年寄りの漬物歴史散歩

 東京つけもの史 政治経済に翻弄される
漬物という食品につながるエピソ-ド

大原幽学と幕末村落社会・高橋敏著から

2018年08月14日 | 福神漬

築地の盆休みの読書で(大原幽学と幕末村落社会・高橋敏著)を再読する。最初は福神漬の史料として読むことは無かったのでただ読んだだけだった。鶯亭金升の日記から政治を志した花香恭次郎の存在を知り、様々な文献を探したが佐倉とか佐原とか出てくるが、どうして鶯亭金升と繋がりがあるのか不明だった。ある時、台東区の浅草にある図書館で谷中墓地の墓について解説している本があった。(谷中墓地掃苔録 - 森の中に眠る人々 壱・弐・参)目次を見ていると花香恭次郎の項目があり、明治の自由民権運動の人だった。長井家の保護があったようだ。さて掃苔録から旭市の郷土史料のあるところに行けば花香家のことは知ることできるだろうと考えて、大原幽学記念館へ向かった。幽学の史料のほか和算の展示があった。千葉県東部は江戸時代に和算の盛んな地域で万歳村花香家の関流和算史料は千葉県立図書館で保存されているようだ。佐原の日本地図を作成した伊能忠敬も東千葉の人である。この地域は利根川の治水工事で工事費用の積算のため測量する必要があって和算が盛んになったと言う。さらにこの地域特有の経済があって様々な問題もここから生じるとは最初は気がつかなかった。

 大原幽学記念館の学芸員に花香恭次郎のことを尋ねた。すると干潟町史から明治の自由民権運動福島事件被告人だったということが解った。干潟町史にも長井家との関連も記述されていないので疑問が残ったままだった。自由民権運動福島事件の6人の被告人の内、唯一福島県人でないのが花香恭次郎だった。福島事件を含め自由民権運動の著書は関東地方では町田市の自由民権運動資料館に多数所蔵されている。町田市のところでも花香恭次郎の史料は少なく、福島県三春の自由民権運動資料館にもほとんど無かった。この時点で福神漬との関連性は無いと思っていた。

 千葉万歳村の出身で有名な人物は天保水滸伝の勢力富五郎である。大原幽学の時代の同時期・同地域で何があったのだろうか。さらに旗本長井家の知行地が船橋市史に旭市にあることを知った。また高橋敏著(大原幽学と飯岡の助五郎)に長井家の知行地が与力給地飯岡村とあり外房の九十九里海岸の東のはずれの灯台のある付近が長井家の知行地だった。

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