☆マリアのスピリチュアル?あれこれ☆

日々の暮らしの中で起こったちょっぴり不思議な出来事とか、発見!など、
ハートからシェアしちゃいます♪

2010-03-30 21:08:43 | 日記
2月のある晩のこと。

お風呂上りにベランダに出てみた。

夜空を見上げてみるが、生憎の曇り空。
重く雲が垂れ込め、冬に珍しく星一つ見えない。

何だかガッカリだったが、そのまま、ぼーっとしていると、
どこからともなく、嵐のような強い想いに囚われた。


(もう、こんな世界はたくさんだ!

悲しみも苦しみも病も戦争も貧困も、もう十分だ!

私たちはもう十分経験してきたじゃないか!!


どうか宇宙よ、お願いです!!

私たちが苦しみでなく悲しみでなく、喜びや楽しみによって進化できますように。

どうか、そうさせて下さい。

誰もが幸せに、愛と調和と共に生きられるようにして下さい。

どうかお願いします!どうか、どうか、お願いします…!!)


  ※  ※  ※


…普段、私は、願いごとをすることが、ない。

それがこの時ばかりは、
私の魂の叫びだったのか、何だったのかよくわからないが、
気がつけば宙のただ1点を見つめ、涙でぐしょぐしょになりながら、
両手をかたく握り締め、ひたすらに祈っている自分がいた。


…と、突然、
私の見据えている、まさにその1点の、視線の先に、
大きな赤い星が現れたのだ!!


その瞬間、まっすぐな星の光に、照らし出されたような感じになった私。
まるで、真っ暗な舞台の上に立った役者が、突然のスポットライトを当てられたみたいに…。

△?※☆□…不意打ちをくらい、さすがに驚いて、思わず後ずさってしまった。


(え・うそ?!…。 )と想い、あわてて周りを見回すも、
天空に現れているのは、その星ひとつ。

全天に、変わらず雲はどんより留まり、風に運ばれ飛ばされている様子でもなく…、
どうしてそこにだけ突然星が出現し、光を放っているのか…。


それは、見つめていたその場所だけ、雲が切れたのだったにしても、
私にとっては不思議な現象だった。


お陰ですっかり、必死の想いも涙も、どこかに飛んでいってしまった私。
あっけにとられながら、結局こう理解することにした。


【宇宙は私の祈りを、聞いていてくれたんだ…】


◇◇『あなたの言いたいことはわかりましたよ。ちゃんと受け取りましたからね…。』◇◇

というサインを、示してくれたんだ…と。


そして、その後20秒ほどして、その星は消えた。(雲に隠れた…たぶん。)



私の願いは、今は叶えられないのだろう。

一人ひとりに自由意志があり、その尊重が約束されているのだから…。
大いなる視点から、まだまだ闇を体験したい人々もいるのだ。


すべてのことの成り行きは、大いなる意志が治め、束ねている。
全体像は、自我の私にはわからない。
感情に呑まれた私の願いなど遠く及ばないところで、
世界は最善に保たれているのだ。きっと…。


それでも宇宙は、
こんな小さな私のことも、ちゃんと知っていて、
いつも見守ってくれているのだという印を、くれたのだと思うと、
心がほんのり温かくなった。

ありがとう…。本当にありがとうございます☆







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つばめ。

2010-03-17 14:35:39 | 日記
今朝、我が家で今年初めての燕を目にした。。
ピチュピチュと楽しそうに鳴きながら、2羽で追いかけっこをして飛んで行った。

気がつけば、庭木もすっかり春の装い。
白木蓮が青空に美しく映え、沈丁花が良い香りを漂わせている。

桜の開花も近そうだ。


秋につばめが南に去ってから、
いろいろ辛いことなど重なって、
でもそこから学ぶことや、身にしみて理解したことなどもあり、
感覚的には、数十年を経たような気がしている。


その一つ。
振り返れば昨年、
我が家の愛犬に襲われて命を落とした鳩には、ツガイの雌がいたが、
その雌も先月、私が穂高に行っている間に、雄と全く同じ目に遭い亡くなった。

※何年か観察していて分かったことだが、鳩は本当に夫婦仲がいい。
2羽が口ばしをくっつけて、ハートの形になって木に止まっている姿をよく見かけたし、
羽づくろいも、しょっ中お互いにやり合いっこしていた。

今年の冬は、雪がわりとよく降った。
残された1羽が、寒そうに羽をふくらませて雪に耐えている姿を見かけるたび、
一層不憫さが募り、胸が痛んだ。

そんなこんなで結局、雄があんな死に方をしたのに、
急にエサをあげなくなるのも可哀想とダラダラ言い訳をして、
春になるまでだからと、やっていたのがアダとなり、
またしても、犬に襲われることとなった。



今度こそ、心底懲りた私は、きっぱり鳥に、一切のエサをやるのをやめた。

朝、私が外に出てくるのを心待ちにしていた雀の集団も、もういない。

合わせてミカンもやらなくなったので、メジロも来なくなった。


正直寂しい。でも、それでいいのだと思う。
野生のものは、人間に慣れすぎてはいけないのだ。

他にも、
雪で凍えそうだったカマキリを、可哀想に思って家にいれたばかりに、
誤って踏み潰してしまったり、
ストーブで焼け焦げそうなった蛾を助けようとして、
逆に叩きつぶしてしまったりという事件?を起した私。
…つくづく悟った。

【私の自我がすることは、ことごとく、裏目に出る。】


そう、あの日、蛾を殺してしまった時に、息子に言われた言葉が、思い出される…。


  ※「助けようと思ったのに、なんで~!」と大声で嘆く私、チラリと目を向けた彼、
   「オレには、とどめを刺したように見えたよ。」  

…そう、確かに事実はそのとおり。
 私がとどめを刺した…。たとえ、私の気持ちがどうであったにしても…。

そんなこんなで、
すっかり愕然と、
つくづく自分のトンチンカンさを思い知った私は、
もう2度と、自然の生き物に手を出さないことに決めた。


雌の鳩は、雄のところへ行きたかったのかもしれないし、そうでなかったのかもしれない。
私は悲惨な状態を目の当たりにしたけれど、自然界ではこれも当たり前のことの一つで、
知らないところで、日々自然の摂理として、悲劇?は起こっているのかもしれない。

死ぬものは死に、生きるものは生きる。

これは自我の決められることではない。
頭で分かっていても、情に流されていた、そんな気もする。

死は良いことでも悪いことでもない。
死に過敏にならず、死ぬことも生きることも、自然に任せて受け入れる。
すべては天の御心のままに。…それはそれぞれの魂の意志でもある。


最近は、若い鳩のカップルが庭に来るようになった。
世代交代。
縄張りも次の世代に引き継がれて行く。
逝くものが行かなければ、来るものも来れない。
そんな意味もあるのかなぁ…。

少なくとも私は、次の世代のため、
私の出来る事は果たして去りたいと思う。


ちなみに、鳩事件の実行犯であった愛犬エルは、
キツイお叱りの後、庭への出入りが禁止となった。
現在は運動不足回避のため、9歳にして初めて、お散歩が日課になりつつある。
この先のことを考えると、お散歩で強制的に歩かせた方が、
足腰が弱るのを抑えられて、いいのかもしれない。

すべては上手くいくようになっているのだ…きっと。












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何にもやりたくない病。

2010-03-11 16:08:12 | 日記
今週はどうも、【何にもやりたくない病】にかかっている。
ほぼ1週間、予定もポッカリ空いている。

体も重いし、ヤル気もでない。
気がつくと、はぁ~っと深い溜め息をついている。

やたら眠れるのだが、寝ても、疲れて目が覚める。

そんな中覚えている夢は、なぜか海外に行ってるものばかり。
それも観光とかでなく、何かの用事で行っていて忙しく、
キレイな景色を横目で見ながら、
(ああ~ゆっくり出来たらなぁ…。)とそこでも溜め息。

まあ、どこかで非日常を求める気持ちが、そんな夢を見させているのかもしれないけど、
それにしても、あんまり楽しくない。


先日の夢は、トルコの町なかの公園で、自分が旋回舞踊をしながら、
アベマリアを歌っているものだった。
何でそんなことをやってるのかは、もちろん分からない。

1曲踊り終わったところで、近くにいたおじさんに水を1杯もらったんだけど、
その人と会話しながら、
(日本語で話してるんだけど、これは、実際に日本語なのか、それともテレパシーで話してるのかどっち?!)
なんて考えていた私。次の瞬間、突然、目が覚めた。

(あのおじさん、急に私が消えたのでビックリしてるかなぁ…)
なんて、目覚めても暫らく考えているあたりが、我ながら怪しい精神状態である。
フツウに寝ぼけてるだけなんだけどね。怪しい思考回路になりつつも?ある…?!


今朝などは、朝からしんどいので、
(こういう時は、塩風呂にでも、じっくり浸かりましょう)とお風呂に入ったら、
お湯の中で2時間も眠ってしまった。
お陰さまで精神的なウツウツ気分は取れたけど、体はダルダルになった。


然しながらこういう時期は、意外に大事な時が多いと今までの経験で感じている私。

しょうもない自分をイヤになったりせず、【調整の時期】はこんなもんだからと、
逆らわず、ダラダラすることにしている。

それがずっとだとマズイと思うけど、大抵ある時期が来ると、シャキンとなるので、
今は休養が許されてるんだと考え過ごすことにしている。





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生かされているということ

2010-03-07 11:05:54 | 日記
昨日のブログで書き忘れたことがあったので、今日はその補足。

【生かされている】って、私も時々口にすることだけど、
中々フツウの生活では、実感が伴わないことでもあるよね~。


「心臓を動かしたり、身体の代謝や、食物の消化を促しているのはあなたですか?
神経がそうしているというのなら、その神経を動かしているのは、いったい何なのでしょう?」
とか書いてある本なんかを読むと、

(なるほど、そうだよなぁ。
確かに自分の力じゃないし、何か自分では及ばない力、サムシンググレイトの力によって
生かされているってことになるよね~。)

と思ったりするけど、その時点ではそれも、1つの考えや知識でしかなく、
自分の実感、【それが真実だ!】みたいな感動とは、ほど遠いのが実情だ。


そんな、【腑に落ちていない状態】で、【生かされてることに感謝しろ】と言われたって、
なんだかイマイチって感じだよね…。

少なくとも私はそんな感じだった。



でも、誰にでも、【鍵になる言葉】というものがあるものだ。

それが私にとっては、【電気】だった。

パラマハンサ・ヨガナンダ講和集、『人間の永遠の探求』にそれはあった。



例えば、人間の肉体を、ガンダムのモビルスーツのようなものだとしよう。
その場合、乗り手のアムロ(←古すぎる?!)が、私達である【転生する魂】であり、
(←ここまでは昨日の内容と同じ)
そのスーツを動かすには、その動力である【電気】のようなものが必要ということになる。
そうなのよ!
だって、いくらマシーンと乗り手が揃っても、動力がなかったら、モビルスーツは動かせない。
そうなると、その【動力】に相当する【何か】が、人間の肉体にも存在することにになる。
その【何か】が【生命エネルギー】であり、それが、その本の中では【プラーナ】とされていた。


(電気!…なるほど!それがなければ、いくらガンダムに乗り込んだって出動できないよね!

そしてその電気があるから、私たちは生きて動けているんだと思ったら、
ピカーッと私の中で、ある回路が繋がり、
(電気=生命エネルギーを流す権限は、自我の及ばないところが持っているんだ!
そして人間として存在するには、それが欠かせない。
まさに、私たちは神の手【サムシンググレイト】によって生かされてるんだ

というのが、もの凄い現実となって実感されたのである。

※(もちろん神の手なるものは、魂の意志とも共鳴していて、
常にそれは【最善】で運営されているらしい…。)

人は食べ物だけで生きてると思ってる人には、なんのこっちゃわからん変な話だと思うが、
私の現実では、そうなっていないので、本当に、スッキリ視界が開けた感じになった。

かえすがえすも、人間として生きているということは、
多重の要素が組み合わさることで存在できている、
精妙かつ複雑な状態だと思う。


というわけで、(本当に自分って生かされてる存在なんだな~)と、
それ以来、パズルのピースがピッタリはまったような感覚で、
また一つ、心安らかになりました。ありがとうです。










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肉体は地球

2010-03-06 11:04:25 | 日記
今朝目覚めた時、何だかそれが、腑に落ちていた。

【私達の体は地球で出来ている。】
…前から、思っていたことではある。


およそ地球上にある物質で、地球の成分から作られていないものはない。(←隕石は除く)
有機質、無機質を問わず、すべてのものは元素でできていて、
チベット密教や、ヨガの経典をみると、肉体も、
【火、水、土、風、空の五大元素の光】が、密度を落として物質化したものだと書かれている。

そうは言えども、日常では、体は食べ物から作られるものであり、
タンパク質とか骨とか脂肪など等でできているので、
海、陸、大気で構成されている【地球】と同じとは認識しづらい。

でも今朝は、なぜだかそれが、とてもしっくり感じられたのだ。


私達の身体は、地球の構成要素が形を変えて、一時(いっとき)此処に現れたものだから、
その期限が切れたら、また地球に帰っていく。

それは有機体でできた、一つの乗り物なのだが、
乗り物としての役割を終えても、
その設計図とそれまでのデーター(経験)はDNAとして、
2つの単体(両親)からの複製(子)として引き継がれていく。

そうして人間という生物の、【生物としての意識】ともいえるもの、(本能、性格、癖など)が維持され、
【種】が存続しているわけなのだけれども、
大切なのは、それが、【私】ではないということだ。

【私】とは、それに乗っている、そこに宿っている【魂】であり、
それを忘れていることが、この世の【人生劇場】を生み出している原因にもなっている。


生れてくる時、魂は、この地上で経験したいことに最も適した身体に宿れるよう、
両親となる人を選ぶ。(もちろん、カルマも考慮される。)

ある意味、この3次元での肉体は、オーダーメイドの服のようなもので、
色んな意味あいを加味した上での、【私】仕様かつ最善の【賜りもの】なのだ。

【地球滞在用の、特別スーツ】とも言えるので、
当然予定してきた滞在期間が終われば、地球にお返しすることになる。


…そういうものなんだと、頭でなく、腑に落ちた。


ありがたいとも思ったし、【経年劣化】が3次元の自然法則なので、
より大切にしなくては、とも思った。
そして何より、
実際に、【地球は、紛れもない私達の母】で、【私たちはその子供】なのだと強く感じた。
(肉体的にではあるが。


母は常に子供を無条件で愛し、必要なものすべてを与え続けてくれている。
自分が子供と気づいていない人々は、
【すべてが自分のもの】で、【何でも自分の力】だと錯覚して、家庭内暴力を続けているようなものだ。

それを、【普通の意識が自分と信じている自分】、
【真実でない自分】である【自我】のなせる業、という事もできるだろう。


何にせよ宇宙は寛大で、【自由意志の尊重の法則】により、
地球では何でも【有り】なんだけど、
同時に【やったことは身に還る】という因果応報の、
【カルマ】という法則も、以前、存在しているので、
個々の【選択】
『私は何を選び、何を現実化していくのか』というのが、
この先、一層重要になる気がする。


ということで、今日はいつもより、想念をまとめて、文章にするのに頭を使いました。
こういう時もあるものです。


今週は富士と、大阪に行っていました。
富士は津波のせいで、帰り、甲府から中央道を走ってきたので、
中部地区をぐるっと一周する形になりました。

結構ざわざわした日々が続いていますの。






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