20世紀ウラ・クラシック!<最新版>

このページは、19世紀末から20世紀の末流ロマン派クラシック音楽に焦点を当て、同時代の録音評を中心に紹介しています。

☆バルトーク:劇音楽「中国の不思議な役人」

2017年02月28日 | 北欧・東欧
○ストコフスキ指揮ASO(SCC:CD-R)1969/5/19live(2回分)

同日同プログラム二回公演というのが普通にあったのだが、これはその両方を収録したもの。但し録音状態に違いがあり、二つ目に収録されているほうがマイクが近く音が粗い。一つ目のほうがクリアで非常に聴き応えがあり、ともすると拡散的な響きでリズム性を損なうこともあるストコがトスカニーニ的な集中力をもってやり切っているさまが清清しい(共にブラヴォの嵐だが)。バルトークの描いた細かい音符の細部まで瑞々しい感性で引き立てており、小虫の這いずるような痙攣的トリルの応酬から打楽器群を駆使した大音響のオリエンタリズムまで、スペクタクル的なところにとどまらない感興をあたえる。東欧からロシアの作曲家の描くオーケストラの色彩は私にはしばしば七宝焼きの強い原色に感じられ敬遠しがちなのだが、この曲がそうということもあるしバルトークがそうということもあるけれどもフランス的な軽さがスクリアビン的な気持ち悪さを払拭した演奏として、好感をもった。もちろん正規録音でないという意味で◎にはしない。
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☆ヴォーン・ウィリアムズ:交響曲第8番

2017年02月28日 | ヴォーン・ウィリアムズ
○バルビローリ指揮ハレ管弦楽団(ermitage/aura/bs)1961/4/11ルガーノlive・CD

録音状態は悪くはないが演奏精度はライブなりのもので綻びや下品さが感じられるところもある。主題の無い変奏曲と題された一楽章のヒステリックなまでの盛り上げは聴かせるし、弦楽合奏だけによる三楽章はバルビローリのビニイリサイニイル解釈をよく聞き取ることができる。ボウイング一つから解釈を付けたというこの指揮者の特徴だ。音の切り方とポルタメントの細かな付け方だけとってみても独特。シベリウス的な細かい松葉がひとつひとつの音に付けられているがテンポが速いのでしつこくならない。四楽章はしっかりした足取りで、ややきつめの表現ではあるが祝祭的雰囲気を盛り立てている。有名録音だが最近協会盤が出た。ナレーション入りだそう。
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ドビュッシー:牧神の午後への前奏曲

2017年02月28日 | Weblog
モントゥ指揮ボストン交響楽団(WHRA)1959/7/19live・CD

昔の性急さや感情任せのリズム主義的なところは影を潜め、牧神の見本のような演奏に仕上がっている。時代からは驚きのステレオ録音だが弱音の多い曲だとソロ楽器の音に少し靄がかかったようになるのが惜しい。僅かにパチパチも入る。曲が進むに連れ響きを厚くして音楽に起伏をもたらす配慮に気付かされ、ライヴでのモントゥーの芸が聴衆に支持されたのもわかる。ボストンのソロ陣も上手い。よくフランスオケ風の音を出す。
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ダンディ:フランスの山人の歌による交響曲

2017年02月28日 | Weblog
ニコレ・アンリオ・シュヴァイツアー(P)モントゥ指揮ボストン交響楽団(WHRA)1959/7/19live・CD

驚いたことに明晰なステレオ録音で迫力を増している。環境ノイズか放送パチパチのようなものが僅かに気になる他は、50年代ライヴ録音としては満点。モントゥーの指揮は力感も派手さもあるがそれよりバランス良さが目立ち、楽曲のスコアを踏み外さずに省略もせずに裏の細部まではっきり、楽団の力を存分に発揮させている〜フランス近代ものにはメリットのある楽団だ。確かに巧さ以外に突飛な特徴をあげづらいが、この聴きやすさは立派なメリットだろう。アンリオは同時代ミュンシュ以外の指揮者ともよく演っていたようだが、さすがに同曲くらいでは動じない。楽団と正面から組み合ってしっかり弾いている。楽章毎に拍手が入るのはご愛嬌。つくづくこの曲はフランクのもの以上にフランスの交響曲だと思う。オケが前に出ることが多く、ピアノ協奏曲的な感じはそれほどしない。
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ドビュッシー:牧神の午後への前奏曲

2017年02月27日 | Weblog
キンケイド(fl)ストコフスキ指揮フィラデルフィア管弦楽団(victor)1924/4/28・SP

ソリスト名は挙げられているが音色など聴きとれる状態ではない。ノイズは物凄く、楽器数も少ない。木管ソロだけが密集してアンサンブルしているような骨董録音である。恍惚としたテンポ設定と、各楽器の決して個性的ではないが主張しあう、響きの色彩感のみ伝わる。しかしこの時代でそれだけ伝わるだけでも大層なもので、黎明期のレコード業界でストコフスキーがさかんに持ち上げられたのは、他が余りに凡庸だったりレコードと言うものの特性を活かさず録音したかということでもある。それだけでもなく、じっさいストコフスキーはドビュッシーを得意とはしていて、改変等のレベルはともかく、のちの良い録音でも評価できる耳馴染み良い演奏を繰り広げている。大正時代から一貫したものはある。あらえびす(野村胡堂)氏がなぜストコフスキー盤を推すかと言って、録音芸術として優れたものが当時相対的にこれしかなかったからであり、また、当時の現代音楽を理解可能な明確な形で、届く音楽として作れたのもストコフスキーその人くらいだったのだろう。最後がブツ切れるのはSPではよくあること、この後の録音の方が演奏時間が短いから盤面制約のせいでもなく技術陣の問題だろう。
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☆ミヨー:弦楽八重奏曲

2017年02月27日 | Weblog
○ブダペスト四重奏団(COLUMBIA)

ミヨーの自伝にこの録音についての記述がある。ここでブダペストQは相当困難なことをやってのけた。これは14、15番のカルテットを同時に演奏することにより成り立つ八重奏曲で、ミヨーの筆のすさびというか、バッハやモーツァルトの遊びの精神を持ち込んだというか、とにかくはっきり言って音が重なりすぎて律動しか聞こえてこないという珍曲である。ミヨーによるとブダペストQはとりあえず14番を演奏・録音したあと、全員がヘッドフォンをして、14番の録音を聴きながら15番をあわせていったのだそうである。結果できあがったこの録音は、確かに前述の欠点はあれど、まさか同じ楽団が録音を聴きながら重ね録りしたとは思えない出来なのである。音色はまったく調和し不自然さはない。そう聴かされなければまず気がつかないだろう。残念ながら曲は不発だが、ブダペストQに敬意を表して○ひとつ。,
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ラヴェル:ツィガーヌ

2017年02月27日 | Weblog
D.オイストラフ(Vn)ブール指揮ORTF(ina)1959/6/1(1959/6/21放送)live

ina配信でもAmazonデジタル配信でも聴ける。直前のプロコフィエフより音が明晰。別録か。冒頭から軽く、技術的にも独特なところがあり民族性が薄い。粗さが目立つというか、この曲特有の繊細で特殊な表現に豪快で野太いヴァイオリニズムがマッチしてないと感じた。オケが入り(相変わらず見通しよく適切だが音色が少し鄙びている)安定はするものの、合っているのにどこか違う、こういうのは東欧のヴァイオリニストやグリュミオーあたりが得意とするものでヴィルトーゾには向かない。ブラヴォは飛ぶ。独特だからかも。
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☆ドヴォルザーク:交響曲第8番

2017年02月27日 | 北欧・東欧
○シュヒター指揮NHK交響楽団(king,nhk)1959/10/4放送・CD

これは佳演。シュヒターのリズム感のよさが両端楽章に顕著に現れており、キレのいい表現が続く。4楽章の緩徐部のボリュームのある表現はロマンティックで感動的である。ドイツ風とはよく言われる言葉だが、オケがオケということもあるが、完全にローカライズされたドイツ式ドヴォルザークとは感じない。そのあたりがまたよい。意外だったのが2楽章の大人しさで、3楽章などスラヴ舞曲にもかかわらずあれほどリズムのいい指揮をした指揮者がここは真面目か!という感もなきにしもあらずだが、統制の行き届いた大人の演奏を繰り出していることは確かだ。これは意外な名演であり、「イギリス」好きにも受けると思う。録音は当時の放送録音並みで音場が狭くイマイチ。○。
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レスピーギ:ローマの噴水

2017年02月27日 | Weblog
モントゥ指揮ボストン交響楽団(SLS)1963/8/4live

モントゥーは同曲を得意としただけあり、すんなり聴けてなおかつ印象深い演奏。スタイル的にはスマートなのだがそれなりに力感もありまとまりがあって美しい。終盤急にノイズや撚れが増え、萎えさせるものの聴衆反応はなかなか凄い。この録音ではちっとも迫力は伝わってこないが、さぞ色彩的で圧倒する演奏だったのだろう。
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ファリャ:スペインの庭の夜

2017年02月27日 | Weblog
カーゾン(P)ホルダ指揮ナショナル交響楽団(decca/dutton)1945/9/26・CD

ダットンは痩せてデジダル臭い音に整形されているがリバーブかけると情報量十分。ホルダの色彩的な演奏を楽しめる。作風は古くドビュッシーふうの印象主義的な音楽であり、楽想は多くはないが時に打楽器的なピアノのメロディを通していくぶんはフォルムを整えていくものの、それほど明確な描写音楽ではもともとなくドビュッシーのスペイン語翻案みたいな、新味のない作品だから近代フランスの響きと民族的なリズムのダイレクトな融合っぷりに好き嫌いが別れると思う(私も苦手なほう)。カーゾンのピアノはナチュラルで適度に感情をこめ、ふんぷんとする南欧のメロディーに拘泥することなく、曲をことさらにはピアノ協奏曲のようにしていない。終わり方がブチっと切れるような感じなのは元の録音がそうなのか。構成感のない曲ではである。
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☆プーランク:ピアノと18楽器のための協奏舞踏曲「オーバード」

2017年02月27日 | フランス
○リヒテル(P)J.F.パイヤール指揮パイヤール室内管弦楽団(doremi他)1965/7/3トゥールlive・CD

このプーランクはいい。リヒテルものっていて、強過ぎるところはあるけれども、プーランクらしい洒脱さと陰影を楽章毎に描き分けている。きほんプーランクのピアノ付き室内楽はこの曲のような調子で、構成も似通ったところがあり、編成で幅が出てくるわけだが、特に得意とした木管アンサンブルを背景とした曲、パイヤール室内楽団というバックはソリストとしての腕も素晴らしく、「朝の雰囲気」の醸成にとても貢献している。もっと軽快に攻めた演奏や透明に組み立てた演奏もできる曲だが、ライヴということもあり、刹那的な感情に訴えかける演奏になっている、それはそれでいいのだろう。
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ミヨー:秋op.115〜Ⅱ.アルファマ

2017年02月26日 | Weblog
ロン(P)(columbia/cascavelle)1935/5/10・CD

ミヨーは季節を題名とした作品を複数ジャンルに書いているが、春を扱うものが多くピアノ曲でも春だけで二集の曲集を書いている。言うまでもなくエクサンプロヴァンスのユダヤ人集落に生まれた出自から楽天的でこだわらない性格により、牧歌的作品を量産したわけで、しかしこの録音の三年前に作曲された時期はけして体調的にも思わしい状況にいたわけでもなく、牧歌風のフレーズも、らしくない沢山の音で飾られている。これは三曲からなる小品集の中間にあたり、さほど個性を発揮せず新しい工夫のないかわり、華々しい効果を与えるピースとなっている。ロンはタッチをヴィルトーゾ風に変え、もっともヴィルトーゾのやる曲ほどの音数は無いのだが、この曲はこうやるのだと言わんばかりに弾ききっている。
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ミヨー:ブラジルのソーダード〜ⅩⅡ.パイサンドゥ

2017年02月26日 | Weblog
ロン(P)(columbia/cascavelle)1935/5/10・CD

クローデルの秘書としてブラジルに逃れた時期、当地の音楽に強く影響されて書いた作品として有名で吹奏楽などでも演奏されるが、ミヨーのピアノ独奏曲はサティの音符の少ない簡潔な音楽の影響があるせいか、独特の孤独感や抽象的な雰囲気が出て良い。ブラジルの思い出、ブラジルの郷愁などと訳されることも多いが、各地方の名前を題名にもつ。これは終曲にあたる。タンゴのリズムにのって、でもブラジル的なラテンの明るさはなく、孤独な響きのステップが踏まれていくうちに、別の音楽によって断絶し交錯し、まさにミヨー独自の複調、というか複数の異なる雰囲気を持つ音楽との簡潔な邂逅をへて、ステップを止める。短い中にもミヨー、そしてミヨーのピアノ曲の一種「高潔さ」のあらわれた曲である。単なる翻案ではなくミヨーの作風にブラジルが取り込まれたのだ。ロンは難なく弾き通す。旅先のミヨーの孤独を適切な表現で示している。ロンは他にも録音があったのではないか。
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ミヨー:ピアノ協奏曲第1番

2017年02月26日 | Weblog
ロン(P)作曲家指揮ORTF?(columbia/cascavelle/pearl他)1935/4/5・CD

被献呈者と作曲家による骨董記録だが、今聞いてもやっぱりこの曲の決定版。一楽章は録音のせいもあって少しまだのりきっていないが、二楽章は前衛性がパリのオシャレな洗練により後年の作品より晦渋にならずに済んで、ロンだから硝子のような響きが、六人組の世俗性より、ミヨーもわりと仲の良かったラヴェルに近い仄かな感傷を燻らせる。何より派手に始まる三楽章のロンの大御所たる表現力、曲がじつに簡潔に上手く出来ている、そこにきてタッチの確かさとスピード。重すぎず大風呂敷すぎず、これぞフランスのピアニズム。これに尽きる(その盛り上がりはまさに新古典主義!)。作風がミヨー得意のプロヴァンス風の牧歌的な旋律で曇りのないもので、全三楽章でも15分もかからないから初心者にもわかりやすい。細部が聴こえないゆえ一部技巧に陰りがあるように聴こえるかもしれないが、この曲だから弾けないはずはない。錯覚だろう。pearlのほうが音が聴きやすかった覚えがある。自作自演新録はアントルモンだが作曲家も年を取りアントルモンも芸風が芸風なので熱量とスピードは劣る。オケは聴き劣りしない。オケ名は原盤にちゃんと書いていないようでまちまちだが、まだ設立されてなくてもまあ書いてある通り、ということでハテナ付きで。
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ブロッホ:三つのスケッチ「ユダヤ人の生活より」

2017年02月26日 | Weblog
ネルソヴァ(Vc)バルサム(P)(decca)1950・CD

古くノイジーな録音だが、チェロの陰影ある音色をうまく使った民族主義を昇華させた作品で、それを巧緻に聴かせる演奏となっている。ちょっと「呪術的な音階」や指先を転がすような装飾音が混ざるほかは、普通の人が聴けばそれほど違和感のない、憂愁のメロディーをひたすらかなでるチェロ曲に聴こえるだろう、それほどまでにユダヤの音律はクラシックに浸透し我々もそれを通して普通のロマン派音楽のように享受することができるのである。ネルソヴァはそれでもあからさまに音色に民族性(ユダヤの民族性というのも語弊があるが)をあらわしているほうだが、違和感を感じさせないように、臭みを発しないように、揺れはすくなく、絶妙のところを行っている。音は決して安定して太いわけではないが音色が物悲しくて何とも言えない味のある演奏である。
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