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映画・演劇のレビュー

大崎善生『ロストデイズ』

2015-05-15 19:37:41 | その他

20代の終わりの夫婦が主人公。若くして結婚して、切迫流産の危機を乗り越えて、子供が生まれる。2年後。夫は思う。自分たちはもう人生の頂上を極めてしまったのではないか。だとすると、これからは下るしかないのではないか、と。

人生は山登りではないけど、そんな例えをするなら、どこが頂上なのか。必死に生きてきて、いくつもの苦難を乗り越えて、何かをやり遂げた気分になる瞬間があるのかもしれない。なんだか、傲慢だが、30前後の頃、って、そういう気分になるのかもしれない。妻は子育てに必死になり、自分は、仕事で左遷され(編集部から営業に回される。自分は有能な編集者だった、と思っていた。なのに、不本意な人事にやる気を失い、)酒に溺れる。そんな彼に妻は何も言わない。

夫婦だから助けあい、生きればいい、という。でも、知らぬ間に、どこかで、すれ違う。嫌いになったわけではない。だが、それぞれが一生懸命に生きているうちに、心が離れている。決定的な何かがあるわけではないから、お互いにそのことに気付かない。

大学時代の恩師が倒れた。彼らを引き合わせてくれて恩人だ。子供の名付け親でもある。引退して夫婦でフランスに移住して老後を悠々自適に送っていた、はずだったのに。入院し、危険な状態にあるという知らせを受ける。2人は子どもを母親に預けて、フランスに飛ぶ。先生に会うため、お見舞いに行きたい、どうしても行きたいと、思った。1週間ほどの有給休暇を取り、飛行機に乗る。

仕事を辞めて、家にこもり、子育てをしてきた妻にとっては、本当に久しぶりの外の世界だ。彼にとっても、同じだ。海外に行くのは新婚旅行以来だ。(たぶん)面会謝絶で、危険な状況にある先生のもとに行き、不安でいっぱいの先生の奥さんを見舞い、異国の街で、まったく普段と違う時間を過ごす。そうすることで、ふたりはもう一度、自分たちを取り戻す。先生の病状も回復の兆しを示し、安定してくる。

これは、いささかドラマチックでうまくできすぎたお話かもしれない。だが、この目に見えない危機を回避するふたりの話が、今の僕にはとても身に沁みた。ほんの少しのすれ違いが決定的な亀裂へと変化するのは、簡単なことだ。そこを回避するためには、ただ努力したらなんとかなる、というものではない。どうしようもないことを、なんとかすることは、偶然に身を委ねるしかない。その偶然のチャンスをちゃんと捕らまえて、離さないこと。それしかない。それは困難なのか、簡単なことなのか。よく、わからない。

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