山城めぐり(兄弟ブログ biglob)

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寺尾城

2017-07-13 21:08:41 | 山城ー信州
寺尾城と金井山城とは関連深い山城です。
「金井氏系図」によると永正初年(1504)新田系海野氏、金井兵庫介貞幸によって築城され、三代六十年に渡り村上氏に属し兵庫介の子斎宮亮貞元、孫の和泉守貞広(1570没)と続いたが、天文十九年(1550)九月に寺尾重頼(寺尾城主)らと武田晴信に内応し、村上方の包囲攻撃を受けたため、真田幸隆が救援のために地蔵峠を越えて出撃している。「高白斎記」
真田幸隆は、金井四郎重勝(斎宮亮の末弟)の娘を側室として宮内介高勝をなしているので、金井氏とは血族の関係にあり、救援に向かったものと考えられている。しかし、寺尾城は落城して寺尾氏は越後に奔ったようである。金井山城も同じ運命にあったのではないか。
 後に天正十年八月に武田氏滅亡後の北信四群を鎮定した上杉景勝は、北信の諸将に旧城を守らせていて、寺尾城は寺尾伝左衛門の在城と決まっている。金井山城ははっきりしない。「信濃の山城と館2」より


寺尾城は長野市松代町東寺尾にあります。薮が酷いので、晩秋から冬の時期の登城が良いでしょう。

寺尾城地図

国道403号線の松代町東寺尾地区になって、JA総合センター付近の二又を県道に入り50mくらいに南に進めば愛宕社があります。
愛宕社

長い階段を登ると天狗の面があるお堂

尾根に着くと長い馬場

馬場の北側奥に堀切と曲輪3の城壁

堀切を見下ろしています。

曲輪3南下の腰曲輪

曲輪3、時期が悪く薮です。

本丸南下の堀切

本丸南城壁

本丸

縄張り図は「信濃の山城と館2」更埴・長野編

次回 諏訪市 有賀城







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