世界はキラキラおもちゃ箱・2

わたしはてんこ。少々自閉傾向のある詩人です。わたしの仕事は、神様が世界中に隠した、キラキラおもちゃを探すこと。

北風と太陽と猫

2012-05-20 09:04:05 | 薔薇のオルゴール

ある日のことです。太陽と、北風が、お空の上で、どちらが強いかを、言い争っていました。

太陽は、「わたしは、どんなものでも、熱くまぶしく照らすことのできる、とても偉いものだ」と言いました。すると北風は、「わたしはどんなものでも、冷たく暗く凍らせることのできる、すごいものだ」と言いました。
どちらも、自分の方が偉くて、すごいと言ってゆずらないので、しまいに、どちらが強いか、ためしに競い合ってみようではないかと、いうことになりました。

そこで、下界を見下ろすと、ひとりのみすぼらしい旅人が、丘の上の一本道を、てくてく歩いているのが見えました。旅人が、古い皮のマントを着ているのを見て、北風が言いました。
「どうだい。あの旅人のマントをうまくとってやったほうが、勝ちということにしては」
すると、太陽も言いました。
「いいだろう、いいだろう、簡単なことだ。君が先にやってみたまえ」

そこで北風は、よしきたとばかりに、旅人のマントを吹き飛ばしてやろうと、冷たい風を思い切り、旅人に吹きつけました。

丘の上の道を、旅人は、一人でさみしく、歩いていました。きょうはそれほど天気も悪くはなく、無事に次の町まで行けそうだと、考えていると、突然空が曇って、強い北風が吹いてきました。
「なんてことだ。ついてないなあ」
旅人は、マントを吹き飛ばされそうになったので、たまらず、マントのひもを強く握りしめました。

旅人は、マントを深く着こんで、歩きながら、風をよけられる木など周りにないかと探しました。しかし、荒野の丘は一本道がどこまでも続くばかりで、隠れられるようなところは見つからず、とうやら歩いていくしかありません。
「やれやれ、とにかく進もう。もう少し行ったら、休めるところがあるかもしれない」

歩いて行くうちにも、風はどんどん強く吹いてきます。旅人は、これまでのことなどを思い出して、悲しくなってきました。
一緒に暮らしていたおっかさんが死んで、旅人は、持っていた小さな畑を、盗っ人のような商人にだまされて、安く買いたたかれてしまったのです。何もかもなくして、こんりんざい困ったことになったと、途方に暮れていたとき、ようやく、おっかさんの昔の知り合いだという人が来てくれて、遠くの町の粉屋の働き口を紹介してくれたのでした。旅人は、小さな紹介状を手に、その粉屋のところに旅していくところなのでした。

「こんなことになるのも、おれが馬鹿だからだ。おっかさんが残してくれた畑を、あんな商人に売るんじゃなかった。おっかさんがそれはそれは大事に耕していた畑だったのに。あの小さな畑で、豆を作って、おれに食わしてくれてたのに。これも、おっかさんに悪いことをしてしまった罰なのかな」
旅人は、マントを硬く握りしめながら、胸がすまない気持ちでいっぱいになり、この寒い風に、力いっぱい耐えようと思いました。そうしたら、おっかさんへのすまない気持ちが、少しは軽くなるかと、思ったのです。

その頃、お空の上では、北風が、どんなに強く風を吹かせても、旅人が一向にマントを離さないので、やきもきしていました。
「こいつめ、けっこうしつこいぞ。もっと吹いてやろう」
北風が、いっそ旅人ごと吹き飛ばしてやろうかと考えたとき、太陽が、まあ待て、と声をかけました。「次はわたしの番だよ。君は休んでいたまえ」

そこで太陽は、雲をはらって空の真ん中におどり出ると、ぎらぎらと旅人を照らし始めました。

旅人は、突然風がやんだので、すこし安心して、ふところの手紙を取り出しました。粉屋への紹介状は、革の袋に入れて、落とさないように紐をつけて首に下げていました。昔、おっかさんが親身になって世話をしたという、元兵隊さんの紹介状でした。
昔、おっかさんは、戦に負けて、ぼろぼろになって流れてきた若者を、見捨てておくことができずに、納屋に寝床を作ってケガの手当てをしてあげたことがあるというのです。人がいいばかりで、貧乏くじばかりひいていたおっかさんが、息子に残してくれた遺産は、今やこの手紙ひとつでした。
これを大事にして、ちゃんと生きていかないとな。おっかさんの大切な気持ちが、おれにくれたものだから。旅人は、手紙をみるたび、そう思いました。

旅人は、ふと、なんだか暑いな、と感じました。空を見ると、太陽がぎらぎらと照りつけはじめています。さっきまで寒い北風が吹いていたというのに、何としたことでしょう。旅人は、手紙をふところにしまうと、日をよけられる陰がないかと探しながら、歩き始めました。
その間も、太陽は容赦なく照らしつけます。旅人は、汗がだらだらと流れてきて、熱くてしょうがなくなってきました。そこで、マントを脱ごうと、首元の紐に手をかけました。

やった、わたしの勝ちだ!と太陽が思ったそのときです。突然、北風が強く吹いて、黒い雲をいっぱい、太陽の方に吹き寄せました。すると、太陽はまたたく間に雲に隠されてしまい、旅人を照らすことができなくなりました。

「何をするんだ! このひきょう者め!」
「なんのことかね? 雲が邪魔だったから、吹き飛ばしただけさ」
太陽と北風は、空の上で、お互いに照らしつけたり、風を吹き付けたりして、けんかを始めました。そんなことは何も知らず、旅人は、天気が何度も変わるのを、ただ不思議に思いながら、てくてく歩いていきました。

ようやく、足を休められそうな木影を見つけ、旅人はよいしょと、木の下に座りました。上を見ると、突然わいてきた雲が、空の半分をかくしています。冷たい風が吹いたり、突然暑い日がさしたり、また雲がもくもくわいてきたり、なんだか変な天気です。
とにかく、腹ごしらえでもしようと、旅人は腰の袋から、小さな硬いパンとハムを取り出しました。手っ取り早く食って、急いで行こう。早く町について、宿を探さねば、天気が荒れそうだ。旅人が、そんなことを考えていると、どこからか、か細い声が聞こえました。

旅人が、その声が聞こえる方に目をやると、そこに、何ともやせ衰えた、みすぼらしい雌猫が、ものほしそうに、旅人の持っているハムを見ているのです。怪我でもしているのか、後ろ足を少しひいています。
旅人は、なんとなくおっかさんのことを思い出して、猫をあわれに思いました。そこで、ハムをひとかけら、猫にやりました。猫はうれしそうに、ハムを食べました。

「こんなふうに、みっともないことになったおれでも、猫にハムをやることくらいは、できるんだなあ」

旅人は、ハムを食べている猫を見ながら、なんだかうれしくなってきました。涙も少し出ました。おっかさんが死んで、ひとりぼっちになってしまって、本当はとてもさみしかったのです。ハムを食べる猫がかわいくて、いつしか旅人は、持っているハムを、全部猫にやってしまいました。
「おまえ、ねぐらはどこだ。ずいぶんと痩せて、寒そうだなあ。怪我もしている」

旅人は、猫がいとおしくなってきました。空を見ると、お日様はまだ空の向こうです。今日は風が冷たそうだ。旅人は、ふとマントを脱いで、猫にかけてやりました。そしてそのまま、猫を抱き上げました。猫はいやがりもせず、旅人の腕の中で、ごろごろと喉を鳴らしました。
「おれはひとりぼっちだけど、おまえを助けてあげられるよ。おっかさんを見習って、親切をしてみよう」
旅人は、猫に自分のマントを着せて、歩き始めました。風が少し寒かったけれど、何かしら力が出て、どんどん歩き始めました。

その様子を、空から見ていた、太陽と北風は、あきれて言いました。
「おやおや、やつめ、マントを脱いだぞ」
「ほんとうだ。どういうことかな?」
ふたりは、旅人の様子を見て、顔を見合わせると、どちらともなくため息をついて、言いました。
「やれやれ、猫に負けたのかな」
「いや、あの旅人に負けたのかな」

どちらにしろ、みっともないことをしてしまったなと思って、太陽も北風も、けんかをやめて、仲直りすることにしました。そして、太陽は空に顔を出して、明るく旅人を照らしました。北風は少し顔を赤らめて、やさしく、旅人の背中をおしました。

天気がよくなってきたので、猫を抱いた旅人は、なんだか気持も明るくなってきて、ゆくすえに、とてもいいことが待っているような気もして、どんどん、町に向かって、歩いて行きました。

(おわり)



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