暮れの話が 間に合わなくて年が明けてしまった
イナカ故の悲哀か はたまた 自分の至らなさか
いえいえ 婆さんのことがあった
ちょっとかい摘んでそこのところを話してみよう
婆さんとは ワタシの実母 仕事場としている亭主の実家に居住している
亭主の両親はすでに居ない
昼間はワタシと亭主が居るが 夜間は無人になる
そこで一人になった母を 留守番代わり に住んでもらっている
というのが建て前
実際は遡ること 17年前
義父が亡くなった年の夏
遠地にいる母から電話がかかってきた
こちらに来たい(暮らしたい)という
当時 義父が脳梗塞を再発して入院してそちらに追われていたから
母の愚痴話にはウンザリしたことを覚えている
いつもなら 適当に聞き流せてたが こっちも疲れていたので
邪険な物言いになったのだろう
とたんに母はヒステリックになって 是が非でも自分を引き取れと
電話口で叫んだ
なんや? どうしたんや?
どうやら 父亡き後の近所の付き合いが鬱陶しくなったらしい
亭主と顔を見合わせて ため息が出た
「一難去ってまた一難・・・・」
亭主にとっては実父の入院でやっと傘下から逃れられたところなのに
今度は 一筋縄でいかない嫁の母親がやってくるとは。。。
いやいやキラってたワケじゃない
しかし 肩肘張った生き方が好きな母に 振り回される自分たちが
脳裏に浮かんだからである
ワタシにとっても それは同じで やっと義父と亭主の間で気を遣わなくて
済んだと思ってたら 鬼よりコワイ・・いや言いすぎた
小うるさい実母の登場であるからして
母は季節の挨拶から 親への孝行 嫁のあり方 果ては掃除の仕方 など
口には出さないが それとなし・・いや 有無を言わさず従わせる口調が
娘ながら苦手なのである
別に貧乏暮らしの家庭だったのだが
母曰く 「世が世なら 私は贅沢三昧の生活をしていた身」
なんでも 生まれたときは絹の布団に寝かされてたらしい
しかも母の母親は地方の大きな庄屋の出で お正月には 村の人たちが
草履を脱いで 表を通るほどだったという
それが物心ついた時には 父親の商売が傾き 母親の実家も
母親の兄が食いつぶして 一気にビンボーになったとか
御陰で 母は弟諸共 親戚中をたらい回しにされ 疎まれ
孤児院にまで入れられた経験を持つ
なんせ 母親がビンボーはイヤだとぬかして 出奔したからである
母は彼女が死んでも許さなかった
それは当然だとワタシも思う
そんな人生だったから 多少卑屈な人間になっても仕方あるまいか
しかし そのせいで周りまで巻き込むのは ちとねぇ・・・
所詮 なかったことなんだから 今をどう楽しく生きられるかの方が
大事なのではと思うのだ
ワタシはそう信じている
そんなワタシとは正反対の母が 電話先で喚いてるのは
正直 ウザイ
ウザイが いずれは対峙しなくてはならないことだった
そこで亭主と相談して 引き取ることにした
途端に母は元気になって 住まいはどこにしようかとか
家賃はこのぐらいでとか 一気に現実的になった
ワタシは義父の世話の合間に借家探しに奔走した
しかし 哀しいかな70過ぎた年寄りの独居を歓迎するところは
余りなかった
母は極端な乗り物酔いがあって イナカ暮らしの基本の
車社会は はっきり 『ノン!!』だった
歩いて生活が出来る今までの都会生活の維持が条件だった
苦労した結果 一軒見つかった・・・駐車場なしである
うちらが行くとき まずどこかに止めて行かねばならないが
この際 目をつぶることにした
一事が万事でこの調子だった。。。