山城めぐり(兄弟ブログ biglob)

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有賀城

2017-07-15 19:58:43 | 山城ー信州

有賀又左衛門【ありがまたざえもん(15??~15??)】

小笠原長時家臣。1542年「大門峠の戦い」で、小笠原長時の馬廻衆として参陣した。武田晴信勢の頸を十三級挙げたが重症を負った。1582年、小笠原貞慶の信州復帰戦に旧臣達の纏め役を担った。


有賀泰時【ありがやすとき(15??~1546)】

諏訪郡有賀城主。諏訪頼重家臣。1542年、高遠頼継が挙兵すると武田晴信に属した。1546年、木曾義昌に通じたとして武田晴信に討たれた。


有賀氏の武将を調べると、二人の武将がヒットしました。

有賀城は諏訪市豊田有賀にあります。
有賀城地図
地方道16号線の信号豊田有賀から地方道50号線に入って南西に向かい江音寺をめざします。この寺の裏山が有賀城です。縄張り図を見ると江音寺の西南に長い竪堀が降りており、ここから登ることができますが、通常は地方道50号線を寺を過ぎて、そのまま進み城山の西側に渡る橋が架けられています。

この橋から10分で城内となります。

縄張り図は「信濃の山城と館6」諏訪・下伊那編、竪堀オから北へ長く下っている先に江音寺があります。

橋からこの門をくぐり

有賀城への道を過ぎて

奥に登ってゆきますと澤を挟んでの支尾根が南にあります。

南支尾根には新しく今回、発見しましたが、南支尾根腰曲輪

南支尾根第二腰曲輪

南支尾根を見下ろしています。

戻って有賀城の案内に沿って進むと副曲輪の城壁が現れます。

副曲輪の南下、横堀、そして竪堀が組み合わされています。武田流でしょうか。

本日はここまで
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