Oceangreenの思索

主に、古神道、チベット仏教、心理学等に基づく日本精神文化の分析…だったはずなんだけど!

咲国魂

2010-02-03 | 日本人の意識と社会
九州があたま”で、大阪の生国魂神社の御祭神(生島神・足島神)の別名を、
上田の生島足島神社と同じく、生国魂大神と足国魂大神、としましたが、

これはどうも間違いで、
正しくは、生国魂大神と咲国魂大神になるそうです。

生島足島神社の方は、
修正なしでいいんですけど。

***

古神道では、万物には全て、
一霊四魂が備わっている、と考えます。

一霊四魂というのは、魂の四つの働きを示す、奇魂・幸魂・和魂・荒魂と、
それらを統括する為に神から分けられた霊=一霊を指します。

本田親徳に従えば、
奇魂(くしみたま)は“智・巧・察”、
幸魂(さきみたま)は“愛・益・育”、
和魂(にぎみたま)は“親・平・交”、
荒魂(あらみたま)は“勇・進・果”の働きを持つ、とのこと。

神道思想家、川面凡児によると、
神から分けられた一霊を、
別名、生魂と言うのだそうです。
そして、荒魂のことを、足魂と。

ですから、それに従えば、
列島のヘソ、生島足島神社で祀っているのは、
日本列島の“生魂”=一霊と、“足魂”=荒魂と
いう事になります。

***

では、列島のみぞおち(心臓のチャクラ)で祀っている
“咲国魂”とは、何でしょう?

わたしはこれを、
“幸魂”の別字ではないか、と思います。

言霊的に、“さき魂”は、
“先魂”とも“前魂”とも書けます。
また、突端のことを“さき”といい、
水を裂いて進んでいく舟の先端は、舳先となります。

国学系統では、“進”を荒魂にあて、これを臍下丹田に配しますが、
荒魂を先に立てることは、文字通り、物事を荒々しくすると思います。

幸魂は“愛・育・益”の働きとの事ですが、
仏教でも、みぞおちのチャクラは慈悲の座となります。

“さき魂”を正しくすると、変わらぬ善き情熱となります。
この善き思いを先に立てることで“幸魂”となる。
そして、“咲魂”ともなるのだと思います。

***

わたしは、ヘソのチャクラの“足魂”も、
荒魂ではなく、むしろ和魂にあてたいのです。

“にぎ魂”は、握魂であり、賑魂でもあります。
腹に“親しみ・公平・交わり”という和への志向をしっかり握り、
これで幸魂の思いを支えて実行することにより、賑わいが生まれる。

それは、“足魂”の満ち足りを
もたらすでしょう。

***

“荒魂”は“改魂”であり、“洗魂”でもあり、
最後の手段になります。

骨と筋肉そのものに配し、
通常の場合、先に立てる“進”よりはむしろ、
進めていくための“忍”であると思います。

慈悲や和ですべてがうまく行くほど、世の中は甘くない。
それを“忍”の力で支えるのが、荒魂なのだと思います。

仏教では人間を、色・受・想・行・識、五つの作用(五蘊)の集合体としますが、
この中の、肉体=色蘊を除いた受・想・行・識は、
荒魂・幸魂・和魂・奇魂にあてる事ができると思います。

柔道で最初に学ぶのは、攻撃ではなく受身だと、
父に聞いたことがあります。

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