☆マリアのスピリチュアル?あれこれ☆

日々の暮らしの中で起こったちょっぴり不思議な出来事とか、発見!など、
ハートからシェアしちゃいます♪

しつこいようだけど…「君の名は。」…

2016-12-26 16:07:22 | 日記
何につけても固定観念は持って欲しくないから、
あんまり自分の感想とか言わないようにしてるんだけど、
あの映画で、

「君の名は。」
「君の名は?」

って問われているのは、
実は、

「観客である私たち?!」

とも思う。

映画の題名であり、
その中のストーリーであり、
主人公たちが問い続けてた言葉…。

でもそれだけじゃない。

これを観ることで呼びかけられている人たちがいる。
自分の内に在る、或るスイッチを押された人たちがいる。

そう。
私たちは問われている。
集合をかけられている。

『君の名は?』

『…私の名?!』

 ワタシ・ハ・ダレ

冬至が過ぎた。
新しいサイクルが始まった。
何かの息吹を感じる。

風の浄化から、火の浄化の段階へと進んできたとも…。

私が私であること。
ひとりひとりが、掛け替えのない存在であると自覚すること。

今日を大切に、今を大切に日々生きたいと思う。





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アゼツライトのペンダント♪

2016-12-26 14:53:25 | 日記


先月から自分のことをカードリーディングをする度、
やたらミカエルのカードが出てくるので、
スギライトのペンダントを、ネットであちこち検索していました。

ら、

何故かアゼツライト専門店のサイトに行き当たりました。

画面一面、初めて見る白い石がたくさん!

(こりゃなんだ?!
やたらに画面から、もわあっとスゴイエネルギーが出てきているぞ…。

…その石の説明を読んで納得しました。

ざっくり言うと、グレートセントラルサンからの光を、地上に降ろす石なわけでした

自分の中の、欠けてたピースを一つ見つけたような、
最近忘れていた、初心を思い出させてくれたような、
そんな気持ちになって、
気が付けば、さっさと購入しておりました。

届いて身に着けた1日目は、時折左肩から頭にかけて、
ズキン!と鋭い痛みが走って、
(あれ?風邪でも引いたかな?)と思いましたが、翌日は元気。

多分私の体にあった、何かの詰まりを取り除いてくれたのでしょうね。

そののちは、毎日一緒に楽しく暮らしています。
仲良しです。

 ※そういえば、
 朝のお祈りの時、
 いつもと違う高い所から白い光がすう~っと降りてきたので、

 (あれ?なんだろう?)
 と思った次の瞬間、

 (あ、アゼツのペンダント着けてたからだ。

 と、納得したなんてこともありました。

◎石を購入させて頂いたこちらのサイト、他にも興味深い石がたくさんありました!

山中湖の榎本通商さんです。
気になった方は検索してみて下さいね。

とても信頼のおける、良い感じのお店でしたよ


で、当初の目的だったスギライト。
結局ミカエルさんには、
スギライトのお助け無しで、今までどおりお世話になっています…

あるに越したことはないんだけれど、
スギライトさんも中々お値段がするんですよね…。

まあそのうちね、必要ならば巡り合えると信じて
















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ひとりシーソー遊びの意味するもの。

2016-12-09 21:07:55 | 日記
小学校1~2年のころだったのかな…?!
学校から帰るとよく近所の公園へ行き、
日暮れまでひとりシーソー遊び?!をしていた。

当時の私の考えはこうだ。

(シーソーは好き!
でも2人いないと、遊べない。

でも1人でも遊ぶんだったら、
上がったり下がったりは出来なくて、
あんまり楽しくないかもしんないけど、
シーソーの真ん中で両足に同じ体重をかければ、
両端が宙に浮いた状態になる・?!
それも面白いかも?!

というわけで、
「絶対成功してみせる!」といった、
ほとんどチャレンジ精神だけで、
何日も何時間も、
黙々とやり続けたのだった。

結果、一度として成功はせず。

そのうち、公園で遊ぶことも無くなった。

そして何十年も経った最近のある朝。
目覚めた瞬間、その記憶が蘇り、
そして閃いたのだ。

あの時、
同じ線上で完全なバランスの取れる1点を探していたのが間違いだったのだと。

(完全なバランスを取るためには、空間に別の1点が必要…。
直線の上に点を一つ描いて三角形を作るかのような…。)


この世と言われる3次元の世界は、2極でできている。
それが、法則であり、構成要素なのだ。
真っ黒だけのものもなければ、真っ白だけのもない。
白と黒の比率がまちまちに出来上がっているだけなのだ。

そういう世界には、そういう世界のバランスのとられ方がある。
そしてそれは、
この世界から自由になれるというような類のバランスではない。


プラスとマイナスの中間に立つこと、
それが仏教でいう中庸であり、
ゼロポイントなのかと、
これまでボンヤリ思ってきたけれど、
どうやらそうではないらしい…。

なんだか上手く文章にできないので、
このお話はここまでだよん。




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