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今日の筆洗

2020年12月16日 | Weblog

「自分は腕利きのスパイだった」と書いていた。少年のときから「言い逃れやごまかし」を大切な武器として身に付けていたという。「詐欺師」だった父親を見て身に付けたという▼英情報機関とのつながりは十七歳。つまりスパイになった。一九五六年、「MI5」に正式に所属。ボンのイギリス大使館に勤務する一方で小説を書きだした。『寒い国から帰ってきたスパイ』などの英スパイ小説の大家ジョン・ル・カレさんが亡くなった。八十九歳。巨匠の死に日本のファンもうろたえているだろう▼文章を厳しく指導されたのは情報機関時代だった。提出した報告書に上司が赤字を入れる。「不要」「根拠を示せ」−。切れ味鋭い文章はその賜物(たまもの)か▼同じ元スパイの作家イアン・フレミングのジェームズ・ボンドは洗練されたスパイだが、ル・カレのスパイはやや風采が上がらぬ。どこにでもいる普通の人間がスパイ。だからこそ冷戦期の厳しい現実をより生々しく描けたのだろう▼ファンは熱狂したが、情報機関の評判が悪かったそうだ。国のために尽くしているのに、なぜ、情報機関を醜く描くのか▼エンターテインメントの陰で一貫して描いたテーマは国家と個人の関係である。国家や思想のために個人が犠牲になってはならぬ。スパイ時代はともかく、その作家は自分の作品には「言い逃れやごまかし」を許さなかった。