世界はキラキラおもちゃ箱・2

わたしはてんこ。少々自閉傾向のある詩人です。わたしの仕事は、神様が世界中に隠した、キラキラおもちゃを探すこと。

ゆきしろばらべに・1

2012-04-27 07:06:55 | 薔薇のオルゴール

昔々、ある深い緑の森の奥に、一見の小さな家がありました。家の庭には、白い薔薇の木と、赤い薔薇の木が、こんもりと静かに植えられていました。白い薔薇と、赤い薔薇は、季節ともなると、それはきれいに咲いて、透き通った香りが、森の風の中を流れました。

その家には、ひとりのやさしい女の人が住んでいて、ゆきしろと、ばらべにという、ふたりのかわいい娘がいました。

長い黒髪に雪のように白い額をした娘が、ゆきしろ。亜麻色の髪に、薔薇色のほおをした娘が、ばらべにです。母親が、とてもやさしく、きちんとしつけをして、正しいことを教えましたので、ふたりの娘は、とてもやさしく、気立てのよい娘に育ちました。
「自分の心に、恥ずかしいことはしてはいけませんよ。いつも心はきれいにして、人には親切にしてあげなさい」
母親はいつも、娘たちに教えました。
「賢いことは、よいことです。森は、いろんなことを教えてくれるから、たくさん勉強しなさい。知りたいと思うことがあったら、遠慮なく、鳥や動物や木や花に、尋ねなさい。みんなきっと、いいことを教えてくれるから」

娘たちは、森が大好きでしたので、毎日のように、森の動物たちや小鳥たちと遊びました。花や木とも、いろんな話をしました。風も時々、声をかけてくれました。一度など、森と話をするのに夢中になって、家に帰るのを忘れてしまい、そのまま木の根元に抱かれて眠ってしまったことがありました。そのときは、木々が静かに子守唄を聞かせてくれて、小さな星明かりの秘密を、夢の中にささやいてくれたりしました。娘たちは、森の中で、まるで宝物のように、みんなに大切にされて、育てられていました。

娘たちは、いろいろなものにやさしくすると、とてもいいことがあるということを、森のみんなに教わりました。お母さんと、森に育てられて、娘たちは、どんどんかしこく、美しく成長していきました。そしてふたりは、とても仲良く、いつもいっしょで、お互いのことがとても好きで、何をするにも、助け合っていました。

それは、ある、とても寒い冬の日のことでした。外には、しんしんと白い雪が静かに降っていました。お母さんは、暖炉の前の揺り椅子に座り、娘たちに本を読んであげていました。娘たちは、それぞれに、糸車を回したり、小さな襟巻を編んだりしながら、おかあさんの読む、昔のお話に耳を傾けていました。物語は、不思議な古いきれいなことばで書かれてあって、お母さんがそれを読むと、まるで歌のように流れて、二人の胸に静かに沈み込んでいきました。ゆきしろとばらべには、ときどき、ほうっとため息をつきました。お母さんの読んでくれるお話には、昔の人のきれいな知恵が、宝物のように隠れていて、それは真珠のような雫になって、二人の胸に、深くしみ込んでくるのです。それはそれは美しくて、本当にうっとりするほど、心がうれしくなるのです。

ゆきしろは言いました。「なんてきれいなお話なのかしら。つらいことがあっても、知恵があって、努力をすれば、ちゃんと立派なことができるって意味なのね」ばらべには言いました。「うん、わたしもそう思うわ。賢くなるためには、時々つらいことがあっても、逃げたりないで、ちゃんと自分で考えて、自分で工夫して、それでがんばってみなさいってことなのよ」
ふたりは、顔を見合せながら、お互いに同じことを感じていることが嬉しくて、微笑みながら、うなずきあいました。

そのときでした。誰かが、戸口を、とんとんとたたく音がしました。
「おやおや、こんな時分に、どなたでしょう。きっと旅の人だよ。この寒さの上に、雪に降られて困っているのだわ。ゆきしろや、ばらべにや、戸を開けておあげ」
おかあさんが言いました。ゆきしろとばらべには、戸口の方にかけていって、かんぬきをあげて、静かに戸を開きました。するとそこには、なんとまあ、それはそれは大きくて真っ黒な、一匹の熊がいました。
「おお、寒い、寒い。ゆきしろよ、ばらべによ、どうか中に入れておくれ。この寒さで、ぼくは胸まで凍りついてしまいそうだ」
熊はぶるぶると震えながら、言いました。

ゆきしろとばらべには、驚いて、最初は怖くて、逃げようとしましたが、熊の声が、それは優しく、きれいな声でしたので、少しほっとして、家の中に入れてあげました。
おかあさんは、暖炉の火の前の場所を開け、熊をそこに座らせてあげました。そして娘たちに言いました。
「ばらべにや、布を持ってきて、雪でぬれた毛皮をふいておあげ。ゆきしろや、山羊のミルクを、少し温めておあげ」
二人は、おかあさんのいうとおり、熊のぬれた毛皮を布でふいてあげ、温かい山羊のミルクを飲ませてあげました。熊は、毛皮はごわごわで、山のように黒くて大きくて、牙や爪などもとがっていて、様子はたいそう恐ろしくもありましたが、温かい暖炉の火や山羊のミルクで一息入れると、それはきれいな声で、何かしらやさしいことを言ってくれるものですから、三人は最初はちょっと不安だったのですけれど、少しずつ安心して、熊に気を許すようになりました。熊は、たいそう気の良い、親切な熊で、二人の娘たちに、にっこりと笑って、おもしろい話をしてくれました。

(つづく)


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