ライン出版編集部

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ライン(rein)出版編集長の日常と雑感

レーズンスクエアを作る

2020-04-30 21:42:26 | Weblog

久しぶりのお菓子作り。
時間がたっぷりあるので毎日の食事はきちんと手作りしているが
たまにはお菓子もと思って。
飯田深雪さん存命のころの新聞記事を参考にした。
イギリス人の家庭を訪問した時に出してもらって
その味が忘れられないという読者の投稿に答えた形。
何度か出てきてはまた資料に埋もれるということが繰り返され、
この度ようやく生かされたレシピ。
作りすぎても来訪者がいるわけでもないので半量にした。
柔らかいビスケット生地にシナモン風味のレーズン甘煮をたっぷり挟んだお菓子は
いわずもがな、美味である。

ニッポンをほめよう。

2020-04-26 21:17:21 | Weblog
みんな、やれ政府が悪い、やれ官僚が悪いって、やってるけど、
オレは逆に、国民みんなに聞きたいよ。
「じゃあ、あんた、どうしたいの?」ってね。
誰も答えられないんじゃない?
オレも含めてだけどさ。
そりゃそうだよ。
みんなひとのせいにして、国は何をしてくれるんだ、っていうばっかりの人、多いじゃない。
それでいて、誰かがまともなこと言おうと思ったら、今度はたたくよね。
ヤジウマまでいっしょになって、よってたかってやるでしょ。
これじゃ、誰もほんとのこと言わないよ。
外国みたいに「国をあげて何かやろう」って時にも、チームワークがよくなるはずがない。
別に、外国がすぐれているとは言わないけど、
こんな日本式の悪口システムは、誰も幸せにならないよね。
何が欠けてるのかっていったら、それは、たぶん愛国心みたいなことだと思う。
あるいはプライドっていうほうが近いかな。
たまには、自分がホントは何をやりたいのか、何をするべきなのかってことを、真剣に考えなくちゃ。
たとえば身近なことでいえば、ファミリーを守れるのは自分しかいないとか、
そういう気持ちが大切なんじゃないかな。
まず自分の家族を守るんだって気持ちが、国を考えることにつながるかもしれないね。
まあ、いろいろ言っちゃったから、最後に日本をほめると、
そうはいっても、日本人は優秀だよ。
タイシタ国だよ、日本って。
ホント、そう思う。
以上、おしまい。


少し前の新聞広告(私のスクラップ)より、
矢沢永吉さんのことば。

喜びも悲しみも幾年月

2020-04-25 01:41:33 | Weblog
俺らの岬の  灯台守は 
妻と二人で  沖ゆく船の
無事を 祈って  
灯をかざす 灯をかざす


若山彰が歌った。

年配者なら歌えることだろう。
こんなネタは年バレするからやめておいたほうがいいのだが
一応故郷がらみなので紹介しておく。

日本の辺地に点在する灯台での厳しい駐在生活を送る灯台守夫婦の歌である。
映画になり、歌になり、全国に広まった。

発端は、灯台守の妻田中きよさんの投稿(題名「海を守る夫とともに二十年」)からだった。
日本最東端という宮古のトドヶ埼灯台で過ごした7年間を綴った内容で、
婦人倶楽部に載ったことから木下恵介監督の目に留まり、監督自ら脚本を執筆、映画化した。
夫婦を高峰秀子と佐田啓二が演じている。
全編カラー、日本各地の美しくも厳しい風景が描かれている。
今この時期にテレビ放映されたらいいのに、と思う。

話はそれるが、
こんなに時間のあるときは
心安らぐ、というか心温まる、または考えさせられる映画をぜひ放送してほしいものだ。
推理ドラマや殺人事件、ホラー、戦争ものはNG。
それを好む人も少なからずいるだろうが…。

話は戻って、福島県のいわき市にある塩屋埼は
今や美空ひばりの『みだれ髪』で知られる観光地。
その塩屋埼灯台には夫婦が1955年から2年間住んでいた。
だから『喜びも悲しみも幾年月』は塩屋崎が舞台という人もいる。

きよさんの訃報の新聞記事が資料の山から出てきた。
何年何月に亡くなったかは不明だが
「10日午前7時53分、急性肺炎のためいわき市の病院で死去、87歳」となっている。
喪主は夫の績氏だった。(当時89歳)

自宅はいわき市小名浜、
勤めを終えてからはいわき市に住んだらしい。

塩屋埼灯台には東日本大震災で亡くなった少女にまつわる話もある。
その記事が見つかったらまたこのブログで紹介したい。


或る晴れた日に

2020-04-21 01:56:33 | Weblog

蝶々夫人ではなく、立原道造だ。

この状況下でこの詩に出合ったのはなんだか意味深。
山と積まれた資料を整理していて見つかった。

或る晴れた日に

悲哀のなかに 私は たたずんで
ながめてゐる いくつもの風景が
しづかに みづからをほろぼすのを
すべてを蔽ふ大きな陽ざしのなかに

私は黒い旗のやうに
過ぎて去る 古いおもひに ふるへながら
光や 風や 水たちが 陽気にきらめきさわぐのを
とほく ながめてゐる…別れに先立って

私は すでに孤独だ――私の上に
はるかに青い空があり 雲がながれる
しかし おそらく すべての生は死だ

眼のまへに 声もない この風景らは!
そして 悲哀が ときどき大きくなり
嗄れた鳥の声に つきあたる

快挙

2020-04-21 01:41:36 | Weblog
4月12日付の朝日歌壇と俳壇に
知人の短歌と別の知人の俳句が同列に掲載されていた。
こんなことは滅多にないことだ。
私はどちらもやらないが、
知人たちの名前を見つけて小躍りした(ちょっと興奮)。



テーブルの周りを10回

2020-04-14 11:23:32 | Weblog
右回り5回、左回り5回歩くと188歩。
せめて…とやってみるが1万歩には程遠い。
折に触れストレッチも加えるが運動不足は否めない。

神様仏様、そろそろよろしいのじゃございませんか?
人類の反省はまだ足りませんか?

世界平和、地球環境、人類の健康を祈る日々…。


すべて世はこともなし

2020-04-12 09:39:14 | Weblog
春のうららかな日差しを室内で浴びていると
このフレーズが浮かんでくる。
重篤な局面を迎えている今であっても。

ああ、すべて世はこともなし…と言えたらなあ!

以下、ブラウニングの詩で上田敏の名訳。

春の朝(あした)

時は春、
日は朝(あした)、
朝は七時(ななとき)、
片岡に露みちて、
揚雲雀(あげひばり)なのりいで、
蝸牛(かたつむり)枝に這ひ、
神、そらに知ろしめす。
すべて世は事も無し。


有り余る時間の過ごし方

2020-04-12 09:14:41 | Weblog


キーボードカバーを手縫いで作った。
懐かしい布たちをつなぎ合わせたパッチワークだ。
少女時代の端切れも使って。
手縫いは時間がかかるが集中して取り組めば気晴らしにはなり、
完成した時の喜びも得られる。

手芸に取り組むのはマスクづくりの延長だが、
マスクはミシンを使ったからいくつも仕上がった。
出番待ちといったところ。

先日ベトナム製の布マスクを一ついただいた。
大気汚染予防のものらしく素材は粗い。
ジーンズのような布でゴワゴワしている。
それに大判だから顔の半分以上は隠れる。
型紙を起こして作るのが次なる課題となるかも…。


コウノトリのご機嫌は?

2020-04-11 11:05:10 | Weblog

待ち受け画面がコウノトリのようである。

で、コウノトリについて。
コロナ禍が始まる前の最後の旅は
スイスとフランスの国境付近アルザス地方だった。
(ちなみに本当の最後の旅は危険を承知で2月に奈良へ)
アルザス地方はコウノトリの生息地で知られ
あちこちで巣やオブジェや土産物を見かける。


これはスイスのルツェルンのシンボルともいえるカペル橋そばにある水の塔突端を撮影したもの。
ここにも巣が作られていた。
水の塔は高さ43m、8角形でレンガ造り、ルツェルンといえばこの風景というくらい有名。


これはね~どこだったか忘れてしまったけど
教会付近で見かけたオブジェ。
こうしたものがよく見られるということは
地元の人たちがいかにコウノトリを愛しているかということのあかし。

そして記念に求めたコウノトリのぬいぐるみは
心なしか光秀役の長谷川博己に似ている(と思いませんか?)。