温泉逍遥

思いつきで巡った各地の温泉(主に日帰り温泉)を写真と共に紹介します。取り上げるのは原則的に源泉掛け流しの温泉です。

知本温泉 開天宮 (台湾東部)

2012年04月22日 | 台湾
※残念ながら「開天宮」は解体されて、その跡地は更地になっていました(2017年3月に現地で確認)。

 
内温泉へ向かうバスに乗って窓の外の景色をキョロキョロと眺めていたとき、道端で気になる看板を目にしたので、「龍泉山荘」を出た後に龍泉路を下って、その看板があるところへ向かってみました。位置としては泓泉飯店の入口付近です。


 
気になる看板とはこれ。「開天宮」というお寺の黄色い看板に赤字で「泡澡」と記されているのです。お寺で入浴できるってことか? 四重渓温泉の「玉泉寺」でも入浴できたから、きっと似たようなものなのだろうと推測し、訪ってみることにしました。



龍泉路から急坂の路地に入り、途中地味な民宿を左手に見ながら坂を登りきるとお寺に到着です。道路の看板が無ければ絶対に見逃していた、とても小さな寺廟ですね。こんなところに温泉なんかあるのかな。私の姿を確認した番犬が吠えたててきます。及び腰だと益々威嚇してきますから、内心はビクビクしながらも毅然とした態度で境内へと入っていきました。


 
紅色を基調にしたいかにも中華風な雰囲気ですが、よく見ればとても質素な造りです。
香炉の手前ではランニングシャツに短パン姿のお爺さんが、胡坐をかきながら足の裏に薬を塗っている最中。私の気配に気づいているのかいないのか、あるいは塗薬に一心不乱なのか、こちらを振り向こうとしません。おそるおそる声をかけてみました・・・
私「你好。可以不可以泡湯?」
爺「可以」
私「多少銭?」
爺「一百塊」
私「在哪裡?」
爺「左邊」
この問答の間、お爺さんは薬を塗る手を止めることなく俯きながら頷き、不機嫌そうに呟いて、本堂の左側を指さすだけでした。バックヤードみたいなスペースにお風呂があるみたいです。あんまりウェルカムじゃなさそうだけど、好奇心が頻りに私の背中を押すので、奥へ進んでみることに。


 
まさに倉庫。いろんなものが雑然と置かれています。画像ではちゃんと整理されているように写っていますが、実際にはかなりゴチャゴチャしており、枯葉やごみも散乱しています。荷物を置こうとした台の上ではトカゲがひっくり返った状態で干からびていました。地面に放られている青い実はグァバでしょうね。
この奥の仕切られた区画がお風呂のようです。



そこには個室のお風呂が3つ並んでいました。
しかし一番手前の浴室にはビショビショの洗濯物が放置され、バスタブにも半分近くお湯が溜められたままだったので、さすがにここは使えませんが、残る2室も全然手入れされておらず、シャワーヘッドが外れっぱなし、桶に水が溜まりっぱなし、カミソリやシャンプーの空容器が捨てられっぱなし、などなど惨憺たる有様です。入浴しないでそのまま帰っちゃおうかとも思いましたが、ここで再び私のヘンテコな好奇心が「入浴しちゃえよ。面白エピソードを作ろうぜ」と囁いてくるので、2室のうち状態がマシな真ん中の部屋を使うことにしました。


 
こちらがその室内です。ユニットバスそのものですね。窓は無いのですが、建てつけが悪いので、隙間によって換気はできており、またそこから落ち葉なども多少入り込んでいます。洗面台の上の鏡には興信所(探偵)の広告が入っていました。台湾のバス停では興信所の広告をよく見かけますが、まさかこんなところでお目にかかるとは思いませんでした。台湾の興信所の主な業務は浮気調査ですが、男女の色恋沙汰に対しては神仏の力も及ばないということなのでしょうか。
室内はバスタブを中心にして全体的に湿っていましたが、ということは、意外と最近誰かがここで入浴したってことだな。こんなところでも利用する客がいるってことだ(私みたいに)。


 
室内からゴミを摘み出し、シャワーヘッドを直し、槽内をよく掃除してからお湯を溜めます。シャワー付き混合栓から出てくるお湯は38℃で、出し続けていればもっと上昇するのではないかと期待していたのですが、この温度が限界でした。このためちょっとぬるいのですが、この日はちょっと汗ばむような陽気でしたから、むしろぬるめでちょうど良い感じでした。

さて驚くべきはこのお湯の質感です。この日、私は知本で4ヶ所の温泉浴場をハシゴしたのですが、その中でこのお湯は質感が群を抜いて素晴らしい。いや、あまりにボロくて汚い施設だから、お湯に対する判断が甘くなって相対的に高評価になったのかもしれないが、そんなことを割り引いてもブリリアントなのです。
見た目は無色透明で何の変哲もないのですが、茹でタマゴの卵黄臭がはっきりと漂い、タマゴ味に微かな塩味を混ぜたような味が感じられます。そしてヌルヌル感を伴ったツルツルスベスベ感が非常に強いのです。お湯にグリセリンか水溶性ポリマーかあるいは特殊な化粧品でも混ぜているのではないかと勘違いしてしまうほどのヌル&ツル感は、知本のみならず、数ある台湾の温泉の中でも屈指ではないかと思われ、感動のあまりお湯の中では何度も肌をさすって「こりゃすげぇ」と口に出して呟いてしまいました。日本でここと肩を並べるヌルヌルな温泉を挙げるならば秋田県の「下の岱温泉 やまの湯っこ」や宮城県の中山平温泉あたりでしょうか。いわゆるウナギ湯ってやつですね。好奇心に背中を押されてこのお風呂に入って正解でした。


 
想像を裏切る良いお湯に感動し、湯上りにお爺さんへ一礼してからここを立ち去ろうとすると、お爺さんは私をまじまじと見つめてから、
「君は日本人か?」
と質問し、「はい、そうです」と答えると、いままでの仏頂面が急に笑顔になって、
「そうか、日本人か、わざわざ来てくれたか、ありがとう、さぁお茶でも飲んでいきなさい」
と流暢な日本語で茶卓へと招いてくれました。入浴をお願いした時に、台湾人らしくない風貌の私が中国語で話したのでおかしいなと思ったそうです。
「私は日本に感情がある(←思い入れがあるという意味でしょう)」
このフレーズを頻りに繰り返すお爺さんは今年で御年81。国民学校初等科6年生の時に光復を迎えたんだそうですが、日本の教育を受けていた嘗てのご自身の境遇を「幸せだった」と回顧し、「日本の教育は本当に素晴らしかった」と語ってとりわけ「修身」の授業を懐かしんでいらっしゃいました。幸いにして私は大学時代の専攻が江戸から昭和にかけての日本史でしたから、話をお爺さんと合わせることは割と得意。私から敢えて古い言葉を振ったりして話を盛り上げると、
「日本語が話せるなんて嬉しいなぁ」
とお爺さんは至極ご満悦でした。このお爺さんに限らず台湾でご存命の日本語世代は、こうして日本時代を懐かしく思ってくださる方が多いので、生粋な日本人の血をひく一人として本当に嬉しい限りです。

お爺さんは更に、この知本温泉についてもいろいろと教えてくれました。曰く、日本時代から温泉地として拓かれていたものの、お爺さんがこの地へ移住してきた50年前には旅館が1軒しか無く、辺りは人の手が入らない山だらけ。そんな知本温泉でみかんを栽培するために当時の価格で3万元を支払って土地を購入。しかし病害に遭ってあえなく頓挫。やがて観光ブームが到来し、自分の土地で200mボーリングしたところ、温泉が自噴したので民宿の営業をはじめるとともに、観光開発需要によって地価がウナギ昇りになり、購入時の何倍ものキャピタルゲインを手に入れて資産を形成。しかし大規模旅館が次々とオープンするにつれ客足を奪われてゆき、現在は静かに余生を送っているとのこと。なお、お寺の手前にあった鄙びた民宿「松泉山荘」はお爺さんが経営しており、25室の客室を有しているんだそうです。

「私のところの温泉が(知本で)一番」と豪語するお爺さんですが、おっしゃるようにお湯の質感には感動してしまいました。これで施設がもう少し綺麗だったら皆さんにもおすすめしたいのですが…。お寺とお風呂をメンテナンスすることは、高齢のお爺さんにとっては荷が重いのかもしれません。
でも、お湯の質はもちろんのこと、お爺さんと日本語でお話しでき、知本温泉の歴史をはじめとして昔の様々なお話を伺えたことが、私にとっては大きな収穫でした。一期一会に感謝。お爺さんがこれからもお元気でお寺とお風呂を守っていかれることを心から願っています。多少汚いお風呂でも問題ないという方は、是非お爺さんのお話し相手になってあげてください。


鼎東客運(山線)・知本温泉(内温泉)行バスで「泓泉飯店」バス停下車、徒歩2~3分
台東県卑南郷温泉村龍泉路135巷 地図

入浴可能時間不明
100元
備品類なし

私の好み:★★★

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4 コメント

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廃墟化していました (ChunHui)
2016-05-03 12:08:37
ゴールデンウィークに知本温泉に行く機会がありました。泊まったホテルの他に立ち寄り湯を探していたらこのブログにたどり着き、興味を覚え開天宮探してみました。

看板は以前のままありましたが、建物は跡形もなくパイプから源泉が噴き出すばかり。

4年も前の記事なので、変わっているのも承知で探してみたのですがおじいさんの行方など気になりました。
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Unknown (K-I)
2016-05-03 22:59:01
ChunHuiさん、こんばんは。
コメントをお寄せくださりありがとうございます。
廃墟になっていたんですか…。それは残念です。実は私も昨年知本温泉へ行っているのですが、そんなことになっているとは露知らず、ここをすっかりスルーしてしまいました。まさか建物まで消えていたとは…。B級どころかC級と言うべきボロいお風呂はもちろん、お爺さんとの会話がとても印象に残っていますので、おっしゃるように、私もお爺さんが今どうなさっているのか、気になります。できればまた知本へ行きたいのですが、なかなか機会が無く、もどかしい思いです。
現状を教えて下さりありがとうございました。
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カイティアン宮殿の現状 (王さん)
2023-01-25 01:04:33
私は何年も前に開天宮の温泉ホテルに泊まったことがあり、祖父母とも以前の記事でよく知っています。
どういうわけか、数年間知本温泉に行かなかったので、元の祖父母が温泉ホームステイを運営していないことに気づきました。
インターネットで情報を確認したところ、他の人に転送されてしまいました。 良いニュースは、ホームステイ全体と設備が改造され、更新されたことです。 新しいホームステイの名前は「ラッキー ホット スプリング ホームステイ」に変更され、日本人の友人が引き続き台湾に旅行することを歓迎します。
以下はホームステイのFBリンクです
https://www.facebook.com/justluckysprings/
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Unknown (K-I)
2023-01-25 13:53:13
王様、こんにちは。
ご紹介くださりありがとうございます。「正好運溫泉民宿」ですね。建物は以前の「松泉山荘」と同じながら、内部を綺麗に改装し、かつて廟があったところに露天風呂を設けたようですね。
とても関心がありますので、今度知本温泉へ行く機会があれば、利用してみたいと思います。
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