世界はキラキラおもちゃ箱・2

わたしはてんこ。少々自閉傾向のある詩人です。わたしの仕事は、神様が世界中に隠した、キラキラおもちゃを探すこと。

ジョルジョーネ

2007-09-11 09:17:53 | アートの小箱

眠れるヴィーナス  ジョルジョーネ
Giorgione (1477-1510)
16世紀ルネサンス ヴェネツィア派。

なんだか、論語の後に、横たわる裸婦をやるのは、飛びすぎてるような気がしますね。まるで世界が違うので、読んでくれてるみなさんも、戸惑っているのではないでしょうか。

昨日、ウルビーノのヴィーナスを紹介したら、やはりこちらも紹介しないわけにはいかないでしょう。横たわる裸婦の系譜の、最初となった作品。美しい田園風景の中に静かに横たわるヴィーナス。

ジョルジョーネの本名は、ジョルジョ・ダ・カステルフランコ。とても体の大きな少年だったので、ジョルジョーネ(大きなジョルジョ)と呼ばれたそうです。
彼はティツィアーノの兄弟子にあたり、二人はとても仲のよい友人だったそうです。ジョルジョーネがティツィアーノと違ったのは、自分の自由な表現、を求めたこと。ティツィアーノは、神話や宗教画、肖像画など、当時の人々にわかりやすい絵を、卓越した技術で描いて、80年の人生を名声で満たしましたが、彼は晩年、自らの芸術に冒険をして挫折し、失意のうちに30代で死んだのです。

田園の中に静かに横たわるヴィーナス。これはかつて、だれも描いたことのないテーマでした。彼の晩年の絵は、斬新すぎて、人々の理解を得られなかったのです。このヴィーナスも、未完のまま残されましたが、ティツィアーノによって完成され、美しい姿を、現在まで残しています。

これはジョルジョーネとティツィアーノの、愛の結晶、といってもいい作品だとわたしは思います。ジョルジョーネのほかの作品、ユディトなどを見ると、ティツィアーノよりもむしろ、影響を受けたといわれるレオナルド・ダ・ヴィンチの画風に近い。でもこれは、たぶん、ティツィアーノの筆がだいぶ入っているのでしょう。レオナルドの澄んだ静けさよりも、ティツィアーノの重厚さ、そして兄弟子への愛情が出ているような気がします。

この作品の構図を引用して、ティツィアーノは「ウルビーノのヴィーナス」を描いたわけですが、失意のまま若くして死んだジョルジョーネの名が、これほどまで長く伝えられ、この絵が横たわる裸婦の系譜の下となったのは、彼を愛したティツィアーノの存在があったでしょう。ティツィアーノは、芸術家としては、苦しい矛盾を抱えていましたが、あらゆる画家に光を注いだ、ともいえます。

耳を澄ますと、寝息でも聞えてきそうな、美しくやさしいヴィーナス。この姿に安らぎを感じる人は多い。それは若くして死んだ芸術家を惜しんだ、ティツィアーノの愛のせいなのかもしれません。


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ティツィアーノ

2007-09-10 10:37:14 | アートの小箱
ウルビーノのヴィーナス  ティツィアーノ・ヴェチェリオ
Titian (Tiziano Vecellio) ( 1488-1567)

横のカテゴリーの欄を見たら、アートの小箱のカテゴリーが少なすぎるような気がしたので、今日はこれを書いてみることにしました。

ティツィアーノは、ジョルジョーネと並んで、16世紀イタリア、ヴェネツィア派を代表する画家です。ジョルジョーネは夭折しましたが、ティツィアーノは彼の分まで長く生き、画家としては最高の幸福な人生を送りました。

麗しい色彩と絶妙な技術で描く人物が、素朴な職人技であった初期ルネサンスの絵画を、より高く芸術に高めた。彼によって、レンブラント、ベラスケスなどの画家が影響を受け、近代美術の先駆者のひとりとなりました。

横たわる裸婦の系統を最初に作ったのは、ジョルジョーネの「眠れるヴィーナス」ですが、このウルビーノのヴィーナスはその彼の絵の構図を借用する形で描かれています。こういう絵画での引用が、当たり前に行われるようになったのも、これくらいからじゃないでしょうか。これから、ゴヤの「裸のマハ」とか、マネの「オランピア」ができた。

ヴィーナスを横たわらせて眠らせたのには、もちろん男性の中の性的意図があります。ボッティチェリのヴィーナスは、それはそれは美しく、幼児的な素朴ささえあり、性的対象にはちょっとなりえない。美の女神そのものですが、ジョルジョーネは、やはり、女神様に、眠ってもらって、自分の相手をしてもらいたい、という意図があったんでしょうね。つまり、ジョルジョーネによって、ヴィーナスは女神から、人間の女性に近づいたのです。

横たわる裸婦(ヴィーナス)の系譜には、男性の女性への、矛盾した心が結晶している。美しいものをたたえたいと同時に、苦しいほど殺してしまいたい。

マハにしろ、オランピアにしろ、かなり男性の苦しい本音が見え隠れしているのですが、しかしこのティツィアーノのヴィーナスは、少し違います。彼はこの裸体画を、仕事で描いている。好きで描いているのではない。どういう状況で描かれたのかはわからないのですが、そんな気がするのです。

裸体の美女よりも、足元の犬のほうが、かわいらしく、画家が安心して描いている。そんな風に感じるんです。画家は、神聖ローマ帝国やスペインなどに招かれて、画家としては最高の栄誉を得ましたが、本音では、苦しかったのではないか。ほんとうはジョルジョーネのように、世間にはあまり認められずとも、自由に自分らしい絵を描いて、さっさと死んでしまいたかったのではなかったか。ジョルジョーネの死後、ティツィアーノが彼の未完の作品を数多く完成させているのも、彼の人生がうらやましかったからではないかとさえ感じるのです。

ほら、このヴィーナスも、美しいですが、目顔が、「いやだ」と言ってるように感じるでしょう。背後の二人の人物も、背中を向けています。まるで、こんな絵はいやだ、と言っている彼の気持ちを代弁しているかのようだ。本当は、彼は、もっとちがう絵を描きたかった。

ではなぜ、ティツィアーノはジョルジョーネのように生きることができなかったのか。それはやはり、うますぎたからです。ジョルジョーネよりも、ずっと、うまかったからです。彼にはできることがたくさんあった。それをしないわけにはいかなかった。
彼が美術史に果たした影響は大きい。彼によって、絵画は大きく成長した。芸術家たちの技術と表現が、爆発的に進歩したのです。

マネのオランピアは、ティツィアーノのヴィーナスの最高の孫ですね。あれ以上の傑作は、今のところ見当たりません。モディリアーニなども、たくさんの横たわる裸婦を描いてるけど、あれ以後、あれを越えるものが出てこないなあ。要するに、オランピアは、横たわるヴィーナスにこめられた男性の本音を、あからさまに暴いたのです。

こういうマネの仕事も、ティツィアーノがしてくれた仕事があったから、できたわけです。こんな風に、ほんとにすごい本物は、思いもしないところに隠れていたりする。

うますぎて、好きではなかった画家なんですが、最近、絵の中の彼の声に気づいて、すごいな、と感じるようになってきました。



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子、南子を見る

2007-09-09 07:39:28 | てんこの論語

子、南子を見る。子路説ばず。夫子これに矢いて曰く、「予が否なるところは、天これを厭たん、天これを厭たん。(雍也)
(し、なんしをみる。しろよろこばず。ふうしこれにちかいていわく、よがひなるところは、てんこれをたたん、てんこれをたたん。)

訳)○先生は、南夫人の謁見に応じた。弟子の子路はそれを聞いて激怒した。先生は彼を制し、落ち着いた口調で言った。「もしわたしがまちがっていたら、天がわたしを殺すだろう。」

毎日論語だと、読む人も疲れるでしょう。内容があまりに堅いのは、許してください。論語やるとどうしてもこうなってしまいます。今日で今回は最後にしますので、よろしければおつきあいください。これは、イシベキンジロウさんである孔子が、国で最高の美女に会いにいったときのエピソードを語ったものです。

南子は、当時の魯国の君主、霊公の夫人で、美しいが淫奔な女性であったそうです。君主に目をとめられて夫人になっても、前からつきあっていた男前の恋人と、ずっと通じたりしていたそうです。孔子は、以前から、君主がこの美女に狂って、国政をおろそかにしがちなのを、苦々しく思っていたようです。

南子が孔子を呼んだのは、おそらく、繰り返し君主の女狂いを戒める、堅苦しい男に興味を持ったからでしょう。孔子は彼女からの招きを一旦は辞退しましたが、後に仕方なく応じました。それは君主の夫人に対する礼であったのですが、内心、冗談ではないと思っていた。彼は以前から、男が女性に狂い始めたとたんに学問をやめてしまうことが、とても苦しかったのです。

子曰く、われいまだ徳を好むこと色を好むがごとくする者を見ず。(子罕)

女子と小人は云々のことばもあるように、彼は女性に対して、苦い思いを抱いていた。それは昔は、女性が教養を持つことは、ほぼ不可能に近かったからでしょう。男は女を、極言の類に入るかも知れませんが、セックスの相手としか見なかった時代です。

しかし女性は、女性であるというだけで、男性に力をふるえます。たいていの場合、女性は男性よりも美しいからです。男性は美しい女性には、どうしても心を奪われてしまう。これがときに大変なことになることが、孔子はどうしようもなく苦しかった。美女に狂って国政に失敗し、多くの民が苦しむという事例は、掃いて捨てるほどあった。女が、ただ美しいというだけで、すべてを狂わせていく。

美とは、力なのです。人の魂に力をふるえる、真実大切なものなのです。美しい女性が、教養をもたず、その美を一切私欲のために使えば、恐ろしいことになる。美しいものが、醜いことをすれば、それを慕うものの魂がすべてくるってしまう。美しいものは、多くのものに影響を与えるからです。

美しい女性は、自分の美しさに責任を持たねばならない。美しいがゆえに、人の、特に男性の魂に深い影響を与えるという事実を、わかっていねばなりません。美女が男に与える影響は、徳高い教師が男に与える影響よりも、大きいのです。

美に責任を持つ女性は、美しくないことはしないのです。美しくないことをすれば、神が与えた自らの美を裏切ることになるからです。美しいものが、美しくない。その事実を男性が知るとき、彼はこの世の一切の美を信じず、ありとあらゆる阿呆をし始めるでしょう。そして一人の男が狂ったとき、それが周囲に与える苦しみは、計り知れないものとなります。女性はこのことを知っていなければならない。

孔子の生きている時代は、真に教養のある女性がいなかったのです。男性もまた、女性を軽く見すぎていた。だから女性も、学ぶことなどしなかった。多くの女性は、美しく飾って、いい男の目にとまろうとすることくらいしか、考えなかったのです。

真に教養に目覚めた女性は、自分の美しさに責任を持ちます。心身を律し、愛に生きることを志して、学びます。これがほんとうの女性といえるでしょう。孔子の時代ならいざ知らず、たぶん、これからの女性にはこれができるでしょう。

本当の美女は、きっとこれから、地上に舞い降りてくるでしょう。天女のように。
生まれながらの男性がいないように、女性もまた、生まれつき女性なのではない。美と愛を学ぶことによって、真の女性に成長していくのです。


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大廟に入りてことごとに問う

2007-09-08 07:47:24 | てんこの論語

子、大廟に入りてことごとに問う。ある人曰く、「たれか陬人の子を礼を知れりと謂うか。大廟に入りてことごとに問う。」子これを聞きて曰く、「これ礼なり。」(八佾)
(し、たいびょうにいりてことごとにとう。あるひといわく、たれかすうひとのこをれいをしれりというか。たいびょうにいりてことごとにとう。しこれをききていわく。これれいなり。)

訳)○先生は、魯国の始祖を祭る儀式において、ことごとに人に質問していた。それを見てある人が言った。「あれが例の陬人の子か。だれがあんなやつを礼を知っているなどというんだね。人にたずねてばかりいるではないか。」それを聞いて先生は言った。「これが礼というものですよ。」

陬というのは、魯の国の町で、孔子の生まれ故郷だそうです。陬人の子、と孔子を呼ぶのは、もちろん彼を揶揄してのことでしょう。その人は、かねてから目をつけていた孔子を、最初から最後までずっと見ていたのでしょうね。それでこういうことを言った。なんでもいいから、馬鹿にしてやりたかった、という気がしないでもありませんね。
よく、人はこういうことを言います。

しかし、要するに礼というのは、「人を敬う、大切にする」ということなのです。孔子が大廟において、儀式次第について、なにくれとなく人に質問したのは、大切な儀式を間違えないよう、細心の注意をしていたからでしょう。そして、この世には、この儀式について、自分よりもよく知っている人がいるということを、ちゃんと知っていたからです。

孔子は心よりその人を敬し、尊重したのです。その人を大切にしたのです。

儀式において、もっとも大事な人を、ちゃんと敬ったのです。それが礼というものです。

もし孔子が、自分は礼を一番知っているのだからといって、儀式のすべてを自分で勝手にしきってしまったら、とんでもないことです。大変なことになってしまいます。みながいやな気持ちになって、儀式がいやなことになってしまうのです。

みなを大切にし、すべてをいいことにしていくためには、大切にしなければならない人を、みな大切にすることです。孔子がことごとに問うた人は、たぶん儀式の責任者か、それに準ずる人でしょう。彼は本当に儀式を大切にしていたのです。その心が、礼のもっとも大切な基本なのです。

礼を知らず、人を小ばかにして、何かと己を中心に置きたがる人は、周りに災難を投げます。これは人として、とても芳しくないことです。彼は自分の思い通りにならないというだけで、影に回れば、軽々と人にいやなことをするでしょう。それを、小人と孔子は言います。

儀式で孔子を揶揄した人は、自分は礼を知らないと、公然と言ったようなものです。人を馬鹿にすることは、礼に反することだからです。しかし、その人には、最後までそれはわからなかったでしょう。孔子は、決して自分が理解してもらえないことを、悲しく思ったことでしょう。

人を大切にせず、馬鹿にして、みんなつまらないものだということは、ほんとうは、してはならないことなのです。それだけで、生きることがずっと苦しくなるからです。
礼というものは、人として、人を大切にするということをして、人生に美と幸福を招き入れるということなのです。孔子はそれを、人々に教えたかったのです。


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勇者は懼れず

2007-09-07 08:14:31 | てんこの論語

子曰く、知者は惑わず。仁者は憂えず。勇者は懼れず。(子罕)

訳)○先生はおっしゃった。知者は惑うことがない。それは自分を知っているからだ。仁者は憂うことがない。それは愛しているからだ。勇者は懼れることがない。それは自分を信じているからだ。

また我田引水的に、訳してみました。こうするとわかりやすいかなという感じで、自分なりに考えてみたんですが。

知者は自分を知っているからこそ、あらゆることを迷わずに率先してやることができます。やれば必ずなせるのは、自分のできることを知っているからです。そして必ず、自分のできることをする。できないことは滅多にしません。できるからこそやるのです。

たとえそれが、ほんの小さなことでも。たとえば詩を書くということひとつだけでも、それをやることが大切なのだと、やる。自分にはそれができるのだと知っているから。それをやる。できるのにやらないのはおかしい。やれば必ず何かができていく。そしてその何かを元にまた何かをやっていく。知者はそれで必ず何かをなしていくのです。確かに自分を知っているからこそ、大きなこともなせるのです。

知者は自分を知っている。だからこそやる。自分の力を表現していくことそのものがうれしい。おれはできるのだと、それ自身が幸せなのだと知っている。だからずっとやり続ける。

仁者については省きます。先日の説明で大方はわかると思うので。愛はすべてを認め、愛していますから、愛することそのものが喜びですから、たとえ何があろうと憂うことはない。絶望することすらない。愛は本当に愛そのものだからです。

勇者は懼れない。それは自分を信じているから。たとえ、目の前の壁が絶望的に高くても、それを自分がせねばならない、というときが時にあります。知者的に知っている自分の力では、とても超えられそうにない壁です。自分の持っているカードでは、とてもやれそうにない。そんな壁に立ち向かわねばならないときがある。そんなときは、自分の持っている見知らぬ力を信じて、勇者は挑むのです。

無謀ではない。彼は自分のカードを使って、できることからはじめます。あまりに苦しいときも、自分を信じてただ前に進みます。完全にできないことでも、挑みます。挑むしか仕方がないからです。自分を信じていくしかない。信じていくしかない。それだけで、真っ暗な絶望の荒野を進まねばならないときが、ある。

勇者は懼れない。できることからやる。悲壮かもしれないが、悲壮ではない。笑ってやる。おれはおれだから。やるしかないときはやりますよ。

いいですね。すばらしい。勇者は懼れない。自分を信じて、まっくらな絶望の壁に挑むこと、あなたはやれますか?


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黙してこれを識し

2007-09-06 11:40:12 | てんこの論語

子曰く、黙してこれを識し、学びて厭わず、人を誨えて倦まず。何かわれにあらんや。(述而)
(しいわく、もくしてこれをしるし、まなびていとわず、ひとをおしえてうまず。なにかわれにあらんや。)

訳)○先生はおっしゃった。沈黙の中に思索し、学ぶことに励み、それを人にあくことなく教え続ける。わたしはこういうのがすきだな。これがわたしってものなんだろう。

自分というものが何なのかと考えるとき、やってきたことのすべてを振り返ってみて、なんとなく、こういうのがすきだな、幸せだなってことをやっている。それがわかると、ほう、これが私か。私って言う人間は、なんとまあ、苦しいな。いいやつじゃないか。そんなことを思ったりします。孔子も、たびたびそんなことを思ったのでしょう。

思索し、学び、教える。わたしはそれが好きな人間だ。それをすると、苦しくない。やっていること自体が、かなりに、悪くない。少々きついこともたびたびあるが、これがあるだけで、わたしはなんとかやっていける。そういうもの。

それがわかっていると、辛いことがいくらあっても、笑ってやっていける。そういうものがある。これがわかれば、人間は幸せだというもの。

自分とは、こういうものだね、というもの。

孔子はそれをつかんでいたんでしょう。わたしはこういうわたしだ。ずいぶんと変わっているが、なかなかにいい。けっこう幸せだが、少し痛いのは、そんなわたしがだれなのか、常にわからないからだ。

私はいいやつだ。けっこう幸せだ。だが少し痛い。それは何で痛いのか、わからないからだ。だからこそ常にやっていく。自分が自分であるだけで幸せだということが、いったいなぜなのか、たぶん誰にも、永遠にわからないから。

だけどとにかく、わたしは考えるよ。そして学んでいく。たくさん学んで、いっぱいみんなに教えていく。真実を教えれば、みんなよくなる。みんな幸せになる。それはとてもいい。わたしはそういうものだ。

きっと、これからもずっとこうしていくだろう。常に考え、常に学んでいく。そして教えていく。なぜならわたしは、愛してるから。

愛だからこそ、わたしはやっていく。



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知者は水を楽しみ

2007-09-05 11:25:29 | てんこの論語

子曰く、知者は水を楽しみ、仁者は山を楽しむ。知者は動き、仁者は静かなり。知者は楽しみ、仁者は寿ながし。(雍也)
(しいわく、ちしゃはみずをたのしみ、じんしゃはやまをたのしむ。ちしゃはうごき、じんしゃはしずかなり。ちしゃはたのしみ、じんしゃはいのちながし。)

訳)○先生はおっしゃった。知者は流れる水を楽しみ、仁者は山を好む。知者は常に活動し、仁者は静かにそこにいる。知者は己を楽しみ、仁者はすべてを喜んで生きる。

難しいことばですが、知者とは要するに「やる者」、仁者とは「愛する者」のことだと解しています。知者は己の力をすべて駆使してあらゆることをし、その己の力と存在感すべてを楽しむ。あらゆることができ、あらゆることをし、それですべてをなめらかに動かしていく。美しい世界を営々と運んでいる、その己のすばらしさを感じることそのものが、うれしい。

流れる水のように美しく、常に動いている。動いているからこそ美しい。それが、うるわしい知者というもの。彼は、必ず、「できる者」。やれば必ずなせる者。すばらしい人。

仁者とは、「愛する者」。知者のように常には動かない。すべてを見て、すべてのすばらしさを感じ、すべてを喜ぶ。彼が山を好むのは、その深い緑に静かな愛があるのを、深く感じるからです。山のすべてが静かに愛しているということを、心の奥深くで、わかっているからなのです。仁者はやさしく、すべてを認めていく。悲しみも、苦しみも、人間の中の小さなうごめきのすべてに、やさしく目を注ぐ。そして静かに見ている。見えないところで、やさしいが大切なことをしている。

愛しているよと、ほほえみで答えていく。だから仁者のそばにいくと、人は荒れていた心が穏やかになっていくのを感じる。悲しみが澄んで、どこかに流れていくような気がする。

仁者はただ静かにそこにいるだけで、すべてを改めていく。そういうもの。本当に大切なことをしていながら、何も言わずに、そっとひいて、なんでもないもののようにそこにいる。長いこといる。ただそれだけなのに。幸せだなと、みながなんとなく感じている。

なんでもないことばのようですが、深い意味があります。孔子は、ほんとうに、深い真実がわかっていた。ただ当時の人には、理解しがたかっただけなのでしょう。


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学を好むと謂うべきのみ

2007-09-04 09:46:25 | てんこの論語

子曰く、君子は食飽くことを求むるなく、居安きことを求むるなく、事に敏にして言に慎み、有道に就きて正す。学を好むと謂うべきのみ。(学而)

訳)○先生はおっしゃった。君子は美食を求めることはなく、いい家に住みたいとも思わない。やるべきことはきちんとやり、言葉をつつしみ、よいことをよい先生に学んで、未熟なところを正していく。これが、人生を学んでいくものの、よい態度といえるでしょう。

これは、正直、あまりにも当たり前なことを、すんなりと言ってるものですが、これを、立派に自分のことばとして言って、耐えられる人は、滅多にいないでしょう。

今の人間はみんな、おいしいものばかり食べて、贅沢な家に住むという生活ばかり目指しています。それが手に入れば、あとはなんでもいい。暇にあかして、人にはあまり言えないこともやる。要するに、ほしいものを手に入れてしまえば、なんと、あとはなにもすることがない。なにもなくなってしまった。という状況になる。本当にそうなる。

安楽ばかりを目指して、あらゆることをやりながら、それを手にいれてきたが、いざ手にいれてみれば、これがそうなのか、という現実を見る。自分とは何なのだ。これが幸福なのか。何もすることがない。何もない。あふれるほどにものがあるが、なんでこんなに苦しいのか。苦しさのあまり、やってしまうことが、あまりにも人間として、つらいことだ。自分はなんというものになってしまったのか。わからなくなる。

本当の人間の生き方とは、どんなものなのか。美食と、いい家を手にいれて、それで幸せならば、なぜこんなにも苦しいのか。それは、もう何もやることがないのに、まだ生きているからだ。どうすればいいのかわからないのに、教えてくれる人はいない。なぜなら、美食といい家を手にいれるために、払ったものの中に、それも入っていたから。大切なものをまとめてお金に換え、食べ物と家を買うために払ってしまったから。

だから、あらゆるものがあるのに、なにもない。だから、なにかを手に入れるために、苦しいことの限りをつくす。あらゆることをやってしまう。阿呆に阿呆を重ねる。それをやれば苦しくなりすぎるのに、やめられない。失ってしまったものがどんなものだったのかを、決して認めたくないから。世界中のすべてのよいもの、美しいものを攻撃し、壊し尽くして、無意味のガラクタだらけにしていくのは、このためだ。人間は、おいしいものを食べ、きれいな服をきて、立派な家に帰る。そして、割れた心がいつも叫んでいる。みんな大嫌いだ。消えてしまえ。

孔子は言います。ほんとうの幸福は、常に美しい自分でいることだと。美しいことをし、常に学び、心豊かになっていくことを喜ぶ。真に教養ある人間を目指していくことだと。

それは当たり前のことですが、今の世では、流行らない骨董品、になります。常に揶揄や侮蔑の対象になる。あんなのは、阿呆みたいだ。ずるくやってうまくやればいいのに、まじめにやってるよ、というくらいに。

まじめにまっすぐやるのが、ほんとうはいいんですが、今の世界でそれをやろうとするのは、至難の業です。ほんとうに苦しい。

でもやっぱり、わたしは孔子が好きだな。阿呆だといわれようが、やっぱりこっちでいきます。苦しいことは山ほどあるけれど、自分が好きだ、と思える。わたしは幸福だ。


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君子は言に訥にして

2007-09-03 09:40:03 | てんこの論語

子曰く、君子は言に訥にして、行いに敏ならんことを欲す。(里仁)

訳)○先生はおっしゃった。君子は言葉少なく、行動は鋭く正しくありたい。

このほかにも、「巧言令色鮮し仁」などと、口のうまさを戒める言葉が、論語にはたくさんあります。言葉には、いかにも嘘が混じりやすいことを、孔子は知りすぎるほどに知っていたのでしょう。口のうまい人間が、どのようにして嘘でうまいことをするか、苦々しく見ていたのでしょう。

言葉には嘘が混じりやすい。人間は平気でまことしやかな嘘をつき、それもまた、完璧にやりとげ、まったく嘘が本当であるかのようなことにしてしまうこともできる。おそろしい嘘をついて、あらゆるものを、苦しめてしまうこともあるのです。

人間は何でも、くだらぬつまらぬものにしてしまい、自分はこんなことがわかっているから、賢いんだぞというポーズをとります。そして他者の価値を低め、自信を失わせ、自分が自由に使える道具にしようとする。要するに、おまえは阿呆だぞと、うそをついて、自分に従わせようとする。それが、人間の、一番基本的な嘘なのです。そうやって人間を何もわからない阿呆にしてしまえば、自分がえらくなれるからです。

そして、その阿呆どもをつかって、あらゆることをしてきた結果が、この世界です。うそが本当になり、あまりに苦しいことばかりある世界になった。人類はみな、人類は馬鹿だと思っている。いつかえらいことになると思いながら、すべてわからないことにして、いつまでも苦しい阿呆をやっている。人間はそういうものになってしまった。

遠い昔、誰かが、何気なく言ったに違いない。「おまえは阿呆だぞ」という小さな嘘が、いつしかここまでのことになった。世界が、阿呆になった。

孔子が繰り返し、口説の恐ろしさを戒めているのは、嘘がどういうことになるのかを、知りすぎるほどに知っていたからでしょう。それを人間は知らずに、あまりに軽く嘘をつく。彼の苦悩は、計り知れない。絶望的だと思ったことも、多々あったに違いない。

真実はことばよりも、行動の中にあると、孔子は言いたかったのだと思います。言っていることよりもまず、やっていることを見ろと。それならば、間違いは少なくなる。行動で、嘘をつくことは、ことばよりもずっと難しいからです。その人の真実は、行動に出る。一見、どんなにいいことをしているように見えても、嘘が混じっていると、ひどく苦しく感じる。なぜなんだということをして、それを何度もいいわけせねばならない。それはとても美しくは見えない。

愛は、言葉でいうよりもまず、行動しようとします。子供が転んだら、口よりもまず手が動く。見ていた人はすぐ手を差し伸べる。抱き起こそうとする。それが当たり前のように。

やっていることを見ていれば、それが真実かどうかは、わかる。真実は言葉よりも、行動に出る。それを見ていけば、嘘は容易に見分けられる。

孔子はいつも、鋭く、人間を見ていたんでしょう。


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これを知る者は

2007-09-02 07:38:46 | てんこの論語

子曰く、これを知る者はこれを好む者にしかず。これを好む者は、これを楽しむ者にしかず。(雍也)

訳)○先生はおっしゃった。ものごとはなんでも、それをすきになって、楽しんでしまえば、できるんだよ。

ずいぶんと我田引水的な訳ですが。要するに、何でも楽しんでしまえばできるんだっていう風に、わたしは理解してます。わたしは、暇があればやりたいことを何でもやってしまう方ですが、それはわたしが、好きなことをやるのが好きだから。当たり前ですね。好きなことをやるのは楽しい。ほんとに楽しい。

だからわたしは、苦しいことがあっても、それを楽しむことにしています。目の前に、これはちょっと厳しいな、という試練がある。普通なら逃げるだろうな。とてもできないと思うだろう。でもやらなければならないとしたら、どうしたらいいのか。要するに、楽しめばいいのだ。これを乗り越えるために、どうすればいいか、存分に考えて、自分のカードを目いっぱい使い、やることを楽しんでしまえばいい。それだったらできる。

つまりは、好きなことを目いっぱい駆使して、これに挑戦していくことを楽しむのだ。やることそのものを、喜びにして、やってみる。自分の力と感性を限りなく使って、すべてを見ていく。その楽しみを、存分に味わう。

それでやっていくと、かなり苦しいことにも耐えられる。また、耐えている自分ていうのも、なかなかに頼もしくていい。自分は、こんなにも強いのか、と思う。わたしは、かなりすごいやつだ。

たとえその結果が、すべて無に帰する、なんにもならない、ということだったとしても、自分はやった、ということが残るのだ。やったことの中で培われた、わたしの力があるんだ。わたしは、やったんだ。やれたんだ。苦しかった。でも、やれた。それが、神様がくれた、実り。

このわたし自身が、わたしがやってきたことの、実り。それでいい。

すきだからやった。やりたかったからやった。わたしがやらねば、だれもできないから。わたしは、このわたしが、すきだ。これこそが幸福だからだ。ほかにはいらないよ。

好きだから、楽しいから、どんな厳しいことにも、挑戦していけるんだよ。やれるんだよ。そして、できるんだよ。できないのは、やらないからだ。

どんな難しいことでも、楽しんでしまえば、やれるんだよ。


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