橡の木の下で

俳句と共に

藤田彦句集『桜三里』

2021-01-07 09:49:36 | 句集紹介
『桜三里』

令和三年元旦 発行
著者  藤田 彦
発行所 Baum

著者略歴

昭和12年 大阪市内で生まる
平成10年 「橡」初投句
平成30年 「橡」同人
俳人協会会員・京都俳句作家協会会員

平成19年 風花合同句集二
平成25年 橡小春合同句集
平成元年  風花合同句集三

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藤田 彦



『桜三里』寄せて

 藤田彦さんが句集を作るから序をと山下喜子先生から依頼をいただいた。彦さんは山下先生の傍でその右腕となって支えてこられた。彦さんの人となりを一番よくご存じなのは喜子先生で、喜子先生の言葉が添えられるべきではないかといささか戸惑った。ただ当初の案では俳句と自分史的エッセイとを合わせた句文集にされると伺ったので、かねてより彦さんの生きてこられた道に畏敬の念を持っていた私はその文章を見たいという思いに駆られ引き受けてしまった。
 ゲラが上がってくると俳句一本のストレートな集に仕上がっていた。私も俳句一本に絞って良き学びを得ることとなった。

鰆舟大渦潮に逆らはず
搾乳の白き泡立ち五月来る
群れ燕木の葉落ちして葦の中

 措辞の確かさで美しく印象鮮明な景。燕の句では木の葉落ちという独特な言い回しが帰燕のねぐら入りを描いて的を射る。

ねもごろな機長の御慶空の旅
宇宙へも飛んでみたしと生身魂
脚ばかり伸びてひらひら浴衣の子
登山靴脱ぎて足湯の連れとなる

 人を描いてユーモアの中に親愛の情。

海見えてより紀の国の青蜜柑
 
 紀州和歌山の旅はまさにこの景。秋空も潮も青く。

松明に風の集まる虫送り

 ふるさと瀬戸内の思い出かもしれない。晩夏の夕闇に風の涼しさ。

初声を大きな空へ御所鴉
音もなく一雨走りお山焼

 京都在住の作者に御所はお庭のようなもの。奈良若草山も気軽な吟行圏内だろうか。馴染深い対象は上段から構えずともその懐深く捉え得る。

空少し傾けるかに鰯雲

 ああ、今自分も仰け反って鰯雲の展開する空を見ている感覚。

きびきびと母ありし日や炉を開く

 母上も俳句を詠まれたと伺っている。諸事万端を素早く漏れなく進める彦さんは母上の血を濃く受け継がれたのか。数年前より始まった関西俳句会には全国から参加者がある。その成功も彦さんの働きが大きい。

台風禍杉百幹の倒れざま
日差より風を恃めり大根干
防護服身ぐるみ脱ぎて汗引ける

 近年の超大型台風も、懐かしい農村も、近々のコロナ渦中も、きっちり五七五の定型におさめてなお余韻あり。

春灯や幾たび読みし創世記

 彦さんは信仰の人である。気さくで飾らず、ちょっと大阪のおばちゃん風に明るく人と接し、教会を通じてのボランティア活動も長い。痛みを知る人が、人の痛みに寄せる共感。私が困難にあった時(彦さんが越えてきた困難に比べれば物の数にも入らないのだが)、事務的な手紙やメールのやり取りの末尾に言葉少なくただ「祈っています」と添えてくださった。彦さんの祈りは信仰のない私にも心の落ち着きを与えてくれた。ここにその感謝を込めたい。

             令和二年 秋
                   三浦亜紀子