宝石ざくざく◇ほらあなJournal3

ロシア語をはじめ、外国語学習に関するあれこれを書いておりましたが、最近は…?

思い出す対談、人

2020年05月28日 | 日常の記録
先日ふと思い出した昔の対談記事
内容はほぼ覚えていないのだけど、
「森毅×細野晴臣」
「田辺聖子×上野千鶴子」

森・細野対談は雑誌「朝日ジャーナル」誌上にて。森氏60歳、細野氏40歳になったのを記念しての対談と書いてあったと思う。私高3の時だったと思うんだけど、細野さんは1947年生まれだそうなのでたぶん合っている。

田辺・上野対談は雑誌「フェミナ」誌上にて。(フランスではなく日本の)「フェミナ」は学研発行の季刊誌。江國香織、井上荒野の両氏がデビューした雑誌でもあるのに、ネットにはほぼ情報がない不思議。(北大路公子さんもフェミナ賞受賞者だったとはネット検索で初めて知ったが)
正確な言い回しはあやふやだが、田辺さんが上野さんに「40代は疲れが出るけど、50歳になるとまたばりばりと働ける」とおっしゃっていて、上野さんが元気がでましたと励まされていたことを覚えている。
これを読んだ頃、私は20歳くらいだったのかなー(フェミナは平成元年創刊らしいのだが、いつまで続いたのだろう・・・)

両方とも、対談した両者の年齢差が大体20歳くらいで、お若いほうと、読者の私との年齢差が同じく20歳くらいなのだった。
私にとっての人生の先輩が、さらに年上の先輩に対して、後輩の立場で話しているという驚き?が記憶に残っている要因なのかも。

細野さんは当時、NHKで高校3年生の学生数人がインタビューというか親密に話をする番組があったのだが(わーすごいうらやましいと思ったので覚えている)、後輩に対するスタンスは、今もまったく変わらないような。当時が老成していたというべきか?
「朝日ジャーナル」は検索すると、上記の対談は、筑紫哲也氏が編集長を辞めた後のものなのかな。筑紫編集長時代の「新人類の旗手たち」が懐かしい。
令和版のこういう連載記事読みたいなー今興味深い若い人たくさんいるものねーと、当時の筑紫氏の若者へのまなざしがちょっと分かる感じ。

またふと思い出したのは、対談ではないけれど、雑誌『広告批評』の天野祐吉氏と島森路子氏。雑誌自体はあまり読んでいないのだけど、ご両人とも、生年を知って驚いた。私にとっての「おじいさん」「おばさん」の年齢の人がこんなに若いんだ、と。天野さんは見た目は普通だと思ったけど、書かれたものや考え方が若くて驚いた記憶。島森路子さんはこれまた私高3だったか、NHK教育「土曜倶楽部」で初めてお姿を見たのだけど、年齢入りテロップ「島森路子(40)」の衝撃、いまだに覚えている(^^;

(付記:天野さんは1933年生まれだそうだから、「おじいさん」というほどではなかった。が、戦前生まれの人とは思えない!というのが感想だったのだ。)

私はいまだにこんななのに、おそらく今の20歳の人はほとんど知らない昔話がいくつも出てくるくらい記憶の集積があるんだなーそれだけ時間が過ぎたのだなー。
でも、今はいない人や無くなった雑誌について、時々思い出して書いてみるのも、まぁ良いことなんじゃないかなと思う。

「日常」への好奇心

2020年05月28日 | 日常の記録
他人の靴に足を入れてみることは大切だけど、履いて歩いていくことはできないし、してはいけないなぁとも、時々、ふと思う。
自分の目の前にあることをやらんとね。

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先日の新聞記事に、作家中村邦生さんに聞く『ロビンソン・クルーソー』から読み取るパンデミック時代の「日常」を考えるヒントというのがあった。
(5月20日北日本新聞 よく分からないけど共同配信で他の地方紙などにも載っているのかな)

無人島でのサバイバル生活を描いた小説「ロビンソン・クルーソー」は有名だが、様々な読まれ方の中で、小説家フランツ・カフカによる独自の解釈が紹介されていた。

島のいちばん見晴らしの良いところから日がな一日遠くを眺め、救いの船が通るのをずーっとずーっとずーっと待ち焦がれている日々だったら、クルーソーは生き延びられなかったとカフカは洞察している。

危機においては、一刻も早く先行きを見通し展望が効く場所に行きたいと思うが、「迷妄と虚偽に満ちた予測があふれ」、「失意を繰り返」すだけ。

そんな日々の代わりにクルーソーは、島の自然の詳細や暮らしの知恵を日記や帳簿につける。
中村氏によると「新たな『日常』への、たくましい探求心や好奇心が、彼自身を生き永らえさせた」「かつ、それを『楽しんだ』ところが重要」とのこと。

これ、介護、病気、転勤・・・と、普遍的にいろんな状況でも言えることだなぁと感心して、珍しく新聞記事を切り抜いてみた次第。

新型コロナウイルス感染拡大による現在の状況についていうと、オシャレなマスクとか、オンライン飲み会とか、ソーシャルディスタンスグッズとか、私は個人的にはまったく考えつかない、たくましいなぁすごいなぁと感心するばかりである(^^;

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話がずれるけど、「ほぼ日手帳(カズン)」はこの新聞記事を貼り付けるのにもなかなか良い。
来年は5年日記を買おうかなと思って、その前段階として別のノートに3行日記を始めたら、ほぼ日手帳の1日ページのほうは白紙が続いてしまって、どうしようかなと思っていたのだった。
白紙を埋めたい→スクラップ帳もいいかも(と無意識に思う)→いつもは良いと思っても放置していた記事を切り取ってみた→手帳に貼ると繰り返し見るので記憶に残る
ということで、白紙(余白)があることが、新しい習慣を生むこともあるなと思う。

『エール』にエール

2020年05月20日 | テレビ・ラジオ・映画など
朝の連続テレビ小説『エール』を楽しみに観ている。

笑いの演出が過剰なんではと思ったこともあったけど、なにかと薄暗い気持ちになりがちな今日このごろ、観るたびに和みと活力をもらっている。明るいドラマで良かった。
二階堂ふみさんの演技や音楽学校のシーンが時々『翔んで埼玉』風味になるのもおもしろい(^^♪
(映画ですが、私はテレビ放映の録画を今月に入って初めて観たのだった。非常に遅ればせながら)

始まった当初は、King Gnu にハマっていたこともあり、主人公裕一と幼なじみ鉄男の要素をいっしょくたに混ぜて再分割すると井口さんと常田さんぽいなーなどと思ったりしていた。
ミーハーですいません(^^;
(この中の鉄男くんのキャラクターが子供のころから男の子らしくてカッコよかったんですねー「笑ってごまかすヤツは大嫌いだ」みたいな台詞もあり、自分がそういうヤツなのでドキッとした。)

朝ドラ名物、登場人物の交流の場としての喫茶店、今回は「バンブー」だが、まるっきり昭和初期とは思えない雰囲気。でもオーナー夫妻のキャラクターといい、時空を超えた場所というあえての演出なのかもとも思う。

現代的といえば、裕一と同期の作曲家の作品として(古賀政男がモデルなので)番組内で演奏されていた「影を慕いて」や「丘を越えて」、オーソドックスな演奏なんだろうけれど、やはり昭和とは違うなぁと思い、その違いが不思議でおもしろかった。かろうじてご本尊の歌唱もリアルタイムで知っている身としては。

その古賀政男モデルの木枯正人役が野田洋次郎さんというのもいいキャスティングだなぁと思う。
RADWIMPSはほぼ知らないんだけど(すみません(^^;)、役者として、いまどき貴重な良い面構え。
(『泣き虫しょったんの奇跡』で初めて知ったのだけど)
でも、窪田さんもそうだけど、頭身バランスがもうまったく昭和ではない。すごい進化だー。

一方、志村けんさん演じる小山田耕三(山田耕作がモデルでいいのかな)にも、感動というか非常に僭越ながら感心している。うちの親が昭和天皇みたいと言っていたが、実際、日本作曲界の天皇役ということで、振る舞いなど寄せてみたんじゃないかと推察してみる。
山田洋次監督映画への出演、観てみたかったな・・・

私は今、似顔絵を描く練習に無駄な時間を費やしているのだけど、主役の窪田正孝さんはすごく難しい。富士額なこととか、目元口元の特徴とか観察を重ねているのだが、描くと似ない。なぜか岡田将生さんになったりして?(どっちにしても似ないのだけど)。
その点、野田洋次郎さんは、特徴をつかみやすく、似顔絵初心者にはありがたい。
少ない線で描き分けられる漫画家さんやイラストレーターさんってやっぱり偉大だなーと思う。

と、話が逸れたが、『エール』休止があるのはすごく残念だけど、予定通りの長さで完成度が高まることを期待している。

ゲスなんだけどね

2020年05月08日 | 日常の記録
ネットニュースを際限なく見てしまうので困っている。
生産的なことに時間を使いたいものだ。

4月末日
もともと芸能ゴシップ好きなもので、King Gnu 井口さんの半同棲報道も複数記事を読んでしまった。

以下報道内容そのものとはほとんど関係ありません。

その中のひとつに「文春オンライン」の記事があったのだが、スポーツ誌記者の言葉として唐突に挟まれる
「川谷絵音とは違うなと思いました(笑)」
には思わずこちらも笑ってしまった。

いやー詳細は追っていなかったけど、最終的に週刊文春とは和解?どころか、グラビア記事で新譜の宣伝も兼ねてたり、Win-Winの関係に持って行ってなかったっけ。
マスコミとの関係を変えたという点においても、平成芸能ゴシップ史に確実に残る一件。
で、なんとなく川谷氏のTwitterを見てみると、あら5月1日が新譜のリリース日だったのね。
待ち構えてストリーミングを聴く。

このタイミングでのこの記事のこの一文は、やっぱり文春記者からのひそかなエール?
この記事がきっかけで、ゲスの極み乙女。情報をチェックしてみた人は、私以外にもきっといる。(たぶん)

新アルバム、やっぱりイイ!
加えて、後日発売のストリーミングじゃない現物商品、もう聴けてしまっているけどジャケットとか歌詞カードとかは欲しいなと思っちゃうアレ、あれにはCDじゃなくてバームクーヘンが入ってるんだとか。すごい発想だ。

聴きながら「ゲスの極み乙女。」というバンド名についても思いをはせる。
若者でなくなった私には全然理解できないバンド名だったのだけど、いやー偶然か必然か分からないけど、文字通り体現していたりするのね。言霊?

文春記事に戻りますが、ゲスな記事ではあるけれど、こういう先達もいるし、「飛行艇」の歌詞じゃないけど「清濁併せ呑んで」という思いもあったかもね。

昭和最末期の映画

2020年05月01日 | テレビ・ラジオ・映画など
4月某日
NHKBSで放送のおかげで、30年ぶりに映画「ファンシイダンス」を観られる。
「もう一度観たい90年代の邦画」と書いていたけど、この映画の公開は’89年の暮れだった。
すごく新しい感覚の映画だった気がしていたけれど、こうして時間が経ってみると、昭和の青春映画の系譜に正しく連なっているなぁ、などと思った。
お寺での修行の描写が、部活のシゴキを連想させる「ザ・昭和」、先輩僧侶竹中直人氏の表情もユーモラスな感じがなくて全然好感が持てない。
当時も思ったんだけど、予告とかパンフレットとかで想像するようなウキウキ楽しい感じがあまりなくて、この辺は演出も悩みどころだったのではないだろうか。でもバブル時代の感覚そのままに描いていたら、今は観るに耐えないものになっていたようにも思う。(十字架をかざすオーケン登場場面がギリギリなところかな、と)
そう、この映画のいちばんのみどころは、モックンほか、僧侶役みなさんの所作の美しさだった。そういうのは時を超えて色あせない。
NHK「プロフェッショナル仕事の流儀」を観ていたからか、モックンの「形から入る演技」というのは、このころからもう意識していたのかなと思った。
それにしてもモックンの変わらなさにはびっくり。いや変わってはいるんだけど久々に見た30年前の姿にも驚かず今と同じくカッコイイなぁと思えるってすごい。

東京スカパラダイスオーケストラのみなさん、意外に登場場面が結構あった(^^)。が、冷牟田さんや他のごく初期メンバーは目立ってたけど、現メンバーのみなさんはほとんど認識できない(^^;(今と見た目の印象がかなり違っていたというせいもある)。
創始者のASA-CHANGが楽曲だけじゃなくて、クレジットのメイクのところにも名前があったのに、なるほど。

そしてクレジットで驚いたのが、ロケ協力に富山県内の知っているお寺の名前があったこと。
当時もちょっと話題になったような気もするようなしないような・・まったく覚えていなかった。
冒頭、なんとなく懐かしい感じがしたのは、そのせいもあったのかな。