水曜日は短歌の日、です。
きょうは梶原さい子さんの『リアス/椿』からです。ⅠとⅡに分かれていて、東日本大震災の以前と以後という構成になっています。
「Ⅰ以前」より
・喪服のやうな海苔巻きであるさびしい白と黒の川である
・まなじりのしわを伝ひて零れゆくあたたかきもの 泣いてゐるのね
・入つてはゆけざる場所のあることを海にあかあかとキリトリ線
・さらさらと海の辺にをりここまでを波を縫ひたるやうに生き来て
一首目と三首目は定型のリズムではありません。一首目のほうは真ん中の三句がごぼっと抜けています。その目に何が見えているのでしょうね。震災の前から、梶原さんは大きな欠落、死の近くを思わせるものを詠っています。三首目のほうは下句のリズムが句跨りのようでなお「キリトリ線」でぷっつりと切れています。なにか読むほうまで突き放された感が残ります。梶原さんの歌は毎月塔で読んでいて、第一歌集からずっと読んできているので、四首目の「波を縫ひたるやうに生き来て」で胸の底から悲しみがこみあげてくるのですが、この一首を独立させて読んでも、とても深い味わいがあると思います。
「Ⅱ以後」より
・津波、来てゐる。確かに、津波。どこまでを来た。誰までを、来たのか。
この歌は何度読んでも泣いてしまいます。すぐそこまで来ている津波。この緊迫感。句点と読点で、一瞬一瞬の持って行きようのない感情が伝わってきます。次の瞬間にはどこまで、そのつぎの瞬間には誰まで。これほどリアルな震災の歌を見たことがありません。自分の知っている道、知っている人。津波はいま、どこまで来ているのか。波の辿るであろう道筋さえも作者には見えているようです。
・ありがたいことだと言へりふるさとの浜に遺体のあがりしことを
・あらかたを流されながらそれでもなほ人ら喪服を調へんとす
・君くれしピーナッツバターを舐めてなめて凌ぎてゐたり大地震(おほなゐ)ののち
たくさんの人が亡くなって、家も普通の状態ではないのに、それでも喪服を調えるという人の営み。死者に対するとき、自分がどういう状態であろうと、お別れをするときは喪服を調えようとするという行為に胸を突かれる思いがします。三首目のピーナッツバターも本当に少しずつ舐めて、いつ終わるかもわからない食料のない生活を送りながら、大切に舐めていたことが、「舐めてなめて」という表記から感じとれます。「舐めて舐めて」もしくは「なめてなめて」という繰り返しの形であったなら、こういう「大事にしている」感じはでなかったと思うのです。
・ああみんな来てゐる 夜の浜辺にて火を跳べば影ひるがへりたり
・指に目は確かにありていつかしら熱(ほめ)く在処を探りてゐたり
・海辺より呼ぶ声せると寝床から起きて出かけし真夜中の父
・引つ張つて行かれぬやうに母と吾と父を挟みて眠らんとせり
・びしよびしよのこゑ水際(みぎは)よりのぼり来ればからだを貸せり夢のからだを
・まづ影がはたたき始む勢ひを失くしつつある独楽の回転
津波で亡くなったひとは、あまりに突然すぎてもしかすると自分が死んでしまったことに気が付いていないかもしれない、と思うことがあります。一首目はそんなふうに、自然にみんな集まってきていっしょに火を跳ぶのでしょう。二首目は暗がりの中の指の動きがどきっとするほど艶めかしく、生きていることの確かさを感じます。三~五首は生き残った人の心にずっと貼りついてやまない声や姿が意識の底のほうに蠢いているのでしょう。
六首目は独楽の歌なのですが、ぎりぎりのところでがんばって回っているこまが、ついに力つきて止まりそうになる前、さきに影がまたたき始める、という描写は東北の人たちの心情そのもののような気がします。
震災はまだまだ終わらないのです。まっすぐな梶原さんの声が力のある歌に込められていて、強く引き込まれる歌集です。