心の理論」は人間だけが持つものとされていたときもありましたが、現在では少なくとも霊長類のチンパンジー(類人猿)、マカク(旧世界ザル)、オマキザル(新世界ザル)には存在していることが示唆されており、人間だけのものではないと考えられています(「動物の賢さがわかるほど人間は賢いのか」フランス・ドゥ・ヴァール)。賛否両論はありますが、人間の幼児に「心の理論」が発達してきたことを判定する方法として「サリー-アン問題」というものがよく知られています(「自閉症スペクトラムの精神病理」内海健)。しかし、これは言語を用いる検査法なので、動物には利用できません。動物ではどうやって検査するのでしょうか?

今回紹介する論文は、そのマカクにおいて視線の動きを解析することで「心の理論」の存在を確認し、それを司る脳の部位が内側前頭前野にあることを示したものです。新潟大学のグループによる研究で、セル・レポート誌に掲載されています(「マカクは内側前頭前野を介して、他人の誤信念に基づく行動を予測する暗黙の視線バイアスを示す」Macaques Exhibit Implicit Gaze Bias Anticipating Others’ False-Belief-Driven Actions via Medial Prefrontal Cortex, T. Hayashi, et al., Cell Reports, VOLUME 30, ISSUE 13, P.4433-4444.E5, MARCH 31, 2020)。

下図にその研究成果の概要が示されています。右から、ヒト、ボノボ、チンパンジー、オランウータンには「心の理論(theory-of-mind)」様の機能があることが知られていましたが、今回、その左のマカク(2500万年前にヒトなどの類人猿と分かれて進化)でも「心の理論」の存在が確認されました。そして、マカクの脳の内側前頭前野というところを、実験的操作で一時的に機能抑制すると、「心の理論」様機能が抑制されたので、その脳部位が「心の理論」様機能に重要な場所であることが示されたということです。内側前頭前野はヒトにおいても同様の機能に関わっているとされている脳部位です。

 

「心の理論」の能力を評価する方法の一つとして、ヒトが相手のこころを理解しているかを確かめる方法の一つに、相手の誤った思い込みを正しく理解して、その思い込みにもとづく相手の行動を正しく予測できるかを調べる「誤信念課題」があります。ヒトの脳画像研究により、「誤信念課題」の実行中に内側前頭前野を含む広範な脳の回路が活動することが知られています。また、チンパンジーなどの類人猿にも誤信念を理解するかのような行動がみられるという報告が出てきましたが、脳の回路がどこに存在するかはわかっていません。そこで、神経科学の実験動物として使用できるマカクにおいて、「誤信念課題」を解く能力、そして脳回路の部位を確認する研究が行われました

マカクの一種であるニホンザル8匹を用いて、映画を見せながら、眼球運動を赤外線カメラシステムで測定しました。映画はいくつかのバージョンがありますが、あるヒトが相手のヒトと競争しており、ターゲットとなる物体をどこかに隠すが、相手はだまされて誤信念を持つというパターンになっています。サルの視線を確認したところ、動画の登場人物の「誤信念」に基づく行動を予期するような視線の偏りがあることがわかりました。つまり、マカクには「誤信念課題」を解く能力のあることが示されたことになります。

さらに、内側前頭前野の神経活動を遺伝子ベクターとそれを作動させる薬剤によって抑制させた状態で、同じ動画を見せたところ、サルは登場人物の誤信念を理解して行動を予測することだけができなくなり、標的の動きを目で追う能力が認められなくなりました。したがって、内側前頭前野の神経機能抑制により、他者の誤解を読み取って行動を予測する能力が低下したと考えられました。これらの結果から、内側前頭前野を核とする脳回路の働きに支えられた「心の理論」の能力が、ヒトとマカクザルの共通の祖先から進化した可能性が示唆されました。

参考のため、内側前頭前野と外側前頭前野の位置と機能をわかりやすく示している下記図を、別のサイトから引用させて頂きました脳のはなし、2019.05.10「背外側前頭前野と背内側前頭前野」