世界はキラキラおもちゃ箱・2

わたしはてんこ。少々自閉傾向のある詩人です。わたしの仕事は、神様が世界中に隠した、キラキラおもちゃを探すこと。

救いの寓意

2016-05-31 04:18:33 | 霧の風景


ホアン・デ・ヴァルデス・レアル、17世紀スペイン、バロック。

男は右手にロザリオを持ち、書物を読みふけっている。そのそばで、天使が天を指さしながら何事かをささやいている。王冠は魂の救いを表し、砂時計は過ぎ行く人生の時を表す。壁には大きな磔刑の図がある。本の山は、これまで人間がなしてきた知的財産を表すのだろう。つまり男は人間の救いを過去のデータの中に探そうとしているのだ。だがそこに本当の救いはない。天使は男に、書斎を出、神を信じてイエスのように一命と自分を賭して行動せよとささやいているのだ。そこにしか人類を救う道はないと。自己存在を救うのは自己存在による全存在を賭けた行動である。自分の限界を超えた挑戦をしない限り、人間に未来はない。






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赤いジャンパーと青いスカーフをつけたモンパルナスのキキ

2016-05-30 04:47:18 | 霧の風景


モイズ・キスリング、20世紀フランス、エコール・ド・パリ。

これは霊的盗作である。モデルも画家も偽物だが、とんでもない馬鹿をやっている。バックの霊界から描いている霊的存在が、霊界にいる他の画家の真似をして描いたのだ。霊的世界には、進化した人類の創作した様々な素晴らしい作品があるんだよ。馬鹿は時々、それを盗んでそのままこちらの世界に持ってくるのだ。それで世俗的成功を得ようとする。こういう画家には、ほかにモディリアニがいる。言われてみれば、なんとなくいかがわしい感じがするだろう。






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ぶらんこ

2016-05-29 04:36:59 | 霧の風景


ジャン・オノレ・フラゴナール、18世紀フランス、ロココ。

これは正真正銘、本人が描いた絵である。あまやかでかわいらしい表現に、画面が統一されている。フラゴナールの作品がすべてそうだというわけではないが、正しい自分の力によって描かれたこの作品は、非常に明るく気持ちがいい。貴族社会の恋愛ごっこを描いた絵ではあるが、人間模様を包む深い森の風景がすがすがしくて良い。






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毛皮の襟のローブを着た自画像

2016-05-28 04:31:54 | 霧の風景


アルブレヒト・デューラー、16世紀ドイツ、北方ルネサンス。

なかなか良い目をしている。これは本物の男である。名声を呼んだ富も、かなりの男前である美も、自分本来のものだ。この男は正しい人生の修業をして、尊い画業を積んだのである。しかしこれだけ探して、優良な本物はほとんどこれとトルストイだけだというのが、人類の現実なのだ。人間は本当の自分から逃れるために、あらゆるあがきをしているのである。画家がこの絵をイエスに似せて描いているというのもおもしろい。なぜならイエスは、人類にとって、人類の罪と本当の自分自身を象徴する存在だからである。






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ユディト

2016-05-27 04:16:43 | 霧の風景


アンドレア・マンテーニャ、15世紀イタリア、初期ルネサンス。

ユディトは右手に剣を持ち、左手で獲物である男の首を、侍女が差し出す袋に入れようとしている。彼女らはこれから雲を霞と逃げるのである。女性を馬鹿にしているとこういうことになるという絵だ。その弱さゆえに男は女には何もできないという錯覚を持ちがちだが、女性にも知恵があり力がある。膂力の弱さを補うにはどうすればいいかなどの知恵は働くのだよ。女性たちは男によって虐げられてきたがゆえに、厳しい男社会をどのように生き抜いていけばいいかなどということを始終考えているのだ。そして最善の土を踏む。頭を使い、余計なプライドは捨て、小さくてもかなり痛いことをやり、そして容易に男には手を出せない聖域へと逃げるのだ。それはそれは上手にやるんだよ。男は逃げた女を追いかけて、いろんなことをするが、もう後の祭りだ。永遠に届かない所に、女は逃げるのだ。女性を甘く見てはならない。彼女らは韜晦しているのだ。頭がいいことが、男にばれては大変だからだよ。






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チャールズ1世の肖像

2016-05-26 04:25:41 | 霧の風景


アンソニー・ヴァン・ダイク、17世紀フランドル、バロック。

これも偽物の男である。画家は本物だがモデルはとんでもない馬鹿だ。本来王になどなれないはずの人間が王になっている。もちろん他人から王位を盗んだのだ。上等な衣服を着ているが、男はやせぎすでそう美しくはない。愛も威厳も何もない。これが王だと言われなければ王だとわからないという絵である。チャールズ1世は人民を思わない強力政治を行い、清教徒革命を引き起こした。民主主義の時代を作るのに大きく加担した人間の一人である。地位や贅沢な暮らしだけが欲しい馬鹿が、権力者の地位につくから、民衆が反発して作られるというのが、民主社会なのである。






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果物籠

2016-05-25 04:19:17 | 霧の風景


カラヴァッジョ、16世紀イタリア、バロック。

これも霊的詐欺だが、もっとひどい。一種これはロボットが描いた絵である。カラヴァッジョも本人は何もせずに、バックの霊界にいる人間がすべてを描いていたのだが、これは本霊が、自分の人生が嫌になって自分から逃げ去ってしまった後の、空っぽになった肉体を使って、バックの霊が描いた絵なのである。完璧な技術で描いているように見えるが、果物も緑の葉もまるで蝋細工のように生命感がない。描いている画家がもう死んでいるからだ。生の虚しさ、ヴァニタスというよりは、生きながら白骨化してしまった人間の、石化した現実が表現されていると言えよう。
カラヴァッジョは殺人者だった。生涯その罪から逃げようともがいていた。その絵画表現における闇は、画家の心の闇に他ならない。






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ヴィーナスの誕生

2016-05-24 04:22:02 | 霧の風景


アレクサンドル・カバネル、19世紀フランス、アカデミズム。

これも破廉恥な霊的詐欺である。カバネル自身は何もやってはいない。モデルも偽物の美女である。美しく見えるが、この女性の中には相当なブスがいるのだ。それがヴィーナスを名乗っているのである。しなやかな裸体を横たえ、蠱惑的なポーズをとっているが、本物の美女ならこんな崩れた感じにはならない。本当のヴィーナスはもっとしゃんとしている。女性に関する正しい見識があれば、こんな絵は描かないはずである。






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ヒュラスとニンフたち

2016-05-23 04:12:57 | 霧の風景


ジョン・ウィリアム・ウォーターハウス、19世紀イギリス、ラファエル前派。

これも霊的詐欺の一例である。美しい絵に見えるが、ウォーターハウス自身は一筆も描いてはいない。バックにいる霊的存在が、すべてを描いている。肉体の制約を受けない霊的存在は、だれでもこれくらいは描けるものなのだ。こういう風に、本人は一切何もせず、バックの霊的存在にすべての自己活動をやってもらっているという、ずるで生きている人間はたくさんいる。芸術家ではブーグロー、アングル、ミレイなどがそうである。バーン・ジョーンズもこの仲間に入るが、まだ自分も活動しているからましな方だ。






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泣く女

2016-05-22 04:22:45 | 霧の風景


パブロ・ピカソ、20世紀スペイン、シュルレアリスム。

ピカソは全作品を廃棄しなさい。これはあっても仕方のないものである。ピカソは大勢の霊的存在が結託して一人の才能を作り上げたという例なのだ。霊的詐欺というものである。ピカソは小学生でも描かないような絵を描いて、これは次元の高い芸術だと偽って人をだまし、金と女を得てうまい汁を吸ったのだ。それでもダリやポロックには人間の究極の堕落を見せたという意義が生じるが、これにはそれもない。人間の目を破調で汚すというだけのものである。このように破棄した方が良いという芸術作品はたくさんある。特に20世紀から21世紀のものに多い。芸術家が馬鹿のステータスに落ちてしまったからだ。人間の目で見て、これはない方がよいと思うものは、処分しなさい。






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