どんなやつにも、カシワナカが与えてくれたいいものがあるはずだ、という信念を持っていたアシメックは、オラブにも何かをしてやりたかった。エルヅのような、まっとうな生き方をさせてやりたかった。だがそういうアシメックだけには、オラブは絶対にちかよらない。何が何でも逃げ続ける。
「ちきしょう、今日の夕餉がなくなっちまった」とスライがまた悔しそうに言った。アシメックは言った。
「うちの糠だんごが余ってるから分けてやるよ。後でもってこよう」
「いや、いいよ。栗をためてあるから今日はそれを煮る。オラブのやつめ。逃げ足だけははやいんだ」
「なんとかしないといかんな。すみかは全然わからないのか」
「イタカでよく見かけると言ってるやつがいるよ。山の方に住んでるんじゃないか?」
イタカの野の奥には緩やかな山があり、部族の人間も秋にはよく茸や木の実を採集にいった。榾を拾いにいくものも多かった。だが、山の奥の方は闇が深く、あまり人は近寄らなかった。こそどろが隠れるとしたらあそこしかないと、だいたいのものは思っていた。
たぶんそれは外れていないだろう。アシメックは、一度男たちを集めて、山を捜索をしなければならないと考えた。いつまでも放っておくわけにはいかない。彼は母親から教えられて忘れることのできないカシワナカの歌を思い出した。
知恵はいいことに使え
いやなことをするとフクロウがたたる
正しいものが常に勝つ
オラブは一体どんな暮らしをしているのか。悪いことばかりして、神の歌に逆らっていて、苦しくはないのか。アシメックはイタカの方向にある空を見つつ、小さく息をついた。そばでしきりにスライが悔しがっている。アシメックはスライを慰め、今日は一日手伝ってやるよと言った。