ぼくは行かない どこへも
ボヘミアンのようには…
気仙沼在住の千田基嗣の詩とエッセイ、読書の記録を随時掲載します。

首相夫人の礼装のこと

2019-10-29 21:05:38 | エッセイ
 安倍総理大臣の昭恵夫人の、「即位礼正殿の儀」でのファッションの件がいろいろ取りざたされている。
 いいとか悪いとか、相応しいとか相応しくないとか、私としてはどちらでもいいというか、まあ別に構わないんじゃないのとも思う。
 ただ、なんか不思議な感じはした、とは言いたい。
 これまで、こんなことが問題になるケースはあんまりなかったような気がする。
 ドレスコードという点では、許される範囲内には納まっているという識者の見解はあるようである。デイ・ドレスと呼ばれる範疇の服装らしい。なるほどね、そういうものもあるのか。イブニング・ドレスというのはふつうに聞くが。
 「即位礼正殿の儀」というのは主催者は誰なんだろう?
 いろんな解釈はあるのかもしれないが、たぶん、日本国政府なのではないだろうか?天皇陛下御自身ではないだろう。いや、ご自身でもあるか。ご自身と政府を含んだ日本国の政体が主催である、ということになるのかな。
 まあ、その辺の厳密な議論は置いておく。少なくとも総理大臣は、主催者を代表する立場(のひとり)であることは間違いない。ゲスト側ではなく、ホスト側である。
 ということは、総理夫人もホスト側の主要な一員であることに議論の余地はない、のではないだろうか?
 ということは、ドレスコードで許容範囲かどうか、などという議論の対象外に、そもそもいらっしゃる立場なのではないだろうか?
 皇族の女性方は、十二単と決まっている、それと同じではありえないが、それとほぼ同様に着用すべき服装が固まっているような立場なのではないだろうか?
 これまでの総理夫人は、和装の留袖なのか、洋装のロングドレスなのか分からないが、決まりきった服装で臨まれたのではないだろうか?(前回は、小渕首相だったろうか?そのご夫人がどんな服装だったかは、ネットで調べればすぐわかる話ではある。)
 議論の余地などはなかったように思う。
 なにか、とても不思議な感じがした、ということである。
 これは、昭恵夫人のキャラクターで、時代も変わっているので、自由な感覚を持たれているということで、良きことでもあるのかもしれない。
 首相夫人でミニスカと言えば、佐藤栄作首相の寛子夫人である。外遊時の飛行機に乗り込む姿が、当時、ずいぶんと話題になった。その時も賛否両論、侃々諤々であったが、なんというか、当時は、時代がこれからどんどん明るくなっていく、社会が解放されていくみたいな文脈で、肯定的に捉えるひとが多かったように思う。(今回のような厳粛な儀式の場ではないということでもある。)当時は、なにか流行れば、社会全体一色に染まってしまうような時代でもあった。
 その時とは、時代の雰囲気というものも、ずいぶんと変わったと言えるかもしれない。

最新の画像もっと見る

コメントを投稿