山城めぐり(兄弟ブログ biglob)

新潟、山梨、長野、群馬、栃木、埼玉県などの埋もれた城跡を探索しております。カテゴリ「城郭一覧」で簡単にアクセス。
 

猿橋の城山②

2015-11-18 20:50:40 | 山城ー甲斐
本丸へ

本丸から二の丸を見下ろしています。

二の丸は西北側斜面を守っています。

縄張り図は「甲斐の山城と館」下巻

本丸に登ると、南に山を削り残した櫓台らしきものがあります。

本丸は縄張り図のように三角形に近い形です。

本丸の南側にある台状の小曲輪、岩殿城へ連絡する狼煙台か?

本丸の西南下に下り本丸城壁を見上げています。

西南腰曲輪

今度は二の丸の東側から東尾根を下ります。

東尾根第一堀切

東尾根先端部

先端部の大岩、国道20号線(甲州街道)見下ろして、北条氏の監視が主目的であったようです。

次回 長野麻績町 矢倉城
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猿橋の城山

2015-11-17 20:57:25 | 山城ー甲斐
猿橋の城山は山梨県大月市猿橋にあります。

猿橋の城山地図
国道20号線の信号猿橋小入り口を南に県道509号線に入り

県道509号線、御岳神社(昭文社地図では)を過ぎて250m南に、この城山が見えてきます。(奥に車は止められません。)

カーブミラーの入り口から100m入り小川を越える橋を渡ると左手に害獣柵があり、ここの入り口から登ります。尾根を登ってゆくとこの平地になります。これはおそらく曲輪と思います。

平地から西に急斜面の尾根を登ると

登りつめると、南尾根とかわり、北曲輪(仮に)が見えてきます。

北曲輪から南尾根を登ってゆくと

猿橋町猿橋には城山、標高548mと地図(昭文社県別マップル)に載っています。南尾根を上りつめれば曲輪2の城壁が現れます。この城山は桂川をはさんで、岩殿山がありご存じ小山田氏の本城、岩殿山城があります。この猿橋の城山は岩殿城本城の南東を守る支城です。

岩殿城地図

曲輪2は東・北・西と帯曲輪に守られています。

次回 本丸と東尾根
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真篠城⑤

2015-11-15 20:29:51 | 山城ー甲斐
南側遺構へ


前回の記事の縄張り図のように、曲輪6に続いて西に曲輪5がつきます。

曲輪5から南尾根が接続されて土橋を構築しています。

大空堀の先に南出城

逆から曲輪5方面を見返しています。

細い南尾根を登ってゆくと

宮坂氏の縄張り図に記号が振ってないので南曲輪とします。左側は削り落としたように一段低くなっています。

支尾根が東に下っていますが、これに沿って畝状阻塞が何段も構築されています。

堀切ではなくて下段の畝状から上に向かいよく見てください、数段の畝状阻塞が確認できます。

南から畝状阻塞を見ています。

南尾根を下って堀切

南尾根の途中から東支尾根が下っています。二つの腰曲輪が確認できます。

宮坂氏はこの真篠城は河路道の国境護るための一級の山城と規定していますが、誰の居城とは明示されていません。真篠城記事の①で南部町教育委員会の説明板では原大隅守の居城と書かれております。

 原大隅守の墓
「甲陽軍艦」では、永禄4年(1561)9月10日の第4回川中島の戦いで、八幡原の信玄本陣に単騎乗りこんだ上杉謙信に向け、鑓を繰りだし、信玄の窮地を救った人物として書かれている。 同書によると、原大隅守は横目衆の一人で、中間頭として描かれ、一人で三十人宛ての寄子を持ち、大手の番、甲州口方面の奉行を勤めたとされる。(本寺の位牌は原大偶守となっています。)
    ―「川中島の戦い」ゆかりの地整備保存会 現地案内文を掲載―
また、横目衆として信玄から賜った感状が18通もあったとされ、かなり武勇に秀でた武将であったと推察される。

原 虎吉(はら とらよし、生没年不詳)、通称半右衛門。
※武田家滅亡後は徳川家康に召抱えられたとの説があるが不明。没年も天正14年(1586)3月とも天正12年(1584)3月ともいわれ定かでない。
ブログ 「川中島合戦 史跡巡り」 より引用


次回 大月市 猿橋の城山
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真篠城④

2015-11-14 12:10:38 | 山城ー甲斐
③の記事で曲輪16は訂正します。北側遺構を今回記事の④で紹介してゆきます。


曲輪4を北へまわっていきます。

曲輪4の北下の曲輪から北尾根に下ります。

縄張り図にあるように北尾根の細い通路の先に物見のような瘤

北尾根から北東尾根に渡る通路

北側斜面に畝状の竪堀を見ながら北東尾根へ

空堀を間に曲輪16

縄張り図は「甲斐の山城と館」下巻 前回記事の訂正した曲輪16の位置を再確認してください。

曲輪16の東脇にある大きな竪堀

曲輪16を配する北東尾根を振り返って見ながら東側へまわってゆきます。

曲輪7を通り

曲輪6になります。

次回 南側遺構へ
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真篠城③

2015-11-13 20:11:46 | 山城ー甲斐
本丸の西側遺構へ


曲輪4側から本丸の土塁を見ています。

曲輪4から西側に曲輪11

曲輪4の北へ歩いてゆきます。右手は本丸土塁

曲輪4の北下に付く腰曲輪1

腰曲輪1の東側下に段曲輪A

さらに段曲輪B(記号は便宜的につけています。)

今度は曲輪11から西へ下ってゆくと、西曲輪A(前回記事の縄張り図には表記されてませんので記号を付けています。)

その下に長さ50mもある曲輪12

西尾根から北側斜面を回り北都尾根を下って見上げています。

西尾根の曲輪Aに戻ってきました

曲輪Aの脇の大きな竪堀

縄張り図のように真篠城は全山遺構が見られます。次回 南出城の畝状阻塞へ
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