Sightsong

自縄自縛日記

井筒和幸『パッチギ!Love & Peace』

2011-07-24 23:53:15 | 韓国・朝鮮

江東区枝川のコリアンタウンが舞台になっている映画、井筒和幸『パッチギ!Love & Peace』(2007年)を観る。近所のブックオフでは、本編とメイキングフィルムとの2枚組、台本などが入ったボックスセットが、外箱が日焼けしているという理由だけで1000円だった。

1974年の枝川。雑踏風景の中に、地域の重要な存在だったという江東朝鮮人生活協同組合(既に取り壊し)が見える。焼肉屋も登場する。現在の朝鮮第二初級学校はこのとき初中級学校であり、映画の中に出てくる宇野重吉(似ていない・・・寺尾聰が演じればよかったのに)は、実際に紙芝居を持って足を運んだのだろうか。

筋ジストロフィーの息子チャンスを治療するために枝川に移り住んだ主人公アンソンは、住宅と一緒になっている叔父のサンダル工場で働いている。その妹キョンジャは、ホルモン焼肉屋で働きながら、芸能界で成功しようとする。アンソンとキョンジャの父は、かつて済州島で日本軍に徴用されながら命がけで逃げ出した人だった。キョンジャが主演女優を掴んだ映画は、「お国のために命を捧げる」特攻隊員を称揚するものだった。そして完成後の舞台挨拶で、キョンジャは、自分が在日コリアンであることを告白し、父が逃げ出したからこそ自分があるのだと満員の観客に向かって話す。日本から帰れと叫び紙コップを投げる男たちの行動を機に、劇場は大乱闘となる。

公開当時、反日的かつ過度のカリカチュアだとの批判記事があった。とんでもない、意も技もある上質のエンタテインメントであり、そこには伝えたい現実社会の姿がある(勿論そんなものがなくても良い映画はいくらでもあるが、これには両方があるというだけだ)。

井筒監督が同時期公開の『俺は、君のために死ににいく』(石原慎太郎製作・脚本)をぼろくそに貶した事件もあった。まさに現実が、劇中映画を模倣した悪い冗談のように見える。自らのマジョリティ性に無自覚的な者が特攻について語る文脈は、例えば、海江田経産相が福島原発の労働者を称揚した文脈と、思考過程と、奇妙なほどに重なる。

海江田万里経済産業相は23日のテレビ東京の番組で、東京電力福島第一原子力発電所事故後の作業に関連し、「現場の人たちは線量計をつけて入ると(線量が)上がって法律では働けなくなるから、線量計を置いて入った人がたくさんいる」と明らかにした。「頑張ってくれた現場の人は尊いし、日本人が誇っていい」と称賛する美談として述べた。」(朝日新聞、2011/7/24)

●参照
『東京のコリアン・タウン 枝川物語』
枝川でのシンポジウム「高校無償化からの排除、助成金停止 教育における民族差別を許さない」
道岸勝一『ある日』


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