ぼくは行かない どこへも
ボヘミアンのようには…
気仙沼在住の千田基嗣の詩とエッセイ、読書の記録を随時掲載します。

霧笛123号〈編集後記〉

2017-10-05 19:15:18 | 霧笛編集後記
◆絵本作家の長野ヒデ子さんから、「千田様の詩は深くてひびきます。タイトルがいいし…。遊人様の詩…もおもしろ」かったと、一二一号について。一二二号にも「この表紙の絵は物語が詰まっていますね、ほんとほんと。」遊人の「『古ぼけた珈琲の匂い』はすてきです。タイトルも…、今朝のパズルを産み落とすでお終いで、すごいなあとほかほかしました。『世界一周クロニクル』はリズム . . . 本文を読む
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霧笛122号〈編集後記〉

2017-10-05 19:13:16 | 霧笛編集後記
◆一二二号である。 ◆川戸富之さんが復帰。岩手県北の葛巻町在住で、西城さんも私もまだお会いしたことがない。郵送のみでの参加である。 ◆遠藤誠司くんが休会。書くべきことが湧き上がったときに書くのがスタイルで、毎回の締切に追われてというのが違うと。絵、バンドと幅広く活躍する芸術家。忙しくもある。復帰を待つ。 ◆及川良子さんの第一詩集「したたる瞬間(いま)を」が、今年一月八日、あきは書館から公刊。 . . . 本文を読む
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詩誌霧笛121号編集後記

2017-04-18 23:49:28 | 霧笛編集後記
〈編集後記〉 ◆一二一号とする。第二期としては、四一号である。一九八四年、昭和五九年創刊からの通算で一二一号目である。発行元も「霧笛の会」に戻す。八十号を発行して、一区切りとし、会の名前も「新・霧笛の会」と変更した。  第二期二〇号、通算一〇〇号発行の直後、大震災がやってきた。二一号、通算一〇一号が、震災以後、最初の発行であった。そこからさらに二〇号を数えた。創刊から三三年、震災から七年。 . . . 本文を読む
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霧笛第2期第40号 〈編集後記〉

2017-01-23 22:47:52 | 霧笛編集後記
◆さて、四〇号、通算で一二〇号となる。ここまでは、新・霧笛の会、霧笛第2期と称している。次号からは、年も明けて、再びシンプルに「霧笛の会」として、号数も通算で一二一号と数えていいのではないか、と考えている。例会で提案しているが、少なくとも表立っての反対はないようである。 ◆東京江古田(住所としては沼袋らしい)で「遠藤誠司の秘密の花園~沼から沼へと2~遠藤誠司展」を開催ということで、一二月六日&n . . . 本文を読む
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霧笛第2期 第39号〈編集後記〉

2016-11-08 00:04:10 | 霧笛編集後記
〈編集後記〉 ◆八月、新町の末広鮨にて、気仙沼高校の恩師で詩人である猪股信夫先生を囲んで懇親の席をもった。熊本さんが幹事役、西城、正典、そして私と、当時の気高での教え子となる四人が揃った。猪股先生には、霧笛創刊当時から、西城さんが送付なさっている。節目の記念号の折に寄稿もいただいた。当時の、どこか若々しい、時代を先取りしていくかのような気高の雰囲気を懐かしく語り合った。一番若い私も卒業して四二年 . . . 本文を読む
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霧笛第2期38号〈編集後記〉

2016-11-07 23:59:17 | 霧笛編集後記
〈編集後記〉 ◆震災から丸五年が経過した。復興は進んでいる。もちろん、均等に、ではない。いつまで復興は続くのか。この時点で完了と言えることは、恐らく、ない。しかし、いつか、他所で、別な深刻な災害が起きて、関心も、支援もそちらに向かうことになる。熊本の地震の後に、また、どこかで災害が起きてしまうと、東北への関心は、必然的に薄れていく。ある時気づくと、復興の事業はいつのまにか終わっていた、ということ . . . 本文を読む
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霧笛第37号〈編集後記〉及び日野修さん 河北新報最優秀賞の件

2016-04-21 20:53:52 | 霧笛編集後記
〈編集後記〉 ◆日野修さんの受賞のことは、前ページに紹介した。 ◆前号で紹介した遠藤誠司君が新しい同人として作品を寄せてくれた。画家で音楽家でもある。 ◆詩集「湾Ⅲ2011~14」を出版した。読み始めると一気に読めてしまうものになっているようだ。とても有難い感想を多数頂戴している。何らかの形で紹介したいと思う。常山俊明の表紙画と挿画が大きな力となっている。 ◆照井由紀子さんが、二〇一三年十 . . . 本文を読む
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霧笛第2期第36号〈編集後記〉

2015-12-30 22:04:32 | 霧笛編集後記
〈編集後記〉 ◆石津ちひろさんから前号について「千田さんや西城氏の作品にはいつもながらの安定感が備わっており、うんうんと頷きながら、読ませていただきました。今回特に印象深かったのは、熊本吉雄さんの「下足札漂流記」と菊池さかえさんの「たわいもない話」でした。前者にはかつての日本映画を彷彿とさせるような懐かしさと情感が漂っていました。そして後者には、仲睦まじい姉妹の様子を俯瞰させてもらっているような . . . 本文を読む
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霧笛第2期第35号〈編集後記〉

2015-10-16 22:16:52 | 霧笛編集後記
◆立秋を過ぎて、暑い日が続いている。原爆、終戦。毎年、暑さの中、戦争と平和のことを考える。 ◆元気高の恩師猪股信夫先生、西城健一さんへのお便りで、「「チューリップ」も「坂道」も西城君の誠実な人柄がそのまま感じられ、日常生活や自然に対する端整な心構えに自分の心も洗われて背筋が伸ばされます。」今日、八瀬コーヒーに出かけてきた。田んぼの稲に穂が出始めた。今回の西城さんの作品も、西部の山間、八瀬の地域に . . . 本文を読む
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霧笛第2期第30号〈編集後記〉

2015-07-27 07:49:19 | 霧笛編集後記
頭注;去年の5月発行。1年以上前になる。人生の成り行きというものはあるもので、今年からまた本吉図書館に戻っている。   〈編集後記〉 ◆今号から、菊池さかえさんが参加。実は、小野寺せつえさんのお姉さん。妹に触発されたということなのか。これからよろしくお願いします。逆に、小山圭璋さんは、自己都合で退会された。お会いできないままだった。また、いつでも、どうぞ。 ◆今になって、どんどん . . . 本文を読む
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霧笛第2期第31号〈編集後記〉

2015-07-24 22:55:35 | 霧笛編集後記
頭注;昨年夏、8月の31号の編集後記。毎回載せていたつもりだったが、このところは、読書の記録に気をとられていた、ということか。今年も、間もなく梅雨明けのはず。1年前のものだ。 ◆いつのまにか、夏も盛りとなった。台風が発生して、ここしばらくは遠く西のほうを北上したり、南の洋上に折れ曲がったり、暑く湿った南の空気が列島の上に滞留する。だが、ここは、まだ過ごしやすい。人口密度の低い風通しの良い部屋でキ . . . 本文を読む
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霧笛第2期33号〈編集後記〉

2015-07-21 23:31:55 | 霧笛編集後記
頭注;今年2月発行の33号の後記を掲載していなかったようなので、遅ればせながら。 ◆そして、冬も終わる。暦年が改まると、あっという間に年度が押し迫る。このところ、時の経つのがいや増して早い。「光陰矢のごとし」という常套表現が成り立つのは、年をとればとるほど時の経つのが加速度を増すからだ。四十代は急に早くなり、五十代になれば同じ速度を保つ、などということがなく、常に加速度を増すばかりであるからこそ . . . 本文を読む
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霧笛第2期34号〈編集後記〉

2015-07-20 23:52:31 | 霧笛編集後記
◆石津ちひろさんから、今回もメールをいただいた。「常山さんの描く表紙、今回もまた素敵ですね。そして、掲載されている作品はすべからくレベルが高く、今更ながら感服いたしました。…熊本氏の“苔のたはこと”には、可笑しみと哀しみが入り交じっていますね。/及川さんの貝の詩には、しみじみと感じ入りました。/菊池さんの“椿”、そしておのでらせつえさん . . . 本文を読む
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霧笛33号〈編集後記〉

2015-03-09 23:16:58 | 霧笛編集後記
◆そして、冬も終わる。暦年が改まると、あっという間に年度が押し迫る。このところ、時の経つのがいや増して早い。「光陰矢のごとし」という常套表現が成り立つのは、年をとればとるほど時の経つのが加速度を増すからだ。四十代は急に早くなり、五十代になれば同じ速度を保つ、などということがなく、常に加速度を増すばかりであるからこそ、時の経つのは早い、とだれしもが思うのだ。小学校五、六年生で少し早いと思って以来、全 . . . 本文を読む
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霧笛第2期第32号 編集後記

2014-11-19 20:19:26 | 霧笛編集後記
〈編集後記〉 ◆そして、秋も終わりかける。いや、前号の編集後記を「いつのまにか、夏も盛りとなった」と書きだしていたそれから三ヶ月経過した。書き出しの言葉は、「そして」も「しかし」も「だが」も、どれでなくてはならないということがなくて、どれでもいい言葉でしかない。しかし、「そして」と書きだすことで、何ごとかが表現されてしまう。そこになにがしかの感情が読みとられてしまう。短歌とか俳句とかの類いの日本 . . . 本文を読む
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