【ただいま読書中】

おかだ 外郎という乱読家です。mixiに書いている読書日記を、こちらにも出しています。

かのえね

2020-01-07 07:24:19 | Weblog

 新春のテレビで盛んに「子の年だからすべてが新しく始まる」なんて言っていました。たしかに十二支では今年は子年ですが、しかし実際に日本の暦では十二支は十干と組み合わされて運用されるもので、「新しく始まる子年」と言って私が思うのは「甲子(きのえね)」です。十二支の始まりの「子」と十干の始まりの「甲」が組み合わさっていますから。
 ちなみに2020年の今年は「庚子(かのえね)」で、60ある干支(えと)の中では37番目。それほど特別に目立つ位置ではありません。「還暦」の輪廻の中では、すべての年は“平等"とも言えるのですが。

【ただいま読書中】『〈謀反〉の古代史 ──平安朝の政治改革』春名宏昭 著、 吉川弘文館、2019年、1700円(税別)

 「謀反」とは鎮圧した側からの呼び名です。もし「謀反」が成功したらそれは「革命」と呼ばれます。これが本書の大前提です。
 「官僚」と言えば政府の使用人、「官人」は上層部の手足、「貴族」は天皇を補佐する支配階級、といったイメージになります。ところが古代日本ではこの三者はすべて同じ人たちでした(これが本書のもう一つの前提です)。ただし、時代によって「官人(貴族)」のありようは違います。もしも政治改革をする場合、方向性を示すのは天皇でしょうが、実際に国を動かすのは官人たちです。そこで官人に求められるのが「(天皇への)忠誠心」か「能力」か、で国のあり方は全然違っていきます。最近読書した『赤穂浪士の実像』では「奉公」が向けられるのが「御家」か「殿様」かで家臣の行動が大きく変わることがわかりましたが、朝廷でも似たことは言えそうです。
 奈良時代まで天皇は神話に包摂された神秘的な存在でした。それが大きく変わったのは光仁天皇からです。光仁天皇は白壁王の時代に藤原仲麻呂政権に中納言として参画していましたが、奈良時代の天皇は天武天皇系だったのに対して白壁王は天智天皇の孫で天皇継承の目はないものと思われていました。桓武天皇も壮年までは三世王(天皇の曾孫)で大学頭などを務めていました。つまり光仁天皇も桓武天皇も、「貴族の下役」として勤務した経験を持っていたわけで、そんな人が天皇になったからと言って手のひらを返したように「神秘的な存在」として扱ってもらえるわけがありません。桓武天皇の子の平城天皇や嵯峨天皇は産まれたときから「神秘的な存在」となりますが、一度生じた「天皇と官人の関係の変質」はそんなに簡単に元に戻るものではありませんでした。
 官人の性格も変質します。奈良時代までは貴族は官人であると同時に地方の領主としての性格も濃厚に持っていましたが、平安時代には地方との関係が薄れ都市貴族としての性格が強くなります。すると「地方」よりは「国家」に貴族の興味は集中します。そして天皇にも「国家運営」の能力を強く求めるようになりました。そのストレスに負けた平城天皇は弟の嵯峨天皇に譲位。しかしこんどは嵯峨天皇がストレスで平城上皇に再譲位を望みます。ストレスから逃れてフリーになった平城上皇は体調が戻り、ふたたび国政を指揮しようとしますが、この混乱から生じたのが「藥子の変」でした。これで政権と官人たちの信頼を掌握した嵯峨天皇は、桓武天皇や平城天皇のように先頭に立つリーダーではなくて、有能な官人を適材適所に配置することで国を栄えさせる戦略を採りました。これがのちの摂関政治を実現させることになります。
 藥子の変の後も、「承和の変」「応天門の変」「昌泰の変」などが続きます。著者は「天皇と官僚の関係の変質」を見つめています。律令国家では「立派なリーダー」としての天皇が必要でした。しかし世の中が落ちつき、官僚組織がうまく機能するようになると、天皇は「官僚による国家経営」を邪魔しないことが求められるようになります。つまりは「象徴としての天皇」ですね。それでも官僚のトップに度量があれば「未熟な天皇を成長させること」が官僚の喜びになりますが、そうでなければ「余計な口を挟まれたら困る」とネガティブな対応が目立つようになります。それが露骨に発露されたのが「阿衡(あこう)の紛議」(藤原基経と宇多天皇の対立)でしょう。国政に停滞を招いたこの事態は、天皇と官僚の関係が、ものすごく形式的なものになってしまったことを示しているようです。
 天皇から見たら「国家のトップであるはずの自分が軽んじられている」となるでしょう。しかし官僚からは「天皇が余計なことをしたら、国家が傾く」となるでしょう。この対立は平安時代にずっと続き、その対立構造に武家がちゃっかり入ってきて「幕府」を作れた、と考えると、平安貴族たちは自分の手で自分たちの衰退のお膳立てをする努力をせっせと行っていた、と言えそうです。




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