湯・つれづれ雑記録(旧20世紀ウラ・クラシック!)

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バルトーク:管弦楽のための協奏曲

2019年04月16日 | 北欧・東欧
オーマンディ指揮フィラデルフィア管弦楽団(NHK,KING)1967/5/4大阪フェスティバルホールlive・CD

余裕しゃくしゃくのオケがすごい。そのうえでオーマンディの指示につけ、しかもやり慣れたこの曲を、ライヴでは透明感すら感じさせるほど明るく軽く演じ上げてみせる。ドビュッシーの影響下からはじまったバルトークの繊細な響きをヒステリックな色をつけることなしに涼やかに明瞭に提示し、「対の遊び」など点描的で現代音楽的である反面しごくわかりやすく、計算的なところは共通するラヴェル的ですらあるよう届かせる。バルトークに特有の感情的なエレジーもオーマンディは音響として完全なオーケストラを目指すことにより、このての体臭の苦手な向きにも音だけを楽しめる余地をあたえる。アメリカオケであることのメリットはこの非ローカリズムであり、ボストンなど著名どころが万能オケみたいな使われ方をしたのは多民族国家であることも理由だろうが、そのすえに機能的なアメリカスタイルとでもいうべきものが生まれたのは面白い。フィラデルフィアは最たるものと言われたオケである。録音は悪いということはなく、ツィンバロンなど適切な音量で聴こえる。独特のねっとりしているのにすっきり通る音で抽象化された間奏曲の「皮肉」はもはや皮肉に聞こえない。カラフルな音響でパロディの楽しさに満ちたものだ。バルトークに何かしら持ち込みたい向きは、物足りないかもしれない。技巧的な完璧さは否定しようがないだろう。録音ですら伝わる合奏の迫力を、フィナーレは味わうべきだろう。さすがにこの曲で弦楽器は余裕しゃくしゃくまではいかないが、管楽器はそれはそれは余裕がある。このオケは誰も譜読み間違いなどしないのでもう安心である。ライナーにもあるが管弦のバランスが素晴らしく良い。平面配置でこの音響、とあるが、ストコフスキの創出した現代配置は理想的だろう。バルトークのオーケストレーションを楽しむだけだ。弱音や、音が少ない場面のほうがこのオケの一人一人の技術を楽しむことができる。中盤以降の合奏協奏曲的なアンサンブルはスリリングではなく、そんなレベルを越して総体が美しい。クライマックスの作り方は見事。音量を抑えたまま異様な空気を巻き起こし、スペクタクルへの過程を自然に盛り上げる。拍手が盛り上がる前にさっさと曲目を言ってアンコールに入るビジネス性もオーマンディらしい。
 
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