世界はキラキラおもちゃ箱・2

わたしはてんこ。少々自閉傾向のある詩人です。わたしの仕事は、神様が世界中に隠した、キラキラおもちゃを探すこと。

水底より・2

2015-06-30 04:29:35 | 月夜の考古学・本館

 明けていく東の空から射す光が、公園の木立の間をつらぬいて、あの奇妙な立札を照らした。わたしは、胸を冷たい水でふさがれたような、重い気持ちでそれを見た。今日もまた、一日が始まってしまったのだ。
 わたしの残り少ない所持金は、それから二日のうちに、すべてなくなってしまった。しかしわたしにはもう、仕事を探して歩くような気力はなかった。昼の間は、公園の隅の灌木の影に隠れるように座って、公園を通る人々から身を隠した。時々、ハンバーガーの袋や弁当の箱をゴミ箱に捨てる人がいたときなどは、思わず、喉がごくりと動いた。
 あたりがすっかり暗くなり、人気がなくなると、わたしは野良猫のようにあたりをうかがいながらゴミ箱の中に顔をつっこんだ。そして昼間に目星をつけておいた寿司屋のビニール袋を見つけて、中を探った。ネタがとれてシャリだけになったすしが二つ、まだ箱の中に残っていた。わたしは犬のようにそれに食いついた。ふたにへばりついていた飯粒をなめとり、ガリまで口に放り込んでばりばりと食べた。食べている間は何も考えなかったが、いつの間にか、わたしは泣いていた。熱いものが喉をのぼって、涙と鼻水が混じったものが鼻先からぽたぽたと弁当箱に落ちた。
(どうにかしなきゃ……)
 わたしは、ベンチに寝転がって空を見ながら、思った。だが、一体、どうすればいいのか。考えようとすると、空がしんと冷たく澄んで、わたしのうす汚れたプライドをぎりぎりと締め付け、暗い奈落へ突き落そうとする。
(どうしようもないじゃないか)
 この期に及んで、まだもがこうとしている自分に、わたしは嫌悪を感じたが、それは自分の馬鹿さ加減がわかっているからではなかった。ただ、少しの間でも、深刻な問題から逃げていたかった。何もかもがじぶんのせいなのだと認める一歩手前で、わたしの思考はうじうじと逃げ道を探っているのだ。
 目を閉じると、わたしの思考はわたしの来し方へと流れた。
 今から一年ほど前、わたしは勤めていたある大手の企業を辞めた。原因は、ささいな人間関係の摩擦だった。
 子供の頃から、優等生として両親や教師にちやほやされて育ったわたしは、社会に出たら、プライドばかりが肥大した箸にも棒にもかからぬ人間になっていた。まわりの人間がみんな馬鹿に見え、仕事を覚えようともせず、自分ほど頭のいい人間はいないという顔をして、いばっていた。ちょっと気に入らないことがあると、すぐに他人と衝突し、物議を醸しだした。人の立場や心を思いやることなど一切なく、うまくいかないのは何もかも他人のせいだと思っていた。
 そうこうしているうちに、わたしは次第に同僚たちに排除されるようになった。大事な会議や社員の親睦会なども、わたしを外して行われるようになった。後でわたしが抗議すると、「こんな馬鹿馬鹿しいことにエリートの君は関わらなくていいんじゃないの」などと、皮肉たっぷりな言葉が返ってきた。周囲を見回しても、わたしに味方するものはだれ一人いなかった。わたしは、自分のまわりにいつの間にか冷たい壁ができていることを知り、愕然とした。しかし、それでも、わたしは自分の落ち度を認めなかった。間もなく、わたしは上司に辞表をたたきつけた。だれもとめる者はいなかった。
 粋がって辞めてはみたものの、現実の生活はすぐにわたしの肩にのしかかってきた。わたしを信頼しきっている故郷の両親には、仕事を辞めたことはできるだけ知られたくない。とにかく、生活費を稼ぐために、わたしは少ない知り合いのツテをたよって、ある大手の予備校の講師をした。しかし、そこも長くは続かなかった。
 そこには、わたしと同じように、大学は出たものの、人間関係で挫折して会社をやめ、講師をしている人間が数人いた。わたしは、ヘドが出るほど、彼らを嫌悪した。彼らのプライドを支えているものは、ただ一つ、学歴だけだった。彼らは、日差しに溶かされてアスファルトにべっとりと貼りついた飴玉のように、世間にも、自分にも、甘えていた。彼らは毎日、学校や予備校で得た知識を並べては自分が知的に優れていることを誇示しようとしていたが、それは、受験勉強以外のことをしたことがない人間が、子供が必死に親に取りすがるように、受験勉強という島に取りすがっているだけに過ぎなかった。彼らの存在を支えているのは、受験勉強だけなのだ。そして、わたし自身も、紛れもない彼らの同類なのだ。わたしはようやく、うすうすとそのことに気づき始めた。予備校の講師という仕事が、結局わたしにのこされたただ一つの似合いの場所だったのだろうか。しかしわたしにはそれが耐えられなかった。
 予備校の講師を辞めたわたしは、それからこうして宿無しに成り下がるまで、アパートにこもってほとんど外に出ずに過ごした。もう、未来も、人生に対する希望も、何もかもがわたしを取り残してどこかに消えてしまっていた。自己嫌悪と、劣等感と、両親や教師に対する根深い憎しみだけが、わたしの心を満たしていた。わたしは孤独だった。だれも、わたしに手をさしのべてくれる人はいなかった。わたし自身でさえ、わたしを見離そうとしていた。
 わたしは、ベンチに横たわって空を見ながら、いつしか唇を曲げて声もなく笑っていた。何に対して笑っているのか、わからなかったが、笑うという行動は、不思議に今のわたしの心を幾分軽くする作用をもたらした。わたしは、一つ息をつくと、窮屈そうに体をよじらせて寝返りをうった。するとわたしの目に、あの立札が入った。
(水面……)
 わたしの脳裏で、再びなにかが動いた。わたしは頭を起こした。遠い昔にセットされたタイマーが、何かの拍子にはっと目覚めたかのように、わたしの奥で、何かがぎりぎりと音をたてて回り始めた。
(洋子……)
 不意に、眉間がばちっと弾けた。それと同時に、色の白い、愛らしい瞳をした少女の顔が、ありありと脳裏に浮かんだ。だが、それが誰なのか、まだわたしにははっきりとは思い出せなかった。風もないのにどこかでこずえが騒いで、わたしは何げなく上を見上げた。そして目を疑った。トラックのように巨大な海ガメが、ゆるゆると手足を動かしながら、上空を泳いでいた。
 わたしの口から、ちいさな悲鳴がもれた。すると、それに気がついたのか、海ガメは、ゆっくりと首を曲げて、わたしを見た。海ガメは、わたしの目の奥の奥まで見通すような深い静かな眼差しでわたしを見下ろすと、ゆっくりと、口を動かした。その声は聞こえなかったが、わたしにはカメが何を言っているのか、なぜか理解することができた。
(見ろ…)
 ……見ろ? どこを?
 すると突然、まわりの風景が、すべて変わった。カメも、夜空も、公園の木立も、ゴミ箱も、立て札も、すべて消えて、わたしは、古ぼけたベンチといっしょに、真昼の山野木立の中に呆然と立っていた。
 下を見下ろすと、細い木立の間から、昔わたしが通っていた小学校の校舎が小さく見えた。その景色には確かに見覚えがあった。わたしは、目をぱちぱちさせながら周囲を見回した。すると、わたし自身は一歩も動かないのに、景色がどんどん動き始めた。わたしは、ベンチの上にしりもちをつくと、海の真ん中で流木にしがみつく遭難者のように、背もたれをしっかりつかんだ。
 景色は、丘の木立の間に刻まれた細い道を、頂上に向かって歩いていた。そして景色が移っていくに従って、わたしの心は恐怖を感じ始めていた。これ以上、進んではいけないと、わたしは思った。わたしは、何かを思い出すのを恐れていた。だが、景色はわたしを無視して、どんどん進んでいく。そしてわたしは目を閉じることもできない。
 不意に木立がなくなり、目の前に草原が広がった。そのとき、耳元でかわいらしい鈴のような声が響いた。わたしははっと顔をあげた。みずみずしい黒髪をした少女が、わたしの方を見てほほ笑んでいた。
 きん、と、頭の奥で何かが折れる音がした。闇が、少女の顔を一瞬のうちに塗りつぶした。

 どれくらい時間がたったのか、目覚めた時にはもう、空の高い所に太陽がのぼっていた。わたしははっと起き上がり、まわりを見回した。すると公園の中で遊んでいた子供たちが、物珍しそうにこっちを見ながら、ひそひそ話をしていた。わたしはいたたまれなくなり、バッグをさっと持ち上げると、逃げるように公園を出た。甲高い子供の笑い声が、わたしの背中を刺した。

(つづく)




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水底より・1

2015-06-29 05:40:54 | 月夜の考古学・本館

 その日、管理人の最後通告を無視したわたしは、案の定、身の周りの荷物をつめこんだ小さなボストンバッグといっしょに、六畳一間のアパートを追い出された。
 アパートを出たわたしは、コンクリートの建物群の向こうに見え隠れする夕日を横目に、広い表通りの隅を、行くあてもなく歩いた。何日も着たままの上着とズボンは、染み込んだ汗と垢のために、裾が重く垂れ下がり、特有の悪臭を放っていたが、わたしはもうそれを不快に感じることすらなかった。時折すれ違う人々の中から、軽蔑の混じった鋭い視線が投げられるのを感じたが、わたしは下を向いて外界と自分の関係を一切遮断し、惨めさが自分を押し潰そうとするのを防いでいた。
 他人から見れば、今のわたしのこのかっこうはどこから見ても浮浪者にしか見えなかっただろう。実際、わたしにはもう浮浪者に落ちぶれるしか道はなかった。この都会の町で暮らし始めてから七年になろうと言うのに、わたしにはこんな時に頼りにできる友人ひとりいなかったのだ。
 細い月が、残光のにじんでいる夕空にきりりとかかる頃、わたしはその夜のねぐらを、学生時代によく歩いたS公園のベンチの上に決めた。ペンキのはげた木のベンチの後ろの芝生には、ガス灯を模した古いデザインの街灯がひっそりと灯っていた。わたしは、しばらくその明かりの下で、何をするでもなく、ただ呆然と宙を見ていた。深くなっていく夜闇のとばりは、わたしとまわりの世界を厳然と分け、わたしは俄かに訪れた冷たい静寂に、なす術もなくしていた。いったい、何が原因でこんなことになったのか。そんなことを考えるには、今のわたしは疲れ過ぎていた。
 ゴミ箱からとってきた新聞紙を布団に、わたしは生まれて初めて屋根のない場所で眠った。ごつごつした狭いベンチの上で、わたしはうるさい虫に悩みながら、それでも、いつの間にか浅い眠りにおちていた。眠りの中で、わたしは、ずいぶん昔、わたしが高校生であったころのことを夢見ていた。
 そのころ、わたしは学校で一番の秀才で、名門のS大学の理工学部を受験するために、毎日勉強に明け暮れていた。両親も教師たちもみな、わたしの将来を嘱望していた。わたしは、皆の注目を浴びて、しごくご満悦だった。そしてわたしは希望どうりS大学に合格し、この大きなビルの林立する都会にやって来た。
 夢が覚める頃合いになっても、意識の上澄みをさまよいながら、まだわたしは幻想にしがみついて薄ら笑いをしていた。だが、近くで何かゴソゴソという音がしたので、ふと目を開けた。ぼやけた視界の中で、人影が一つ、動いていた。
 人影の正体は、グレーの体操着を着た、背の高い白髪の老人だった。手に毛先のちびた箒と大きな塵取りを持っている。わたしは用心深く顔を動かしながら、空を横目で見上げた。まだ夜は明けきっておらず、朝日の予感をいちはやく感じた小鳥たちが、闇の薄まった空からおずおずとさえずりはじめていた。
 どこかの暇なご隠居さんの奉仕活動といったところだろうか。老人は、遊歩道をきれいに掃き清め、芝生の上に散らかった紙コップやジュースの缶を拾い集め、いっぱいになったあちこちのゴミ箱のビニール袋を新しいものと取り替え、手際よく仕事をこなしていた。半時ほどたつと、老人はきれいになった公園をゆっくりと見回し、小さく、よし、とつぶやいた。そして、掃除用具といっぱいになったゴミ袋を載せたネコ車を押しながら、去っていった。老人は、最後まで、ベンチのわたしの方には一瞥も与えなかった。
 老人がいなくなってから少しあと、わたしは空腹に耐えかねて起き上がった。そしてズボンのポケットにあった残り少ない小銭を取りだして眺めた。何度数えても同じなので、わたしはそれをまたポケットに押しこんだ。ため息も漏れなかった。
 わたしはしばらくベンチに座ったまま、今日一日何をすればいいのか、考えた。金を得るためには、働かねばならない。わたしの脳裏には建築現場やいかがわしい店の並ぶ通りが思い浮かんだ。その次に郵便局や銀行のことを考えて、良からぬ空想を抱いたりした。しかし考えをめぐらしているだけでは腹が満ちるはずはない。わたしは重い腰を持ち上げると、公園の裏にあったコンビニでアンパンを一つ買い、それをちびちびと食いながら、またとぼとぼと歩きだした。そうして半日、人通りの少ない道を選んで町をぶらつき、日が傾くのを待ちかねたように元の公園に帰ってきた。
 ベンチに座ると、ふと、わたしは今朝は見なかった奇妙な立て札が、向かいのゴミ箱の横に立てられているのを見つけた。乾いた灰色の板の上に、まだ黒々と新しい墨の文字で、「水面に注意」と書いてある。わたしは首をかしげた。この小さな公園には、池やそれに類するものはないはずだった。だが、たとえあったとしても、「水面に注意」というのは、妙なことばだ。普通なら、「池に近づくな」とか書くものだろう。
(水面…、水面か……)
 わたしは、ふと、その言葉の後ろに、おぼろげな記憶が陽炎のように立ちのぼるのを見たような気がした。だが、いったい何だろうとそれに目を向けると、それはゆらゆらとぼやけて、モヤのように消えていった。
 わたしは疲れていたので、もうややこしいことは考えたくなかった。絡みつく蜘蛛の巣をふりはらうように、眉間をつねって頭をふると、わたしは小さく息をついて横になった。そして眠ろうとした。目を覚ましていれば、空腹や、心臓を塩でもむような不安が、わたしを苦しめるからだ。
 わたしは眠った。そしてまた、夢を見た。わたしの将来に、大きな期待を寄せていた、父や、母や、恩師の顔が、互いにくるくると回りながら、月のように空にかかっていた。それらは、墨のように真っ黒な空の上からわたしのほうをにらんで、口々に何かをやかましくつぶやいていた。だが、それらを聞き取ることはわたしにはできなかった。なぜというと、彼らがぱくぱくと口を動かすたびに、そこから、壜で栽培されたエノキダケのような白い子供たちが、わらわらと吐き出されるからだ。わたしは恐ろしさのあまり、そこから逃げようとした。だが、どんなに走っても、空の顔はころころと公園の木立の上を転がりながら追いかけてきた。いつの間にか、わたしのまわりには、むくむくと太った巨大なエノキダケで埋め尽くされていた。
 わたしはそれらに押し潰されるようなかっこうで、その場にばたりと倒れた。うずくまったわたしを囲んで、巨大なエノキダケたちは、くすくすと笑いながら回っていた。わたしは目をつぶっているのに、それらの顔の一つ一つを見ることができた。わたしは彼らを知っていた。彼らもわたしを知っていた。あざけりの視線と笑い声が、わたしの上を音のない戦車のキャタピラのように重く流れていった。
(やめろ、やめてくれ!)
 わたしは、胸をかきむしりながら獣のような叫びをあげ、そこでようやく目を覚ました。脂汗がべっとりと首筋を濡らし、ぜえぜえと熱い息の玉が気管を摩擦していた。
 息が収まり汗が冷えてくると、わたしはしばらくそのまま死体のように重く横たわっていた。体温が奪われるのを感じたが、動こうとは思わなかった。小さな羽虫がまぶたの上をはっても、はらいもしなかった。闇が、星屑のかすかな光でさえ厭うて埋め尽くそうとでもするかのように、わたしの上で膨れあがり、わたしのまわりを支配しようとしていた。
 そのとき、ふとわたしの上空を奇妙なものが動いた。見ると、竜のように巨大な一匹のウツボが、闇の一角にのっそりと顔を出して、わたしをにらんでいるのだった。
 わたしの喉をヒルのような悲鳴が上りかけたが、それは外に出る前に縮み上がって消えていった。ウツボは、公園に植えてある針葉樹のこずえをかきわけて、かすかな燐光を放つヒレを細かく震わせながら、皿のように広がったわたしの視界を、悠然と、音もなく、横切っていった。その姿が、再び闇夜の中に溶けて消えていくまでの、数分の間、一息の風さえ起らなかった。わたしは、後頭部を殴られたようなショックに襲われて、そのままことんと気を失ってしまった。
 スイメンニ、チュウイ
 立札の言葉が、わたしの脳裏に波紋のようによみがえった。

 次の朝、わたしが目を覚ましたとき、例の老人は、もうすべての仕事を終えて帰っていくところだった。わたしは、寝起きのぼんやりした目で、彼の背中を見た。老人は昨日とは違う粗末だがこぎれいな体操着を着て、きちんと櫛を入れた清潔な頭髪をしていた。苦い嫉妬の感情が、小さなうじ虫のように舌の奥でうごめいた。わたしのちんけなプライドのかけらが、唇をかたくかみしめて、その下等な感情に耐えていた。やがて、老人の姿が公園から消えると、わたしはつきつきと痛むこめかみを抱えて、やっとの思いで起き上がった。熱があるような気がしたが、もうそんなことはどうでもよかった。

(つづく)





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マウリツィオ・パスカーレ・チコリーニと金の鳥

2015-06-28 05:01:28 | 瑠璃の小部屋

2012年頃、ピクシブに発表した作品。

非常に美しい青年だが、この絵では、彼は左足にも少し障害を持っているらしい。
それが返って女心をくすぐり、非常にもてるという設定だ。
オッドアイも魅力的。
いい男だよ。きついこともやさしいこともできる。わたしの好みだ。

かのじょの生んだこの美しい男を、また描いてみたいね。



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2015-06-27 05:26:25 | 天使の小窓


たまかぎる ほのかに光る ほほゑみを いかに愛でむと 迷ふわれかな


うるはしき ことをせむとふ まなざしの 清きかをりを 何にたとへむ


山の辺に きみをとらへて かりそめの こひもかたらむ 霧の佐保姫


しらたまを 口にふくみて とほき日を 思ふまなこに しらたまの見ゆ


もろもろの 花のかをりを たしかめて 蘭のごとしと いふ人のあり


血のごとき 赤き苺を ひとくちに 噛みて知るべき 親心かな


こくりこの 日向に咲きて 揺れ動く 心ささへて よきことといふ



 *

(写真は1977年頃、青城澄15歳)






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ピンクのたまご

2015-06-26 04:26:55 | ちこりの花束

1999年3月
ちこり15号表紙イラスト。




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ノグルミ

2015-06-25 04:38:29 | 月夜の考古学・本館

 野胡桃。クルミ科ノグルミ属の落葉高木。
 4~5年前のことだったと思います。私は、自分の思いを表現するのが下手で、なかなか気持ちをうまく伝えることができずに、何を言ってもなぜか相手に曲がって伝わってしまい、誤解を招くという失敗を、重ねていました。経験を重ねた今では、そのときの自分のどこが悪かったのか、何となくわかるのですが、その時は人に誤解される事がつらくて、たまらなく孤独で、ある時近くの神社の石段のそばを通った時に、突然弾かれたようにそれを上っていったのでした。ほんとに泣きながら。だからこの詩にあることは実話なのです。
 家の近くに、標高60メートル余りの小さな山があるのですがその山肌にうがたれた石段の、中ほどの脇に、その木は、います。彼は、たぶんこの石段を切り開くときに根元が不安定になったのでしょう、一度倒れ掛かり、そこから幹をきっかりとV字型に曲げて、上に伸びていました。太い根は山をしっかりとつかみ、不安定な形の体を支えていました。それを見た私は叫びだしそうになりました。突然石段を上り始めたのは、この木が私を呼んだからではないかと思ったほどでした。
 つらいことばかりが重なる日々。でもあきらめてたまるもんか。何度倒れたって、やり直してやる。息を切らせて石段を走り上りながら、私は生きるしかない自分を深くかみしめていました。
 その日から、神社に行ってお祈りをするのが、私の習慣になりました。小さな神社の、緑に囲まれたすがすがしい静けさは、祈りの場としては最適でした。時折見かける鳥や虫たちが、何事かのメッセージと持ってきてくれたこともありました。祈りは、人に、大きな自然に向かって心を開かせてくれ、荒れすさんだ気持ちの中に光や風を入れてくれます。祈りは、自分のためでなく、神様や、幸せになって欲しいひとみんなのためにするのがいいです。そうすると、自分の中の、一番美しい部分が、少しずつ目覚めて、表に出てくるのです。ほほ笑みも言葉も上手になってきて、誤解されることも少なくなりました。
 これもあのノグルミの木のおかげだと、私は思っています。


(2003年12月、花詩集7号)




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みんなの幸せ

2015-06-24 04:24:08 | ちこりの花束

 みんなが、幸せになるためには、一体どうしたらいいんだろう? なんてことを、最近、よく考えます。人中に入って働いていて思ったことの一つは、人間は、結構自分の幸せだけを考えて生きているもんなんだな、ということでした。もちろんその中には私自身も含まれている訳ですが、しかし、中で誰か一人でも、全体の事を考えてバランスをとる努力をしないと、その場所での人間関係は地獄になってしまいます。
 ある閉じた環境の中で、人の利害や欲望がぶつかる時、それを低レベルな争いに発展させて心身の地獄を作らないためには、たくさんの知恵と工夫、忍耐、そして段階と時間が要ります。
 平和を保つ努力というのはこれなんだな、と実感することしきりでした。これに比べたら、勝負を挑んで力の差で相手をねじ伏せて思いどおりにするという手段が、どんなに簡単で頭も労力も使わずにすむことか。しかし、その方法はどうしても後々にしこりを残します。人はプライドを持つ生き物だから、状況次第で反撃に出てまた次の争いが起こるでしょう。それは際限なく繰り返されて、地獄の悪循環が生まれます。そんなことになってはいけない。だとすれば今の自分はどうすればいいのか。自分も社会の一部であることを自覚する大人なら、考えないわけにはいかない。その場所を地獄にするかどうかは、結局そこにいる人間にかかっているのですね。
 人のプライドを尊重しながら、人の気持ちを慎重に読みながら、状況の変化を少しずつ掴みながら、未来を模索し、バランスをとり、その場所の平和と人々の幸福を形作っていく。難しい。平和と幸福は、なんて難しい綱の上にあるんでしょうか。時には、他者に憎まれ、誤解されることも覚悟でやらねばならない。しかもそれが成功するかどうかもわからない。
 けれど、人は、常に新しい時代の風を呼び込むために、それまでの自分ではできなかった新しい努力をしてみなければならないのです。失敗もまた、未来の自分の糧になる。そう信じて、やってみなければならない。
 より多くの人が、平和と幸福を得るために。これからもきっと、たくさんの人が、それを考えていくでしょう。そして、挑戦していくでしょう。経験を踏みながら、少しずつ、時代も人も、変わっていくことでしょう。



(2003年7月ちこり28号、編集後記)






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月のカーニバル

2015-06-23 04:46:58 | ちこりの花束

制作年不明。
同人誌付録用、およびプレゼント用絵葉書。




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赤い鳥

2015-06-22 05:09:00 | ちこりの花束
赤い鳥

(2001年11月ちこり23号、表紙イラスト。)





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ジャンヌ

2015-06-21 05:48:44 | ちこりの花束

もう いいの
あれは 終わったこと
もう お互い
十分に苦しんだではないですか
忘れましょう
許しあいましょう

復讐を繰り返すことに
どんな意義があるというの?
人間にできる
最も偉大なことは
許しあい助け合うことでは
ないの?

あなたは すばらしい人
だからもう 自分を責めないで
花のように伸びて
あなた自身を咲かせなければ
神様から頂いた命を

過去
憎みあうことがあったとしても
私達はいつも
新しい明日を
生み出すことができるのよ
あれはもう終わったこと
たとえ傷跡があったとしても
それは私達の魂の物語の証し
とらわれてはいけないの
だから

成長することを
拒まないで
生きていくことに
ためらわないで

私達はみな同じ
神様から頂いた命


(2003年7月ちこり28号、詩)


   

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