たくさんの未来

2012-04-12 13:08:52 | 日記
2006年のある日、あるビジョンを見せられた。

《空からの視点。どこまでも一面泥水に覆われた光景。
波が逆巻き、大きく渦を巻いているのが見える。
重く垂れ込める雨雲。全く陸地らしきものはない。》

声が聞こえた。


『これは未来の地球です。』

(うそー!ひえぇーどこにも地面ないじゃん:::*::
こりゃ大変じゃん!何にも生き残れないじゃん!!
どーすんのよ〜)


すごい動揺で、心臓ばくばくしている私に、

『これじゃない未来もあります・』

と、またまた声がして、

次に見せられたのは、いわゆる愛と調和に溢れた世界。

《人々は暖かで快適な、春の日差しのような中にいて、みんな幸せそうに生活している。
尊重と思いやりにあふれた世界…》


『まず世界共通の通貨が作られます。
色んな改革が順々に行われ、
次第に国という区別がなくなり、世界は一つになります。云々…』

『どちらの未来に進んで行くかのターニングポイントが2009年です。
2009年を境に、その後の未来への道が、大きく2つに分かれていくということです。
どちらの未来に進んでいくのかは、
それまでにあなた方人類の意識が、どれだけ進化するか、準備できるかにかかっています。』

それを聞いた私は、
兎にも角にも、これは大変だと思った。

が、だからと言って、すべてを丸呑みに信じたわけでもない。

前回、文明が滅んだのが、ノアの箱舟でいわれているような洪水のせいだとしたら、
2度続けて、同じ方法で滅亡するのもオカシイかなとも思ったりしたしね。

だから、『ちゃんとしないとこうなるぞ〜』みたいな、【脅し】をかけられてるのかなとも思った。

(でもでも、万が一にも【一面水浸し】の未来があって、
その方向性が、2009年までに決まるというなら、
うかうかしてはいられない。
とりあえず、それまでの間私にできることは何でもやる!
やれといわれたことは、何でもやる。!!)

そう決意して、
伝えるべき人にはそれを伝え、
それからの2年あまりの私は、
本当にハードな神さまお仕事に、日本にとどまらず、奔走した。

その中には、私にとって生き死にをかけるぐらいの、決断や恐怖を伴うものも沢山あった。

まあ今考えれば、それも当たり前。
天に使われて、土地や精霊を癒したり、浄化したりするお手伝いをするということは、
すなわち自然に、自分のヒーリングや浄化も行われるということで、
例えば自分の中にある最大の恐怖と向かいあうことが、
自分の殻を破ること=浄化だったりするわけだ。

結局は私としては、力は尽くしたつもりだが、
実際何がどこまで出来たのかはわからない。

ともかく、そんなわけなのか、
不思議なことに、
2009年を過ぎたあたりから、
神さまからの依頼は、とんと来なくなった。
なので最近は、
直感で閃いた時だけ、どこそこの神社なりに出掛けたりしている。
今では、多分そういう形での、
神さま?から私に割り振られた担当分は、終わったのだと思っている。


それでも、時折思うのだ…。
2009年に、未来はどちらの方向に舵を切ったのだろうかと。


これは私にとっての現実なので、
他の人にとっての真実ではないかもしれない。

もちろん今この瞬間も、
内からの導きに従って、
地球や人類のために、
祈ったり、行動したりされてる方がたは沢山おられると思う。


未来は未だ決まっていなくて、
一瞬一瞬の私たちの選択によって、まさに作りあげられているともいえるし、
すでに沢山用意され存在している未来のどれを現実化するか、
迫られているとも言えるのかもしれない。

※  ※  ※

…さて、今日はちょっと古い話をしました。
だから、ある意味、もうどうでもいいことでもあります。

今日を生きる。
今を生きる。

結局私達にはそれしかありませんもんね。













すごい嵐ですね〜。

2012-04-03 15:19:03 | 日記
うちの辺りでも、1時間ほど前から、
木が横倒しになりそうな突風が、
断続的にゴーゴー吹いています。

この嵐、今回は日本全国縦断?ですよね。
日本全土の大掃除をしに来てくれてるんだろうなぁ…。

こういう雨や風は、実はありがたいことで、
これによって、地震が緩和されるのだそうです。

まずは水(台風など)の浄化。
それでもやりきれない分は、
火の浄化(地震、噴火など)、やむなしと、
いったところでしょうか。


一応思い出したので、
今更ですが、
ここでシェアさせてもらいますが、
今年はうるう年ですね。

その閏日?(2月29日)に、
鈴鹿の椿大神社に行ってきました。

その日は参道脇にある、
いつもはわざと?通りすぎる丸い大きな石の前で、
何故だか足が止まりました。
よくよくみると、
それは地球をかたどったもので、
球の中に大きく日本列島が掘り込まれていました。
サルタヒコ神のお姿もあります。

これもなにかのご縁と、
ちいさなお賽銭箱の前でお参りさせてもらうと、
突然からだが振動し始めて、止まらなくなりました。

ビジョンの中で、
大きな丸い地球が、細かく振動しているのが見えました。

《揺さ振り。振るい落とし。》

その光景を見て、
(ああ…やはりこの星の、この先の大浄化は免れないのだな。)と感じました。

するととっさに、
「この事態が免れないのならば、
どうか大難が中難に、中難が小難になりますように」
とお願いしてしまいました。

すると、キラキラ光るピンクのエネルギーと共に、
『あなたの願いはかなえられました。(心配しなくても大丈夫ですよ)』
という女神らしき存在の声が聞こえました。

※…私の自我がそう聞こえさせたのかもしれませんが、
ともかく、その時とても愛を感じたことは確かです。

そのあと振動が収まってから、本社にお参りに行きました。


はるか遠く、
参道手前の鳥居の所から、
すでにわかっていたのですが、
お社の前に着くと、
やはりこちら向きに、
サルタヒコ神が仁王立ちになられていました。

身の丈は社殿の2、5倍ぐらいでしょうか。
サルタヒコ神のエネルギーがあまりに強大で、
私はその石段の下までしか近づくことができず、
失礼ながらそこでご挨拶させていただきました。

実はこれまで何度もこの神社には参拝させていただいているのですが、
お声を2言3言いただいたことはあっても、
お姿を拝見したことはなく、
それがちょっとしたナゾでもありました。

今回もそのナゾが解けたわけではありませんが、
そのお姿を見て、
こちらの神社は、紛れもなくサルタヒコ神の本宮であり、
こののちは、
このように、この大地を踏みしめて、
ずっとここに御立ちくださるのだろうと感じました。

そのお姿はまさにこの地を押さえる、
揺れを少しでも鎮めるために尽力して下さっているように、
私には見受けられました。

私達人間のために、生きとし生けるもののために…。

いつものことながら、
このような大きなご神体とは、
私ごとき人間の状態では、言葉を交わすことはできませんので、
感謝とともにその場を去りました。

そして忘れてならない椿大社の金龍さんですが、
龍神さんもまた、
この後は地龍に姿を変えて、
この峰峰を抑えることに専念されるとおっしゃっていました。


返す返すも、ありがたいことです。


ということで、
結局は『何があっても大丈夫』なのですが、
人間の身としては、
災害も災厄も、軽く済むならそれにこしたことはなく、
このように、
日本神界、龍神界ともに、
今は、なにこれの争い無く、
一丸となって力を尽くして下さっているのを知るにつけ、
未だに権力争いなどなさっている政治家や、
その他もろもろのみなさん!
いい加減にしてちょうだい!!と、
焼きを何十にも入れてやりたくなるのでした。















宙ぶらりんを終わらせる。

2012-04-01 16:49:07 | 日記
今朝は目覚めが、すこぶるよかった

こんなにスッキリ気持イイのは、過去、
1年365日のうちでも1日あるかないかだ。

体も驚くほど軽い

そこでハタと気がついた。

3月は私にとって、
古いエネルギーを捨て去る時期、
ある意味、《カルマの清算》がなされていたのだと。


先月はやたら、
何年も会わずじまいになっいた人びとに、
連絡を取り、会っていた。

何か理由があるわけでなく、
ともかく今、会うことが必要?という感じで、
会っていた。

が、今日になってそれは
《人間関係の宙ぶらりんを終わらせる。》
という意味だったのだと思ったのだ。


過去の自分が築いた人間関係は、
現実面で付き合いが無くなっても、
エネルギー的には切れずにだらだら残り続けることがあり、
これは今の私にとって好ましくない状態となる。

特に新しい段階に進もうとする時には、
それが、オモリのついたロープのように自分にぶら下がり、
移行を邪魔するのだ。

そもそも人間関係というものは、
良いも悪いも、カルマによって成り立っているものがほとんど。
前世も含めた過去の何処かで《因》を得た相手と、
今生、理由あって関係《果》を結んでいるわけだ。

私の人生も、もちろんその法則内にあるのだが、
ここ数年は、人との縁がスピリット(←私の魂)
の管理下におかれているので、
自分の好き嫌い(←感情的カルマ)で、
人間関係が築かれることはなくなっていた。

そうはいっても目残りはあるもので、
自分でも気付かずに宙ぶらりんになっていたもの、

今回、私のスピリットからみて、
終わらせるべき関係のものを、
どこかのレベルでスッパリ切られたらしい。


それにより、
一生会わない人もあるだろうし、
改めて今までとは違ったレベルで、
新たな関係を結ぶ人もあるのだろう。

そしてそれは、人間の私に操作できることではない。

以前はそこに物悲しさを感じたものだが、
今はそれをありがたいと思う私なのだった










危機は回避?!

2012-01-20 08:37:39 | 日記
今朝、目覚めると雨だった。

ベッドの中で、微かな雨音を聞きながら、
何故だか、内から力が湧いて来るのを感じた。

そして、生れて初めてと言っていい何か。
理由無き喜びと幸せというようなものが、
胸に広がってきた。


???…

窓を開けると、
暖かで慈愛に満ちた雨の空気が、
部屋いっぱいに、なだれ込んできて、
確かにこれは『愛』?


(…今日の雨は、いつもと違う…)

私の中で、何かが変わっていた。
外側の世界も変わったのかもしれない。
きのうまでとは、決定的に違う何か…。


(もう大丈夫。最悪の未来は起こらない。)
無理なく、そう思えた。


実のところ私は、ここ2〜3年の間、
ずっとある種の危機を感じてきた。

 【日本存亡の危機】といったようなもの…。


最悪の場合、

「遥か昔、大陸の東に日本という国があったそうだ…」と、

かつてのアトランティスのように、
後世の人々に
伝説として語られてしまうことも有りと、思っていた。
常に
(今、本当は、ぎりぎりの所に私たちは生きている…!)
そう思ってもいた。


それが今朝、突然にチェンジした。

それは、単なる私の思いすごしかもしれないし、
ある一定の波動を越えた人が必要数に達して、
全体の意識レベルが一気に引き上がった結果なのかもしれない。
【百匹目の猿】現象みたいに…。


何にせよ、私の中に、
このことに関する、【理由無き安定】が生れたことは確かで、
それは本当にありがたいことだと思う。


初めて人の偉大さを、
創造主から与えられた、
人類の知恵を信じる気持ちが起きてきた。


(原発の問題も、きっと解決される日が来る!)
なんだか希望がわいて来た。

この確信が、本物でありますように☆
















夢もいろいろだね

2012-01-07 18:37:08 | 日記
朝方、庭の柘榴の枝に止まっていた雀が、
窓ガラスを突き抜けて、家に飛び込んできた夢をみた。

私にぶつかりそうになりながら部屋を飛び回る雀を見て、
(どうやって入ったんだ?!)と訝りながらも受け入れてる自分がいた。
まあ、いつものことだが…

その後充分に朝寝坊し、
モゾモゾとベッドを這い出してきたころには、
そんな夢は全く忘れていたのだが、
ボーっとしながらキッチンの横を通りすぎた時、
柘榴の木に雀が1羽こちらを向いて止まっているのを見て、
はっとした。

「あースズメ!!」

おそらく真相はこうだ。

冬、雪が降るような寒さになってくると、
朝、どうしても雀が不憫になり、
いまだにお米を一掴み、庭に蒔いてしまう私。

きのうなども、カーテンを開けるとすぐに、
10羽程集まってきて、
夏には近づいただけで逃げるヤツラが、
空腹には勝てぬのか、
私に飛び掛らん勢いで近づいて来て、
せっせとお米をついばんでいた。

然るに今日の私は朝寝坊。

ぐーぐー寝ている私を他所に、
彼らは相当腹が減っていたにちがいない。

ついにはそのイライラ?の想念(←意識体?)が私の夢に入り込んで来て、
早くエサをくれと、催促していたのだろう。


そんな事とはつゆ知らず、
まことにスマヌことをしたと思ったが、
そのあと用事があったので、その場はそのまま出かけてしまい、
誤りながらお米を撒いたのは、結局夕方だった。
(ホントにゴメン、許せ)

「お米まいたよ〜、ごめんね〜遅くなって」
と呼びかけ、想念を送ると、
30秒ほど?で、どこからともなくバタバタと、
数羽の雀がやってきた。

思うに自然の生き物は、
創造主と分離していないので、
主に直感によって、食事にありついているらしい。

(なんかこっちに飛びたいな〜。あ、いいものあった♪)
みたいな☆

おそらくその傾向は、高等なものほど薄れていくのだろうが…。


というわけで、一応めでたく?雀は朝の分を夕方食べたというわけだ。
(やっぱりスマヌ




ある時はこんなこともあった。

私が自室で瞑想状態になっていると、
飼い犬のエルが私のそばに来て体をなすりつけてきた。
(しまった!部屋の戸がきちんとしまっていなかった?!)

と一瞬思ったが、

(いやいやそんなハズはない、
ドアはちゃんと閉めたし、
私は今、目をつむっているのにエルの姿が見えているということは、
これはエルの意識体《←要は霊体》なのだな…・)
とすぐに思い直した。

(へえ〜、エルすごいじゃん
と感心しながら、

しばらくして、通常の状態にもどりあたりを見回すと、
やはり犬の姿はなくドアもしまっている。

スタスタとリビングに戻り、
ソファーでコーヒーを飲んでいた夫にさりげなく、

「私が向こうの部屋にいた時エルどうしてた?」
と聞くと、

「ママの部屋の前でずっと寝てたよ」という返事…

(やっぱり)


このことにより、
ヤツ(←エル)も寝ている間、
意識体となってあちこち飛んでいることが確信できた。

その時のエルのリアルな感触は、
今朝の夢の中の雀のものと、同じだった。

夢?もホントにいろいろだと思う。

昼間の印象からくるものや、
体の状態を反映するもの、
天からのお便りらしきものもあるが、
中にはこんなのもあるよ
という、今日のお話でした。