ぼくの近代建築コレクション
東京の都心と下町を中心に、戦前に建てられた古い建物の写真を投稿していきます。
 




マルホー。台東区浅草橋2-21。1986(昭和61)年4月6日

写真左へ行くとすぐ忍岡高校入口交差点、さらに行くと蔵前橋通りの鳥越2丁目交差点に出る。右奥の白いビルは育英小学校。
建物は木造3階建ての構造で、モルタルで石張風に外壁を飾ったもののようだ。
マルホーはベルトのバックルを製造・卸をしている会社で昭和44年の創業という。


マルホー。1989(平成1)年9月1日


2014.10.14追記

先日、マルホーの建物で少年時代の一時期を過ごした榊氏からメールと左の写真をいただき、この建物の前身を知ることができた。以下、氏のメールの内容をまとめてみた。

建物は「榊製帽所」として榊氏の祖父によって、昭和初年に建てられたものだ。写真は氏の父上が出征するときのもので、昭和14年頃。建築時の上げ下げ窓の枠と桟がどういうものだったか判る。建物角、上部にあるのは「獅子羽印」のレリーフだか看板。玄関は左衛門橋通りの側にあり、横丁側には家族用の小さな内玄関があるだけだった。
戦後すぐに氏の祖父が亡くなり、父君が後を継ぐ。最初は五人が出資したので「株式会社五興」、後に「榊商店」として、婦人帽の材料や帽体(加工前の帽子)、木型、生地、装飾品を全国の洋裁学校や帽子屋に販売した。
住居は世田谷にあったが、しだいに事業がうまくいかなくなり、昭和28年にその家を売って、店の2階に住むようになった。榊氏は柳北小学校に転校する。学校は5・6軒先の間近だから、教室から祖母が窓を開け放って掃除をしている姿が見えたという。建物の後ろ側1~3階は以前から「内豊制帽」という帽子製造業の作業場や店が入っていた。3階は倉庫と貸間、婦人帽子教室などに使っていた。
榊氏が福井中学1年の昭和32年頃には、事業が行き詰まり、近くに住む父上の戦友で、ガラスの商品ケースを製作していた「佐々木硝子店」に建物を譲り渡す。昭和41年の住宅地図では「丸佐製作所、内豊制帽」であるが、そのへんの経過は不明。

このT字路で昭和27年に、松竹映画「あなたほんとに凄いわね」の鳥越神社の祭りの場面が撮影された。店を背景に黒山の人だかりの中を神輿が行くシーンがクレーンを使った大掛かりな撮影で行われた。監督の柳澤類寿は榊氏の伯父で、昭和26年頃まで「榊商店」の家に住んでいたというから、ロケ地の選択は監督の意向だったのだろう。後に脚本家に転出し、TVドラマ「地方記者」「七人の孫」「ずうずうしい奴」などの脚本を書いている。
ネットの情報によると、「あなたほんとに凄いわね」は宮城まり子の同名のヒット盤の映画化ということなので、ネットでその曲を視聴してみたが知らない歌だった。この年、ぼくは小学3年生だったが、公開された映画のリストを眺めると「キング・ソロモン」「ピノキオ」「原爆の子」を観た覚えがある。

コメント ( 4 ) | Trackback ( 0 )



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コメント
 
 
 
ありがとうございます!!!! (さかき)
2010-01-31 11:38:01
1階部分はかなり改造され、南面に広い玄関が作られていますが、私が住んでいた頃は家族用の小さな内玄関だけで、店の玄関は西側でした。南面の右端は私のいた時分から別の商店に貸していました。それでも昔の面影は十分残っています。2階の窓から、柳北小学校の3階北東の教室が見え、教室からも家で祖母が窓を開け放って掃除をしているのが見えました。写真を撮っていただいて本当にありがとうございました。
sakakimasaaki@nifty.com
 
 
 
戦前の面影が・・・ (さかき)
2014-10-11 03:00:17
戦前(昭和15年前後)の写真です。既にお送りしたかもしれませんが。西南の角の上の方に獅子羽印のセメント?彫刻がありましたが、昭和30年代か40年代に落下の危険があり取り除いたようです。榊正昭
 
 
 
添付できませんでした (さかき)
2014-10-11 03:05:39
もしまだお送りしていないようでしたら、榊までメールをいただければと思います。sakakimasaaki@nifty.com
 
 
 
追記 (流一)
2014-10-14 10:25:45
榊氏よりお借りした写真と、ご教示いただいた榊商店のことを書き加えました。
 
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