【ただいま読書中】

おかだ 外郎という乱読家です。mixiに書いている読書日記を、こちらにも出しています。

古代ローマと日本/『ローマ人の物語V ユリウス・カエサル ルビコン以後』

2008-09-25 18:53:46 | Weblog
 日本の政治制度は、実は古代ローマの雰囲気を良く伝えているものかもしれません。
 選挙の洗礼を受けないほぼ世襲制の元老院は、二世三世がやたらと多い日本の国会に似ていると言えますし、有力者が護民官・按察官・会計検査官・法務官などの公職を歴任するシステムのローマと日本の党の要職や閣僚を様々経験していると首相になりやすいのもそっくり(さらに「前○○」がそのまま公職とほぼ同等に扱われることも)。それになにより、1年任期の執政官は1年交代の首相と同じですな。

【ただいま読書中】
ローマ人の物語V ユリウス・カエサル ルビコン以後』塩野七生 著、 新潮社、1995年、2816円(税別)

 「ルビコン川を渡」ったカエサルの勢いをおそれ、元老院の多くの議員と「三頭」の一人ポンペイウスはイタリアを逃げ出します。しかしカエサルが支配するのはイタリア半島とガリアのみ。ポンペイウスの勢力範囲はギリシア以東・北アフリカ・スペイン、とカエサルの勢力を遙かに凌いでいます。カエサルの持つ“利点”は、本国を押さえていることだけ。カエサルは、自身が赴いた西では勝利しますが、東と南では敗北します。しかし“利点”を活用し、カエサルは自らを“合法的”な存在にしてしまいます。「勝てば官軍」ではなくて「勝つ前に官軍」です。
 そしてついにギリシアで対決ですが……二つの軍勢はなんとも対照的です。カエサルの軍は少数ですが、兵士はベテラン揃いです。ただし指揮官クラスは若者ばかり。ポンペイウスはカエサル軍に倍する大軍で指揮官も歴々たるメンバーがそろっていますが、兵士は精鋭とは言えません。あまりに犠牲の少ない会戦のあと、ポンペイウス派の人びとは流浪の身となり、ポンペイウスはエジプトに逃げ込みます。ただしそこは内戦状態でした。クレオパトラの弟王はポンペイウスをあっさり殺します。「敗軍の将を罰しない」「敗者をできるだけ殺さず、ローマ化して自分たちの内側に取り込む」主義のローマ人(さらに「内戦の後遺症を少しでも小さくするために“ローマ人”は極力殺さない」方針のカエサル)に、こんなやり方はなじめません。そこでエジプトでの戦争ですが……著者はクレオパトラはさっさと通りすぎてしまいます。なんか素っ気ない。後日の「アントニウスとクレオパトラ」の方が熱心に描写されますが、このあたりに私は著者の“感覚”を感じます。
 やっと反対派を押さえたカエサルは念願の「改革」に乗り出します。様々な改革が紹介されていますが、私が特に感銘を受けたのは「城壁の破壊」と「教師と医師にローマ市民権を与える」ことです。「思想・言論の自由」「安全」「教育」「医療(または福祉)」が「健全な国家の4本柱」と私は考えていますが、カエサルに先を越されました。
 もちろん反対派は熱心に反対します。なにしろカエサルは簡単には反対派を粛清しないのですから、安全に反対することができます。しかし、自分が反対する人の「寛容」の上に立つことは、後ろめたさを生じさせそれは憎しみへと容易に転化されます(「自分がこんなことをするのは、お前のせいだ」)。共和主義者にとって「カエサルが王位を狙っているに違いない」は、それが明らかに間違いであっても、自身がすがりつく「正しさの根拠」(名分)でした(カエサルにその意図はないでしょう。実際にカエサルが狙うとしたら、(一民族の)「王」ではなくて(多民族の)「皇帝」ですから)。そして「3月15日」。
 ただ、カエサルもただ殺されたわけではありません。常に未来を考えている彼のこと、ちゃんと後継者人事には絶妙の手が打ってあったのでした。不測の事態も包含して「次の次の手」を考える人に対抗するのは大変です。この場合には、カエサル反対派の人にちょっとだけ同情します。
 しかし、ローマが将来東西に分かれる原因(の萌芽)が、カエサル(暗殺)にまで遡れるとは、私には驚きでした。

 著者はカエサル暗殺者たちの「先見性のなさ」を嘆きますが、私は彼らの思慮の浅さを嘆きましょう。カエサルを殺しても、「カエサルを産んだもの(社会のシステムの欠陥)」を修正しない限りまた別の「カエサル」が登場するのです。結論は著者と同じで「カエサルを暗殺しても、それは“解決策”ではない」なのですが。



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