山城めぐり(兄弟ブログ biglob)

新潟、山梨、長野、群馬、栃木、埼玉県などの埋もれた城跡を探索しております。カテゴリ「城郭一覧」で簡単にアクセス。
 

月山富田城⑤

2015-09-25 09:54:36 | 山城ー山陰地方
詰め城の二の丸から本丸へ




二の丸

歩いてきた三の丸を見返しています。改めて長い曲輪であり、兵が多数集結できたとと実感します。

二の丸から見える南西の景色

二の丸南西虎口

二の丸から降りて、南に向かい本丸との間に鞍部があります。見えているのは本丸北虎口です。

鞍部から二の丸城壁を見返しています。


本丸、全長200mくらい

本丸にある年表

山中鹿之助の碑、戦国の世で忠臣といわれる人物は多く数えられますが、鹿之助も尼子氏再興のために命を懸けて戦い続けた人でした。

本丸南奥



勝日高守神社



麓にある歴史資料館で頂いた縄張り図、まだ未踏の尾根があったので驚きました。

事前にこの南条範夫氏の『出雲の鷹』を読んで、山中鹿之助の労苦とその無念な心を知っての登城でしたので感慨深いものがありました。。


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月山富田城④

2015-09-24 14:02:42 | 山城ー山陰地方
詰め丸へ向かいます。①から③の記事で東西南北を訂正しております。)

詰め丸の登り口は二つあり、一つは御殿の東虎口から南に登る道と、御殿の説明板の裏から(この写真)から登る道があります。

東虎口から登ってきた壕、御殿裏からもここで合流します。



最後の城主、堀尾家で何かお家騒動があり首謀者が処刑されたと説明されています。

20分も登れば石垣の見える尾根に着きます。

帯曲輪に守られ、この上が三の丸です。

三の丸北虎口

帯曲輪は西では大きな曲輪となっています。



三の丸は奥行き80mくらいはあります。

三の丸南東奥に二の丸が見えてきました。

次回 二の丸 本丸へ
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月山富田城③

2015-09-23 12:09:37 | 山城ー山陰地方
山中御殿へ


北曲輪(仮に)見返しています。

御殿下には大きな池

山中御殿、東側には土塁と石垣

御殿へ入る道には多門櫓

北曲輪から見た多門櫓の石垣、北曲輪としたのは御殿と北曲輪とが、この石垣で隔てられているからです。

本当の虎口はこちらからで櫓が虎口を睨んでいます。奥の石垣から詰め城への登り道があります。

櫓から東側を見ると、曲輪があり、あとで資料館によって縄張り図をいただいたところ、案の定、こちらから麓の尾根に多数の曲輪があるようでした。しかし、詰め城を登らなければならないため、こちらの尾根は断念しました。富田城は一日がかりで登らないと全容は見ることができません。

東虎口

御殿にある図

歴代城主

山中御殿を見渡しています。

次回 詰め城へ
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月山富田城②

2015-09-21 11:45:41 | 山城ー山陰地方
太鼓檀から花の壇へ


奥書院、戦没者の慰霊碑があります。馬鹿な首相がアメリカ議会で安保法案を夏までに可決させると約束をしてきて、見苦しい強行採決を行ってまで法案を成立させた。このことによって、自衛隊はアメリカ軍の付属部隊として弾薬補給、後方支援を行っていくでしょう。敵国からすれば、自衛隊であろうと支援部隊として当然、攻撃の対象となり、犠牲者は必ず出てくるでしょう。そのとき、自民党議員。公明党議員はなんと弁明するであろうか?太平洋侵略戦争によって、この慰霊碑のようになんと多くの国民の命が失われていったでしょうか。朝鮮、中国、ベトナム、フィリッピン、カンボジア、タイと侵略を重ね、何が残ったでしょうか。愚かな繰り返しをまた馬鹿な首相が推進している。喜ぶのはアメリカ軍産複合体の代表アーミテージと日本の軍需産業80社である。安倍は安保法案可決で歴史に名前が残ったと自負しているようだが、日本国民をまた地獄へ導く人間を未来永劫許してはいけないと私は思います。


奥書院から次へ

これを登れば花の壇

花の壇、奥に見える山に詰め城があります。

ここまで登ってきましたが、山のぼりがまだ待っています。

花の壇には建物が復元されています。

以外にも花壇のある屋敷であったようです。

花の壇を下りて次に向かいます。

山中御殿の北曲輪(仮に)から麓の御殿を見渡しています。

北曲輪から花の壇を見下ろしています。大きな空堀に北曲輪は護られています。

ここは、案内図では山中御殿内として描かれていますが、北曲輪としたほうが地形的にはよいと私は思います。

次回 山中御殿
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月山富田城

2015-09-19 20:00:45 | 山城ー山陰地方
月山富田城は山陰地方で一番行ってみたかった山城です。

月山富田城地図
島根県広瀬町富田に月山富田城はあります。地方道45号線で南西に走り飯梨川を渡って城安寺から500mくらいで入り口の看板があります。


飯梨川に沿って町道を城安寺をすぎて、この入り口の案内があります。

入り口脇に駐車場があり、北側が公園となっていて歴史年表があります。

この地図を見て厳倉寺周辺には行きませんで、千貫平・太鼓壇・花の壇と登ってゆきました。



千貫平への道

千貫平

大きな曲輪で武者溜まりであったようです。

西側を見ています。

公園の正式名称

太鼓檀


太鼓檀に山中鹿之介幸盛の像があり、どうゆうわけか城主よりも鹿之介の方が人気が高かったようです。

次回 花の壇・山中御殿へと歩きます。
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